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灰色空と君と


 またケフカに出くわして因縁つけられたら嫌だなと思っていたのだが、いざ谷に帝国軍が攻め寄せて戦闘が始まってしまうと私があいつと対峙する暇なんてまったくなかった。顔を合わせずに済むのはありがたい限りだ。
 ウーマロの住居へと続く崖っぷちに氷漬けの幻獣が安置されている。帝国兵がそこへ辿り着くためには幻獣の手前に伸びた新雪積もる一本道、それも遮蔽物のない緩やかな坂をえっちらおっちら登ってゆかねばならない。両サイドには弓兵を配置するにおあつらえむきな高台が聳えていた。
 帝国側から見れば自殺の名所かというくらいにどう見ても罠な危険箇所だったが、ケフカは何を気にすることもなく無造作に全軍を突っ込ませた。雪を掻き分けながら一心不乱に幻獣を目指す帝国兵たちが、エドガーとロックが放つ矢に穿たれて次々と倒れてゆく。
 そして味方の死体を楯にしてなんとか切り抜けた者には、ようやく踏み固められた広場へ出た途端に息つく間もなく接近戦が待っていた。幻獣へと続く道はそう広くないのでマッシュとカイエンとガウだけで守らせているのだ。これは私の提案だった。

 あとたった三人を倒せば幻獣に届く。矢の雨が降り注ぐ死地を抜けた兵士たちに束の間の希望が宿り、活力を取り戻す。しかし、その“たった三人”は余程の致命傷を負わせなければ倒すことができないのである。
 他の二人をかわしつつなんとか一人の体に剣先を掠めても、どこからか飛んできた回復魔法によって傷はみるみるうちに塞がってしまう。急拵えの防御柵に隠れてセリスとティナはケアルの詠唱に専念していた。
 現時点でのMP総量は140前後というところだろうか。ケアルだけなら二人合わせて50回以上は唱えられる。尤も、ゲームのように戦闘で経験値を得ている様子はないので実際のステータス加算値がどうなっているのかは私にも分からないが。
 まあレベルアップの概念が存在せず各人のステータスが固定されているのならたぶんMPも既にカンストして999あるだろうから心配はないはずだ。
 雪深い坂道を矢に晒されながら登り詰め、疲れ果てた兵士にマッシュたちを倒す気力は残っていない。死地を抜けても死地。帝国兵にとっては「もうだめだわ、ぜつぼうてきよ!」な状況だ。
 そして万が一幻獣に辿り着いたとしてもそれを一人で持ち帰ることはできないのだ。他の味方が到達してその場所を占拠し得る戦力を確保するまで、疑似リジェネレーター付のマッシュたちから幻獣を守り続けなければならない。まさに「むりよ、わたしもうかえるわ……」である。
 ちらほらとマッシュたちの攻撃を掻い潜ってヴァリガルマンダのもとへ抜ける兵士もいるのだが、氷漬けの幻獣を担いで今来た道を戻らねばならない現実を知って途方に暮れている隙をついて跳躍してきたガウに掃討されている。なんだか見ていて辛くなってきた。
 ドマ攻略の時も思ったのだが、ケフカには軍略を練って最適な手段で敵を攻めようとか、味方の被害を最小限に抑えようとかいう気が更々ないらしい。
 それは戦争ですらなかった。力任せに手を突っ込んで周囲のすべてを破壊し尽くし、そこに存在するものを根刮ぎ奪おうとする。ガキが暴れているのと同じだ。ここまで酷いと味方に嫌われるのも無理はない。
 しかしケフカの行動はただ、何がなんでも幻獣が欲しい、それしか頭にないという皇帝の意思を如実に表しているとも言える。あの道化が味方の憎しみを一身に引き受けてくれるお陰で相対的にガストラやレオは兵士に嫌われずにいるのだろうな。

 帝国側は兵の脱走が相次ぎ、瞬く間に軍としての体裁を整えられなくなった。潰走する味方の背中に罵詈雑言を投げつけ、怒り狂ったケフカは無謀にも一人で雪道に突っ込んできたが、矢とファイアとブリザドの雨霰を食らって泣き喚きながら退散した。本当に何も考えてないんだな、哀れなやつ……。
 ナルシェもそれなりに力のある国だ。ガストラはなぜケフカなんかを送り込んで来たのだろうと不思議だった。確かに個人の戦闘能力は凄まじいけれど将には向いていない。戦争はド下手くそだ。
 たとえば『石炭産業を独占して世界経済を牛耳るナルシェが氷漬けの幻獣を発掘したことにより更なる力をつけ調子に乗ってフィガロ王国侵略を目論み始めた』とかなんとか言って同盟国を救うという大義名分を作り出し、レオ将軍にでも軍を率いさせれば兵の士気は格段に上がっただろう。犠牲も最小限で済んだはずだ。
 更に言うなら、この戦いで邪魔なエドガーやバナンを殺害できればナルシェに罪を被せることもできる。もちろん私としてはそんなことが起こってもらっては困るのだけれど、帝国側から見れば有効な作戦だ。三者の同盟を阻止できるうえにフィガロを完全に味方として取り込むこともできるのだから。
 この戦いはターニングポイントだったはず。なのに破壊の化身でしかないケフカなんかを送り込み、無意味に人命を奪ったガストラに腹が立って仕方ないのだ。
 戦争やるなら効率よくやれってんだ。皇帝がしっかり手綱を握っていればケフカなんて単なる変なおじさんで一生を終えたかもしれないのに。
 もしケフカを役立てるとしたら幻獣を得たあと、研究所においての話ではないか。あいつは操りの輪をつけられたティナと同じく意思を持たない破壊兵器のようなものだ。その魔法は確かに強力だが、幻獣の奪取という目的のあるこの戦いでは町ごと破壊するわけにもいかないのだから使えない。
 ……まあ、言っても仕方ない。なんとも嫌な気分だが、こちらがほぼ無傷で勝利したことを喜んでおくとしよう。

