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優しい愛を


 未だかつてこんなに清潔だったことはないんじゃないかという気がしてしまう。ただ風呂に入って綺麗な服を着て化粧してるだけなのだけれども。元の世界での生活って裕福で贅沢だったのだなあと改めて思う。
 ジャガイモのベッドで一夜を過ごし、帝国兵の目を逸らしてシャドウに逃がしてもらった。そして私は今ニケアの酒場で働いている。業務内容は清掃と接客と調理補助、薄給だが衣食住つきだ。マッシュたちがいつ来るかは分からないけど、それまでのド短期アルバイトとして雇ってもらった。
 ところでこちらの先輩ウェイトレスのお姉さま、驚異的胸囲からしておそらくタニマの姉ちゃんだと思うのだけれど彼女はその名をアンジェラというらしい。
 アンジェラといえば知る人ぞ知る没キャラの名前だ。鞭装備の姉御キャラでカイエンとの掛け合い漫才的な絡みがある予定だったとか。関係ないとは思うけれど名前を聞いた時には心の中でニヤリとしてしまった。

 朝から芋の皮剥きと芋の皮剥きと店内のモップがけと芋の皮剥きでクタクタになっている。しばらく芋を見たくない。戦闘云々を差っ引いてもこの世界で生きていくには体力が必要なのだな。
 ここから船でサウスフィガロの町へ行って洞窟を抜けてナルシェまで、チョコボもないので二日くらいかかるだろうか? 早くティナに会いたいなどと溜め息を吐きつつ酒場の入り口を掃き掃除して時間を潰す。
 当店、酒場ですが10時からの営業で昼はランチメニューもあります。でも客は今のところいない。ニケアの住民はほとんどが戦争に出ているのだ。漁船も接収され、兵士や兵器を乗せた運搬船がサウスフィガロやツェンとの間を行き交うばかり。昼間から酒場に来る人などいるはずもない。
 シナリオの裏でも帝国はいろいろと動いているようだ。
 先日シャドウから得た情報によるとニケアを経由して運ばれた物資はいずれフィガロ城を攻めるのに使われるらしい。サウスフィガロは帝国との同盟が締結された頃から反乱が多く、厳重な警戒を必要とするあの町を避けてニケアの近くに武器庫を作ったのだとか。
 しかし実際にはフィガロ防衛戦なんてイベントは存在しない。それもそのはず、神出鬼没のフィガロ城を落とすにはコーリンゲン方面と同時に侵攻しなければならないので、今のタイミングでは無理なのだ。
 帝国としてはナルシェを奪ってヴァリガルマンダを入手した後、魔導の力を更に高めて周囲に敵がいなくなってからゆっくりとフィガロを締め上げてゆく予定だったのだろう。その時を待つため各地に物資が集められているというわけだ。
 まあ、その目論見が潰えるのは分かっている。だからべつに不安もない。無駄なことしてないでこの店で飯でも食ってろと言いたい。それが私のお給料になるのだから。
 とりあえず目下の問題として、私は暇をもて余しているのです。

 モブリズで一泊したとして、ガウを仲間にして三日月山を探索して蛇の道を渡って漂着したところからこの町を目指す……マッシュたちが着くのはいつ頃だろう。急ぎたいけれども休憩も必要だろうし。
 連れが来たら物置小屋で構わないから泊めてもらえないかマスターに頼んでおこうと顔をあげた時、ちょうどマッシュと目が合った。
 え? 待って、早っ。
「よ、よく来たな。じゃなかった、いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「ミズキ! いや……ミズキだよな?」
 向こうは向こうでウェイトレス姿の私が本当に私なのかちょっと迷ったらしく、目を見開いてまじまじと観察された。失礼な反応だな!
「その服……見た目はともかく、人格に似合ってないな」
「うるせー! どうせ文無しだろうと思って飯代稼いどいてやろうとしたのになんて言い種」
「おお、悪い。綺麗だぞ。服は」
「マスター、二名様ご案内です」
「待て待て待て、俺も飯食わせてくれ!」
 感動の再会をし損ねたせいでカイエンがオロオロしている。ガウも横で「はあ?」って顔してマッシュを見上げているし。とりあえず私はガウと初対面なんだから早く紹介しろと視線で訴える。やっと気づいたマッシュは照れ臭そうに指で頬を掻きつつガウの方に向き直った。
「ガウ、こいつは俺たちの仲間でミズキってやつだ」
 だから、私もガウを知らないはずなんだから逆も紹介してくれなきゃ困るんだよ! と念を送っていたら何かを察したカイエンがうまく繋いでくれた。
「ミズキ殿、こちらは獣ヶ原で出会ったガウ殿でござる。彼の協力によって海を越えることが可能と相成り申した」
「ありがとう、よろしくね。ガウは肉好き?」
「おいら、にく、すき! よろしく」
「よかろう。人間の肉料理ってモンを見せてやるぜ!」
 でも実際のところ、まだお給料もらってないから奢ってあげられないのよね。アンジェラに金を借りねばならぬ。

