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君だけの世界


 テントもしくは砂漠の小屋。それからフィガロ城での歓待とサウスフィガロで一番安い宿。あとは野宿。あまりにも極端な宿泊体験しかしていない私はこの世界の生活水準が如何程なのか未だにさっぱり把握できていなかった。
 たぶん産業革命が終わった頃だろうと思うのだが魔法のおかげというか魔法のせいでというか、向こうの世界よりは文明の進歩が遅れている気がする。
 不便な暮らしは今のうちだけ、飛空艇を手に入れれば貧乏から脱却できるのだと自分を慰めていたけれど、果たして本当にそうなのかと疑いを抱き始めている。
 ここも世界の平均からは程遠い極端な僻地ではあるけれど、ゾゾの町はマジで引くほど不便なのだ。

 まずもって建物のすべて住居としての機能が不十分に過ぎる。「雨さえ凌げればいい」という感覚で、生活に必要な設備がまったく揃っていない。
 ティナが辿り着いたビルの全室くまなく探索したがトイレも風呂も台所でさえも見当たらないのだ。住民いわくトイレはそこらですればいい、風呂は年中シャワーが降ってるから不要とのこと。正気の沙汰ではない。
 でも雨を飲んで生きているわけではないのだから台所は必要なはず。そう思っていた時期が私にもありました。
 ゾゾの住民は肉ばっかり食べている。皆揃って脳筋だから雑に切って焚き火で焼いただけのモンスター肉が主食だ。あとは食べられる草を雨水で煮る。一応、大気が澄んでいるのでここの雨は飲んでも平気らしい。そんなわけだから建物すべて廃墟であるこの町のどこを探しても調理場はないのだ。
 もちろん町で唯一の来客用施設である年中無営業の宿屋にも台所は存在しない。調理済みの何かが食べたければ気まぐれに訪れる行商人から買うしかない。一体どうやって人が暮らしているのかと思うが、それでも誰も気にせず丸焦げか生焼けの肉を食っている。
 みんな馬鹿だからこんな暮らしでも平気らしい。いいやつは馬鹿なものだとはラムウの言葉だった。結構酷いことを言っている。でもジドールから追い出された貧しい人々の集落から始まったというゾゾの町、意外と気のいい住民ばかりなのでラムウの言葉は正しいのだろう。
 つまりみんな正しく馬鹿ってことだ。
 で、まさか他の町の文明レベルがここまで悲惨だとは思わないけれど、飛空艇内にどれほどの設備があるのか戦々恐々としているわけである。

 そんな私は今、不安を燃やし尽くすかのように一生懸命お肉を焼いていたりする。ファイナルファンタジーでモンスターハンターをやるはめになるとは思わなかった。でも近頃はプレイ時間稼ぎに手頃な合成や調理を強要されるゲームが多いですからね。これもなにかしらの経験値になるというものだ。
「はいミディアムレアお待ち」
「おお、これは美味そうだな。黒くも赤くもない肉だ」
「悲しくなるからやめてください」
 切って焼いただけの肉でも差し出せばラムウは「人間らしい食事にありつけて嬉しい」と言って喜んでくれた。普段どんな代物を食っているのかと泣けてくる。
 ちなみに材料となる肉を持ってきて火を起こしてくれたのはダダルマーと愉快な手下たちだった。あいつらはなんでティナのいるところを守るように立ってたんだろうとプレイ中も不思議だったのだが、どうもラムウの護衛というか舎弟であるらしい。
 ダダルマーたちがティナや私のために何かと動いてくれて助かっている。ちなみに今まで一度も真実とは逆のことを言われたりしていない。
 ゾゾの住民は協調性のない社会不適合者ばかり揃っているけれど身内同士ではそれなりに仲良くやっている。最低限は助け合わなければ人の立ち寄らないこんな場所で生きてはいけない。余所者に排他的な嘘つき集団というのも敵から身を守るための手段に過ぎなかった。
 仲間として受け入れた者に対しては普通の人間として接するのだ。そして彼らのまとめ役をやっているのがラムウだった。ラムウが話をつけてくれたので私たちも町に受け入れられている。
 まともな暮らしが望めない町など捨てて他の場所で生きていけばいいのにとも思う。けれどおそらくは、この不便な場所で生きていくということこそが彼らのプライドなのだろうな。