 帝国軍が姿を消したので仲間たちはヴァリガルマンダのもとへ集まった。確かバナンは幻獣との対話を目論んでいたはずだが、実際のところ氷漬けの幻獣とティナを会わせてどうするつもりだったのかは不明だ。
 ヴァリガルマンダは魔大戦以来ずっとここで眠りについているから仲間に対する帝国の所業は知らないはずだし、それでも起こせばティナには協力してくれたかもしれないが、一体だけでは大した戦力にならない。
 もっと幻獣の力を得て戦争に勝つ。この対話が仮に成功をおさめていたとしてもリターナーの目がじきに封魔壁へ向けられるのは明白だった。
 帝国が魔導の力を求め続ければ再び魔大戦が起こる、それを防ぐためだと言いながら、リターナーは幻獣を巻き込んで共に帝国を倒そうとしている。やってること同じじゃねえか。……というのが、私がバナンを好きになれない理由だった。
 怨念渦巻く私をよそに皆はヴァリガルマンダを遠巻きに眺めてあれこれ言っている。
「これが幻獣ってやつか。でっかいなあ」
「まるで生きているようでござるな」
「そんなまさか。1000年も前の遺物だぜ」
「しかし魔導の力は今でも残されている。ティナ、何か感じないか?」
 エドガーの問いかけには答えず、ティナは目を見開いて幻獣を凝視している。体を強張らせてピクリとも動かない。警戒してる時の猫みたいだ。私は次に起こることに備えて密かに足を踏ん張った。
「ティナ?」
 様子のおかしなティナを心配してロックが近づいてきた瞬間、ヴァリガルマンダが発光して彼は吹き飛ばされた。崖っぷちまで転げたロックをセリスが慌てて助け起こす。おい、わりと危なかったぞ、冷や汗かいちゃったよ。
 怪しげな紫色の光が瞬いている。氷が今にも溶けそうな気配がした。けれど幻獣は目覚めない。ティナの体から同じ色の光が溢れ出してきた。
「な、何だ!?」
 マッシュとエドガーは武器を構え、セリスも剣に手をかけた。カイエンが怯えるガウを庇い、先程の衝撃から立ち直りかけたロックが顔を上げる。
「嫌……!」
 抵抗するティナから今度はさっきよりも強い光。ロックとマッシュ、カイエンはかなりのダメージを受けたようで吹き飛ばされて気を失った。転がり落ちそうになったガウは必死で崖にしがみつき、エドガーとセリスも倒れて起き上がれずにいる。
 身構える必要はなかったようだ。なぜこれほど冷静かと言えば、私は何も感じなかったから。
「魔力の衝撃波か」
 私にとってはただ強く光っただけだった。皆が感じたらしい圧力は、魔法を受けつけない私の体を素通りしていったのだ。

 幻獣の前に立つティナに視線を戻す。それはゾッとするほど美しい獣だった。彼女が身動ぎするたび鬣から幻想的な光が砂のように零れてゆく。
「幻獣と……反応するというの……」
「ティナ、幻獣から離れろ……!」
 彼女は自分の姿形が変わったのを理解してないようだった。それどころか自分が皆を吹き飛ばしたことにも私が後ろにいることにも気づいていない。
 ヴァリガルマンダとティナは共鳴するようにお互いの体を照らし合っている。深海生物が暗闇でコミュニケーションを取るために発光するようなものだろうか。私には何ともないが、その紫光を浴びるたびにセリスたちが苦しげに呻いた。
「今、なんて……教えて! 私は誰? 誰なの!」
 やがてヴァリガルマンダの光が弱々しく消えてゆく。力だけは反応しても、まだ目覚めてはいないのだ。
 苦しげに両手で顔を覆い、獣の咆哮にも似た悲鳴をあげながらティナの体が浮き上がる。慌てて腰の辺りにしがみついた。上空で振り落とされたら死ぬだろう。だが承知のうえでティナについて行くと約束したんだ。根性入れて腕に力を籠める。
 彼女の体は人間の時よりも筋肉質になっていて思ったほど柔らかくないけれども、ふわっふわの毛に顔を埋めると気持ちよかった。気持ち良すぎて力を抜かないように注意しなくては。
 高度を上げるにつれて寒さが増してゆく。そういえばティナの服ってどうなったんだろうかと見下ろしたら蒼白な顔でこっちを見上げているエドガーと目があった。……予想外に高い! 怖い!
 慌ててティナのもふもふに顔を埋めて目を瞑る。その瞼を突き抜けるほど強烈な光を放つと、彼女は風を切り裂くように空を駆けた。

