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ちょっと休憩


 ベクタに乗り込む前に魔法を使う練習をしておくことになった。講師はもちろんセリスだ。魔法の種類や消費MPや有効な利用法なんかは私も教えられるけれど、肝心の“どうやって発動するか”はさっぱり分からないので彼女にお任せすることにした。
 帝国の人造魔導士たちが初めて魔法を覚える時、始めは呪文の詠唱を必要とする。でもその呪文が魔法を発動させているわけではなくて、自分の中の魔力を形にして打ち出す過程を詠唱と結びつけて覚えるのだそうだ。練習を重ねれば無意識に呪文から魔法を連想できるようになっている。あとは魔力を籠めるだけ。
 確かに、何もないところに向かっていきなり炎の形をはっきりと想像するのは難しい。そこで「この呪文でファイアが発動する」と脳味噌にインプットしておけばイメージしやすくなるというわけだ。
 魔力を具現化する行程に慣れて発動コードが不要になれば、もう呪文は唱えなくてもいい。念じただけで思った通りの魔法を使えるのだ。現にティナもセリスも、ケアルやファイア、ブリザドなどの初歩魔法を使う時は黙ってバンバン打ちまくっている。
 逆に高位の魔法はどれだけ経験を積んだ魔導士でも安定して発動させるために呪文を必要とするのだとか。初歩的な魔法であっても威力や射程を調整する時、精神的に弱っていて集中に乱れが生じている時なんかは、また詠唱の助けを借りなければいけない。それが人造魔導士の限界だ。
 ……なのだけれど、魔石によって修得した魔法はその規定を逸脱しているようだった。早速ラムウの魔石でサンダー等々を修得したセリスは熟練の使い手のごとく念じるだけで易々と新しい魔法をぶっ放している。本人も驚いていた。
 人造魔導士は幻獣から魔力を得ただけなので魔法そのものは自分の想像力で形作らなければならない。でも魔石は、幻獣が作った魔法を対価=魔力を支払ってレンタルするという優れたシステムを有している。
 そのせいで「魔法は修得してるのにMPが足りない!」なんて事態も起こり得るのは難点だが、大した特訓もせず高位の魔法が使えるのは凄いことだった。

 魔力の使い方を最初にマスターしたのはマッシュだった。本人含めて全員が意外そうにしていたが、私は深く納得している。だってオーラキャノンも真空波も鳳凰の舞も夢幻闘舞もダメージは魔力依存なのだ。ステータスとしてマッシュの魔力値は伸びないけれど、その能力の使い方には無意識に慣れている。
 実は必殺技の中でいかにも武術って感じの技なんてのは爆裂拳とメテオストライクだけなのである。もう格闘家っていうかほとんど魔導士なのでは? 強靭な精神力が必須のジョブという点ではわりと似通っているのかもしれない。
 エドガーもバイオブラストやサンビームを扱ってるお陰だろうか、何度目かの試し打ちでちゃんとサンダーを使えるようになった。どこまでも反則的な兄弟だ。いろんな意味で強い。
 戦闘回数によるのかそれとも経過時間によるのか、魔法修得値をどうやって溜めるかについては心配していたのだけれど、どうやら魔石を持ってるだけでいいみたいだ。モンスターを殺しまくらなくても済むと知ってかなりホッとした。
 ただこうなると、個人によって修得できない魔法が存在する可能性もある。一戦もしないままラムウのサンダーやセイレーンのスロウを修得できたマッシュだけれど、ケアルを始めキリンの魔法は相性が悪いのかやたら手間取ったのだ。数値を稼がなくていい分、その人の持つ才能に強く依存しているのだろう。
 で、最後まで魔力の使い方が分からなかったのはロックだった。というか現在進行形でセリス指導のもと猛特訓中なのだけれど、いまひとつ“魔力を形にする”というのがイメージできないらしい。無理もない。私だって仮に魔力があってもそうなったと思う。
 魔力ではなくても精神力や気力は私にもあるわけだが、それを魔法として具現化しろ? とか言われても……意味不明だし。できる気がしない。頑張れロック。

