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鋭い痛みを孕んだ心


 フィガロ城を出た私たちはコーリンゲンの町を目指して歩く。そこで手がかりを得られなければティナを探す宛はなくなるというのに、マッシュは少しも憂いのない顔で歩いていた。
「正直、俺はそんなに心配してないんだよ。ミズキがついて行ったんだから、ティナの安全は確保してるははずだ」
 それがミズキへの信頼なのか、それともマッシュが楽観的なだけなのか私には分からない。しかしロックは胡散臭そうな顔で彼の言葉に首を振った。
「どうだかな。咄嗟に掴まえて離せなくなっただけだろ? そもそもティナにしがみついて空を飛んでったなんて、ミズキが無事かどうかも……」
 その先はさすがに口に出せなかったようで慌てて口をつぐむ。

 氷漬けの幻獣を守る戦いにも参加しなかったミズキは一般人以下の身体能力しか持たない脆弱な存在だという。ベクタの奥深くに隠されていたティナの世話係ならば無理もないことだ。きっとろくに体を動かす自由さえ与えられていなかったに違いない。
 確かに、そんなミズキが暴走して空を飛び回るティナにしがみついたまま無事でいるのかは気にかかる。それでもマッシュは自信をもって「大丈夫だろう」と言い切った。
「あいつ、ティナの暴走を予想してたみたいなんだ。何かしら考えてるから一緒に行ったんだと思うぜ」
「って、分かってたなら先に止めろよ……」
「それは無理だろう。知ってようが知らなかろうがティナはいずれ幻獣に引き合わされたんだから」
「そりゃまあ、そうなんだけどさ」
 ティナの正体は謎に包まれている。幻獣の放つ光に共鳴するかのごとく変身したあの姿は明らかに人間ではない……しかし、普段の彼女は真っ当な、ごく普通の少女だった。
 ティナの持つ魔導の力を知るために、幻獣との対面は避けて通れない道だったのだろう。そしてミズキが暴走の危険を事前に教えてくれたとしても、あの場にいた誰もティナを取り押さえることはできなかったと思われた。
 だから彼女は、とにかくティナのそばについていることだけを考えたのだ。
 ロックは我を失ったティナと共にあるミズキの身の安全をひたすらに心配していた。エドガーも彼女を気にかけているようだった。でもマッシュはむしろミズキがティナを守っているはずだと考えているらしい。ナルシェに残ったカイエンとガウも同じ考えのようだった。
 短い間ながら共に旅をしたという彼らにとって、ミズキは一方的に守らなければならない弱き者ではないのかもしれない。じゃあ、私は……。
 私は彼女のことをまだよく知らなかった。

 ナルシェ防衛作戦の大部分を立案したのはミズキだ。人数の足りない我々を更に複数の部隊に分割して、あえて私とティナに破壊力のある攻撃魔法を使わせなかった。
 ミズキいわく、帝国軍は個人差もあれど全員が魔法に慣れている。目の前で炎が吹き出し氷塊が降り注いでも恐怖に駈られて錯乱することはない。威嚇にならないのなら、私たちの魔力が尽きる方が早いだろうと言うのだ。
 帝国にいた時には強者の証であった魔法が、それを知らない相手にしか最上の効果を発揮できないと聞かされて愕然としたけれど、それは尤もなことだった。数で押されてしまえばたった二人きりの魔導士には為す術もない。
 そしてミズキは体術に特化した戦士であるマッシュたち三人のみを前衛に置き、私とティナには彼らが死なないよう交互にケアルを唱え続けてほしいと頼んできた。
 全員で庇い合いながら立ち塞がることもできたのにミズキはそれを選ばなかった。マッシュたちを生きた盾として扱う。傷を負っても魔法で治癒し、休むことなく戦わせる。そうすれば前衛は最低限の人数で務められる。それはまさに帝国らしい戦略だった。だからこそミズキに似つかわしくはない。
 いくらケアルで治癒できるからといっても敵が来れば彼らは酷い怪我を負うのだ。まだ幼いガウも何度となく剣で斬られながら、それでも傷を癒され終わりなく戦い続ける。戦いを知らないミズキがそんな作戦を立てたことが不思議でならなかった。
 もちろんそれは、ただ徒に苦痛を与えるだけの戦略ではなく明確な意図がある。ミズキは効果の薄い攻撃魔法ではなく魔力消費の少ない回復魔法で敵を威圧したのだ。
 数で勝る帝国兵に不死身の敵に相対する恐怖を与える作戦だった。たかが三人の守備兵を抜こうと強引に押し進んできた帝国軍を、より多くより速やかに、より確実に殺すために。
 始めに多くを殺して敵を恐怖に染めることができれば戦いは早く終わる。結果的には正々堂々と戦うよりも失われる人命は減る。
 実のところ、あれは私がマランダでとった戦略と同じだった。人命を物言わぬ駒に置き換えて冷静に人を殺す策を企てる、有能な参謀による提言だった。おかげでマランダはツェンやアルブルグよりも少ない被害で占領された。なぜ彼女が同じ思考を有しているのか。
 ミズキが冷酷で情のない人だったなら、あるいは戦歴を重ね割り切ることに慣れた参謀職の人間だったなら納得しただろう。けれどロックやマッシュたちの語るミズキと……実際にナルシェで話をした彼女と、あの冷静沈着な作戦とが結びつかない。ますますミズキのことが分からなくなる。

