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互いへの懐疑


 ブラックジャックはゾゾを目指して夕空を駆ける。多くの魔石を得ることはできたが当初の目的を果たせたとは言い難く、皆して暗い雰囲気を漂わせていた。
「で、セリスはどうなったんだよ?」
 操舵輪にもたれかかりながらセッツァーが俺を見る。そういえば、ベクタを脱出するゴタゴタでまだ説明できてなかったな。
「研究所で幻獣と出会ったところで帝国のやつらに見つかって、セリスが魔法でそいつらを追い払ったんだけど」
「追い払った、だと? まさか置いてきたんじゃないだろうな」
「そんなわけないだろ。彼女は敵を……ケフカを巻き込んでどこかへ消えた。そのどさくさで逃げ出せたんだ」
 いきなり現れた穴に吸い込まれてしまったように見えたが、たぶんドマでのケフカみたいに転移魔法ってのを使ったんだろう。それにしたってあんな爆発が起きたのでセリスの身が心配だ。すぐに再会できればいいんだが。
 セッツァーはあまり納得いってない顔をしつつも頷き、船尾の方にいる兄貴たち三人を顎で指した。
「で、あいつの落ち込みっぷりは何なんだ」
 あいつというのはロックのことだ。クレーンを退けてからすっかり放心状態で、兄貴もミズキもどうやって声をかけていいか迷っている様子だった。

 サウスフィガロの町で反逆者として処刑されかかっていたセリスを助けてリターナーに迎え入れたのはロックだ。そんな事情もあって彼は日頃からよく彼女を気遣っていたし、俺たちよりもショックは大きいだろう。
 それをどうセッツァーに説明すればいいんだ? こういう細やかな気配りの必要なことを俺にやらさせないでほしいよ、まったく。
「その……別れ際にちょっとばかり揉めたんだ。セリスはスパイとしてリターナーに潜り込んでいた、最初から魔石を持って帝国に寝返る手筈だった……というのが敵さんの主張でな」
「そんなもんハッタリに決まってるだろ」
「だと思うけど、納得できてしまう部分もあるのは事実だ」
 研究所に囚われていた幻獣たちは満身創痍だった。帝国としては彼らを使い潰す前になんとしても新たな幻獣を手に入れようと計画していただろう。そんな折りにセリスはリターナーに加わり、俺たちは彼女のお陰で氷漬けの幻獣を守りきった。
 彼女がスパイだったと仮定して振り返ってみると、タイミングが噛み合いすぎているんだ。幻獣奪取に派遣されてきた軍が手薄だったのも、あれ以来ナルシェを攻める動きがないのも、帝国は始めから真っ向勝負をする気などなくて、セリスをうまく俺たちのもとへ潜り込ませるための陽動だったんじゃないかと……まあ、思わせたいんだろうな。
 実際にセリスが手にしたのは氷漬けの幻獣じゃなくラムウの魔石だったが、戦いに勝って奪うより内側から忍び込んで盗む方が簡単なのは確かだ。彼女が裏切ったと納得できる証拠は残念ながらそれなりにある。

