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大地に背を預けて空を


 ジドールで一番の大金持ちなアウザーさんは屋敷の一階で酒場を営んでいる。といっても普通の客は入ることができない会員制で、彼のお気に召した役者や芸術家たちだけに開放されたとっておきの場所だった。
 で、もちろんオペラ座のダンチョーや人気女優のマリアも会員だ。彼らは目前に迫りつつある大きな厄介事を回避すべくここで話し合いを重ねていた。なぜ私がそこに加わっているかというと、セッツァーの計画を明かして彼らを助けるためにやって来たのだった。
 ……というのは建前で、実際のところ二重スパイよりも尚ややこしい仕事の真っ最中なのだが。
「私は侵入の手引きをするように言われてここへ来た。だから彼の手口は分かっているし、協力し合えばこちらの都合がいいようにセッツァーを誘導することもできるでしょう」
「で、でも大丈夫なのか? セッツァーを裏切ったりして……君のこと、正直あんまり信用できないんだけど」
「信じるも突っぱねるもそちら次第ですよ。ただ私は誘拐に反対なので船長に従う気はないですね。攫ったらマリアの芝居が見られなくなるじゃないですか」
 劇場艇プリマビスタならよかったけどね。ただの演劇ならカジノでの公演も可能かもしれないが、オペラとなると無理がある。セッツァーが一人占めしたらマリアの魅力と才能は大きく損なわれてしまうのだ。
 まあそれはさておき、私はセッツァーに「ダンチョーのところに潜り込んでマリアを攫う準備をしておく」と言ってここへ来た。そしてダンチョーには「セッツァーの計画を教えてやる」と説得し、真の狙いは「円滑にセリスを誘拐したうえでロックたちを飛空艇に乗せる」こと。
 なかなかに面倒くさい。でも放っておいたら、セリスが身代わりになるまではともかくロックたちが飛空艇に先回りできない気がするんだよなぁ。

 まずセッツァーの側から見ると問題がひとつある。マリア……というか本番ではセリスになるのだけれど、彼女をどうやって劇場から連れ出してスカイアーマーに乗せるかだ。舞台からは華麗に攫えても彼女を荷物みたいに抱えて出口まで走って行くのは大変だ。あと「カッコ悪い」と本人も嫌がっていた。
 ゲーム画面のようにくるくるばびゅーんと飛んで逃げられれば理想的ではある。
「劇場の天井に外から忍び込めそうな場所は?」
「作業員用の出入口はあるけど……」
「じゃあそこからセッツァーを侵入させよう」
「えっ!? 計画を阻止してくれるんじゃないのか?」
「それは危険です。真っ向から邪魔をして予想外の抵抗をされるより、ある程度は泳がせてこちらの思うように動かすべきだ」
 何かを“してはいけない”ではなく“こうしなさい”と指示を与えるのは躾の基本。セッツァーにもマリアを誘拐する理由があるのだから単に止めさせるよりも取り返す準備を整えてからわざと奪わせた方がいい、というのが私の主張。
「何なら一旦マリアを攫わせて私も何食わぬ顔で飛空艇に戻り、機を見て彼女を逃がしてやることもできる」
 私がそう主張するとマリアは思いきり顔をしかめた。
「いやいや、最悪の場合って話よ? マリアだけなら奪われても取り戻すのは意外と簡単なんだ。だけどセッツァーが劇場に入るのを阻止して、自棄になった彼が建物を攻撃でもしたらどうする? 逃げ惑う観衆のド真ん中にセッツァーが登場、混乱の渦中でマリアも連れ去られ……」
「いっ、いかん! それだけは絶対にダメ!」
 阿鼻叫喚の図を想像してダンチョーが悲鳴をあげた。看板女優の誘拐予告だけでも頭が痛いのに劇場が破壊されるなんてことになったら物理的に首を切られる可能性まで出てきてしまうよね。