 ああそういえば、分からないといえばマッシュもそうだ。
「マッシュって、エドガーの弟だったのね」
 フィガロ城の者たちに教えられるまで気づきもしなかったことを思い出した。何気ない私の呟きにロックが一拍遅れて非難がましく叫ぶ。
「ええっ!? 今かよ!」
 ……それは確かに今更だけれど、仕方がないでしょう。言い訳するのも嫌なのでロックを睨みつけると、マッシュが苦笑しながらフォローをしてくれた。
「あー、ちゃんと自己紹介する暇がないままだったもんな」
「でも顔で分かるだろ? 双子なんだし」
 顔では分からなかったのだ。人造魔導士は目を使わずに物を見る訓練をさせられる。内面によって対象の本質を探るのは魔導を力に替える基礎だった。その訓練の影響で、他人の気配や精神ばかりに気をとられて外見的な特徴に目がいかないようになっている。
 言われてから改めて見れば顔立ちがそっくりだと分かるけれど、初対面の段階では二人の気配が違いすぎて双子だなんて思いもしなかった。
 フィガロ国王であるエドガーは頭の中で考えに考え抜いた末に内心とまったく違う言葉を口にすることもできる、ある意味では分かりやすい男だった。帝国には似たような連中が溢れている。尤も、エドガーには彼らと違って誠実さがあるけれど。
 対して、腹芸が得意なエドガーの弟とは思えないほどマッシュには打算がなかった。眼前にあるものを、あるがままに受け止める。政略と陰謀の渦巻く王宮では育つべくもない素直な人間性が。
「王様の弟には見えなかった」
「わはは! そいつはよく言われるよ!」
「それ喜ぶとこか? 怒っていいと思うぞ?」
 思わずという感じのロックの言葉に「べつに怒るとこでもないだろ」とマッシュは首を傾げ、私は苦笑するほかない。
 17の歳に王位継承権を放棄して国を去ったと城の人たちから聞かされた。私が他人の力で常勝将軍などと呼ばれ始めた頃から、彼は自分の足で自由な世界を歩んでいたということだ。
 一人でも生きていける。まっすぐな信念を持っている。だから揺るぎなく立っていられるのだろうか。他人に惑わされず、また他人を惑わせもしない。純粋な眼差しで人の目を見ることができる。
 私から見れば、おそらくはマッシュの方がミズキの本質に触れている気がする。そして彼がいれば彼女の足取りを追えると確信したエドガーも、やはり弟のことをよく理解している。だから私はミズキもティナも無事だろうと、なんとなく安堵できる。
 私にとってリターナーの人々は個性的すぎた。見つめるほどに深水へとはまっていくようだ。頭痛がするほどの豊かな色彩に囲まれ、自分の今までいた世界の狭さを痛感していた。

