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すれ違いの瞬間


 ロックがリターナーの人間を見つけ出し、そのおじさんが帝国兵に小金を掴ませて、私たちは難なく工場に忍び込むことができた。
「ザル警備にも程があるわ」
 思わず呟いた私にセリスが複雑そうな顔で答える。
「もう帝国に敵などいないと思って気が弛んでいるのよ」
 それもそうか。ナルシェでのヴァリガルマンダ奪取が失敗に終わったのは兵力不足と焦りすぎが原因だ。それもドマに展開していた部隊の撤収が完了し次第、今度は全軍を投入してじっくり攻められる。まともに戦えば帝国が勝つだろう。
 リターナーとフィガロとナルシェは手を組んだけれど、未だ帝国に攻め入る手段はない。現在のところ攻勢に出ているのは帝国側なのだ。勝ち戦気分で首都の警備がゆるゆるになるのも仕方のない話だった。
 工場内部に入ってしまうと思いのほか順調に足を進めることができている。人通りのある作業員用通路を使えないのでクレーンを動かしたり魔導アーマーに隠れてベルトコンベアに乗ったりと手間はかかるけれど、そんなところに見張りはいないので気づかれる心配もないのだ。だから戦闘が起こらない。
 そりゃ現実にあれだけの敵とエンカウントしてたら騒ぎに気づいた警備が帝都中の兵士を集めてきて囲まれて終わりだよな。
 たまに曲がり角やパイプの出口に機械兵士が設置してあったり、いきなり天井からトラッパーが降りてきたりして冷や汗をかくけれど、全員がサンダーを覚えてるので周りに気づかれる前に処理できる。
 おまけ程度ではあるけれど私もエドガーにもらった小型ブラストボイスで参戦していた。これって普通に機械にも効くんだな。尤も工場内にいるサージェントやベルゼキューなんかは機械兵というには生々しすぎる外見でちょっと戦いにくいけれど、混乱させてショートさせるだけなら私にもできる。

 当たり前だけれど、セリスが記憶しているのは普通の“通路”なので道を逸れるたびに研究所への道程が分からなくなっていった。それでも彼女の方向感覚を頼りになんとか奥へと進む。
 途中、他のエリアと違ってやたらと汚ならしい区画に出たところで聞き覚えのある耳障りな声が聞こえてきた。
「ケフカだ……」
「ここでは見つかってしまうわね。あの魔導アーマーに隠れましょう」
 そのアーマー明らかに廃棄場へと流れるベルコンに乗せられているんですが、いやどっちにしろそこには行かなきゃいけないんだけど、でもゴミと一緒に流されるのは気分的にヤダ、などと内心であたふたしていたらマッシュに無理やり操縦席に押し込まれた。ひどいよ。
 この魔導アーマーものすごく臭い……。廃棄処分になるほど酷使されたってのは、つまり……それだけ戦場にあったということで。血の匂いがこびりついている。
 最悪の気分で操縦席に蹲りながらケフカの一人芝居を聞いていた。なんか「ぼくちんが神様だー」とか「三闘神の復活だー」とか言ってたようだ。この時点で既に下剋上を目論んでいたのだろうか? ガストラも結局はケフカの掌でいいように踊らされていたのかもしれないな。
 流れ着いた廃棄場の隅、満身創痍のイフリートとシヴァが蹲っている。ラムウの兄弟というだけあって彼らも人間サイズだ。
 しかし魔導の力を吸い取られて弱ってるのは分かるが、どうしてあんなに傷だらけなんだろう? まるで虐待でも受けてたみたいじゃないか。一応ラインに流れていたアイスブランドとフレイムタンは失敬してあるけれど、あの有り様の相手と戦うのは嫌だな。

 こちらとしては幻獣に力を貸してもらうために来たのだ。警戒はしつつ、ロックたちも手を出しあぐねていた。するとセリスが持っていたラムウの魔石が語りかけるような光を放ち始め、イフリートたちが瞠目する。
「ラムウ……?」
「兄弟よ……人間に魔石を託したというのか……」
 力を振り絞ってイフリートが立ち上がり、もはや足の動かないシヴァを支えて私たちに向き合った。彼らに敵意がないのを見てとりエドガーが前へ進み出る。
「幻獣たちよ、ガストラは魔導の力を悪用して恐怖で世界を支配しようと企んでいる。帝国を止めるために力を貸してはくれないか?」
「あなた方と同じ力を持つ少女が苦しんでいるの。お願いします、ティナを助けて……」
 続くセリスの懇願に二人の幻獣は互いの顔を見合わせた。ラムウはティナの名前をなんとなく覚えているようだった。彼らの記憶にも少しだけ残っているのかもしれない。
 おそらく三兄弟はティナと同じ18年前に攫われた。封魔壁の閉じる寸前に。そして今この時、二度と帰れなくなった。
「もはや死を待つばかりの命……兄弟が託したのならば、我らの力もお前たちに……」
「仲間たちを頼む……、研究所で……今も囚われているわ……」
 光の粒子が二人の体を覆い尽くし、やがて弾けるように砕け散った。キラキラと光が舞い落ちる廃棄場の床に二つの魔石が寄り添っている。……幻獣が魔石になる瞬間というのは胸が苦しくなるような光景だった。まるで硝子細工が砕けて壊れるのを為す術もなく見ているみたいに……ただ切ない。