 がら空きの店内に三人を連れて入ると気怠い感じでカウンターに座っていたアンジェラの目がギラリと光った。髪を撫でつけて営業スマイルを拵えつつ視線はカイエン直行だ。マッシュはスルーな辺り、結構ホントに好みのタイプなのだろうか。
「お姉さん、思ったより早く連れが来ちゃったんですが飯食わせろとのことなのでお金貸してください」
「嫌よ」
「そこをなんとか! 倍にして返しますから〜」 
「あなた胡散臭いんだもの! 貸してもどうせ返ってこないだろうから奢ってあげるわよ」
「マジすか? さすがお姉さん、太っ腹!」
「るっさいわね、ひっぱたくわよ」
 このお姉さん、見た目はチャラいけど根はいい人なのだ。下町人情バンザイ。というわけで、ひとまずマスターに適当な肉料理を注文してカイエンをお姉さんの隣に座らせた。
「うふ」
「!?」
 悪寒がしたのかカイエンは若干逃げ腰だ。ちなみにマッシュとガウは厨房に鎮座した肉しか見えていない模様。
「ねぇ、お兄さん。私と一緒に飲まなぁい? うふふ」
 50歳をお兄さんと呼ぶお姉さんは一体いくつなのだろうと思うが命は惜しいので聞いてみるつもりはない。ちなみに「お姉さん」と呼ぶよう指定してきたのはアンジェラだった。
 カウンターに肘をつき、グラスを傾けている彼女のタニマが思い切り自己主張しているのを真正面から見てしまったカイエンは一気に耳まで赤くなる。
「な、な、な、なにをふしだらな! そ、そこになおれ!」
「お堅いことなしよ、楽しみましょう。ほら、タニマ」
「たっ、たったたタニマ〜!?」
 料理が一品できたようなのでガタンと椅子から転げ落ちてまで驚いているカイエンを跨いで取りに行く。よく考えたらお姉さん職務放棄しているのですが奢ってもらえるならまあいいか。

 シンプルに塩コショウで焼いたステーキ。かなり大きいけどマッシュとガウでは二人分に満たないだろう。高くついた分は給金から引いてもらうとしよう。こいつらが遠慮なく食った分を全部奢ってもらったらお姉さんの財布が空になってしまう。
「お待たせしました〜」
 皿の上に鎮座する肉を凝視したあと私を見上げて「くってもいいのか!」と瞳を輝かせるガウの心の扉が全開になる音がした。チョロい。その一方でマッシュは最初の肉をガウに譲り、席を離れてお姉さんから逃げ回るカイエンを面白そうに目で追っていた。
「カイエン、免疫なさそうだもんなあ」
「妻子持ちなのに免疫ないってのも変な話だけど。マッシュは何とも思わないの?」
「禁欲生活が長かったからな。これも修行の賜物だ」
 なんだか逆に欲求不満になりそうな気もするけれど体を鍛えるだけで性欲まで抑えられるものだろうか。あのダンカンが精神修行に重きを置いてたとも考え難い。というか、そもそも師匠が妻子持ちなのだからマッシュが禁欲を強いられることはないと思う。
 ああでもマッシュは女の人が苦手なんだっけ。それってやっぱり王位継承権のことで揉めたから、もうエドガーのために結婚もしないし子供も作らないってこと?
「ふーん」
「な、何だよ、その顔は」
「うーん、もったいない」
「……何が?」
 世継ぎの件はともかく稀有なる美形遺伝子はどうにか後世に残してほしいものである。まあ、エドガーだって城で散々せっつかれてるようだったから私からマッシュに「結婚しないの?」なんて言わないけれども。
「こ、こら、おぬし、オナゴというのはもっと、恥じらいと慎みを持ってだな……」
「ごちゃごちゃ言ってないで飲みなさいよ。ねえ〜〜」
「ややややめんか!!」
 お姉さんに絡まれるカイエンをスルーしてできあがった料理を皆の前に並べていく。まだ微妙な顔をして私を見ていたマッシュも肉が出てくると我を忘れたようだ。
 それにしても、ミナの雰囲気からしてカイエンはお色気ねーちゃんタイプよりもローラみたいな儚げ美人タイプの方が好みなのだろうか。アンジェラお姉さんも美人なんだけどね。
 まあ、なんにせよ、マッシュもカイエンももったいない。どうせいつかは枯れるのだから咲ける内に咲かせるべきではないだろうか。

