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傘も差さずに雨の中を歩く


 シャドウは確かに強力な助っ人だった。コーリンゲンからゾゾの町を目指してひたすら南下する長い旅の道中、私もロックも、彼を雇ったマッシュの判断が正しかったと認めざるを得なかった。
 彼の存在をありがたく思う第一の実感は、モンスターとの戦いを効率よく避けられることにある。人間の数百倍は過敏な感覚を持つ彼の愛犬インターセプターが周囲を警戒してくれるお陰で、敵の不意打ちを食らう可能性はないに等しい。私たちは広い平原でも街中を行くように安心して旅をすることができた。
 もし避けられない位置にモンスターがいても、戦いになる前に遠距離攻撃に長けたシャドウが仕留めてくれる。彼はドマ王国が発祥と言われる手裏剣の使い手だった。その威力は恐ろしいものだ。
 手裏剣というものは私も訓練で何度か使ってみたことがある。確かに筋力が乏しくても絶大な破壊力を引き出せる便利な武器だとは思ったけれど、私が何度投げてもほとんど的に掠りもせずあらぬ方へと落ちていったという記憶しかない。
 独特の形状と投げ方からコントロールが非常に難しく、至近距離まで近づかなければろくに当たらないのだ。魔力が尽きた時の保険にと熱心に特訓する者もいたけれど私は剣があればいいと置き捨てていた。
 それをシャドウは、弓と同じほどの距離から易々と命中させるのだから凄まじい。モンスターがこちらに気づいて牙を剥いた瞬間には手裏剣が眉間に深々と突き刺さり、あるいは喉を、心臓を、横腹を、確実に急所を確実に刺し貫いて殺害する。さほど脅威にならない敵であれば落ちている小石を投げて追い払うこともあった。
 そんな風に道中のモンスターはすべて、インターセプターによって予め察知されて迂回するか、あちらに気づかれる前にシャドウが殺すか追い払うかしてしまう。驚くべきことに私とロックはコーリンゲンを発って以来まだ一度も剣を抜いていなかった。

 戦闘面で頼れるというのは間違いなく事実だった。金銭で雇う護衛として、能力は申し分ない。でも、だからといってすぐに信頼できるわけでもなかった。
 ……あの手裏剣。人間を相手に使う時は刃に毒を塗るのだとか。もし急所に当たらなくとも皮膚に触れれば敵の動きを鈍らせることができる。そしてアサシンはその隙に近づいて短刀で仕留めるのだ。
 シャドウは間違いなく殺しの達人だった。あの戦闘技術は報酬のために人を殺し続けて得たものなのだ。それを思うとやはり気安く接するのに躊躇ってしまう。ロックも私と同じ気分でいるようだった。
 テントを設営して夕食の準備をする間、少しシャドウがその場を離れた。ロックは隙を見計らって相も変わらず彼と仲の良いマッシュへと疑問をぶつける。
「あいつ、あれほどの腕利きならどうして暗殺者なんかに身を落としたんだ?」
 そう。シャドウの腕ならば帝国軍でも出世が望めることは間違いないし、もっと戦闘技術を活かして、さらに伸ばすならボディーガードや武術師範など何でもやれることはあったはず。そこを敢えて闇の世界に生きているのは何が理由なのかと疑ってしまう。
 殺すことをただ楽しむ、それゆえに強い。……世の中にはそういう人間もいる。シャドウが違うと確信できないのだ。私たちは彼の能力以上に、その人格を知らないから。
 鍋を火にかけながらマッシュは意味が分からないといったように首を傾げた。
「身を落としたって? 人を殺した経験があるのは俺も同じだ。二人だってあるだろう。アサシンが特別ってわけじゃない」
「俺たちは少なくとも金のためなんかに行動しない。どうしても必要なことじゃなきゃ誰かの命を奪ったりするもんか」
「金の問題かなぁ。じゃあロックはバナン様みたいにティナを責めるのか?」
「彼女は違うだろ? 操りの輪を嵌められて、自分の意思がなかったんだし……」
「もし自分の意思があったとしたら?」
 たとえば軍人として彼女が自分の意思で為してきた行いであれば責められるのかと、真っ直ぐに私を見つめるマッシュの視線に私もロックも気圧される。
 常勝将軍などと呼ばれ、帝国軍人として多くの人を手にかけてきた。殺しの対価に報酬をもらっていたわけではないし、私には戦いに見出だした正義も誇りもあったけれど……。でも、私が戦争を生業としてきたのも事実ではあった。