 第一に公演を成功させること。第二にマリアが無事で済むこと。第三に、なるべく金銭的被害を出さないこと。ダンチョーが重視するのはこの三点だ。
「セッツァーはいつ来るつもりなんだい?」
「マリアとドラクゥの公演中。狙いは客の盛り上がる終盤だ。ラルスが負けて二人の仲を認めたあとに乱入なんて野暮なことはしないから、決闘シーンで割り込み『マリアを頂くのはセッツァー様さ!』って感じ」
「とても彼らしいわね……」
 こめかみに手をあてて物憂げにマリアが溜め息を吐いた。あの派手男ならいかにもやりそうという、しっかりした人物像ができあがっているようだ。さすがセッツァー。
 ところで本物のマリアは間近で見ても確かにセリスと似ている。もしやどっかで血が繋がっているんじゃないのかしらセリスの出生を調査してみたい、と思うくらいにはそっくりだ。ただ女将軍として名を馳せたセリスに比べるとマリアの方が気弱で儚い雰囲気ではある。誘拐計画は彼女にとっても頭痛の種だろう。美人に物憂げな顔をさせてはいけないね。
「誰かの代役として護衛を仕込んで舞台上で“芝居の一幕として”セッツァーを倒すのが一番なんだけどね」
「芝居もできて腕も立つなんて都合のいい人材はそうそういないよ!」
 たぶん数日のうちにうってつけの人材が現れますよ。ダンチョーたちはしばらくここに入り浸るつもりだから、セリスたちもそろそろ到着する頃だろう。
「まあ、公演までによく考えてくださいよ。船長の邪魔をせずマリアを大人しく誘拐させてくれるなら、こちらとしても悪いようにはしませんので」
 私まるで借金の形に娘を連れて行く地上げ屋のようだな。べ、べつにちょっと楽しいなんて思ってないんだからっ。と心の中でニヤニヤしつつ、この辺で暇を告げることにした。私もここで皆を待ちたいところだけれど別件で忙しいのですよ。
 今日はまずアウザーさんに挨拶しておかなければならない。彼には競売所で魔石が出品されたら買っておいてほしいと頼んであるのだ。私の留守中に誰かの手に渡ったら困るからね。
 ちなみにセッツァーもこの酒場に出入りしているうちの一人だからアウザーとは顔馴染みだった。他人を楽しませる者には援助を惜しまない彼、空飛ぶカジノのオーナーである我らが船長のパトロンでもあるのだ。
 金の力を使って今回の件に口を挟むつもりはないようだけれど。ぶっちゃけた話、セッツァーが本当にマリアを誘拐したとしても飛空艇に乗せてじっくり口説きたいだけで女優廃業なんてことはさせないはずだ。そんな船長の性格を分かっているからアウザーも放っといて成り行きを楽しみにしているのだろう。
 それが終わったら今度はセッツァーが行った賭けの精算に方々の貴族邸宅や商人の館や町の警備兵詰所なんかを回らなければいけない。このところやや赤字気味だったのを船長がイカサマで強引に取り戻したので徴収するのがちょっぴり怖いです。

 そうしてなんやかんやで忙しくしていたらあっという間に公演前日になってしまった。ロックたちと入れ違いになりはしないかと慌ててアウザーの屋敷に向かう途中、疲れきって頬の痩けたダンチョーに出会う。あれ今、酒場から出てきた?
「ダンチョーさん、ヒゲずれてますよ」
「えっ!? あ、ああ。君はセッツァーのところの……。なあ、まだマリアは攫われていないよね」
「もちろん。劇場にいるでしょう?」
「そのはずなんだけど……そっくりな人を見かけたものだからまさかと思って……ああ心臓に悪い……」
 悄然と呟きながらダンチョーは町をあとにする。足元も覚束ない様子で馬車もといチョコボの鳥車に乗り込んでいった。明日はマリアとドラクゥの公演初日だというのにそんなお豆腐メンタルで大丈夫なのか。当たり前だが、解決方法は思いつかなかったらしい。
 いやそれよりもマリアに“そっくりな人”っていうことは。
「ミズキ!」
 やっぱり、ちょうどアウザーの屋敷からセリスたちが出てきたところに遭遇した。同行はエドガーとマッシュ。やはり基本的にはこの二人を連れていくことを想定しているのか。マッシュがコインの仕組みに気づくシーンもあるもんね。
「いぇーい、一週間ぶりだねセリス!」
「え、ええ。無事でよかったわ」
「ってセリスだけかよ」
「やっぱりミズキって兄貴に似てるよな」
「どういう意味だ、マッシュよ……」
 やたらと失礼なことを吐かしつつ久々に会ったマッシュは私の頭から足先まで見つめて、なぜかあらぬ方を向いた。
「今度はウェイトレスじゃないんだな」
「なに、残念?」
「よかったよ。ここの客は上品な貴族ばっかりだからミズキには無理な相手だろうなと思ってたんだ」
「どういう意味だよ!」
 くそ、はからずもエドガーと同じ反応をしてしまった。というかマッシュの中で私はどういうキャラなんだ。もう少し淑やかアピールをしておくべきだな。

