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生ぬるい真実


 目を開けると真っ先に視界に飛び込んできたのはジュンの家の天井だった。ごちゃごちゃになってる頭の中を整理して、ティナのこと、氷漬けの幻獣のこと、そいつの怪しげな光を浴びて吹き飛ばされたことを順繰りに思い出した。俺は気絶してたはずだが、誰かがここまで運んでくれたんだろう。
 体を起こすと全身を殴られたような痛みが走る。あの光は何だったんだ。まるで衝撃波みたいだった。他の皆は無事でいるのかと部屋を見渡したら、ちょうどセリスが入ってきた。
「ロック、気がついたのね」
「ああ。そうだ、ティナは? あのあと一体どうなったんだ?」
 幻獣と反応し始めた彼女は途中から呼びかけても俺たちの声が聞こえなくなったようで、……その後の記憶がない。
「ティナは、何かに変身してどこかへ飛び去ってしまった。あれは、まるで……まるで……幻獣のようだった……」
 そう告げるとセリスは難しい顔をして俯いてしまった。幻獣のようだったって? そうだ、確かに彼女は幻獣と似たような光を放っていた。生まれながらに魔導の力を持つ娘という呼び名……、これが答えなのだろうか。ティナは幻獣なのか?
「ミズキは、あいつに聞けば何か知ってるはずだ。ミズキはどこだ?」
 前に聞いた時は、未だその時ではない、ティナが自ら思い出すタイミングを待つべきだと言っていた。まさに今がその時だろう。ミズキはティナの生まれを知っている。ティナの助けになれるはずだ。

 俺の問いにセリスが答える前に、エドガーとマッシュも部屋に入ってきた。
「ロック、起きてたのか」
 二人とも旅装を整えている。すぐにでもティナを探しに行けるようだ。俺も急いでベッドから起き上がった。
 幻獣との接触で記憶が戻りつつあるとしたら、なおさらティナを一人きりにはしておけない。彼女が何者でも関係なかった。このナルシェで、記憶をなくした彼女を守ると誓ったんだ。
「ティナを探すんだろ? 俺も行く」
「……落ち着け。帝国が軍備を整えてまた攻めてくるかもしれん。二手に別れて、片方はナルシェを守らなければ」
 諭すようなエドガーの言葉を継いでマッシュが続けた。
「カイエンとガウには残ってもらおうと思う。ドマの今後についてバナン様と話しておくべきこともあるだろうしな」
 だったらセリスはティナの捜索に加わった方がよさそうだ。あのカイエンというドマの侍はまだ元帝国兵であるセリスとティナに警戒心が残っているようだった。ミズキのことは仲間として認めていたから時間をかければ受け入れてくれるだろうが。
 それにしても、なんだか大事なことをはぐらかされてるような気がするのはなぜだ。普段から何を考えてるか悟らせないエドガーはともかく、マッシュは俺と目を合わせないようにしてるし、セリスもほとんど口を開かない。
 俺が疑問を口に出す前にエドガーが更に続けた。
「フィガロから少しばかりナルシェに兵を寄越そう。城までは私も同行するよ。マッシュ、お前も来い。通じ合ってるならミズキがどこへ行ったのかも分かるだろ?」
「だから、あれは別にそういうんじゃ……はあ。いろいろ事情があるんだって」
 そういえば俺たちが戻ってきた時になんだかそんな話をしていたな。本部で別れてからマッシュとミズキに何かあったのか? ……って、ちょっと待てよ。
「ミズキは、どこだ?」
 うやむやになっていたことをもう一度尋ねた。セリスはますます視線を落とし、マッシュはあらぬ方を向いて頭を掻き、俺の質問に答えたのはエドガーだった。
「空へ飛び立ったティナにしがみついたまま、一緒にいなくなってしまったんだ」
「な、なんだってぇ!?」

