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さぁ、喜劇を始めよう


 結論から言うと、ブラックジャック号の乗組員はセッツァーを除けばゲームの画面上に存在するあの三人だけだった。道具屋とリフレッシュ係とひっぺがしちゃうおじさんだ。
 当たり前だが三人それぞれちゃんと名前もある。食糧など必要物資の調達をしてくれている道具屋のジミーさん、カジノの接客と食料品の管理を担当しているリフレッシュ係のルーカスさん、セッツァー以外で唯一の設備管理要員でもある通称ひっぺがしおじさんことダンさん。
 私の仕事は手が足りていないところの助っ人ということになるようだ。顔合わせは済んだけれども三人の名前から部屋の場所から覚えることが多くてあたふたしてしまった。
 ちなみに、ブラックジャックの維持にかかる経費だがカジノとそれに付随する酒場と道具屋さんの儲け、あとは下船中にセッツァーが誰かと行った小さな賭けでの細々とした稼ぎで賄われている。月間、年間の収支を誰も把握していないのだと知らされ目眩がした。
 なんでもセッツァーはカジノで儲かれば儲かっただけ派手に使い切ってしまい、逆に負けが続いた時はとりあえず荷物運びなどを請け負って凌ぎ、それで間に合わなくなったら陸のギャンブルで荒稼ぎするという生活を繰り返しているのだとか。
 たまに燃料が買えなくてブラックジャックがしばらく飛べなくなったりもするというスリリングな毎日。シンジラレナーイ。
 明日の生活を憂えず金を弄ぶギャンブラーの思考は理解不能だった。こんなにも生活が不安定な場所にティナやセリスやガウや後にはリルムを迎えるのは嫌だ。飛空艇に乗れば多少は安定するはずと期待していたのに。給料がちゃんと支払われるのかさえ心配だ。
 あ、そうそう、給料はなんと振込だった。酒場で雇用契約(口頭)を交わした帰り際にセッツァーはジドール銀行で私の口座を作ってくれた。崩壊後にもまとまった金を残しておけるのでありがたい。
 でも、給料の振り込み日はセッツァーの気分次第。……不安だ!

 船内を一通り見て回ったところでルーカスさんの作った夕食を頂いて与えられた自室に戻り眠りについた。やっぱり自分の部屋があると落ち着く。
 そして目覚めた翌朝。記念すべき最初の仕事内容は何だろうかと身支度を整えて部屋を出たが、セッツァーは、まだ寝ていた。というよりカジノの清掃をしていたルーカスさんしか起きてる人がいない。
「乗客がいない時はこんなものさ。早くから起きてても仕方ないからね」
「そういう問題なんですかね……」
 道具屋のジミーさんと装備チェンジのダンさんは船内に客がいない期間ほぼ一日寝て過ごすのが普通だそうだ。客がいなかろうが仕事はあると思うのだけれども。在庫管理とか営業とか設備管理とか掃除洗濯とか。あと掃除洗濯とか。
 とりあえずカジノ内の掃除を手伝ったあとルーカスさんと朝食をとって船長の起床を待つ。昼前が近づくにつれて焦りが募り始めた。いつになったら起きるんだセッツァー、今日は朝からアルブルグへ行くと言っていたのに。
 仕方がないので昼食の仕度にとりかかるルーカスさんを尻目に船長室へと向かうことにした。……もしかしなくてもこの船でまともに働いているのはリフレッシュ係だけか?

