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拒絶


 サウスフィガロの町には帝国兵が溢れていたが、私たちが港に到着した時はまだ厳戒体制とまでいかなかった。事態が急変したのは装備と携帯食料を買い足していた時のこと。
 町を巡回していた兵士たちが慌ただしく駈けて行く。その集まる先に大きな屋敷が建っているのが見えた。もしかしてロックが侵入を……いや、イベント開始の段階では騒ぎになってなかったはずだから、見張りの兵まで呼び集められているということは既にセリスが連れ出された後なのだろう。そうとなればのんびり買い物してる場合じゃない。
「早めに町を出ない?」
「そうだな。まずい雰囲気になってきた」
 兵士の様子を察したマッシュも頷く。出入り口が封鎖されたらサウスフィガロを出るのは困難になってしまう。いやそれ以上に、ナルシェへ着く前にロックたちに追いつかれたらどうしようかと心配になった。
 向こうがこちらを追い越して先にナルシェへ到着しても台詞の順番が前後するだけで然程の問題はないだろうけれど、途中でセリスと鉢合わせするのだけは何としても避けたいのだ。
 元帝国の将軍を斬ろうとしたカイエンがどうにか思い止まってくれたのは、あれがナルシェ長老を説得する大事な場面で、バナンやエドガーといった重要人物が近くにいたからだ。今ここで脱走中の段階でセリスと会ってしまったら間違いなく血を見ることになる。
 それにもしロックたちがまだ町にいるとしたら別の問題も発生する予感がした。果たしてすんなり洞窟を越えられるのか……。
 初めて見る町並みに興奮しまくっているガウには悪いが観光はまたの機会にしてもらおう。未練がましく店先の食べ物を眺めるガウを引きずって速やかに町を出た。半ば走るように草原を駆け、数時間後にはサウスフィガロの洞窟に入る。ここらの雑魚モンスター程度はマッシュとカイエンが適当に蹴散らしていく。
 そしてちょうど出口との中間辺りで例の“問題”が、岩壁をぶち破って私たちの眼前に現れたのだ。

 主砲の代わりにドリルが装備された珍妙な戦車が道のド真ん中に立ち塞がっている。
「何だ、こいつは?」
「ディッグアーマーだよぉ……」
 涙目で答えた私をカイエンとガウが親子みたいに揃った動きで首を傾げて見つめてくる。
 そう、マッシュ編は三人がニケアで船に乗ったところで終わって場面転換するのだ。洞窟を抜けるシーンの描写はない。しかしロックに先行してナルシェへ到着するのなら当然、こいつは健在だったということだ。
「魔導アーマーでござるか?」
「そう。地中を潜行できるタイプのね」
 ここにいる目的は洞窟を封鎖してサウスフィガロの反乱分子とフィガロ城、およびリターナーとナルシェを分断しておくことだろうか。
 機械を見慣れていないガウが警戒心もあらわに唸り声をあげて牙を剥く。この三人の戦力なら倒せる可能性もなくはない、けれど魔法も持たず機械相手に強いとは言えないメンバーだから戦えば痛手を負うのは確実だ。
「地中を潜行だと……?」
「マッシュ、あいつ魔法使うから呆けないで、」
 言うや否や得意の魔法が飛んできた。なにやらドリルを見つめてボケていたマッシュも我に返って寸前で飛び退く。カイエンは咄嗟にガウを掴まえて逃げたが、直前まで自分が立ってた地面が消失したのでガウは驚きのあまり硬直している。おい、頼むぜ野生児。
「ま、魔導アーマーより強力でござるな」
「がう……」
「固まってちゃ危ねぇ、バラけよう!」
 魔導アーマーのビームなら溜めてる間に避けることも可能だが、あいつは魔法をいきなり砲弾にして打ち出してくるような攻撃方法をとるから着弾点を予想できない。どろりと溶けた岩を見る限り、当たったら消し炭というのも決して大袈裟な表現ではなさそうだ。
 幸いにというか動きだけは鈍重なので私たちは岩壁を楯にするように後退した。だけどこのままじゃ抜けられない。魔封剣のチュートリアルボスなのにセリスのいないパーティで戦わせるなってんだよ!