 目撃者の話によるとティナは砂漠を越えて西大陸に向かったそうだ。そこでまずはフィガロ城の潜行機能でコーリンゲン地方に渡る。南のジドールに行けば、大きな町だからきっと新たな情報を得られるだろう。
 捜索は俺とセリスとマッシュが行うことになった。リターナーの同盟国であるドマの重鎮だったカイエンと、彼に懐いているガウがバナン様の護衛についてくれる。エドガーはフィガロ城まで同行し、そこで別れてサウスフィガロに退いた帝国軍の妨害とナルシェの警護を手伝ってもらう予定だ。
 一刻を争う事態だった。急いで身支度を整えて出立する。ティナがいなくなったことを帝国のやつらに知られる前に彼女を見つけて戻ってこなくてはいけない。二人の身は心配だし勝手に無茶をしたミズキには腹が立つが、ティナが一人きりではないと知ってその点だけはミズキに感謝していた。
 道すがら、帝国軍のナルシェ襲来で果たせていなかった別行動中の報告を行った。エドガーは然したる問題もなくティナとバナン様を連れてナルシェに到着したらしいが、レテ川で行く手を阻んできたモンスターを排除しようとして別行動となったマッシュはかなり大変な旅をしてきたようだ。
 ちなみに、ミズキはその時にモンスターの攻撃を食らって川に落ちたらしい。……マッシュと同じところに流れ着いたのは奇跡に近いだろう。もしかしたらそこで死んでいたかもしれなかったんだ。話の先を聞くのが既に怖かった。
 東大陸に流れ着いた二人は偶然見つけた傭兵に案内されてドマを攻める帝国軍の陣地を通り抜けた。カイエンと出会ったのはその時だそうだ。ケフカとも直接対峙したらしい。あいつの魔法はまともに戦えば相当な脅威になるとマッシュは言った。なんせティナと同等か、それ以上の使い手だというくらいだから。
「幻獣がどうこう以前に、魔導の力に対して何か対策を立てておけないのか?」
 魔法は確かに脅威だし、マッシュの危惧は尤もだが……。そういえばナルシェの戦いでセリスは癒しの魔法に専念していたから、皆まだ魔封剣のことは知らないんだった。勝手にバラしていいものか迷ったのでちらりと彼女を窺えば、セリスは俺の言いたいことを察して自らの能力について話し始めた。
「私には魔法を封じる能力がある。相手の魔法が発動するのを待たねばならないが、剣で触れればその魔法は消える。ケフカには私が当たるわ」
 そう、もし再びケフカと対峙するはめになってもセリスがいれば魔法の脅威は格段に抑えられるんだ。ただ中には彼女に封じられない魔法もあるし、媒介となる剣がなければ使えない能力なので油断はできないが。

 セリスの話を神妙な顔で聞いていたマッシュがぽつりと溢した。
「……それも実験で得た能力なのか? セリス以外に使えるヤツは?」
「この力は元々、幻獣を無力化するために開発された魔力を中和する技術の応用だ。公表されてはいないが、同じ力を持つ者は他にもいると思う」
「ミズキが似たようなことをしてたんだよ」
 意外すぎるマッシュの言葉に俺とエドガーは固まってしまった。あいつが魔封剣を使えるって? 実物のモンスターを見るのさえ生まれて初めてだとか言ってた筋金入りの世間知らずが? 帝国は兵士でもないミズキに、一体なんのためにそんな力を……いや待てよ。
「なあロック、フィガロ城が襲われた時のことを覚えてるか? 俺たちを追ってきた魔導アーマーの注意を逸らすためにミズキが飛び出した」
「……ああ、覚えてる」
 エドガーの言ったことを俺もちょうど思い出していたところだ。あの時、ティナが魔法を使う時間を稼ぐために敵の前に飛び出して、囮になったミズキの頭を魔導ビームが掠めていった。彼女が無傷だったんでギリギリで避けたのだろうと自分を納得させてたが、本当は違ったんだ。
「魔導ビームを消滅させてたな、確かに」
「ケフカと戦った時も、ミズキがヤツの魔法を消したんだ。ミズキは自分でも能力のことを分かってないみたいだった」
 マッシュの言葉に頷いたのはセリスだった。
「魔導の注入は眠っている間に行われる。彼女は知らないうちに実験台にされたのだろう」
「それと、あいつの場合は剣がなくても体に触れた魔法は無意識に消してしまうんだ。たぶん回復魔法も効かない」
 それじゃあいいことばかりとは言えないな。ただでさえ戦闘能力の皆無なミズキがもし大怪我を負ってもティナやセリスに癒してもらうことは不可能になる。