 項垂れるロックを見つめ、難しい顔をして考え込んでいたミズキが口を開く。
「正直な話、今セリスをどう思ってるか教えてよ」
 随分と直球で聞いたな。俺は勝手にハラハラしていたが、セッツァーは面白そうに事態を眺めている。しばらく無反応だったロックはやがてポツリと答えた。
「……仕方ないんじゃ、ないか。彼女は今までずっと帝国で暮らしてきたんだ。離れると決めたからっていきなりすべてを捨てられるもんじゃない」
「じゃあセリスが本当に裏切ったと思ってるんだ?」
「それは……俺に分かるわけないだろ、セリスの気持ちなんて」
 彼女は「違う」と言ってたけどな。しかしセリスをスパイだと言ってたヤツだって嘘をついてるようには見えなかった。彼もまたケフカに騙されてたのかもしれないが。ああもう、ワケが分からん。ミズキは尚もロックに尋ねる。
「セリスに戻ってきてほしくない?」
「仮に彼女がそうしたいと思っても実行するのは危険だろ」
「それは私も同感だよ」
 二人の会話を黙って聞いていた兄貴は珍しくロックの側に立った。……兄貴もセリスがスパイだったと考えてるのか?
「セリスは帝国の指示で動いていたスパイだ。もし“我々の仲間”だったら帝国に残った彼女がどんな目に遭わされるだろう。だから、彼女はスパイであるべきだ」
 なんだ、そういう意味か。驚かせないでくれよ。でも確かにそうだな。帝国にセリスを痛めつける口実を与えるくらいならいっそ彼女は敵、帝国側の人間だったと言い張る方がマシかもしれない。
「生かしておけば帝国は彼女をもう一度リターナーに潜り込ませることもできる。なんせ我々はお人好しだからね。彼女が“改心”すれば迎え入れるつもりだ」
「そうだな。ガストラはその話に乗ると思う。新しい魔法を覚えて戻った人造魔導士をむざむざ殺したりしないだろう」
 ひねくれた兄貴の意見にロックは暗い面持ちで同意した。……でもそれはセリスに生きていてほしいと願ってる反面、信じきれない自分への言い訳でもある気がするんだけどな。

「裏切られるのが怖いから誰も信じない、ってタイプだな」
 茶化すようなセッツァーの言葉にミズキがこっちを振り向いた。
「裏切りを怖れないのは人を信じた経験がないヤツだけでしょ。過去の積み重ねがあって今があるんだから。人を信じられないのは責められるようなことじゃない」
 王として国を統べる兄貴はもちろんだが、ロックもまたリターナーの工作員として色々な人間と関わってきたはずだ。あまり他人を信じられない性格になっても無理はない。それを責めるべきじゃないとは俺も思う。
 逆にセッツァーは裏切りなんて怖れはしないんだろうな。自分の命でさえチップにしてしまえるほどのギャンブラーだ。誰かに裏切られたとしてもそれはただ賭けの行方を読み誤っただけ、自分の責任なんだと割り切っている。寛容というべきか、冷たいというべきか。
「迷うのは自分の判断を信じきれてない証拠だろ」
「命懸けで愛してさえ心が揺れることはある。だって人間だし、生きてるんだから、その瞬間の感情が一番強いのは当たり前」
「瞬間に覆される程度の決意には命なんか懸かってやしねえよ」
「そういう船長は誰かを信じて心を託したことあるわけ? 騙されて裏切られても『俺が見誤った』って言い訳するために深く踏み込まないだけでしょ。そもそも他人を信じようって気持ちがないから人の心の機微や情緒の大切さが理解できないんだ。冷血漢は黙って日陰でとぐろでも巻いてろよこのモヤシ野郎」
「最後ただの悪口じゃねえか!」
 なんでそこまで怒られなきゃならないのかと不貞腐れつつ、思い当たる節でもあるのかセッツァーは黙って背を向けた。いや、まあ、俺はセッツァーの言ってることもまったく間違ってはいないと思うぞ。とばっちりが怖いからフォローはしてやらないけど。反論したらミズキは百倍にして返してくるからなぁ。
 口論の間に挟まれたロックがおろおろしてミズキを見ている。彼からしたら勝手に喧嘩されても困るだろうな。
「……私は疑ってもいいと思うよ。迷いがあるから、また信じることもできるんだから」
 自らの下した結論を貫き通せるほどに迷いのない人間は、その強固な意思ゆえに一度裏切った者を決して許さないのかもしれない。疑うことを肯定するミズキの言葉に弱い心は救われる。でも俺は、一切の迷いを抱かずに信じ抜けるセッツァーの強さも羨ましいな。