 絶句する私たちを見つめて困ったように頭を掻き、マッシュは強いて明るく続ける。
「なあ、セリスはレオ・クリストフってやつを知ってるか?」
「え……ええ、まあ。個人的に親しかったわけではないけれど」
「ミズキは彼が好きじゃないらしい。理由を簡単に言うと『人殺しだってのは同じなのに比較対象のケフカが外道だから相対的に清廉潔白みたいな評価がされてるのは狡い』ってことだそうだ」
 レオ将軍は帝国の良心、ケフカとは天と地ほども違う人格者。皇帝の覚えもめでたく部下に慕われ敵にさえ敬意を表される好人物。事実、彼と接していてその評価が間違いだと思ったことは一度もない。ケフカを比較対象とするまでもなく彼は確かに善人だろう。
 しかしあまりに悪辣なケフカの存在を抜きにして見た時、レオだけは清らかだと言えるだろうか。彼とて軍人、戦場に立てば人を殺す。そうすべき理由があれば強いて残虐に振る舞うこともある。敵を拷問にかけたり、かつて味方であったものを処刑もする。私情を捨てて残虐になれなければ将軍になどなれない。
 べつにミズキに全部同意するわけじゃないけど、と言い置いてマッシュは続けた。
「俺だったら、自分の親しい者を殺した相手だけはどうしても許せない。そいつが悪いヤツじゃなく、そこにどんな正義があったとしてもだ。そしてたぶん俺が殺したヤツを大事に想っていた人も、きっと俺を恨んでいる。……誰かの命を奪ってる以上、どこにも正義なんかないんだろう」
「アサシンが非道だとしても、俺たちだって大差ないと言いたいのか? ……マッシュって、結構、手厳しいな」
 金に目が眩んで恨みもない人を殺したりはしない、ケフカのように欲心で死と破壊をばら蒔きもしないけれど、それが何だというのか。殺人者の理屈や動機など死者には関係ない。やってるのは同じことだ。私もシャドウも、ロックもマッシュも、記憶をなくしたティナも、同じ穴の狢だと言われた気がした。

 揃って消沈してしまった私たちに、マッシュは「何も責めてるわけじゃないんだけどな」と苦笑する。
「ま、難しい話は抜きにしてだな。単純に、俺だったらシャドウには狙われたくないと思うね。敵にしたくない相手だ。で、味方でいる間は敵にならないだろ?」
 私の肩越しに通り抜けていくマッシュの視線を不思議に思い、振り返ると暗がりに溶け込むようにシャドウが立っていてギョッとする。い、いつから聞いていたのかしら……。
「だからさ、できれば俺たちを殺せって依頼は受けないでくれよな」
「……報酬の額による」
「ええ〜? じゃあ、引き受ける前に俺のとこに来いよ。そん時は兄貴に借りて倍額払うから見逃してくれ」
「それは妙案だな。やり口がミズキに似てきたんじゃないのか?」
「えっ……。やめろよ、それは酷すぎるだろう……」
 ミズキに似ていると言われてなぜか落ち込むマッシュを見下ろして、シャドウはマスクの下で笑った気がした。思わずロックを見ると、彼は二人の様子など目に入っていないようで、暗い目をして俯いていた。
「レイチェルが殺されてなかったら、俺は帝国を倒さなきゃいけないなんて考えなかったと思う」
「ロック……」
「似たようなもんだよ、確かにな」
 私はどうだろう。憎しみのために人を殺したのではないと言い切れるだろうか。帝国を裏切り、祖国を倒すことで自らの罪まで消し去れるような気がしているだけではないのか。あの国を、ガストラ皇帝を、権力を持つものを諸悪の根源に仕立てあげ、従っていた私に罪はなかったのだと思いたいだけでは。
 誰かを守るためだなんて言いながらいつの間にか正しさが歪んでいる。正義なんて始めから、ただの言い訳にすぎなかったのよね。