 なんとか夜になる前に砂漠を抜けてコーリンゲンの町に到着できた。早々に「寄るところがある」と言ったロックに、この地方には不案内な私とマッシュもついて行くことにする。
 ロックは来るなとは言わなかったけれど、すぐに追って来なければよかったと後悔するはめになった。
 その小屋にはおかしな老人が一人で暮らしていた。
「ロックじゃないかい。久しぶりだ! 久しぶりだ! あんたの宝物は今でも大事に、大事に! とってありますよ……けっけっけっ」
「ああ」
 短く答えてロックは老人に目もくれず地下へと降りて行く。そこは、貧しく汚い上の部屋とはまったく違っていた。
 季節外れの花が咲き誇り、地下室全体が巨大な花畑のようになっている。よくよく見ればそれらは花瓶に生けられることもなくただ切って床に置かれているだけの花の残骸だった。なのに一体どうして枯れないのだろう。
 瑞々しく種々雑多な花に囲まれ、部屋の中央に安置されたベッドで少女が眠っている。……眠っている、ように、見えた。花を踏みつけながら無造作に歩み寄ったロックが虚ろな目をして呟く。
「俺は彼女を守ってやれなかった」
 頬は薄く染まり、唇は朝露に濡れる花弁のように艶々として、生きているようにしか見えなかった。床に散らばる花と同じで今にも呼吸しそうなくらい……でも……鼓動が感じられない。そこに横たわっているのは死人だった。
 ロックはその少女に手を触れるでもなく、ただ呆然と眺めている。
「レイチェルは崩落から俺を庇って大怪我を負ったんだ。その時に記憶を失い、俺のことも忘れてしまった。だから俺はこの町を出た。見知らぬ俺がつきまとっていたら、あいつが新しい人生を歩めないと思って」
 それから一年後、コーリンゲンが帝国の攻撃を受けたと聞きつけたロックは急いでこの町に戻ってきた。でも間に合わなかった。救援に駆けつけたフィガロ王国軍のおかげで帝国軍は遠ざけられたものの、レイチェルは既にこの世を去っていた。
「あの時レイチェルの側を離れるべきじゃなかった。……俺は、あいつを守ってやれなかった」
「ロック……でも、これは一体、」
 困惑した様子でマッシュが尋ねる。帝国が西大陸の征服に乗り出したのはもう八年以上も前のこと。……遺体がこれほど美しく残っているはずがないのに。いや、保存できるかどうかは問題ではない。ロックは何のために彼女をここに?
「フェニックスの秘宝。霊界をさまよう魂を呼び戻すという伝説が本当なら……」
 レイチェルは生き返るかもしれない。淡々と告げて、ロックは私たちを振り返ることなく階段を上がっていった。マッシュが慌ててそのあとを追う。私は一人その場に残って、ベッドの近くに寄ってみた。
 死人など見慣れている。けれど彼女は見たこともないほど安らかな顔で横たわっていた。まるでただ眠りについているだけのよう。
「……全然、似てないじゃない」
 約束を守ることに固執する彼が本当に助け出したかったのは彼女だった。お伽噺の秘宝に縋りつき、今も追いかけている面影を求めて、叶わない願いの代わりに私へと手を伸ばしただけだ。

 小屋を出ると何事もなかったかのような空気が戻ってきた。マッシュは驚いただけですべてを済ませた。寛容にも程がある。他人が口を挟むことではないと分かってはいるけれど、すんなり受け流すには重すぎる事実を知ってしまって複雑な気分だ。
 胸の奥にもやもやしたものを抱えたままティナたちの情報を求めて酒場に足を踏み入れる。そこでマッシュは急に表情を明るくしてカウンターにいた黒装束の男に声をかけた。
「シャドウ!」
「……お前か。早い再会だったな」
「おう、元気そうでよかった。この間は助かったよ」
 ちょっと待って。声にならなかった言葉が喉につまった。ロックを見れば彼も“シャドウ”が何者なのかを知っているらしく顔を強張らせて硬直している。マッシュは後ろで蒼白になる私たちを気にも留めず、その男と会話を続けている。
「ミズキを探してるんだけど見なかったか?」
「何? ニケアで会わなかったのか」
「いや、会えたんだけど、その後また行方不明になってな」
 なぜ普通に会話しているのかと焦る。しかもシャドウはマッシュと顔見知りであるだけでなくミズキのことまで知っているらしい。「こっちの大陸では見ていない」とあっさり言われて私もロックも呆然と立ち尽くすしかなかった。
「じゃあ、この辺で空飛ぶ女の子を見なかったか?」
「って説明を端折りすぎだ!」
 やや立ち直りつつあったロックがなんとか指摘して息を整えている。私はまだ口をきけずにいた。