 ひとまず必要な魔法を修得し終えたマッシュは私と一緒に休憩中。魔石を握り締めたままケアルを発動させようとうんうん唸っているロックを眺めつつ、彼はなんだか疲れた顔をしている。
「まさか俺まで魔法を使うことになるとは思わなかったぜ」
「貴重な体験おめでとう」
「殴った方が早いと思うんだけどなあ」
 まあ、マッシュならそうかもね。修得が早いとはいっても威力はそこそこ止まりだし、攻撃魔法の発動を待ってるくらいならそれこそオーラキャノンでも打ってた方が効率的だ。必殺技ならMPも減らないし。
「でもスロウとかスリプルとか補助魔法で弱体化すれば、もっと戦いやすくなるからさ」
「そういう小難しい戦法は俺向きじゃないって」
「被害を抑えて戦うのは重要だと思うよ?」
 これがゲームならダメージを受けたら適当に回復してとにかく強力な攻撃でごり押しすれば大抵のことはなんとかなるけれど、レイズやアレイズなんかの回復魔法効果が現実的にどれほど信頼できるものか分からない以上なるべくなら戦わず、戦っても傷つかずに終わらせたいと思っている。
 マッシュはいつも最前線に出る。だから最低限の回復魔法は覚えてほしいし、敵の攻撃を鈍らせる弱体魔法やプロテス系の強化魔法もちゃんと覚えてほしいのだ。
「使い方次第で武器にも防具にもなるんだから。自分に合う戦法を見つけ出すのも修行のうちですぞ」
「好き勝手に言ってくれるぜ」
「いいじゃん、私だって使えるもんなら使いたかったよ魔法。はっきり言って羨ましいわ」
 ちなみに、私が魔法に触れられない件についてはマッシュがうまく説明をつけてくれていたので「お前も魔法修得しとけ」とは言われずに済んでいる。
 なんか、魔封剣開発初期の被験者となって魔法を無効化する肉体を手に入れた私は万が一ティナが暴走した時にストッパーとなる役割も兼ねていたらしい、ということになっていた。どんどん悲劇的なキャラになっている気がするんですが。設定増えすぎじゃね?

 実際のところ、魔法が通用しないというこの特質は長所以上に短所となり得る。怪我してもケアルで治せないし、毒を盛られてもポイゾナは効かないし。アイテムで治せばいいと思うだろうが、実は毒消しの効果だって信用ならない。
 たとえば、だ。この世界の街角では「毒消し」なるアイテムが普通に売られているわけだが、あれはすべての毒に効くわけではないらしい。先代のフィガロ王、エドガーとマッシュの父親は毒殺された。一般的な「毒消し」は効かなかったのだ。
 戦闘中、毒を受けた仲間たちが毒消しを使った時の様子を見ると、通常の解毒剤のように少しずつ効いてくるのではなくてエスナをかけたかのごとく一瞬で毒素が抜けていくのが分かる。
 そもそも一口に「毒状態」とはいっても毒には様々な種類がある。ヘビ毒やフグ毒、貝や虫やキノコや植物、それぞれに違っており、無毒化の方法だって異なる。たった一種類の「毒消し」で解毒することは不可能なはずだ。
 おそらく戦闘時に起こるステータス異常としての「毒」は“ポイズンという弱体魔法にかかっている状態”なのだろう。つまり毒消しは“ポイゾナ効果をもたらすマジックアイテム”だということになる。
 この事実が一切の魔法を受け付けない私の肉体にどのような影響を及ぼすのか、考えてもみてほしい。
 いや、毒もそりゃあ嫌だけど、死ぬほど苦しくて場合によっては本当に死ぬというただそれだけだ。私が真に恐れているのは……。

