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全てをかけるディザイア


 あれを『マリアとドラクゥ』と称するのはどうかとも思うが舞台はなんとか幕を下ろした。決闘シーンの途中レテ川でも遭遇したタコのモンスターに劇を妨害されるという予期せぬ事態が発生したものの、舞台上で繰り広げられる生の戦闘の迫力に観客はむしろ沸き立っていたようだ。
 結果よければすべて良しというところだろう。ミズキが先んじてハプニングありきの芝居だと触れ回っていたのも良い方向へ働いた。
 一応、今回の観客は続く夜の部が無料になっており、明日以降の通常公演も入場券の提示で観覧料が安くなるのだとか。何も知らずに来たが本当に『マリア』を見たかったのに、という客にも配慮がなされている。それもミズキの助言によるものらしい。……そういうところだけは妙にしっかりしている。

 天井裏から劇場の屋根へと出ると待機中のスカイアーマーに寄りかかってミズキが待っていた。なぜかとても渋い顔をしている。上空に浮かんでいる影が飛空艇ブラックジャック号だろう。乗組員として潜り込んでいた彼女が戻るまで船は出発しないので安心だ。
 しかし早速ロックが乗り込もうとしたのをミズキが引き止めた。
「とりあえずエドガーだけ乗って」
「なんでだ? 急ぐんだろ」
「よく考えたら四人乗りは無茶だった。絶対飛べない」
「……ああ、重量オーバーか」
 それはそうだろう。スカイアーマーは基本的に一人乗りで短距離飛行しかできない小型兵器だ。弾薬を積んでいない分だけ多少の余裕はあるだろうがそれでも二人乗るのが限度。特に俺とマッシュは重いからな。
 用意周到で抜け目ないわりにどこか迂闊でもある。そんなところが可愛いと言っても、彼女は誉め言葉として受け取ってくれないだろうけれど。
「セッツァーとセリスが乗った分が甲板にあるから、エドガーと手分けして二台で迎えにくるよ」
「男と二人乗りをしろと? 気が乗らないなあ」
「そんなこと言ってる場合かよ! 早く行ってきてくれ」
 自分からセリスを誘拐させようと言い出したくせに今さら焦っているらしいロックに操縦席へと押し込まれる。続いてミズキも乗り込んできた。狭いので膝の上に座ってもらうことになったが、彼女ならば大歓迎だ。
 ……しかし後でマッシュかロックと同じことをやらなければいけないと思うと憂鬱になるな。
「エンジンはかかってるから、このボタンで離陸。あ、そこ離れてて」
 マッシュたちが距離を取ったのを見て言われたボタンを押すとスカイアーマーが浮き上がり、思いのほか機体が大きく揺れて傾きミズキの体が密着してきた。素晴らしい。しかし後で同じことをマッシュかロックと……うむ、まあいいか。今はこの状況を堪能するとしよう。

 次は一人で往復しなければならないのでミズキに操縦を教わっているが、彼女自身まだあまり運転がうまくないようで四苦八苦しながら飛空艇へ向かってゆく。横顔を覗き込めばいつになく必死な表情をしていて愛らしい。レバーを握る彼女の手に自分の手を重ねても操縦を覚えるためなので怒られはしない。幸せだ。
 思えばマッシュたちがティナを探している間ずっとバナン様やカイエンやガウやナルシェ長老やガードたちにジュンなどといったむさ苦しい男連中に囲まれて本当に辛かった。冗談抜きで死ぬかと思った。
 それが今はどうだ。まるで恋人同士のごとき至近距離でミズキを抱き締めて腰の細さや柔らかさを味わい、髪の香りを感じ、白いうなじで目を潤している。ああ、やはり女性はいいものだ。ずっとこうしていたい。
 だが一つだけ気になることがあった。ミズキから石鹸の香りがするのだ。いや、それ自体は心地好いものでありまったく問題ないのだが。
「ミズキ、風呂に入ったんだね」
「え? なんじゃそりゃ今どうでもいいし」
「君の髪は素敵な香りがするけれど他の男のもとで入浴したのかと思うとショックだよ」
「なんか変な意味に聞こえるからやめて。ていうか操縦に集中しろ」
 レテ川に落ちてからティナと共にゾゾへ飛んで行くまでそんな機会はなかっただろうから、セッツァーのところで念願の風呂に入れたということだ。腹が立つな。
「まさか風呂上がりの姿までセッツァーに晒していなければいいんだが。それはともかく、その髪型はとても素敵だね。君は襟足の形が綺麗だ」
「操縦に、集中、しろ」
「そう照れるなよ」
「照れてんじゃなくて、ああ傾いてる傾いてるー!」
 頬を赤くして怒るのが面白く、もう少しからかっていたかったが仕方ないので操縦に集中することにした。
 操作そのものは単純なのですぐに覚えられるが、地面に接していないのでまっすぐ進むだけでも案外苦戦させられる。空中では距離感が掴みにくく、気づけば風に煽られて飛空艇の位置とは進路がずれている。なるほど……なかなか難しいな。
 なんとか甲板付近に到達し、高さを調整しながら着地する場所を探すと、もう一台のスカイアーマーは船尾に敷かれたマットの上に置かれていた。すぐ横の床板が踏み割られているのはどうやら練習中にミズキが着地に失敗してぶち抜いてしまったものらしい。
「私が向こうに乗るね。もう動かせそう?」
「大丈夫だと思うよ」
 教わった通りに離陸させ、飛空艇の縁を乗り越えて空中に出たところでミズキは安堵してもう一台に乗り込んだ。重さのバランスを取るため彼女がマッシュを乗せるそうだ。まあ、妥当だろうな。……空いてしまった膝元のスペースが物寂しい。
 少し機体をふらつかせながらではあるが自力で劇場の屋根に戻り、ロックを乗せて再び飛空艇へと上昇する。先程よりもやたら短時間で終わったのは俺の飲み込みがいいからであり、もう運転できるのにミズキと乗る時間をわざと長引かせていたわけでは決してない。
 それにしても、どうせならミズキとの二人乗りを後回しにしたかったな。俺は楽しみを後に取っておく派なのに。