 結局あれからチラホラと客が入ったので私は厨房の手伝いに入り、夕方まで働いたあと給料を頂いた。そして仕入れのためサウスフィガロへ行く船に乗せてもらうこととなったのだ。
 帝国の許可を得た船でなければ入港させてはもらえない。だがニケア唯一の酒場であるこの店は帝国兵も利用するのでマスターについて行けば顔パスでサウスフィガロに入れる。惚れ惚れする手際のよさ。マッシュたちに何もさせず私が自力で役に立つことをしたぜ!
 なんてささやかな幸せを噛み締めながら、船はニケアを発った。
 甲板に立って水平線を眺める。テンション上がりすぎたガウが船縁にのぼって海に落ちそうになり、カイエンにしこたま怒られている。目を細めてそれを眺めるマッシュの横顔をなんとなしに見つめていた。くそっ、また髭が生えてきてる……。
「なあ、俺って変かな?」
「えっ? な、なにが、なんで?」
 髭は剃った方がいいと思うけどなにも変とまでは言いませんよ、いや正直やっぱり男前だなあとか思いながら見惚れていた本人にいきなり話しかけられてしどろもどろになってしまった。
「親父を殺された俺と、妻子を殺されたカイエンと、親のいないガウと……何か欠けたもの同士を無理やり繋ぎ合わせただけの歪な形だけど、なんだか、自分の家族を見つけたような気持ちになるんだ。あいつらには迷惑だろうけどさ」
「マッシュ……」
 迷惑なわけがないだろう。この三人の疑似家族関係は、それぞれに悲哀を孕んでいながら明るくて微笑ましくて暖かくて、重苦しく暗い世界観における一服の清涼剤となっている。その空気を作り上げているのはマッシュの人柄だ。家族というものに対する彼の深い愛情だ。
 こんなにも底抜けに優しい人を私は知らない。あの時も、無理矢理にでも私の話を聞き出してくれた。馬鹿げた真実をまっすぐに受け止めて、責めもせず利用するでもなく、ただ一緒に見守ると言ってくれた。
 ティナに抱く感情とは違った意味で、マッシュのためなら何をしてもいいと思っているよ。たぶん彼が私を頼るなんてあり得ないのだろうけれど。だからそっと、マッシュが求めてやまないものを得られることを願っておく。
 家族を。なにもかも受け入れてくれる人を。惜しみない愛を捧げてくれる人を。誰よりもそれを与えたいと思っているはずのエドガーは玉座に縛られてマッシュのもとへは戻れないから、せめてこの場に安らぎを得られるように。

 カイエンとガウはマッシュの家族だ。どこが歪なものか。欠けた絆を埋め合わせるためではなく、与え合うことのできる立派な関係だ。恥じる必要なんてない。
 潤んだ目を夕陽から隠してマッシュは俯いた。誰かに縋って泣くことのないまま強くなりすぎてしまった子供が、そこにある幸せに手を伸ばしていいのか迷っている。自制心なんて捨ててしまえばいいのに。いくらマッシュが強いからって甘えてはいけないなんて思い違いも甚だしい。カイエンたちだってそう望んでいるだろう。
 妙なこと言って悪かったなと笑って誤魔化そうとするマッシュの首に手を回し、引き寄せて抱き締める。体重負けして一瞬だけ足が浮いてしまったが、油断していたマッシュは体勢を崩して大人しく私の胸に抱かれた。
「わっ! な、なんだよ!」
「いい子いい子」
「は……はあっ!?」
 ヘッドロックをかけ……じゃなくて抱き締めたまま頭を撫でてやったら珍しく耳まで赤くして、混乱してるのかうまく逃げられないようだった。もがくマッシュの頭を大型犬にするようにガシガシと撫で回す。あー、犬を触りたい。
 そんなよく分からない状況の私たちをじっと見つめるものがあった。
「マッシュ殿……いったい何を……」
「げっ、カイエン!?」
 気づけばさっきまで船上を走り回って遊んでいたガウが間近に来て私たちを観察していた。マッシュを冷やかに見据えつつカイエンがお子様の目を両手で塞ぐ。べつに年齢制限のつくシーンではないのですが。
「いやなにマッシュがね、谷間が羨ましいと言うので、サービスを」
「言ってねえ!」
「お二人の仲が良いのは分かったでござるが、こ、婚前にそのような破廉恥な行為は、慎まれた方が」
「違うって! いろいろと違う!!」
 マッシュの悲痛な叫びを乗せて船は夜半過ぎにサウスフィガロへ到着する。洞窟を抜ければナルシェは目と鼻の先だ。そこを過ぎたらまたしばらく会えなくなる。
 伝えておかなければいけないな。あなたは自分の幸せを求めるべきだと。カイエンだってガウだって、マッシュとの出会いに救われている。……それに、私もね。




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