 イフリートとシヴァの魔石はひとまず私が持っておくことになった。……いいんだろうか。今後のことを思うとセリスに持たせてあげたいけど、取り上げられてしまうかな。
 そんなことを考えながらチラッとセリスに目を向ける。光射さない廃棄場で彼女は尚も暗い顔をしていた。
「力を奪い尽くされた幻獣は、こんな扱いを受けていたのね。……私、知らなかった。自分の力が何を犠牲にして得たものかさえ」
 ああもう、あーもうね。
「本当、ガストラがセリスたちにも魔導の力を与えててよかったよね! お陰でこうして助けに来られたんだから」
「まったくだ。ケフカみたいな野郎が独占してたら残りの連中を助けることもできなかっただろうしな」
「ミズキ、マッシュ……」
 知らなかったことを悔いても仕方がない。そもそも隠されていたんだからセリスは悪くないんだ。知っていながら見てみぬふりをする方が、よっぽど罪深いのに。
 私とマッシュの言葉に乗ってエドガーとロックも口々に言い募る。
「幻獣たちは我々に力を託してくれたじゃないか。そして今度は君の力で彼らを助けるんだ」
「セリスの力も、ティナの魔法も、悪しきものなんかじゃないだろ。力を持ってることを悔やむなよ」
 そうだそうだと皆で頷き合えば、セリスは小さく「ありがとう」と囁いてようやく笑ってくれた。うーん、でもまだ強張ってるな。やはりすぐには割り切れないか。
「研究所へ行きましょう。幻獣たちを助けなくては」
「うん。ねえ、セリス。正しいと思ったことの正しさは変わらないと思うよ」
「え……?」
「正義の在り方が変わったとしても、セリスが何かを思って帝国の旗のもと戦っていたこと、それも過ちなんかじゃないんだよ。今とは違うだけ、見方が変わっただけだから」
「ミズキ……」
「以上です。じゃ、行こうか」
 廃棄場を去り際、そこかしこで腐臭を放つ謎の液体の中にいくつかの魔石のかけらが落ちているのに気がついた。拾い上げ、汚れを拭き取って大切にしまっておく。
 ラムウやセイレーンの魔石はよく見るとそれぞれに違いがあった。中心に宿る光の明度や色合い、温度で誰の魔石かを判別できる。でもこの欠片は……、光は弱々しく色も判然としない。この20年で力尽きた幻獣たちの魔力が廃棄場で溶けて混じり合ってしまったのだろうか。