 セッツァーはセリスが裏切ったとは微塵も疑っていない。その信じる強さの源は、自分の命をセリスに賭けたから、だ。つまるところ信じているのは彼女ではなく自分の判断ってことで、ミズキの言葉はしっかり図星をさしている。
 不機嫌になったセッツァーの矛先は手近なところにいる俺に向けられた。
「お前もセリスを疑ってんのかよ?」
「えっ、俺? うーん」
 彼女が帝国と通じていたか、って言われると分からないな。セリスは帝国の人間だ。あの国が故郷なんだ。国に帰ることを裏切りと呼べるのかどうか。
 もし俺が彼女の立場だったら。想像もつかないが、フィガロの国力を利用して兄貴が非道な行いを繰り返していたらブン殴って止める……だろうか。兄貴と敵対してまで諫めようとするか? そもそも「兄貴が間違ったことをするはずがない」と思い込んで、それが正義だと勘違いしたまま手を貸すかもしれない。
 セリスもそうだったんじゃないかな。研究所にいたシドとかいう男も自分のやってることが悪だなんて思ってもみない様子だった。帝国を信じていたんだ。裏切られたのはセリスの方だろう。
 ……たぶん、疑うのも信じるのも俺たちの役目ではない。宙に浮いた彼女の立場を、受け入れるか否か、それだけだ。
「スパイ云々はこの際どうでもいいや。セリスは魔法を使って俺たちを助けてくれた。だからどんな立場でどこにいようと俺は彼女の味方だ」
 セリスが俺たちを裏切っていないと信じることで、彼女が“帝国を裏切った”のだと認めてしまうのも嫌なんだよ。
 俺がそう言うとセッツァーは、くっと目を細めて「単純バカ」と笑った。……否定はしないけどさ。

 夕食を作ってくるとミズキが去り、兄貴は「料理を覚えたい」と理由をつけて一緒に船内へ降りていった。肉を多めにしてくれるといいんだが、今日はロック好みの食事になるだろうな。あいつなりに彼を励まそうと必死みたいだから。
 とうのロックは相変わらず虚ろな表情だが、さっきよりは俯かなくなった。でもまだいつものキレがない。ちょっと危なっかしいくらいのボンヤリした目でこっちを見ると、飛空艇の横っ腹を通り過ぎる雲を眺めていたセッツァーに声をかける。
「……さっきから思ってたんだけど、舵を取らなくていいのか?」
「自動操縦中だ。ゾゾまでなら航路は仕込んであるんでな」
「そんな便利な機能があるのか」
 常識だろうと言いたげな口調に俺とロックは揃って感嘆の声を漏らした。まったく不思議な乗り物だ。ミズキに言ったら「砂に潜る城に住んでたくせに何をぬかす」と怒られたけど。
「ところで、何しにゾゾなんかに向かうんだ?」
「仲間が待っている。ティナという、魔導の力を持ってる娘が、自分の正体が分からなくて苦しんでるんだ」
「研究所の幻獣たちが彼女を知ってるかもしれないと思ったんだけどな」
 幻獣を連れてくるはずだったのに、助けられなかった。魔石でも大丈夫なのだろうか。ミズキは何も言わないからいいんだと思うけど、これで仮にティナの正体が幻獣だったとしたら、やっとめぐり会えた仲間が死んでしまっているなんてあまりに酷い話だ。
 黙り込んでしまった俺とロックにセッツァーは「揃いも揃って暗い顔すんじゃねえよ、辛気臭ぇな」と吐き捨てた。笑えない展開なんだから仕方ないじゃないか。ここらでもう少し楽しい“イベント”ってやつがあればいいのに。