 四人揃って船内へ降りたところでいきなり乗組員に見つかった。慌てる我々を横目にミズキは素知らぬ顔で「ただいまー」なんて言っている。
「ルーカスさん、セッツァーは?」
「ラウンジで勝ち金を計算しながらニヤニヤしてるよ。その人たちはカジノのお客さんかい?」
「いや、客というより侵入者。悪いんだけど船長に『そのマリアは偽者だ!』って伝えてきてくれないかな」
 人の良さそうな青年はミズキの言葉に目を丸くしたものの「すっかり乗っ取られてるなあ」などと呑気に笑いながら言われた通りセッツァーを呼びに歩いてゆく。……たった一週間でどれだけここに馴染んでいるんだ、ミズキ。
 セリスが閉じ込められているという船長室の前にはなぜだか靴下と枕カバーといくつかの洋服が放り出されていた。洗濯物か? 何やら怒りに満ちた瞳でそれを一瞥したミズキが、いろいろ堪えた末の重いため息を吐いて扉の鍵を開ける。
 室内は掃除も行き届いており清潔だ。鍵をかけて閉じ込めるのはいただけないがレディを招いても失礼にあたらない部屋ではある。それだけに廊下の衣類が謎めいていた。
「ようセリス、立派な女優ぶりだったぜ」
「ひやかさないでよ」
 ……ロックよ、一応は先に「無事でよかった」と一言あって然るべきだと思うぞ。自身も戦士であるセリスは芳しい反応を示さないかもしれないが、心配したと伝えること自体が大事なんだ。なんて苦々しく思っていたら、ミズキも生暖かい目で二人を見つめていた。たぶん俺と同じことを考えているな。
 レディの扱い方というものを説教してやりたいところだったが、残念ながら足音も荒くこの部屋に近づいてくる者がある。
「本番はここから、だな。第二幕の始まりだ」
「おいミズキ、マリアが偽者だってのは……な、なんだテメェら!?」
 どうやら先程の青年は侵入者の存在を敢えて伝えなかったようだ。ミズキの立場がセッツァーよりも上なのか、単に彼が面白がっているだけなのか。この船を頂戴するのは思ったより簡単なのかもしれない。