 研究所には空のカプセルがいくつかあった。ここに入れられていた幻獣は死んでしまったということだ。そして奥の部屋には稼働中の六つのカプセル。確か壁にあるスイッチを押したら幻獣たちを解放できたはずなんだけれど、それがどこにも見当たらなくて焦った。
 培養液の中で幻獣たちは虚ろな目をして浮かんでいる。真顔になってるのでどうやらかなりキレているらしいマッシュが、ドスのきいた声で呟いた。
「ぶん殴って壊しちまうか」
「やめてください警報装置が鳴ってしまいます」
 本当に爆裂拳で叩き割ってしまいそうなので慌てて引き止める。するとカプセルに近寄ってしげしげと眺めていたロックが台座に並ぶスイッチに気づいた。
「力尽きた幻獣を廃棄するなら、それぞれのカプセルごとに蓋を開けるスイッチがあるはずだ」
「おお、なるほど。さすがロック」
「ちょっと待てそれ何の“さすが”だよ」
 今のは“さすが泥棒”じゃなくトレジャーハンターらしい視点という意味でのさすがだよ、一応。確かにスイッチひとつですべてのカプセルが開いてしまったら力尽きてない幻獣まで逃げてしまうものね。考えてみれば当たり前なんだけど、やっぱりどうしてもゲームでの知識に引きずられてしまう。
「ふむ。これかな」
 台座には何十とスイッチがあって迷ったけれど、機械に関しては異様に勘のいいエドガーが見事に一発で引き当てた。培養液が排出されて蓋が開く。魔力が中和され弱体化していたのか、カプセルに収まるほどの大きさだった幻獣の肉体は外へ転げ出た途端に膨れ上がる。
 私の目の前に、ギガース族とおぼしき大柄な幻獣が力なく膝をついた。
「マディン、だよね」
「……お前は……どこかで……」
「え?」
 三兄弟の魔石のことを言ってるのかと思ったけれど、どうやらマディンは私自身を指して「どこかで見た」と言ってるようだ。魔力の有無で異世界人だと分かったのか、それにしても彼らが私を知ってるはずがないのに。もしかしたらケフカのように、プレイヤーの存在に感づいている……?
 セリスたちが他のカプセルも次々と開け放っていく。呪縛を逃れた幻獣の体からは既に命の光が零れ落ち始めていた。なんとか繋ぎ止めようとセリスがケアルを唱えるけれど、もう間に合わない。
「我々を助けようというのか、魔導士よ」
「だが、この命は……尽きた……」
「……ここで朽ちるくらいならば」
「我らも共に……お前たちの力になろう……」
 硬質な破砕音があちこちで響き渡って思わず身を竦ませた。そのあとには痛いほどの静寂。あれは、魔石になる時の音は、つまり断末魔の悲鳴なんだ。だからこんなにも心が掻き乱される。
 マディンの魔石を拾い上げると、まだ鼓動を感じる気がした。
ーー俺を連れて行ってくれ
 ……ティナのもとに。

「誰か居るのか!?」
 静けさを叩き壊すような音を立てて開かれた扉から、防護服に身を包んだ男がドスドスと駆け込んできた。あの黄色い服はレインコートだと思ってたわ。シドは一瞬だけ私たちを見たものの、すぐ魔石に目を奪われた。
「なんと! 力の結晶? ……幻獣は死ぬ時に魔力だけを残すのか。しかしこれは肉体から取り出した力の何倍……いや、何百倍もある。ふーむ」
 ちょっとあのジジイをブッ飛ばそうと思って足を踏み出したところでマッシュに羽交い締めにされた。なぜ考えてることが分かる。くそ悔しい。マッシュも帝国が嫌いなんだったらあいつを殴ってやればいいのに。
 目を輝かせて魔石を見下ろすあの男には罪悪感がない。それが幻獣の命の名残だと分かっているくせに、彼らの死に何も感じていない。シドの手が魔石に伸ばされた瞬間、セリスが静かな声で彼を止めた。
「シド博士」
「セリス将軍! む……この怪しいヤツらは何者じゃ? お前さんの部下かい?」
「いいえ。私は……」
「反乱軍にスパイとして潜り込んでいると聞いたが、戻っておったのかね」
 場が凍りつくってのはこのことだ。誰も身動きとれないほど周囲の空気が重くなる。シドだけが純朴な目をして不思議そうに首を傾げていた。娘のように可愛がっていた彼女を今まさに断崖から突き落としたことなど気づきもしない。
「セリス……?」
「違う! 私はリターナーに、」
「でかしたぞ、シド博士。そして……セリス将軍。さあ、もう芝居はよい。そいつらの魔石を持って帰ってくるのだ」
 そしてケフカの登場でロックの表情が強張った。セリスが裏切ったなんて思いたくはない。でも、思いたくないってことは、どこかでそれが真実だと思っているということ。今にして思えば帝国の極秘施設であるこの研究所に易々と侵入できたのも怪しく思えてくるだろう。彼女を信じたいと願うほどに疑う気持ちが強くなる。
「……騙して……いたのか?」
「違うわ! 私を信じて!」
「ヒッヒッヒッ! 裏切り者か。セリスにぴったりだね! リターナーの暗躍するサウスフィガロに潜むというお前の策は、大当たりだ!」
「俺は……俺は、君を……」
「ロック!」
 ケフカが右手をあげると魔導アーマーが突入してきた。私を押さえていたマッシュが力を緩め、どうするんだと小声で囁く。どうする……どうすりゃいいんだろう。
「エドガーと一緒に下がって。たぶんカプセルの後ろに隠れれば魔法は通らない」
「ミズキは?」
「魔石を拾ってくる」