 速やかにスルーして通るにはどうすればいいのか。帝国の陣地でケフカの魔法が私には効かなかったのを思い出していた。威力の程度に関わらず魔法そのものがまるで“存在しなかった”かのように、私に触れる直前に掻き消えたのだ。ディッグアーマーの魔法も消せないだろうか?
 そもそも魔導とは幻獣から取り出した魔法の力を人体に注入して得たもの。そして幻獣とは、遠い昔に三闘神の争いに巻き込まれ、彼らの力に触れた存在のことを言う。
 魔法の創造主たる三柱の神。彼らが封じられた今でも世界にはその力が満ちている。
 私に魔法が効かないのはこの世界の生まれではないから、この肉体が彼らの認識下にないからだとケフカは言っていた。私は世界にとっての異物。ここに立っていながら“存在するはずのないもの”……だから魔法に触れることができない。
 ヤツの言葉を鵜呑みにするのも危険だが一応は納得できる推察だ。試してみる価値はある。
「マッシュ、私が魔法を引きつけるからその隙にあいつの上を乗り越えて進もう」
「断る」
 陣地でのことは見ていたはずなのにマッシュは私の提案を一蹴した。
「魔法なんて避けちまえばいいんだよ。ミズキが危険をおかす必要はない」
「あのね、予備動作なしで打ってくるんですよ? 避けられるもんなら避けてみろっつーの」
「おう!」
 威勢のいい返事を残して止める間もなくディッグアーマーの方へ駆け込んだマッシュは、続けざまに放たれたサンダーをひとつ残らず避けて機体にカウンターの一発を叩き込んだ。……うん。確かに避けている。問題ないのかな?
 ってんなわけあるかい、誰も彼もがそんな馬鹿みたいに身体能力が高いと思うなよ!

 マッシュは宣言通り魔法が発動するギリギリに察知して避けているけれど、雷や炎の端が体を掠めたりして危なっかしいにも程がある。それに殴っても蹴っても岩壁を突き破るほど頑丈な機体はほとんど無傷に近かった。これではヤツを倒せない。
 剣による攻撃が欲しいところだ。装甲を少しでも抉ることができればそこにダメージを集中して破壊できるのに。けれど唯一の刀剣使いであるカイエンは動くに動けない状態だった。
 あのマッシュの異常な回避率の高さは“敵の標的が一人しかいない”ところから来ている。単純な話だ。狙われているのが自分だけなら動き続けていれば攻撃は当たらない。だがそこにカイエンやガウが加わったらどこに魔法が来るのか予想がつかなくなってしまうのだ。数の優位性さえ無意味になっている。
「マッシュ、無理に倒す必要はない! 隙を作って通り抜けないと!」
「でもあいつ、フィガロを狙ってるんじゃないか!?」
「今の帝国にフィガロを攻める余裕はないよ!」
 なるほど、ドリルを見て呆けていたのはフィガロが攻撃を受けるのではないかと思ったからか。それでマッシュはあいつを無理にも倒そうとしている。でも幸いそれは杞憂だ。
 岩を砕くドリルが装備されているあたり、案外ナルシェを陥落したあとに炭坑を掘るのが主目的だったりするかもしれない。実際ヴァリガルマンダの他にも幻獣が埋もれてる可能性は高いしな。少なくともフィガロと帝国が直接戦闘するシーンはシナリオにない。だから大丈夫。
「カイエン、ガウ。魔法は私の体に当たると消える。私を盾にして通り抜けよう」
「し、しかし、おなごを楯にするなど……」
「消し炭になりたくなきゃ言うこと聞け。ガウ、あの回転してるドリルには絶対に触っちゃダメ。んで、あいつの向こう側に行ったらドリルに雷をぶつけてやれ」
「がう!」
「マッシュ、一旦こっちへ戻って!」
 優雅にダンスのステップを踏むかのごとく魔法を避けまくりつつ、決定打がないのは自分でも分かっていたのだろう。マッシュは苦々しげな表情を浮かながらも大人しく引いた。
 そりゃあ非戦闘員を囮にするのは気が引けると思うがそんなことを言ってる場合ではない。使えるものは使うんだ。たとえそれが私の命でも。大丈夫、ケフカの魔法でさえ無効化できるならあいつの三大魔法くらいどうってこと、ない、はずだ。
 恐怖に蓋をしてディッグアーマーの前に飛び出した。すぐさま強烈な雷が目の前に迫る……しかし、何も起こらなかった。