 舞台上ではよく見えなかったがセッツァーはいかにも渡世人といった雰囲気の、ガラの悪い男だった。貴族のご婦人方に好まれる容貌だ。男の顔が良くたって何の価値もないがね。
 しげしげとセリスを眺める目に怒りは浮かんでいない。まだ事態を把握しきれていないのだろう。
「えー、ご紹介いたします。こちらマリアの替え玉こと元帝国将軍のセリス・シェールさん3月10日生まれ魚座の18歳。身長172cmに血液型はB型で好きな物はアンティークの絵本、嫌いなのは弱い男、趣味は……」
「ちょ、ちょっとミズキ! どうしてそこまで詳しいの!?」
「研究所の資料には目を通してたので」
 しれっと言い放つミズキに、セリスもロックもセッツァーまでも困惑しているがマッシュは慣れた様子でやれやれと肩を竦めた。体重だけは言わない辺りとても紳士的だな。ミズキが男じゃなくてよかったと心から思う。強敵になりそうだ。
「偽マリアはお前の元同僚ってわけか。最初から計画してやがったな」
 じわじわとセッツァーの顔に怒りが沸いてきたようだ。しかしミズキに対してというよりは騙された自分に怒っている様子だった。
 彼女は誘拐計画を手伝う名目でブラックジャックに乗ったという。だがそれはマリアの替え玉を用意して我々を手引きするための嘘だった。セッツァーは、見抜けなかったのが悔しいのだろう。
「私たちは仲間を助けるためにどうしてもベクタに行かなければならないの。だからあなたの飛空艇を……」
「マリアじゃなきゃ用はねえよ」
 踵を返して部屋を出ようとしたセッツァーの前にミズキが立ち塞がる。
「損をさせるつもりはない。セリスの話を聞いてみて。マリアを攫うより面白いかもよ?」
 帝国の目を掻い潜って南へ渡れる船はもうない。飛空艇はどうしても必要だ。しかしこれはティナを助けるための行動。力ずくで船を奪うこともできるが、できるなら手荒な真似は避けたかった。
 背を向けたままのセッツァーにセリスが追い縋り、ロックと俺も畳みかける。
「あなたの船が世界一と聞いて来たのよ」
「世界一のギャンブラーともね」
「私はフィガロの国王だ。もし協力してくれたら望み通りの褒美を出そう」
 おだてに乗せられたのか褒美につられたのかは分からないが、セッツァーは少し態度を軟化させ「ついて来な」と言って部屋を出た。どうやら交渉くらいはさせてもらえそうだ。

 ブラックジャック号は世界で唯一の飛空艇であるとともに、世界最大のカジノでもある。しかし今は客の姿がなかった。マリア誘拐のために休業中なのかと思ったが、戦争の影響で人が集まらないのだとミズキが耳打ちしてくれた。
 現在はカジノでゲームをするのではなく仲介人を用いてこっそり賭けを行うのが主流だとか。オペラ座の件でミズキが一枚噛んでいたのもそれだろう。でなければアウザーの屋敷など金持ちの溜まり場に赴いてカードに講じるくらいが精々で、ギャンブラーとしては鬱憤が溜まっている様子だ。
「近頃じゃ何をするにも帝国の顔色を窺わなきゃならん。おかげで商売あがったりさ」
「あなただけじゃないわ。たくさんの街や村が帝国によって虐げられているのよ」
「ガストラは魔導の力を悪用し、世界を支配しようとしている。それを止めるためにも、ベクタに囚われている幻獣たちの力が必要なんだ」
 バーのカウンターに先程の青年が立っている。どうやら彼がカジノを取り仕切っているようだ。「久々の来客で嬉しい」と健気なことを言いながら我々にも飲み物を出してくれた。
 セッツァーはといえば、こちらの話になど興味なさそうな顔で出されたブランデーに口をつけている。交渉する気があるのかないのか、焦れたセリスが少し怒って言い募る。
「帝国を嫌っている点では私たちと意見は同じよね。だったら、」
「よく見ればあんた、マリアよりも綺麗だな」
「協力を……え?」
「そうだな。あんたが……セリスが俺の女になるなら手を貸してやってもいいぜ」
 何を言い出すのかと気色ばむロックとマッシュを一瞥し、セリスは意外にもセッツァーの申し出を受けた。ああいう男が好みなのか? 気の強そうなセリスとは合わないように思うんだが。
「分かった。でも条件があるわ。私と勝負をしましょう」
「ほう? 喧嘩でもしようってわけじゃあないよな」
「まさか。エドガー、コインを貸してくれない?」
「え、あ、……ああ。いいとも」
 そうか、フィガロ城で聞いたんだな。ギャンブラー相手にイカサマを仕掛けるとは肝の据わった女性だ、ますますもって痺れるね。しかし俺がコインを持ち歩いていなかったらどうするつもりだったんだろう。