「うわっ、なんじゃこりゃ」
 辿り着いた船長室の前にはなぜか昨日セッツァーが着ていた服が乱雑に投げ出されていた。洗濯しとけということなのだろうか。だとしても床に積むなよ。洗濯室に持っていけよ。
 呆れつつノックをしたが案の定セッツァーの返事はない。諦めて部屋に入ると例の特注コートはきちんと壁にかけられている。そしてセッツァーはまだベッドの中で頭まで布団をかぶってミノムシになっていた。
 朝イチの業務内容に“船長を起こす”が追加される気がするなあとため息を吐きながらベッドに近寄り、勢いよく布団を剥いだが……。
「ちょっと船長いつまで寝て……おおっとー!?」
 捲った布団を即また戻す。全裸で寝る派なら先に言っておいてほしかった。切に。幸いにも肩から胸にかけての凄まじい傷痕の方に目がいって変なモノは見えなかったけれど、どっちにしろ朝っぱらから見たいものではない。
 とりあえずクローゼットから適当な服を引っ張り出してきて叩き起こす。セッツァーは明らかに二日酔いの顔を布団から覗かせて私を睨んだ。
「おそようございます。朝食は?」
「いらない」
「不健康な自堕落野郎」
「何とでも言いやがれ」
 キッチンは基本的にルーカスさんの持ち場だが、食事は各自で用意することになっている。なぜなら乗組員の起床時間がこのようにバラバラで、朝食も昼食も夕食も何時になるか不明なうえに食べたり食べなかったりするからだ。
 この世界に来てから落ち着いて食事をする機会が滅多にないので偏った食生活に慣れてしまいつつある。ブラックジャックを拠点にするようになったら改善されると思っていたのに今のままでは駄目だな。
 すでに完成されているルールを壊すのは申し訳ないけれど、この先まだ搭乗員は増えるのだからそれなりに規則正しい生活に改めてもらう必要がある。

 適当にクローゼットを漁ってセッツァーの着替えを探しながら、部屋の外の衣類について聞いてみる。
「ところであれって洗濯物? 外に放り出さないでほしいんですけど」
「俺は部屋が汚いのは嫌なんだ。でも片づけるのも嫌だ。だから散らかるようなもんは最初から部屋に置かねえのさ」
「意味が分からない」
 自室さえ片づいていればドアを一歩出た先の廊下に脱ぎ捨てた服が散らばっていてもいいというのか。確かに部屋の中は綺麗に掃除されているけれどその几帳面さをもう少し広く発揮してほしい。
 洗濯は、溜めるだけ溜め込んでおいてブラックジャックが停泊してる隙にこれまた各自で洗濯し、甲板に干して自分で取り込むことになっている。
 全自動洗濯機なんて便利な物はもちろんなく、ここにあるのはドラム式洗濯機に石鹸を溶かしたお湯と洗濯物を放り込んで蒸気機関で回転させて攪拌洗浄するものだ。洗い終えた服は付属のローラーに挟んでハンドルを手回しで絞る。重労働なので極力洗濯したくない気持ちは分かるけれども。
 総じて言えるのは「自分の世話は自分でやれ」ということだ。船長がアレなので乗組員も揃って面倒くさがりであった。とりあえず洗濯物は私が全員分を回収して一括で洗濯するとしよう。今のままでは水がもったいない。仲間が増えた後は当番制にすればよろしい。

 寝ぼけ眼のまま再び布団に潜り込んでいくセッツァーを慌てて引き留めて着替えを押しつけた。
「ちょっと寝ないで。今日はアルブルグにお客を迎えに行くんでしょ」
 世界唯一の飛空艇であるブラックジャック号はあちこちで需要がある。しかし船長は気紛れのギャンブル好きで人や荷物を運ぶなんてつまらない仕事のために船を使うことを嫌がった。そこで各国の金持ち連中や偉いさんはカジノでセッツァーを負かした時ここぞとばかりにコキ使うのだ。
 昨日もセッツァーは酒場に入り浸る前に、資金繰りのために荷運びの仕事をさせられていたらしい。帝国と取引のある貿易商からのお達しで、明日お客様を迎えにアルブルグへ飛んでくれと言いつけられた帰りに不貞腐れて飲んでいたのだった。
 ちなみにマリアの誘拐も貴族様との賭けに負けたのを発端にして「なんか面白いことやれ」と言われ思いついたらしい。アホか。このダメ人間をどうしてくれよう。
 全裸でなければ容赦なく布団をひっぺがしてやるのだが今めくるとダメージを受けるのはこちらなので仕方なく耳元で起きろ起きろと喚き立てる。ようやく上半身を起こしたセッツァーは頭を掻きながら大あくびをひとつ。
「帝国のヤツを乗せるのは嫌いなんだよ……。取り巻きをぞろぞろ引き連れてるくせにカジノは使わねえしよ」
「だったら引き受けんな。やるって言ったことはきっちりやれ。早く起きないとエンジンルームに小麦粉をぶちまけるぞー」
「……やめろ。起きりゃいいんだろ、起きりゃあ。偉そうな使用人だな」
 これでは使用人というよりただのお母さんなのだが。とりあえずセッツァーが服を着ている間に廊下の服を回収して、顔を洗うための湯をとりに風呂場へ向かった。