 マディンは私が持っている。カトブレパスはマッシュが、ビスマルクはエドガーが、ユニコーンはロックが確保しているからあと二つ。私の動きに気づいたケフカが憤怒の形相で魔導アーマーに命じる。
「殺せ!」
 腹立たしいことにビームじゃなくて私が無効化できなそうなミサイルが飛んで来たけど立ち止まれない。ファントムの魔石に滑り込んでキャッチ、そのまま転がるようにカプセルを楯にする。ガラスが砕けて警報が鳴り響いた。くそっ、魔力依存なのにやっぱり物理攻撃扱いかよ。ミサイルの外殻は実体だもんね分かります!
「ミズキ!」
 誰だよ二発目が来るんで後にしてくれと思ったら私を呼んだのはセリスだった。ブリザドが魔導ミサイルを破壊する。そして彼女は足元に落ちていたカーバンクルの魔石と鞄から取り出したラムウの魔石を私に向かって放り投げた。
「セリス! 待って、」
 一緒に行く……べきなのか? 喚きながらセリスに駆け寄ろうとするケフカを見た。あいつの近くにいるとなると、ティナの時とは違ってセリスのそばにいてやるだけでも困難になる。彼女を一人にしたくない、でも私に何ができるっていうんだ、でもーー
「ロック……今度は私があなたを守る番……。これで私を信じて……」
「そ、それは! やめろセリス!」
 空間が捻れてセリスとケフカを飲み込んでゆく。頭が真っ白になって夢中で手を伸ばしたが、歪みは私を残して消え去った。結局セリスに何も言ってやれないまま。

 私はテレポの放った衝撃波も素通りしてしまったので気づかなかったが、セリスが未習得の魔法を無理やり使ったせいか室内は惨憺たる有り様だ。カプセルは粉々になり魔導アーマーも煙を噴いている。吹き飛ばされて倒れていたロックたちがよろめきながら立ち上がった。
「セリスは……」
 頭を抱えつつ周囲を探すロックに返事をしようとした途端、地面が揺れて舌を噛んだ。部屋中を這うパイプが唸り声をあげ、カプセルの残骸が変な色の煙を吐きながら爆発し始める。
「こ、こりゃいかん! 今のショックでエネルギーが逆流し始めたんじゃ。ここは危ない、わしについて来い!」
 呆けているロックをエドガーが引き摺り、急いでトロッコ乗り場へ。……先のこと、先のことを考えるんだ。結局こっちへ残ったんだから私はできる限りロックのフォローをして、セリスの帰ってくる場所を守ってやれ。
「セリス……あの娘のことは幼い頃から知っておる。娘のように可愛がりながら、同時に魔導戦士として教育するという、惨いことを……もう一度会えるなら謝りたい……わしの過ちを……」
「謝ったって時間は取り戻せないし私たちに言い訳してる暇があったらテレポしたセリスを探して助けようとか思わないのかね、このジジイは」
「ミズキ」
 嗜めるようにマッシュが名前を呼ぶが冷静さを取り戻せない。幼い頃から知ってたくせにセリスがスパイ行為をしているという嘘に何の疑問も抱かなかったじゃないか。彼女が将軍としての自分の行いを思い詰め、遂には帝国を裏切る決心を固めて、サウスフィガロで拷問を受けていた時も、あんたは何をしてたっていうんだ。
「そうじゃな……。確かに、その通りじゃ。謝罪なぞ自己満足に過ぎぬ。皇帝と話をせねばならん。この戦争の愚かさを理解していただかねば……」
 だが20年も前に開発した魔力を中和する術を放ったらかしたまま、幻獣を魔石化する能力でさえサマサのイベントまでに開発を終え実用化されてしまっている。結局このジジイは自分の研究結果の後始末を何もしないのだ。
 何をしたのか、何をしなかったのか、考えてみることもなく。私はこいつに期待しない。
「ケフカが戻ってくる前にさっさと出よう」
「……そうだな。魔石を持って帰らなければ」
 わざとかどうか、エドガーはティナの名前を出さず、彼女がゾゾにいることも言わなかった。その咄嗟の判断力がこういう時にはとてもありがたい。