 うまいうまいとご満悦で肉を頬張るラムウをじっと観察する。
 作品によっては威厳に満ちた偉大な召喚獣として描写されるが、このラムウは人間臭すぎてただの爺さんに見える。人間のふりをして暮らしてるせいもあるのだろうが、若干前作を引きずってるのではないかと私は疑っていた。そのお陰で精神的にも助かっているのだけれど。
 幻獣は本来ならば何も食べなくても生きていける。世界に満ちている魔力に触れているだけでも肉体を保つには充分なのだとか。しかしラムウは人間に成りすまして生活しているので周囲に怪しまれないようにこうして食事をする。……というのは建前だ。
 他人に無関心なゾゾのやつらはこの老人が人間らしからぬ生活を送っていても「あれ、あのジジイ何も食わすにどうやって生きてるんだ?」なんていちいち気にかけやしない。というかラムウが人ではないことに半ば気づいている様子だった。
 隠す必要などないのだ。だから食事はラムウにとって単なる趣味だった。人間っぽさを満喫するための。そして退屈な隠居生活で気を紛らわせるための。研究所に囚われている仲間たちのことを思考の隅へと追いやるための……、気分転換のために食事を摂っている。
 ティナの暴走を抑えているばかりでなく窓から突っ込んでボロボロになった私の治療もしてくれた礼にと用意した肉。味つけもなく料理とも呼べない代物だがせめて焼き加減にだけは拘った甲斐あって、あっという間にラムウの腹へおさめられた。
 まあ、こうもガツガツ食べてもらえれば見ていて気持ちがいいというのは確かだ。この世界へ来て初めてまともなことができた気がする。台所と調理器具、最低限の調味料さえないのが残念でならない。当たり前だがニケアでは掃除と下働きしかさせてもらえなかったからな。
 さて、せっかくの肉だからティナにも食べてもらおうと思ったが全身の毛を逆立てて思いきり拒否されてしまった。フーッて言われた。ショックです。余った肉はダダルマーたちがおいしく頂きました。

 ティナはひとまず落ち着いているけれど、いつまた暴走するやら分からない状態だ。
 私が肉を焼きに薪のある隣のビルへ行っている間にも、何度か壁をキックでぶち抜いて出入り口を作ったりファイアを乱射して窓のサイズを大きくしたりとDIYに励んでいたようで、その都度ラムウが魔法で抑え込んでくれた。
 この状況はまず第一にティナの健康によろしくない。トランスを使った際に彼女の能力値は人間の時以上に引き上げられる。それはつまり、人間に戻った時には本来の限界以上の運動をした状態になっているということだ。
 負担が大きすぎるからこそトランスしていられる時間には制限がある。なのに理性をなくした今のティナは余力がなくなってさえトランスし続けており、これからロックたちがここへ辿り着いてさらに飛空艇を手に入れ帝国からマディンの魔石を持ち帰るまで限界以上を維持しなければならない。
 なんとか対話で落ち着かせたい、心を守ってあげたいとは思うけれど、スリプルで強制的に眠らせておかなければティナにとっても危険なのだ。思い悩む私にラムウが慰めの声をかけた。
「暴れすぎて疲れたなら自然と眠りにつく。その間に正気を取り戻す方法を考えればよい」
「一応、仲間が追いついて来たら魔導研究所へ行く予定です。ティナを知ってる幻獣がいるから」
「南へ渡る宛はあるのか? 船は出ておらんぞ」
「宛というか、心当たりはあるんですけどねー」
 ティナの負担を減らすためには円滑に事を進めたいのだ。セッツァーを仲間にする前に、皆が来るのを待ちながら私にできることなどあるだろうか。