 傍目からは自分自身を賭けたセリスの大勝負だが、コインの仕掛けを知っている俺は冷静に事の成り行きを見守っている。セリスの頼みとあっては断るべくもないが、実のところ結構な痛手だ。マッシュが「なんでこんな無茶に手を貸すんだよ兄貴」と言いたげな顔でこっちを見つめている。
「もし表が出たら私達に協力する。裏が出たらあなたの女になるわ。どうかしら?」
「俺と運を競おうってのか。いいぜ、受けて立とう」
 根っからのギャンブル好きらしくセッツァーは機嫌がよくなっている。それに反してロックは複雑な顔でセリスを見つめていた。
「いいのか? もしヤツの女なんかになったら……」
 煮え切らんヤツだな。そんなことはするなとなぜ言えないんだ。言われても困るが。いやそれよりも、ロックはあのコインのことを知っているのに気づいていない。他の男の影に動揺する程度にはセリスに惹かれつつあるようだ。
 運命のコインが舞い上がる。セッツァーがそれを受け止めて手のひらを返す。見るまでもない、亡き先王と王妃の横顔が表を向いているに決まっていた。
「私の勝ちね。約束通り、手を貸してもらうわ」
 矯めつ眇めつコインを観察し、セッツァーは薄く笑った。なるほど、他人のイカサマを許容するだけの度量は持ち合わせているらしい。
「貴重な品だな。両表のコインなんて初めて見たぜ」
「……兄貴? あれは……」
 ああやはり、さすがにバレるよなぁ。強いて秘密にしていたつもりもなかったのだが今さら言い出しにくいことではあったし、結果的に十年も隠していたものをこんな形で知られるのはなんとなく気まずい。後で言い訳させてくれ、マッシュよ。
「巧妙なイカサマもギャンブルのうちよね?」
 勝ち気に微笑むセリスに、セッツァーのみならずロックもしっかり見惚れている。ついでにミズキまで惚けているようだが。さすが帝国の常勝将軍は交渉術にも長けていた。自分の魅力を存分に生かしている。
「はっ! こんなセコい手を使うとは大した度胸だ。ますます気に入った! いいだろう、手を貸してやる。帝国相手に死のギャンブルなんて久々にワクワクするぜ」
 南に渡るため飛空艇を飛ばしてくれるだけではなく、その後の帝国との戦いにも協力してくれるそうだ。ガストラに喧嘩を売ることさえセッツァーにとっては娯楽に過ぎないらしかった。
「俺の命、そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」

 さてこれで一安心、早速ベクタへ向かいましょうということになり、部屋を去りかけたミズキの肩を強張った笑顔でセッツァーが掴む。
「おいミズキ、お前の給料はナシだからな」
「はあ!? それとこれとは話が別でしょ! 仕事した分はちゃんと払ってもらうから」
「こいつらを手引きしといてなに言ってやがる!」
 正直セッツァーの言い分も尤もだとは思うのだが、ミズキはミズキで一歩も譲る気がないようだった。懐から書き付けを取り出してそれを捲り、彼女は順に何者かの名前を読み上げ始める。
「アルブルグ貿易商のオドリックから3万ギル。ジドール銀行受付のデクストンから7万ギル。画商のエグバートから1万3000ギル。オークションハウスのジェフリーから1万ギル。アウザー邸メイドのイーディスさんから7900ギル」
 どうやら行われた賭事の備忘録だろうか。挙げられた名にセッツァーはウッと言葉を詰まらせた。心なしか顔色が悪くなる。
「この一週間船長が“非正規な手段”で勝った方々にその手口と過払いになった金額をお教えしてもよろしいのですが」
「ば、馬鹿野郎。勝ち金を返すことになったらお前の給料だってなくなるぜ」
「どうせもらえないなら同じでしょう。ああそれとこの一週間で親しくなった方々には船長の鬼畜ぶりをあることないことしっかりお伝えして助けを求めます。資産家の皆様からの援助は根刮ぎ打ち切られるとお考えください。イカサマの手口や船長の癖も洗いざらい暴露するのでこれからギャンブルで勝つのは至難の業ですよ。あと洗濯も自分でしてくださいね。それから、」
「分かった、もういい! 給料は出す。仕事も今まで通りに続けてくれ」
 焦って遮るセッツァーに、ミズキは脅迫材料ならまだまだいっぱい用意してたのにと残念そうだ。……末恐ろしいな。バーテンの青年が言っていた「すっかり乗っ取られた」というのはこのことか。彼女はブラックジャックの経営を握っているのだ。
「くそっ、お前なんか雇うんじゃなかった」
 その点に関してはセッツァーが不注意だったと言えよう。誰かに財布を握らせるのは裏切りの代償が大きすぎる。よほど信頼の置ける者でなければいけないんだ。しかしまあ、信用に足るかはさておきミズキは間違いなく頼りになると思うぞ。




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