 武器運搬用トロッコに乗って工場を脱する。町の出口でセッツァーが待っていた。
「よう、あんまり遅いんで心配したぜ。セリスはどうした?」
 唇を噛んで俯いてしまったロックに代わり、エドガーが「後で説明する」とセッツァーの背中を押した。飛空艇は上空で待機しており町の外には三機のスカイアーマーが用意されている。船長……どうして降りてきたのかと思ったらギャンブルのためかよ。
 というかまたしても大事な兵器を賭けてまたしても負けたバカ兵士はクビにした方がいい。今はそのバカさがありがたいけどな。
「長居は無用だ。早いとこ脱出しようぜ」
「じゃあ私はロックと乗る」
「えっ」
 セッツァーは一人でさっさと愛機に乗り込み浮上してしまったので、必然的に二人乗りすることとなったエドガーとマッシュが顔を引き攣らせる。二人とも体格がいいので操縦席はかなり狭苦しいだろう。頑張れ。
 これからも使う機会はありそうなのでロックにもスカイアーマーの操縦を覚えてもらうことにする。甲板に着地するのは私がやるから大丈夫だろう。上昇と旋回の仕方を教えると操縦桿をロックに任せて私は自分の作業を始めた。
 ロックは細いから二人乗りでもそれなりに身動きする余裕があっていいね。
「お、おい、まっすぐ進まないんだけど!?」
「わりと風に煽られるから気をつけて」
「なんか気持ち悪くなってきた」
「加速なしで上昇するから感覚に慣れにくいよね」
 炎を纏ったフレイムタンと凍りつく刀身のアイスブランド。柄の部分をロープでぐるぐる巻きにしてくっつければ互いの魔法が反発しあって水が滴り落ちてくる。操縦席がびしょびしょになってしまうので慌てて刃を機体の外に出す。
「ミズキ、さっきから何やってるんだ」
「武器の合成」
「はあ?」
 エドガーよりは遅れたものの基本的に器用なロックも数分で運転をマスターして飛空艇の上部に辿り着いた。甲板の着陸場にスカイアーマーを降ろし、セッツァーが舵を握った瞬間だった。

 船底から轟音をあげて巨大なアームが伸びあがり、飛空艇の両サイドをがっちりと固定した。
「くそっ、振り切れねえ!」
「何だコイツは!?」
「クレーン、大きな荷物や重い荷物を運搬するための機械です」
「そういうことを聞いてるんじゃないって!」
 なんでこんなものがベクタ城の天辺にあるのかって意味なら私だって知りたいわ。
 またしても機械兵器ということでサンダーを使おうとした皆を慌てて止めた。こいつらのどっちかは雷吸収なうえ三回攻撃ごとにカウンターで100万ボルトを放ってくる。左が雷吸収だった気がするんだけど、船首から見て左だったか船尾から見て左だったか思い出せないのでどっちもやめておこう。ちなみにもう一方は炎吸収。両方に効くのは水属性である。
 クレーンが町中に倒れないよう、飛空艇をベクタ城の真上に移動してもらう。距離が縮まったので押さえつけるアームの力は上がったが、どうせ破壊するのだから関係ない。
「ミズキ! 前に出るなっ、て……なんだその剣?」
 炎と氷の兄弟剣で作る特製フラタニティ(のようなもの)だ。私は今ものすごく鬱憤が溜まっている。なんでもいいから剣を振り回してブッ壊したくて堪らない。クレーンなら生物ではないから心置きなくやれるでしょ。
「三人でそっちを片づけて。水に弱いからエドガーはビスマルクを召喚、弱ったところをマッシュとロックが武器で破壊」
 鉄球にだけ注意すれば私は魔法を気にしなくていい。困惑する三人は無視して飛空艇を掴んでいるアームを水属性(仮)の剣で無造作にぶん殴った。斬れなくてもいい。ただひたすらぶん殴った。ダメージが微々たるものでもいい。とにかくぶん殴った。殴った。一心に殴り続けた。

 今頃一人でケフカたちに抗っているだろうセリスを思い、20年も飼い殺しにされ廃棄された幻獣たちを思い、善意に覆われた下劣さに気づかない馬鹿どもを思い、敵も愛すべきこの世界を作り上げる要素のひとつだなんてそれを許容していた自分を思い、クレーンを殴りつける。
 炎と氷の混じり合うところから滴る水が機械の内部を浸食してゆきアームが脆くなってゆく。叩くのをやめて突き刺す動作に変えた。大嫌いなヤツの顔面をアイスピックでメッタ刺しにする妄想のように。煙をあげて痙攣するアームに足をかけ、何度も何度も何度も何度も突き刺した。
「お前は最後に殺すと約束したな」
 みんな平等に愛していると思っていた。ここはゲームの世界で私はこの作品が大好きだから主人公たちのみならず名もなき町の人々やモンスターや、レオ将軍やシド博士や、ケフカでさえも、プレイヤーでいる間は同じように好きだったけれど。
「……あれは嘘だ」
 同じわけがないだろう。私はここに生きている。私を守り、想ってくれる人が周りにいる。その人たちを傷つける者を、同じように愛せるわけがないだろうが。くそ。
 視界に影が射し、空を巨大な白い鯨が横切った。無数の水塊がクレーンを押し潰し、バラバラになったアームが落ちてゆくと同時にブラックジャックは全速力でベクタから飛び去った。




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