 そう、風呂です。ブラックジャックにはお風呂があったのです。船の利用客が富裕層に限られているので需要があったのだろう。湯を沸かす仕組みは飛空艇を飛ばすのと同じ蒸気機関だが、浴槽に張る湯そのものには海水を汲み上げて蒸留した真水を使っている。意外と水には困っていないらしい。
 なんにせよお風呂。素晴らしい。ブラックジャックに風呂があったというだけでこれから先も生きていく希望が芽生えるというものよな。
 それはさておき、服を着て顔を洗ってラウンジにやってきてもまだ眠そうなセッツァーにパンを焼いて出したら、朝食はいらないと言っていたくせに「サラダと卵もほしい」と文句を垂れやがった。しかし黙々と従う。それより私は聞きたいことがあってウズウズしているんだ。
 ファルコン号にも浴槽があるのかどうか、切実に知りたい! もし無いのならコロシアムの爺さん辺りに浴場の設置を勧めるなどして今から奔走しなければ間に合わないことが多々ある。
 でもストレートに「ファルコンも風呂つきですか?」なんて聞くわけにもいかないのよね。私はその船の存在を知らないはずなのだから。
「ところでさ、飛空艇って普通に風呂があるもんなの? スピード落ちそうに思うんだけど」
 邪魔でしかないカジノを潰さないのはセッツァーの拘りだと分かるけれど、風呂場は何なのだろう。これはマジの疑問だ。浴槽完備は綺麗好きなセッツァーの趣味でしかないとしたら、ストイックに最速のみを目指していたダリルのファルコン号には風呂がないであろうことを覚悟しなければいけない。
 ごくりと息を呑む私に不審な眼差しを向けつつ、セッツァーはサラダを貪りながら答えた。
「風呂が船の性能を上げるってわけじゃないが、あったからってそこまで遅くなるもんでもないからな。風呂があれば乗組員のコンディションを保てる。それが結局は性能向上に繋がるのさ」
「……なるほど。でもギャンブラーらしからぬ堅実なお言葉ですね」
「破天荒で悪かったな。お察しの通り、俺の思いつきじゃねえよ」
「誰かの受け売りですか?」
「あー……昔の、悪友の言葉だな」
「へぇ〜」
 無表情を装いつつ内心でガッツポーズをとっていた。ありがとうダリル。あなたの船にも風呂があるんですね。おかげで崩壊後の懸念がひとつ消えた。