 ミズキの能力について、マッシュと旅をしている間の様子を聞かされたセリスはしばらく思案していた。やがて彼女が苦悩の表情を浮かべて顔を上げる。
「聞く限りミズキは初期実験の被験者なのかもしれない。味方の魔法をも消してしまう以上、私のように制御装置がなければ戦争では使いにくい能力だ。触れるだけで魔法を消せる、そのミズキがティナの世話をしていたということは、魔封じの能力を与えた目的は……おそらく……」
 言いにくそうに口を閉ざしたセリスの代わりにエドガーがそれを言い当て、不快げに眉を寄せた。
「ティナが暴走した時の用心、か」
 そうか……。もし操りの輪が外れてティナが帝国の支配下を逃れたら、ミズキがそれを止める役割を持っていたんだ。非戦闘員のミズキに課せられた、敵への対処ではなく味方の裏切りを防ぐための魔封じの能力。
 ますますもって帝国のやり口に腹が立つ。マッシュもミズキの思わぬ境遇に困惑したのか目を泳がせていた。そして一番怒っているのはエドガーだ。
「気に入らないな。帝国にはレディの扱い方を心得てる者がいないのか」
「って、怒るのはそこじゃないだろ」
「いいや、まさにそこさ。手に余る力を弄ぶばかりでなく、可憐な女性たちを実験の道具にするなんて」
 まあ、レディ云々はさておき言いたいことは分かるけどな。
 剣がセリスにとっての制御装置になる。能力を発動するにあたってある程度の条件付けがなければ自分や味方の魔法も掻き消してしまうから、戦争で運用するなら魔封じを発動するためのキーアイテムは必須だと言えた。
 ミズキにその制御装置がないのは戦争で運用する必要がなかったからだ。彼女がその能力を発揮するのは味方の……ティナの操りの輪が外れて暴走なり反乱なりした時。魔法を無効化させて、二人揃って始末する予定だったんだ。

 帝国と魔導の力、そして幻獣。すべてはそこに起因している。
 魔導の力については分からないことだらけだ。幻獣についても同じだった。帝国と戦いガストラの非道を食い止めるにはそれらをよく知らなければいけない。そのために幻獣と反応したというティナをナルシェに連れて来たんだが、予想した以上に反応が強かった。あまりにも強すぎた。
 彼女の暴走は、リターナーに誘った俺の責任だ。なんとしても見つけ出して助けなければいけない。そして彼女と一緒にいるらしいミズキも。
 獣のような姿に変身したというティナはやはり幻獣なのだろうか。帝国が彼女から力を吸い取って人造魔導士たちを生み出していたとしたら辻褄は合う。……合ってしまう。
「セリスはティナと幻獣の関わりについて何か知らないのか?」
「……私は何も聞かされていない。彼女のことは、訓練場や研究所で見かけるだけだったから」
 破壊力、耐久力を確認するためのテストがあったそうだ。魔導アーマーに乗った兵士をけしかけ殲滅速度を上げていく訓練。人を人とも思わぬ所業。操りの輪で麻痺させられたまま、ゆっくりとティナの心は壊れていったとセリスは言う。
「帝国にいる間、彼女のそばには常にケフカがいて、誰も近寄ろうとはしなかった。……考えてみれば、あの男がティナの世話などしていたはずがない。でも誰もそのことを考えなかった。彼女がどんな風に暮らしていたのか、誰も気に留めていなかったんだ……」
 ティナが人間か幻獣かは分からない。だが少なくとも帝国で、彼女は人間としての扱いを受けてはいなかった。
 彼女が記憶を取り戻したら自分はケフカと同じ身勝手な人形遣いだったと思われるだけなのではないかと、ミズキが抱いていたのと同じ不安を俺も感じていた。
 帝国で過ごした日々をはっきりと思い出したら、ティナはそれでも人間を、俺たちを受け入れてくれるのだろうか。




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