 ティナが暴れ狂っている時は私がいても邪魔になるだけなので、ラムウが彼女を大人しくさせた後に子守唄を歌ったり頭を撫でたり名前を呼んであげたりするのが精一杯だった。
 つまるところ、私がここにずっといる必要はない。先にセッツァーと話をつけておけないだろうか? いや、そんなことをしてオペラ座イベントが消滅したら大変だ。あれがないとロックとセリスの仲が進展せず、下手すると崩壊後にセリスが孤島から旅立ってくれない可能性すらある。
 やはり先の展開を知っていてもできることは少なかった。
「異界の知識があっても彼女を助けてやれぬのか。ミズキよ、この娘の正体を知っているのであろう?」
「知ってても、順序ってものがあるんですよ。勝手に先走って悲惨な結末を招きたくないですし」
「まったくもって面倒じゃな」
 ああそうだ、ラムウには私が異世界から来たということを既に伝えてある。というよりも私が貧血から復帰した時に向こうが気づいてくれちゃったのだが。
「……ところで、なんで私がこの世界の人間じゃないって分かったんですか?」
「お前さんには一切の魔力がない。そんなものはこの世界に存在せぬ。死体であっても、機械であっても、それを構成する物質の中に三闘神の力が感じられるはずだが」
「私にはない、と」
「この世界に存在しないのならば別の世界からやってきたのであろうよ」
 たとえば霊感がなければ霊は見えないが、霊の側からしても霊感のない人間は姿を感じ取れないのかもしれない。魔導エネルギーの塊である幻獣から見ると、魔力のない私はさしずめ幽霊のように見えるのだろう。
 そこに存在するのかしないのか、ひどく曖昧なモノ。

 私の正体をあっさりと見抜いたのはラムウで二人目だった。そのもう一方は幻獣ではない。あいつもやっぱり魔力の有無で気づいたのだろうか? 思えば、フィガロ城で最初に遭遇した時から“知っている”風ではあった。
「私の秘密、ケフカにもバレたんですけど同じ理由ですかね?」
「あれは人の枠を越えている。いや、枠を壊されたと言うべきか……。魔導の力は当人の才能を超えておるからのう。幻獣に近い“目”を持っていると言っても過言ではないな」
「むう……面倒くさいなあのピエロめ」
 幻獣にバレるのはいいけれどもあいつには知られたくなかったというのが本音である。だってケフカは、私が異世界から来たという秘密だけでなくプレイヤーであることまで感づいている様子なのだ。
 別作品ではあるものの同シリーズタイトルであるディシディアファイナルファンタジーに登場する際のケフカには“プレイヤーの姿が見えている”という裏設定がある。もしかしてその影響だろうか。
 精神に異常をきたしたケフカの脳味噌は、野心家の悪人や自我のない悪意の権化といった他ナンバリングの悪役とは一線を画しているようだ。しかし完全にイッちゃってる異説のケフカとは違って今のヤツはまだ人間の範疇にいるはず。それがゲームプレイヤーの存在に気づいているとしたら。
 あの時「勝手なことばかりしやがって」とか言っていた。手の届かない場所から見下ろして他人の人生を肴に楽しむ“私”を憎む気持ちも分からなくはない。あの憎悪を籠めた視線……。
 でも、だからって納得なんかしない。私だって好きで来たわけではないのだ。死ねと言われてはいそうですかと死ぬやつがいますかっての。
「なんでいきなり連れて来られたうえに逆恨みされなきゃならないんだよ。私の存在が気に入らないならご自慢の超人的パワーで元の世界に帰してくれればいいのにあの野郎」