 結局アルブルグへ飛んだのは昼過ぎになり、しかもセッツァーがまったく悪びれない態度を見せやがったせいで帝国のお偉いさんは大層お怒りだった。料理や風呂やで御機嫌をとらなければ運賃をもらい損ねるところだったよ。
 もう私は使用人というよりマネージャー業務に力を入れるべきかもしれない。セッツァーの生活は行き当たりばったりすぎて私のような凡人の心臓に悪いのだ。それに雇い主の収入が安定しないと私に給料が入ってこないじゃないか。しかしこんな環境でよく嫁をもらおうなんて思ったものだな。
 って、肝心のマリアはいつ誘拐しに行く予定なんだろう?
 ロックたちがゾゾの町に辿り着くまで何日かかるのか、暴走ティナ特急で飛んで来た私には地上を旅した場合の経過日数がよく分からない。まずナルシェからフィガロ城に行って海を渡り、一旦コーリンゲンに寄ってから南に向かって山を回り込んで……少なくとも三日や四日はかかりそうだな。
 セリスが来ていないのに本物のマリアを拐われてしまっては困ったことになる。そこは用心しておかなければいけない。一応マリアの世話をするために雇われたのだし、私が計画の全貌を知りたがるのは不自然ではないだろうと思ってついでに尋ねた。
「船長、マリアさんを迎えに行くのはいつですか?」
「気が向いた時」
「……どうやって連れ出すつもりで?」
「その場で考える」
 よし分かった。この男には何の計画もないということが、よく分かった。

 オペラ座の団長とセッツァーには面識があるそうだ。というか、旧知の仲といってもいい関係らしい。なんせ僻地にあるオペラ座、大陸への船も出ているけれど遠くから上客を運んできてくれるのはこのブラックジャック号だけなのだった。
 もしセッツァーが本気でマリアを連れて行くつもりなら、収入の大半をブラックジャックに頼っている団長は逆らいようがない。そういう力関係だ。
 ただ団長にとって幸いなのは傾奇者めいた気質を持つセッツァーが野暮な行いを嫌ったこと。強引に連れ去っても面白くない、どうせなら成功するか否かを賭けよう、俺は俺の望む喜劇を演じるのでそっちは精々抵抗してみせろ、という流れになって今に至るらしい。
「どうせなら派手にやらかしたいもんだぜ」
「公演中に拐ったら観客も喜ぶんじゃないでしょうか?」
「だったら『マリアとドラクゥ』がお誂え向きだな。一週間後くらいに公演がある」
 実際のところ、セッツァーはどうやって舞台に乗り込むのだろう。セリスを連れ去る経路をうまく決めておかないとロックたちが追いかけられなくなってしまうよね。べつに私とセリスでセッツァーを説得(物理)してから地上へ迎えに行くのでもいいけど。
 ロックにセリスを助けさせたいし、やはりイベント内容は極力変更したくないな。

「誘拐については、私が先にオペラ座に潜入しておいて手引きします。でも脱出がねー。マリアを抱えて走って飛空艇まで逃げるのはなんかカッコ悪いですよね」
 この船に乗り込んでから飛び立つのでは普通に警備員が追いついてきてお縄ちょうだいとなるだろう。連れ去る側にも追いかける側にも都合のいい方法はないものか。犯罪の成立に頭を悩ませる私の横で、物思いに耽っていたセッツァーがふと呟いた。
「……前に帝国の技術者から巻き上げたスカイアーマーが二台ある」
 何を賭けてんだよ帝国兵。バカなのか? いやそれよりもセッツァー、負ける時も勝つ時も金額が大きすぎて怖いよ。やっぱりこいつには監督者が必要だ。このままではいずれ借金まみれになってコロシアムで働かされるぞ。
「脱出に使えますか、スカイアーマー」
「マリアを連れてスカイアーマーで上空のブラックジャックに戻る。見た目も派手だしな」
「じゃあ私は二人がオペラ座を出るまで警備の足止めをしておいて、もう一台で後を追っかけるということで」
 その時にロックたちを乗せれば飛空艇まで案内できる。マリア誘拐はなんとかなりそうだな。
 残る課題は誘拐計画実行までに魔石を買うための三万ギルを貯めるだけか。それも一週間ここで働きまくってセッツァーの世話をすればなんとか稼ぎ出せるだろう。もし駄目なら給料を前借りすればいい。
 うん、いけそう。ロックたちは今どの辺りまで来てるのだろう。私の方は、幕開けを待つばかりだ。




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