 錯乱状態に陥ったティナは空をめちゃくちゃに飛び回っている。高さに怯えはしなかった。まず周りを見てる余裕がないので。急発進急旋回に急ブレーキが繰り返され、振り回される勢いが強すぎて腕が辛いけれど空中で止まったらそれはそれで重力に負けて落ちるような気もして怖い。
 妙な体勢で掴まって飛んだから、宙ぶらりんの足が遠心力で引っ張られてかなり苦しかった。
「……ティナ、……」
 息苦しさに耐えてなんとか声を絞り出したが彼女の耳に届いたとは思えなかった。ゾゾの町でラムウが呼んでいるはずだ。同じ幻獣である彼ならティナを抑えられる。
「ティナ、聞いて……! 声のする……方へ……うおわっ!?」
 なんか一瞬どこかに降りたぞ? ああそういえば暴走するティナを目撃した女の子がいたっけ。ということは今のはコーリンゲンだったのか? 再び空へと飛び上がる時に滑り落ちないよう、必死で姿勢を変えて彼女の肩に掴まる。周囲を確認する間もなくティナはその場を飛び去った。
 なんとか体勢を立て直して両手両足でしがみつくことができたから、さっきよりは随分と楽だ。……ティナに抱きついてる見た目が相当アレなのは置いておくとして。
 景色が薄暗くなってきたところで頬に水が当たる。雨だ。ゾゾの近くへ来たのだろうか。
 その雨が次第に強くなり全身に叩きつけてくるようになったところで、ティナの毛並みから顔をあげて薄目を開けてみる。分厚い雨雲の下に廃墟の建ち並ぶゾゾの町はあの軽快なBGMがないせいで完全にホラーゲームの雰囲気を醸し出していた。ちょっとサイレントなヒルみたいよ? 行きたくねー!
 しかしティナは猛スピードでそこへ突っ込んでゆく。まっすぐ、まっすぐに、すごい勢いでビルが迫ってきて窓の中が見えるくらい近づいてーー
「えっうそ待っ、うがごっ!」
 部屋に飛び込んだ私たちはあちこちぶつかりながら転がって、ちょっとダークエルフ的な悲鳴をあげてしまった。骨が折れたかもしれん。思わずティナにしがみつく手から力が抜けた。一気に脂汗が流れ出してくる。

 困った。どう見ても人の住んでる気配がない。この部屋、ラムウがいるのとは別の場所なのではないだろうか。すっかり獣状態のティナは床に四つん這いで毛を逆立てて私に向かって牙を剥いている。大丈夫、怖くない……。
「グゥルルル!」
「一人にはしない、約束したから……ティナ」
 それでも名前を呼び続けた。今、彼女の名を口にできるのは私だけだ。彼女が何者なのかを伝えてあげられるのは私だけだ。人であれ幻獣であれ、魔導兵器だった頃さえ変わらなかったその名前を。
「ティナ……大丈夫、怖くな……い゛ってぇ!」
 差し出した腕に容赦なく噛みつかれても、私を睨む目に怒りと殺意しかなくても。怯えはしない。だって、相手はティナだから。
「い、……いたく、ない!」
 巨人族の血を引くだけあって顎の力も凄まじく、噛みつかれている私の右腕は骨が折れそうだった。動かず騒がず悲鳴を飲み込んでも涙だけは自分の意思で止められない。どくどくと心臓が脈打つたび血流に乗って激痛が全身を駆け巡る。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったまま数分間、不意に口が離され彼女の体から力が抜けた。慌てて顔を覗き込むとティナはすやすやと眠っている。
「珍しく来客があったかと思えば、随分と物騒だな」
 厳かな声に振り向くと部屋の入り口にローブを纏った老人が立っていた。紫光を放つ杖を翳し、長い髭を蓄えた彼こそが幻獣ラムウに違いない。
 ヴァリガルマンダと似たような光でティナを眠らせたラムウは私を不思議そうに見つめていた。彼の予定では私も眠りにつくはずだったのだろう。
「あー、えっと、あの、ありがとう。私は魔法が、効かないの、で……」
 言いながら呂律が回らなくなってくる。ラムウを含めた部屋の景色がグニャリと歪んで渦を巻き始めた。目眩がする。腕からは今も血が流れ出している。スリプルは効かないはずなのに……いや違う、これは……貧血だ……。
 そう自覚した瞬間に、雨雲のようなもやもやしたものが私の意識を呑み込んだ。




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