 ぶつくさと毒を吐く私を黙って見ていたラムウだけれど、不意に奇妙な表情を浮かべて口を開いた。
「やはり元いた世界に帰りたいか?」
「そりゃもちろん」
 こっちより良いとも悪いとも言えないけれど生まれ育った世界だから、ただそれだけで大切なのだ。帰りたくないはずもない。即答した私をしばらく見つめ、重たい溜め息を吐いてラムウが告げたのは意外な事実だった。
「遠い昔にも異界からの来客があった」
「え……遠い昔って、いつ」
 まさかの異世界仲間がいたとは。でもラムウの言う昔ならそれは魔大戦以前のことになるのではないだろうか。少なくとも生きているその人には会えなそうだ。私と同じく現実からやってきたのか、他にも異世界があるのか、なぜゲームのオープニングではなく遠い過去に飛ばされなかったのか。
 瞬時に思考が駆け巡る。しかし、いや待てよ?
「それってもしかしてゾーナ・シーカーのこと?」
「ああ。ヤツは突然この世界に現れ、そして戻れなかった」
「……」
 でもゾーナ・シーカーと私は違うのだ。だってあれはちゃんとゲームに登場するキャラクター、異界は異界でも“世界観の設定としての異界”だ。べつにデータの外からやって来たわけではない。だからゾーナ・シーカーが帰れなかったからといって私もそうだとは限らないのだが。
 すべてが謎に包まれた幻獣。元々が人間だったのかは知らないが、幻獣になった時点で帰還の道は閉ざされてしまったのだろうと考えると憐れに思う。生まれた世界に帰ることなく魔石になって……魔石に……ゾーナ・シーカーの魔石?
「しまった!」
「うん?」
 忘れていた。ゾーナ・シーカーとゴーレムの魔石はベクタ脱出から崩壊前でなければ入手できない期間限定アイテムだ。入手の方法を考えておかなければ。
 習得魔法から言えば必須ではないけれど魔石は一応コンプリートしようと思っている。だってエンディングを迎えた時に彼らは消えてしまうのだから。
 どういう経緯で人間界にいて、何があって魔石と化したのか事情はそれぞれ違っているだろうけれど、誰にも知られず消えていくのはあんまりじゃないか。
 せめてそういう幻獣がいたのだと、世界を守る手助けをしてくれたのだと、覚えている人がいればまだしも救われる。

 それにしても二つで3万ギルは金銭的に苦しい。ロックたちの手持ちではとても足りない。私はもちろん無一文だ。ベクタ脱出のあと悠長に金儲けを企む暇があればいいけれど、もし買えなかったらどうしよう?
「あー……ラムウ、悪いんだけど私、ジドールに職を探しに行こうと思います。ティナをお願いしていいかな」
「引き受けよう。暴走を抑える他にできることは少ないがな」
「魔導の力ってやつで呼び続けてあげてほしい。誰かが名前を呼んでくれなきゃ自分の存在に疑問を抱いて絶望してしまうから」
「経験談か」
「まあね」
 私もナルシェの地に足をつけた瞬間、孤独の中に放り込まれたものだ。あちらの世界に生きてきた記憶を持っているのは自分だけで、今までの人生が、ミズキという存在そのものが夢や妄想だったのではないかと疑った時、否定できるものがなかった。
 ティナという他人が私の名を呼んでくれるまで自分が本当に生きて此処に存在するのか確信を抱けなかったのだ。だって誰にも認識してもらえないなら死んでるのと同じじゃないか。
 ティナが今までに築いてきたティナという存在を忘れてしまわないように、彼女の大切な名前を教え続けてあげなければ。
「ああそうそう、あと私がいない内に仲間が来るかもしれないので伝言お願いします。時計を調べろって言っといてほしい」
「……宿屋のあれは盗賊どもが隠した宝だぞ?」
「そういうの好きそうな人が来るんですよ。もし調べても分かんないようなら6時10分50秒って教えてあげてください」
「ふむ。まあ、引き受けよう」
 ロックなら見つけられると思うけれど、そもそも盗賊どもに話しかけずここまで来てどこかに宝が隠されていることさえ気づかずに終わる、という可能性もあるからな。ヒントだけは与えておこう。
「ティナ……」
 最後に振り返るとティナは苦悶の表情で眠っていた。ものすごく不安だ。ラムウがいるとはいえ置いていきたくなかった。そばにいたい。目覚めるまでずっと手を握っていたい。でも、孤独に消えてゆくかもしれない幻獣を助けることはティナを救うことにも繋がると思う。
「行ってくる。未来のティナを一人にしないために」
 ティナはいずれ人間としての生を選ぶ。その時に命の半分は消滅してしまう。今ここにある、“幻獣としてのティナ”はいなくなってしまう。だから彼女が還っていく世界の、あちらの仲間も守ってあげたい。




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