 再会の喜びを分かち合うのもそこそこに、この一週間の報告を話し合う。……ラムウの魔石もロックに見せてもらった。ああ、もっといろんな料理を作ってあげたかったな。召喚した時に話すことができればいいが。
 ティナはラムウの力でまだ眠りについているらしい。いまひとつ頼りないけどダダルマーたちもいるので大丈夫だろう。と思ったらセリスがカイエンたちにティナのことを頼んでおいてくれたらしい。それなら安心だ。
「ミズキが南へ渡る準備をしてるってラムウに聞いたけど、セッツァーの話は知ってるか? 飛空艇があれば空から帝国に乗り込めると思うんだ」
「ああ、うん。でも帝国まで乗せてくれって頼んでも無理ですよ。二日前に将校との賭けでイカサマを見抜かれて揉めてるところだし、ヘソ曲げて『しばらく帝国領には飛ばねえ』とか言い張ってるからね」
「詳しいな。もしかしてもう接触したのか」
「今ブラックジャック号で働いてまーす」
「……は?」
 経緯を説明すると長くなるので、明日セッツァーが来る予定のオペラ座へとりあえず向かいましょうと促した。チョコボをレンタルすれば夕方には着くだろう。そこから打ち合わせと練習をして本番に備えることになる。
 まだ一人でチョコボに乗れない私はマッシュとのタンデムを強制された。重さのバランスからいってもそこはセリスと二人乗りだろ。べつに嫌なわけではないのだけれども。魔導アーマーを無理やり二人乗りした仲で今更という感じだ。
 ただなんていうか密着するとさすがに意識してしまうというか、エドガーの色気にあてられるのはいいけどいろんな意味でピュアなマッシュにときめきを感じるのは自分が汚れてる気がして嫌なんだよね。
 とはいえ鍛え上げられたマッシュの体に背中を預けていると緊張が解けて心から安堵できる。以前は悩まされたチョコボ酔いも今日は平気だった。どうも私はホームシックになる代わりにマッシュのそばを唯一の寛げる場所だと思っている節がある。向こうからしたら、迷惑な話だろうな。

 始めこそ手綱の取り方を覚えようとあれこれ格闘していたけれど、途中で諦めてマッシュに一任した。どうもこの鳥と通じ合えない。逆ギレするんじゃないけどやっぱり育成要素のある最近のチョコボの方が愛くるしくて好きだな、私は!
 春先の心地よい風を受け、背中にマッシュの鼓動を感じながらふと彼の顔を振り返る。
「今回の件、やっぱ怒ってる?」
「……ちょっとな。だけど俺も迂闊だったし」
 別行動をとるとは事前に言ってあったけれど、それが暴走したティナにしがみついて空を飛んでいくということだとは言わなかった。もし知ってたら全力で止められたに違いない。迂闊と言ったって、教えてないことを察知するのは無理だろうに。
「お前レテ川で話した時に言ってたんだよな。『帝国軍から氷漬けの幻獣を守りきった後、また共鳴反応を起こしたティナの力が暴走して……』って。いなくなるまで忘れてたけど」
「そ、そうだっけ?」
 言った本人も忘れてましたよ。そういや物語の内容を把握していると説明するためにちょっと先の展開まで話した気もする。もしマッシュが覚えてたら「ティナと一緒に行く」と言った時点で止められてたのか。迂闊なのは私だな。
「ま、ミズキは無茶苦茶するもんだって肝に銘じて、これからちゃんと見張っとくことにするぜ」
「そっかー。頑張ってねー」
「他人事かよ」
 のんびりした雰囲気のままオペラ座に到着してチョコボを降りると、マッシュは道中の内緒話についてエドガーとロックにからかわれていた。何なのかとセリスに聞いたところによると、ナルシェで放たれた「通じあってる」発言のせいでどうも私とできてるように思われているらしい。なんて気の毒な。
 ……うーん。私にはマッシュにティナをもらってほしいという目論見があったりするので悪い虫を遠ざけるために否定せず放っとくのもありだ。悪いな、マッシュ。
 だってティナって青春を謳歌することなくモブリズで皆のママとして老いていきそうで怖いんだよ、将来が心配なんだよ。男前で優しくて誠実で生活力あってティナも懐いてるマッシュに是非とも嫁にしていただきたい。放っといたら瞬く間に隠居しそうというのはマッシュ自身にも言えることだし。まあ、本人次第のことではあるけどね。