 シャドウ……金のためなら親兄弟をも殺すという冷酷非道のアサシン。帝国でも何度かその黒衣の影を見たことがある。雇い主への忠誠心などかけらもなく頼まれれば昔の依頼人でさえ殺す非道ぶりに、マスクの下は人間ではないとまで噂されていた。
 日の光の似合う快活なマッシュとは結びつかないはずの存在だ。まさに対極というほかない陰の気配をまとったシャドウは、マッシュの放った突拍子のない質問にも真面目に返答を寄越した。
「……女かどうかは知らんが、獣と人間の混じったようなヤツが飛んできて向こうの家を壊していった。あとはゾゾの町に不気味な獣が住み着いたとかいう噂なら聞いたな」
「そりゃ怪しいな。ちなみにゾゾってのはどっかの町か?」
「ジドールを追われたはぐれ者の集まるスラムさ。住民は泥棒や詐欺師や追い剥ぎばかりの危険な町だ」
 それを聞いたマッシュが急にロックを振り返り、見つめられたロックはこめかみをひくつかせる。
「……今なんで俺を見たんだ、マッシュ?」
「いや、ロックの知り合いがいたら話が早いかなって」
「いない! 俺は泥棒じゃない!」
 笑う余裕もない。私は元帝国の将軍であるとシャドウに知られるのが恐ろしくて床を睨みつけていた。
 やはりマッシュはよく分からない。どうしてアサシンなんかと知り合いなのだろう。王位継承権を巡る争いから逃れるために城を出たとか、父親を毒殺されて帝国に怨みを抱いているとか、フィガロで聞いた物騒な話が頭の中をぐるぐる回っている。

 ティナを探しにいく目的地をひとまずゾゾの町に定めて、マッシュは詳しい話をシャドウから聞き出していた。
「チョコボで山脈を越えるのは無理だ。行くなら南から迂回するんだな」
「遠そうだなぁ。シャドウ、もし暇なら、」
「マッシュ、ちょっと来なさい!」
 一緒に来てくれと言い出しそうなマッシュを妙な口調で制してロックが酒場の隅に引きずって行く。私もそのあとを追おうと固まっている足を動かそうとした時、背後でシャドウが笑った気がして冷や汗が流れた。
「なあ、おい、マッシュ。もしかしなくても東大陸で帝国の陣地を抜けるのを手伝ってくれた傭兵ってのは」
「うん。シャドウだよ」
「あれは傭兵じゃない! アサシンだぞ、アサシン!」
「ロック、声を抑えて!」
「気にすることか? シャドウがいなきゃ俺もミズキも戻ってこられなかったんだぜ」
 ものすごく大雑把なマッシュの説明によると、ドマを攻めている帝国の陣地を通り抜けることができたのはシャドウの案内のおかげであり、その後マッシュたちに同行できない状況へと追い込まれたミズキを帝国の目から隠してニケアへ送ってくれたのもシャドウなのだとか。
 ケフカの軍勢に先回りしてマッシュたちがナルシェに戻ってこられたのはシャドウがいたから。つまりあのアサシンは、我々全員にとっての恩人だということになる。

 信じ難い話だった。シャドウは誰とも馴れ合わず、依頼人とさえ必要最低限の接触しか行わないと聞いていたのに。それとも殺しの仕事でなければ違うのだろうか。確かにマッシュとは普通に話していたけれど……。
 戸惑う私たちの背中にとうのシャドウ本人から声がかかり、私とロックは揃って飛び上がった。
「犬のエサ代くらいで手伝ってやってもいいぜ。まあ……3000ギルってところだな」
「本当か? そりゃありがたい」
「高いな。やめとこう。遠慮する」
 必死で訴えかけるロックの視線をもはや分かって無視しているとしか思えないマッシュがベルトから財布を外してお金を取り出した。
「俺が払うよ。城を出る時に兄貴から小遣いをもらったし」
「親馬鹿……いや、兄馬鹿か、エドガー」
「まあ否定はしない」
 エドガーの過保護さに呆れ、気を取られているうちにマッシュはお金をシャドウに差し出した。
「契約成立だな」
 そしてシャドウもあっさりと契約金を受け取ってしまった。
 アサシンの道案内で人探しだなんて正気の沙汰とは思えない。なのにマッシュは「また一緒に冒険できて嬉しい」なんて無邪気に笑っている。それに肩を竦めるシャドウも、マッシュの性格に慣れた様子ではある。
 ロックと二人で顔を見合わせた。思うことは同じだ。マッシュが大丈夫だと言うならそうなのだろう、と確信できるほどに彼らを知らない。私は、そしておそらくロックも、他人を信じることに慣れていないのだ。




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