 もし、もしも、だ。魔法以外でカッパになってしまったら。カッパッパーーーーとかでカッパになって、イエローチェリーで戻れなかったら、私は一生カッパ! しかもカッパ効果のある攻撃のいくつかは物理属性だ。無効化できないのは間違いない。
 マッシュがチャクラを覚えたら、たぶん毒は大丈夫だ。あれは魔力依存の技ではないし私にも効くだろう。レベルでいえば封魔壁の前後で使えるようになるはずなんだけどね。毒消しがマジックアイテムでも毒は治せる。
「でもさ、チャクラじゃカッパは治らないんだよね」
「は? カッ……パ……?」
 カエルやブタよりはマシかもしれない。でもカッパだよ? 妖怪だよ? 肛門が三つもあって尻子玉を食べる河童だよ? なってみたい妖怪ランキングなんてものがあったとしても知名度のわりには意外と上位に食い込めないであろう河童だよ!
 大体なんでイエローチェリーでカッパなんだ。黄桜ってことか。っていうかイエローチェリーを食べてカッパになるのは果物自体にカッパー効果がある証拠では? そもそも治る治らない以前に一度でもカッパになった後で私は本当に元通りの私に戻れるのか?
 かつてカッパであった経験を持つ私は、それまでの私とは、決定的に違っているんじゃないだろうか。心の在り方とかが。
「カッパになりたくない……カッパには、なりたくない……」
「お、おいミズキ、大丈夫か。いろいろと変だぞ」
 気がついたらなぜか青褪めた顔のマッシュが私の肩を掴んで揺さぶりまくっていた。ああそうか、ちょっとカッパになるゆめを見て放心していたようだ。
「ごめん、大丈夫。治癒魔法が効かないことの問題点を考えてボーッとしてた」
「カッパがどうとかってのは何だったんだ」
「……それは言わないで……」
「す、すまん」
 ホワイトケープはニケアに売っていたけれど高すぎて買えなかった。セッツァーに給料をもらった後なら買えるかもしれない。でも、防具の付加効果もアイテムと同じくらい信用ならないんだよな。私が被るとただの布と化してしまう可能性もある。
 とにかくカッパにならないよう気をつけるしかない。フィガロの酒は口にするまいと密かに誓う。

 心配事の一番はカッパ化とその治療法だが、他にもいろいろと問題があった。
 体に触れた魔法を消せるといっても間接的な攻撃なら食らってしまうと思うのだ。たとえばダメージを受けたマッシュが自分にケアルをかけたとして、そこに私が触ったとしてもケアルの効果がなくなり傷口が再び開くというわけじゃない。つまり既に発揮された効果までは消せないってことだ。
「マッシュ、ちょっとサンダーでそこの地面を抉ってみてくれる?」
 うーんと目を閉じて考え込んだマッシュが再び目を開けると、ちょっと離れた地面に雷が落ちる。落雷の衝撃で砕けた小石の破片が飛んできて私の足に当たった。これだ。
「魔法そのものを食らうことはないけど、それによって派生した物理攻撃は有効。この小石が大規模になると余裕で死ねるよね」
「……なるほど、確かにな」
 サンダガで砕けた岩が飛んできたり、ファイガで溶けた壁が崩れてきたり、ブリザガで凍りついたモンスターが倒れ込んできたり。
 きっとクエイクなんかも有効だと思う。あれはおそらく“大地を対象とした魔法”だから私の立ってるところだけ揺れないということはないだろう。地割れに挟まれる可能性もある。そして私は、レビテトをかけられないのだ。
 セリスの魔封剣にも味方の魔法まで封じてしまうという欠点があるが、なかなかに使い勝手の悪い能力だ。いや、私の場合は能力とも言い難い単なる体質なのだろうけれど。
 改めて私を眺め、マッシュは渋い顔で「飛空艇に残った方がいいんじゃないか」と言い出した。
「まあね、回復手段が限られてる分だけ皆より死にやすいし」
「もし帝国に捕まったら実験台にされかねないぜ」
「それもあるねー」
 真面目に聞けと怒られてしまった。命が懸かってるんだから、自分としてはものすごく真面目に答えているのですが。私は安全な場所で見守っているべきではと思う機会は増えている。
 これから戦闘もどんどん激化していく。非戦闘員がうろちょろしてる余裕なんてないのだ。でも私は“主人公”についていって、この物語を見届けなくては……。

 離れたところで歓声があがった。どうやらロックはスリプルを始めいくつかの補助魔法を修得できたようだ。喜びのあまりセリスに抱きついて怒られている。ああほらもう、あのセリスの顔。未熟ながらも恋が始まっている。
 もう、彼らをキャラクターとして見ることができなくなっている。人間として、現実として、この世界に馴染みつつある。
 ゲームをクリアしてエンディングを迎えれば向こうの世界に戻れる……私はそれを目指していたはずだ。でも、そのためにシナリオを変えない、ということに拘れなくなってきてもいる。
 自分の都合で迷惑をかけるのが、とてつもなく嫌なんだよな。戦う力なんて欠片もないくせに、そこまでして彼らにつきまとい、足を引っ張って、私は一体なにを守ろうとしているんだ?




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