 夜番の段取りを決めておこうかとロックが尋ねたら、シャドウは必要ないと答えた。インターセプターは眠っていても敵の気配ですぐに目を覚ます。全員が熟睡しても危険はないのだそうだ。
 襲撃を気にしなくて大丈夫だと言われても屋外では緊張してとても熟睡なんてできない、と思いながら寝転がって、気づいた時には太陽が天高くにあった。……久しぶりの安眠だった。疲れが溜まっていたのだろうロックも私より後まで眠っていて、起きた瞬間に大慌てだった。
 それから三日間かけてゾゾの町に到着した。そこは止まない雨の降り頻る薄暗い場所だった。廃墟の町に住むのは全員が犯罪者、彼らの穢れを灌ぐため雨が降り続けている……というのはジドールの住民の迷信だろう。
 実際は海から吹きつける暖かな風が山脈に阻まれて留まり、盆地となっている町の上空に雨雲を作り出すという、ただそれだけのこと。でも戯言を信じてしまいそうになるだけの陰惨な雰囲気は確かにある。
 この三日間でシャドウに対する警戒心はほとんどなくなっていた。彼は私の大切な人を殺したわけではなく、私を狙っているわけでもないなら、アサシンを生業にしていようと気にすることはない。そもそもマッシュに相談した時点で彼を仲間として受け入れたいと思っている証だ。憎む必要のないものまで憎みたくはない。
 しかしようやく打ち解ける準備が整ったところでシャドウは呆気なく仕事は終わりだと言い出した。
「案内は済んだ。俺はもう行く」
 慌てたマッシュが「せめてミズキが見つかるまで一緒に来いよ」と引き留めても、頑なに首を振る。
「雨は苦手だ。ここは俺向きではない」
「……もしかして、マスクが濡れて息苦しいとか?」
「は? 外せばいいだろ、そんなの」
 ロックも蟠りはすっかり消えたようで無遠慮にシャドウのマスクを引き剥がそうとする。けれど、素早く逃げられてしまった。
 この数日の活躍を思えば「犬の餌代分は働いた」というシャドウに誰も反対はできない。それに雨の中では手裏剣の命中精度が落ちるし、インターセプターの鼻も利かないし、毛並みが濡れて風邪を引くから嫌なのだとか。たぶん……最後の理由が一番大きい気がした。インターセプターのためなら仕方がないわね。
「ここの住民は決して本当のことを言わんが、隠し事もしない。困ったらヤツらに話を聞け。そして絶対に従うな」
「分かったよ。ありがとうな、シャドウ。またどっかで会おうぜ」
「……」
 マッシュの言うようにまた会う機会があればもう少し打ち解けられるかもしれない。こちらを殺す依頼で出会うことのないようにと願いながら、雨に煙る町を去っていく彼の背中を見送った。

 ティナを探して町を数時間さまよい歩く。……ここが町と呼んでいい場所なのか、どんどん疑わしくなってくる。
 住民たちは特に姿を隠すこともなく町を歩いていた。多くはこちらに目もくれず存在を無視していたけれど、時折たちの悪い暴漢が襲ってきた。建物はどれも雨で錆びついている。家々のどこにも人の住んでいる形跡がまったく感じられなかった。
「どこもかしこも廃墟のまま放ったらかしだ。あいつらはどうやって生活してるんだ?」
「必要なものは他人から奪ってるんだろうな」
 ロックの返事にマッシュが物言いたげな視線を向けるけれど、あえて何も言わずに足を進める。宿屋の看板がかけられた建物に入ろうとした時、遠くから様子を窺っていた男たちがざわつくのを感じた。……何かしら。
 住民たちの反応からここにティナたちがいるのかとも思ったけれど、宿は藻抜けの空だった。看板は綺麗に残っていたのに屋内は荒れ果てて宿泊などできる状態ではなくなっている。ミズキがティナと共にあるならせめて休める場所を確保しているはずと思ったのに宛が外れてしまった。
 他を探そうと踵を返した私とマッシュの後ろで、ロックが不意に立ち止まる。
「……あの時計、なんか気になるんだよなあ」
 彼が見つめているのは針が止まった置き時計だ。マッシュも戻ってそれを眺める。べつに、何の変哲もない時計だと思うのだけれど。
「またエリクサーでも隠してあるのか?」
「うーん。なんていうか、盗賊が宝の隠し場所に罠を仕掛けておくだろ。そんな感じの匂いがするんだ」
 これ自体が何かの仕掛けだと思う、トレジャーハンターの勘がそう告げていると胸を張るロックを胡散臭そうな目で見やり、マッシュはやれやれと溜め息を吐いた。
「な、なんだよその顔は」
「いや……べつに」
「俺は泥棒じゃない!」
「何も言ってないって。いいから早くミズキたちを探そうぜ」
 ロックは尚も泥棒ではないと言い募り、マッシュが軽く往なして、じゃれ合うように出ていく二人を追いかけながら一度だけ時計を振り返る。やはり普通の時計だ。……泥棒の勘も変だけれど、マッシュの言葉もよく分からない。時計にエリクサーを隠しておくのは一般的なのかしら?




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