 魔法を消されて焦ったのか、敵は属性を変えながら次々と私に向かって魔法を放ち始めた。最優先で殺すべしと判断したようだ。集中砲火を浴びながら走る私の背後にピッタリくっついてマッシュたちも駆け抜け、カイエンとガウは壁を足場にして機体に飛び乗ると向こう側へと越えていった。
 さて、接近できたはいいが、魔法は平気でもあのドリルは余裕で私をミンチにできてしまう。結局は人に頼らなければならない現実を嘆きつつマッシュに抱えあげてもらってディッグアーマーを乗り越えた。見た目すっごく情けないぞ!
 充分に距離を取ったところでマッシュが私を降ろしてくれる。振り向き様に、ベルモーダーの技を使えるはずのガウに向かって叫んだ。
「ピカチュウ、一万ボルトだ!」
「がうーーーー!」
「ぴか……何でござるか?」
「面倒だから突っ込むなよ、カイエン」
 さすがに一撃で破壊はできなかったが、火花をバチバチいわせてドリルの回転が止まった。これでロックたちも少しは楽になるはずだ。
 キャタピラーが振動し、機体がゆっくりと横を向き始める。その巨体で素早く方向転換するのは難しいだろう。たった三人を追いかけて洞窟の外まで追ってくるよりも、どうか通路の封鎖という任務を続けてください。そう祈って、あとは振り向きもせず洞窟の出口へと走り続けた。
 やはり私には魔法が効かないこと、そしてガウがしっかり魔法系の技も扱えることを確認できた。これは収穫だ。
 魔導の力がないにもかかわらずガウは魔石入手以前からあばれるによって魔法を使える。ゴゴもまた然りだ。マッシュの必殺技やエドガーの機械にも魔力依存の技があり、MP消費でクリティカルヒットを出す剣なんて代物もある。
 幻獣やティナや人造魔導士、サマサの住民たちのような魔導の才能は持っておらずとも、この世界に生まれ育った時点であらゆる生物は魔力を持っているのだと思う。持っているが“普通は使えない”ということだ。
 私はその大前提さえ持たない。ケフカの言ったことは正しかった。魔力……魔法の産みの親たる三闘神に存在を認められた証が、モンスターでさえ持っている力が、無いのだ。
 言うなれば私は魔法防御が“ゼロ”ではなく“空白”になっている。私に魔法を使おうとするとバグってしまうわけだ。自分にしかない強味を発見したのは嬉しい。でもつまりは、この世界から拒絶されたようなものだとも言えるので複雑だった。

 草原をナルシェへ向かって北上する。この辺りの道ならマッシュにとって慣れたものなので迷う心配はなかった。
 カイエンは少し遅れながらガウと話している。得体の知れない敵に出会ったらまずは安全なところから正体を見極めること、鉄製だったり毒を持つ相手かもしれないからいきなり引っ掻いたり噛みついたりしないこと、など戦闘の基礎を教え込んでいた。
 とりあえず私は、さっき私が囮になったことをまだ怒っているのか無言で先頭をすたすた歩いているマッシュのもとへ近寄る。
「……マッシュ」
 呼んでも振り向いてくれないのでちょんちょんと背中をつついた。私の顔を横目で見やり、溜め息を吐くと歩調をやや緩めてくれる。
「ミズキ、お前どうして自ら危ないところへ突っ込んで行くんだよ。……ずっと思ってたけど……」
 そうして一旦言葉を切り、カイエンとガウが聞いていないのを確認してマッシュは続ける。
「崩壊した後も無事だと分かってる場所に隠れておくことはできないのか?」
 戦いに巻き込まれない、命が脅かされずに済む場所ですべてが終わるまで息を潜めて。オペラ座や竜の首コロシアム等で雇ってもらえたら崩壊には巻き込まれないし、おそらく皆がケフカを倒すまで安全に生活していける。ゲームクリアにしても私が関わらなくたって自然な流れでエンディングまで進むはず、むしろ下手に関わらない方がいいくらいだ。だけど、それでも。
「無理だね。できない」
 世界の危機を見過ごせないとか、ティナたちの助けになりたいとか、皆を手伝いたいとか。そういう御大層な気持ちを置いといても、私にはもっと切羽詰まった事情がある。
「……元の世界に帰るためにはゲームをクリアしなくちゃいけないんだよ」
 エンディングを見届けないと。私はケフカを倒すその場にいた方がいい……と思う。