 劇場のロビーでダンチョーが項垂れていた。またヒゲがずれている。エドガーが楽しみにしていたのだけれど残念ながらマリアは一番奥の誰も来ない楽屋に隠れて出てこないようだ。
「よおダンチョーさん、手紙読んだぜ。セッツァーが来るんだって?」
「あ、君たちは昼間の……。そうなんだよ。それも劇が一番盛り上がった時にね。芝居は成功させたいし、かといってマリアは攫われたくない……ううぅ、どうしたらいいんだ。もう生きてる気がしない……」
 さらに頭を垂れてしくしくと泣き始めたダンチョーを前に私たちは顔を見合わせる。そしてセリスをじっと見つめながらロックがパチンと指を鳴らした。いいな、私あれできないんだよな。指笛も吹けないし。今どうでもいいことだけど。
「いい作戦があるぞ。わざとマリアを攫わせて、俺たちがセッツァーを尾行するんだ。彼女は取り戻せるし、うまくいけば俺たちは飛空艇が手に入る」
「そんなの駄目だ! マリアは前にもセッツァーに口説かれてるんだ。後で降りられるとしてもブラックジャックに乗るのは嫌だって……」
 なんだって。だから彼女はあんなに嫌がっていたのか。船長、すでにフラれてるんじゃないですか! 賭けの代償にマリアを誘拐することにしたのは腹いせじゃないだろうな。
 渋るダンチョーにロックが詳しい話を聞くよう促した。
「だから囮なんだって。……似てるんだろ? マリアに、さ」
 ロックが視線で指し示すと、セリスは「へっ?」と呆気にとられた顔をする。無防備で可愛らしい。まだ女将軍モードなのでギャップがとてもいい、なんてにんまりしていたら同じような表情を浮かべるエドガーと目が合って、お互いに衝撃を受けた。……本当だ……私たち思考回路が同じだ……。
「マリアと入れ替わったセリスを攫わせるんだ。本物には隠れておいてもらえばいい」
「あ、補足すると彼女は強い剣士なので危険はない。見つかったじゃないですかダンチョーさん、“芝居もできて腕も立つなんて都合のいい人材”が」
 私の補足説明を聞いてダンチョーは目を見開いた。希望が見えたのだろう。でもやっぱりまたヒゲがずれているのが気になる。
「それで、君がセッツァーをうまく誘導してくれるわけか。芝居は続けられるし、マリアは攫われない、名案だ!」
「ちょ、ちょっと待って! 私は元帝国将軍よ。そんなチャラチャラしたことできるわけがないでしょう!」
 顔を真っ赤にして怒ったセリスは「絶対にやらないんだから!」と叫んで控え室に逃げ込むと鍵をかけて立て籠った。しかし扉からは歌声が漏れ聞こえてくる。
「本人は結構やる気みたいだな」
「よかったよかった」
 将軍として戦場で声を張って兵の士気を上げたり敵を威圧したりといった経験も豊富なだけに、よく通るし聞き応えもあるいい声だ。音感も申し分ない。大勢の前に立つ度胸も備えているだろうから意外とマジで才能あるんじゃないのかな。