 この先、世界がどうなっていくのかという不安もあるが、それを知ってしまっているミズキのことも心配だった。起こると分かってる事態を止められない彼女も心の中に重い荷物を抱え込んでいる。
 さっさと手離してくれりゃいいんだが、こればかりは本人の心の問題だしなと頭を悩ませてたら、そんな俺の内心を察したかのようなことをロックが聞いてきた。
「なあ、マッシュ。ミズキは大丈夫だと思うか」
「え?」
「俺を励まそうとしてくれてるのはありがたいけど、あいつ自身……ちょっと……様子がおかしかったよな」
 というと、クレーンを剣で殴りまくってた時のことか。あれはさすがに怖かった。バナン様に八つ当たりした時以上だ。鬼気迫る表情ってやつを通り越して殺人鬼みたいな形相になってたからなあ。クレーンが可哀想に思えたくらいだ。
「研究所の様子に怒りが爆発してるだけだよ。ラムウのこともあったし、幻獣を助けられなかったのが悔しいんだろ」
「あのシドってやつにキレてたのはそのせいか」
 ……ロックも気づいてたのか。あの時は力ずくで止めなきゃ殴りかかる勢いだった。魔石を見るシドの目つきが気に入らなかったんだと思う。幻獣の命が尽きた事実に心を動かされることなく、新たな研究の手がかりに輝かせた瞳が。
 ケフカの登場でセリスがリターナーに与したこと、自分の失言にちゃんと気づいたようだし、今までの所業を悔いるだけでも充分マシな人だと俺なんかは思えたんだが、その反省をあっさり口にしたのがまた火をつけたようだった。
「ミズキはいい人が好きじゃないからなぁ」
「なんだそれ」
 好意で為した行いには憎しみをぶつけられないからだろう。「すまなかった、反省している」と言われてしまえば、されたヤツの心がまだ癒えていなくても許すしかなくなる。
 シド博士は今までセリスにしてきたことを謝ったが、半生を「過ちだった」と否定されたセリスは一体どうすればいいんだ。確かに自分の罪悪感を薄めるための身勝手な謝罪とも言える、が……。
 それで怒るも怒らないもセリスの勝手じゃないか。ミズキが自分のことのように背負い込んで傷つく必要はないんだ。まるで物語のヒロインに同情して悪役に憤るみたいにーーあいつにとってこの世界は、まだ現実じゃない。

 ミズキの話になると途端に機嫌の悪くなったセッツァーが八つ当たりじみた口調でまた俺に矛先を向けた。俺で鬱憤を晴らすのはやめてほしいもんだ。
「……いい人が嫌いなら、お前は嫌われてるのか?」
「えっ」
「って、いやマッシュは違うだろ?」
「じゃあ、こいつは嫌なヤツか」
「そういうことじゃないけど……ミズキはマッシュが好きだよな?」
 俺に聞かれても困るって。でも……自分がいい人かはいまひとつ分からんが、俺はもしかして嫌われてるのか?
 そ、そうかもしれない。あいつの秘密を知ってるし、それを聞き出した時も脅したようなもんだし、疎まれているかもしれない。俺が知ってるせいでミズキは先のことを無視できないんだ。あいつがいろんなことを何もできなかった自分の責任だと思い込むのは俺のせいなのかも。
 そしてもし嫌われてなかったとしたら、俺はあいつに“いい人ではない”と思われてるわけだ。どっちにしろ、ちょっとショックだな。
「マッシュ、気にするなよ。セッツァーはミズキに虐められたから八つ当たりしてるだけだって」
「うーん」
「誰が虐められたってんだよ、誰が!」
 あいつはシナリオが変わってしまうのを極端に怖がってるから、知らされた事実を知らないふりして利用しないのが……いい人でいるのが正しいと思ってたんだが、もっと嫌なヤツらしくいろいろ聞き出して利用した方がいいんだろうか。
 やりたいようにやれ、未来が変わっても構うもんかと、言ってやるのは簡単だ。でもそうやって書き換えられた未来でまた“起こらなかった過去”を悼むなら同じことじゃないか。
 どう転んでも苦しむならあいつにとって一番望ましいのはさっさとゲームをクリアして元の世界に帰ることなのだろうと思う。だから俺は知らん顔をし続けてる。……充分すぎるくらい嫌なヤツだよなあ。




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