 マッシュは怒っているような不満を圧し殺しているような、複雑な表情を浮かべている。
 戦闘に参加できないというだけではなく、バレンの滝でのようなこともあって皆にはこれからも多々迷惑をかけるだろう。いろいろな事情を知ってしまっているマッシュには特に。身の程を弁えて安全な場所でじっとしててほしいと言うのは尤もなことだった。
「危ないと分かってても行かなきゃならない、ので……怒らないでほしい……です」
 我ながら身勝手な言い分だとは思うが、マッシュはようやく表情を和らげて「もういいって」と笑ってくれた。
「ミズキに怒ってるわけじゃない。ただちょっと、ショックだっただけだよ」
 それは私がマッシュの想像以上に身勝手だった、ということだろうか。分不相応に過酷なルートへ突っ込んでしまったのは私がドジを踏んだからだ。私の尻拭いをさせられている人に「安全な場所にいてくれ」と言われて、自己都合で「それはできない」という。……自分でも呆れる。
「まあいいや。事情があるなら仕方ない。でもとにかく、なるべく誰かのそばにいろよ。一人にならないように」
「あ〜、それなんだけどさ、ナルシェに着いてちょっとしたら、私は別行動をとる予定なんだ」
 一人になるなと叱られたそばから言い出しにくいことではあるけれど、シャドウと一緒にバレンの滝をスルーしてニケアへ渡ってから考えていたんだ。表舞台で戦えないからこそ私にはシナリオの裏道を行くという選択肢もあるのではないかと。
 わざわざティナを探す旅に同行しなくてもティナと一緒にラムウのもとへ行ってしまえば、迷惑をかけずに済むうえに待っている間の安全も確保されている。すべて話したら止められそうだから詳しいことは言わないけれど。
「一人にはならない。ティナと一緒に行こうと思ってる」
「うーん。それなら、まあいいけどな」
 マッシュはティナならいざという時でも私を守る力があると考えている。その彼女が大暴走してるんで私が無事に済むかは分からないんですけどね。

 怒っていないとは言いつつマッシュはなにやら渋い顔で考え込んでいる。人のいいマッシュだから当たり前みたいに受け入れてくれているけれど、本当にすごく迷惑をかけてるんだよな、私。
「あの、いろいろ……ありがとうね」
「何だよ、いきなり」
「マッシュに話を聞いてもらってよかったと思ってる」
「へ?」
 帝国の陣地で、シナリオは変えられないと知りながらもマッシュはケフカに向かっていった。そして私はマッシュがここで死ぬことはないと知ってるくせに必死で止めに入った。バレンの滝でもそうだ。無事だと頭では分かってるのに不安で仕方なかった。
 決められたシナリオなんか関係ない、親しい人が危険に見舞われること自体が怖いんだ。それは当たり前の気持ちであるはずなのに。ここはゲームの中の世界で彼らは作られたキャラクターだからと、現実を軽く見ていたことにようやく気づいた。
 定められた結末を受け入れるのと見ないふりするのは違う。できることを精一杯やるんだ。目の前で起こる出来事に対して自分の心の赴くままに対処していけばいい。素直な感情で、守りたいものを守るためにだけ戦えばいい。
 ティナには偉そうに言ったくせに私自身ができていなかったな。
「私、マッシュに会えてよかった。すごく感謝してる。いつかどうにかして恩返しさせてね」
「……なんか、別れの言葉みたいだからやめてくれよ」
「あは、確かに死亡フラグっぽいって言いながら思った。でもまあ、別行動ってもすぐ合流できるから心配しないで」
 どうやら照れているらしくマッシュはちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。
「ティナと一緒にいるなら無茶はしないよな?」
「もちろん。私を庇ってティナが怪我したら嫌だもんね」
「それが分かったなら成長だな」
「お褒めに預かり光栄です」
 未来が私一人の行動にかかっているなんて思ってはいけない。今はマッシュも同じものを背負っている。私が多くを抱え込みすぎれば彼にも負担を与えてしまう。守られているのだということは肝に銘じておかなければ。
 世界が私を拒絶するとしても、私は起こることのすべてを受け入れる。そして崩壊を防ぐほどの強さがないなら受けた傷が少しでも早く癒えるように……。守るだけじゃない、守られるだけじゃない、支え合えるくらいの存在になろうと思う。




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