 早速準備に取りかかった。始めはマリア本人に演じてもらってセリスが出るのはラストシーンだけにできないかとも提案したのだけれど、顔はそっくりでも二人の歌声が違いすぎて無理だった。結果『マリアとドラクゥ』なのにマリアの出番が大幅に削られることとなる。
 まあ、今回の公演はハプニングが起きると予め喧伝しておいたのでお客様はそのつもりで見に来るし、観覧料も安くしてあるから大丈夫だと思う。翌日以降の通常公演を見たい人には今日の入場券を提示すれば割引になるようサービスしてはどうかと助言もしておいた。
 セッツァーはジドールの有名人だ。彼が何かをやらかすとなればそれを目当てにした客も増える。たぶん何が起きてもダンチョーがクビになるほどのクレームは来ないだろう。
「それじゃあセリス、一番長いシーンのアリアを。いとしーのー、あなたーはー、遠いーとこーろーへー、はいその次」
「ええと、……色褪せぬ永久の愛、誓ったばかりに……悲しい時にも、辛い時にも、空に降るあの星を、あなたと思い」
「望まぬ契りを交わすのですか?」
「どうすれば、ねえあなた、言葉を待つ……。ここで城の最上階へ移動するのね」
「ドラクゥの幻とダンス、花束を空に投げてから第二コーラス。ありがとう私の愛する人よー、はい」
「一度でもこの想い揺れた私に、静かに優しく応えてくれて……いつまでも、いつまでも、あなたを待つ」
「『ラルス王子がお探しです、ダンスのお相手を。もう、お諦めください。我が国は東軍の属国になってしまったのですから……』マリアは夜空を一度振り返るが、決意を胸に婚約者のもとへ赴く」
 大好きなオペラ座のシーンなのでうっかり熱が入って語りすぎた。気づいた時にはセリスがものすごく感心した風に私を見つめている。
「ミズキ、記憶力がいいのね。もう台本を覚えたなんて」
「い、いやあ。マリアのファンだったからさー」
「いつ芝居を見たの?」
「数年に一度くらいは休暇があったのです。ケフカの気まぐれでオペラ座に来ました、はい、本当です」
「そう……なんだか意外だわ」
 考えてみたらそうだねベクタに監禁状態だったはずの私が芝居を見たことあったらおかしいよね。おおやべえ。
「それより決闘シーンでセッツァーが来る予定だから。天井の従業員通路からスカイアーマーで上空の飛空艇に逃げることになる。すぐ私たちも追いかけるので安心してほしい」
「分かったわ。でもあなた大丈夫なの? こんなスパイのような真似をしてセッツァーに恨まれたら……」
「うん。船長は巧妙なイカサマに寛容なので許してくれるよ」
「ならいいんだけれど」
 万が一怒りを買ってもこっちはいろいろ弱味を握っているからね。この一週間でセッツァーの身の回りの世話をして人脈なんかも把握済みだ。問題はない。
 話題が逸れてセリスも先程の違和感を忘れてくれたようだ。危ないところだった。あまり好きじゃないゲームならうっかりボロが出ることもなかっただろうに。それにしたって最近ちょっと弛んでいるようだ。マッシュに緊張感を持てと言われるのも無理はない。気をつけないと。

 衣装合わせと通し稽古をしてほとんど徹夜で迎えた翌日、いよいよ本番だ。腹を括ったセリスよりも朝からロックの方がソワソワして落ち着かなかった。
「俺、ちょっと控え室の様子を見てくるよ」
「うひひ、ごゆっくり」
「ミズキ……」
 何なのマッシュ、どうしてそんな目で見るの。ここはマリアとドラクゥになぞらえてセリスとロックの互いを想う気持ちが微妙に変化してゆく大事なシーンなのですよ。本当は覗きに行きたいくらいなのに我慢してるだけむしろ上品だと褒めろ。
「それじゃあ私もそろそろセッツァーを連れてくる。劇場の屋根にスカイアーマーを待機させとくから頃合いを見て舞台の方へ来てね」
 よっこらせっと席を立った私を、なぜか真顔のエドガーが引き止めた。
「なあ、ミズキ。思っていたんだが」
「ん?」
「最初から君が俺たちを飛空艇に案内してくれたらよかったんじゃないのか?」
「あ……」
 言われてみればそうだとマッシュは呆然としている。ふっ、そこに気づくとはさすがエドガー、粗忽なロックや脳筋マッシュとは一味違うぜ。しかし駄目なのだ。事件は“この舞台で”起こらなければならない。
「セッツァーが本当にマリアを誘拐できたら私にも10万ギルちょい入ってくるんだ」
「……賭けてたのか」
「当然。稼げる時に稼がないと!」
 今日のお客様の中にはカジノの常連も多く混じっている。このためにセッツァーの誘拐計画を言い触らしておいたのだ。
 表向きは『マリア』が攫われたことになるのでしばらく根も葉もない熱愛の噂が立つだろう、そこは申し訳ないと思う。でも翌日も芝居に出ていればすぐに鎮火するはずだ。一応「誘拐したもののボロクソにフラれたセッツァーが泣いて逃げたのでマリアは劇場に戻った」と広めておくので勘弁してほしい。
 舞台の幕が開けるのを尻目に私は劇場を出ていく。さて、素晴らしいショーの始まりだ。




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