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傷は癒やさないままで


 列車は滑るようにプラットホームへと到着した。すぐそこに森と草原の境目が見えている。これならバレンの滝まで迷わずに行けそうだ。本音を言うと行きたくないが、マッシュと同じルートに来てしまった以上は嘆いても仕方がない。
 本当に、私はどう考えてもティナの方へ行くべきだったのにな。身体能力的に考えて。
「駅に着いたようでござる」
「あー、やっと降りられるぜ」
「ん? 誰のせいで乗ったんだっけ?」
「過ぎたことを言うなよな!」
 もう機械も悪霊も勘弁と真っ先にカイエンが下車して、そのあとに伸びをしながらマッシュが続く。シャドウは何か思うところがあるのかしばし列車を眺めていたが、諦めたように小さく頭を振って降りてきた。……ビリーの姿でも探していたのだろうか。
 食堂車から私たちを追い続けていた幽霊たちはデッキのところで戸惑ったように立ち竦んでいる。停車中であっても魔列車の許可なくば降りられないようだ。自分が二度と戻れない場所へ帰ろうとしているのが妬ましくて、彼らは執拗に生者をつけ狙うのかもしれない。
 なんだか切ないような怖いような気持ちに浸っていたら、無人だったはずのホームにまでたくさんの人影が浮かび上がってきた。ほとんどが足軽をやや西洋風にしたような鎧姿の兵士たちだ。おそらくドマの兵士だろう。そして奥殿に住んでいたと思われる女性や子供たち。帝国兵もかなり混じっている。
 ホームに溢れ返った死者は一声もあげることなく整然と魔列車に乗り込んで行く。こんなにも大勢の人影があるというのに静かすぎて不気味だ。

 降りたのは私たちだけ。新たな乗客はざっと数百人。霊界までいくつの停車駅があるのか分からないが、あれではすぐにも鮨詰め状態になってしまうだろう。
 言葉もなくドマの死者たちを見据えていたカイエンがふとある一点に目を止めて顔色を変えた。
「あれは……!」
「どうした?」
 尋ねるマッシュの声も聞こえていないのか、駆け出したカイエンは犇めく霊たちの隙間を縫って魔列車に走り寄る。だが、先ほど降りたばかりの列車は結界でも張られているかのようにカイエンが近づくのを拒んでいた。
「ミナ! シュン!」
 あれだけいた死者が一人残らず列車へと吸い込まれ、再び閑散としたホームに発車を報せる警笛が鳴り響く。
「あれは、カイエンの奥さんと……息子さん、なのか?」
「……うん」
 その問いに私が頷けばマッシュは困惑した表情でカイエンを見つめた。
 デッキに立ったミナがカイエンを振り向いて何かを言っている。母親につられて振り向き、そこに父の姿を見つけたシュンは無邪気に笑って手を振った。まるでちょっとどこかへ出かけるだけみたいに。
 手を伸ばしても見えない壁に阻まれて届かない。彼らとカイエンの間には絶対の境界線が引かれていた。
 別れを告げるようにもう一度高く汽笛を鳴らして、魔列車は走り出す。
「待ってくれ、ミナ! シュン……」
 残響だけを置き去りにして列車は消える。ホームの端に膝をついて項垂れるカイエンに、迷いながら声をかけようとしたマッシュをシャドウが引き留めた。
 カイエンはこれから崩壊後までずっと、同じ迷いを抱いたローラに前を見ろと言えるようになった後にさえ、ずっと、廃墟のドマ城へ帰るまで自分を責め続ける。……もしかしたら、その後にも……。
 前を向いて、過去を振り返らずに。そうやって歩き続ければ光が見えてくるかもしれない。でもその光を作り出すのは過去の傷だ。乗り越えるべき痛みの中に忘れたくない記憶もある。絶望がなければ希望も生まれない。悲しむなというのは喜びを捨てろと言うも同じこと。
 今はただ、為す術もなく苦しむしかないのだ。どんなに言葉を尽くしても、悔いるのは無意味だと頭で理解しようとしても、楽しかった記憶を何度も振り返るたびに後悔と悲しみばかりが押し寄せるんだ。

 レテ川の下流に流れ着いてから一夜、魔列車で更に一夜を明かし、ティナたちとはぐれてから二度目の朝をバレンの滝の近くで迎えた。
 その光景を一見した感想はまさにナイアガラの滝。恐怖による錯覚でより高く見えているかもしれないが落差50メートルはありそうだ。轟音が凄まじく会話ができなくなるので離れてその雄姿を見ている、にもかかわらず跳ね上がった水飛沫がここまで届いた。
 川は水量が多く、荒れ狂っている。水の落下速度は一体どれほどになるのか。ここから飛び降りる? 正気か。白目を剥きそうです。
「獣ヶ原を抜ければ東の海岸沿いにモブリズ村がある。帝国の監視下にない船が残っているとすれば、そこだけだろう」
「そうか。で、どうやって降りればいいんだ?」
「普段ならば南へ降る通路があるが、増水の影響で塞がっている」
「そ、そっちはどうしても通れないんですかね?」
 思わず敬語になった私をちらりと見やり、シャドウは無情に告げた。
「崩れた崖を転がり落ちるか、この滝を滑り落ちるか、南へ行く道はどちらかだな」
 それは道じゃない。それは、道では、ない。怖すぎて指先の感覚がなくなってきた。そんな私とカイエンとを交互に見つめ、マッシュが真剣な顔をする。
「いいか、絶対に真下には落ちるなよ。できるだけ滝から離れたところに飛び込むんだ。そして流れの弱い川底の方を泳いで下流まで逃げる」
 滝の真下は常に強烈なプレスがかかっているのと同じ。ましてこれだけの水量なら滝の水は勢いを殺さないまま水底まで達しているだろう。つまり滝壺に落ちればこの流れと同じ速さで岩に叩きつけられることになるわけだ。
 マッシュの言うように水の落下点から離れたところに飛び込めば、確かに生存率は上がるかもしれないけれども。
「落ちる時間は数秒でござろうか。その間に体勢を整えなければ……」
「川面に体が叩きつけられて死ぬだろうな」
 滝壺の底に叩きつけられてバラバラになるか、落下中に滝から逃れても水面に激突して死ぬか、うまく飛び込んでも泳ぎ切れず滝壺へと押し戻されて圧死か。あれ、おかしいな、助かるっていう選択肢がないぞ?

 マッシュもカイエンも、シャドウでさえも静かに私を見つめていた。分かっている。どう考えたって私に滝壺ダイビングは無理だ。超人的な身体能力を有するマッシュたちには可能かもしれないが、私には死ぬ道しかない。列車の屋根すら飛び越えられないというのに。いや無理なのが普通なんだけど。
「……俺の役目はここまでだ。どうするかはそっちで決めろ」
 なんだかんだいってシャドウには本当にお世話になった。彼も自分一人なら滝壺ダイブに付き合ってくれたかもしれない。でもインターセプターには危険すぎるから同行はここまでとなる。そして私は犬以上に、この滝に対して無力なのだった。
 一体どうすればいいんだ。途方に暮れる私をじっと見つめ、マッシュはシャドウに向き直る。
「追加で仕事を頼んでもいいか? 報酬は出す」
 一軒家でガウの父親からせしめたお金を差し出し、戸惑う私をよそにマッシュは意外なことを言った。
「ミズキをサウスフィガロに送り届けてくれ」
「えっ……」
「他にナルシェへ行く道はないと言ったはずだ」
「だが、お前はどこかに行くんだろ? 俺たちにはここしか道がなくても、帝国の港が使えるなら方法はある」
 驚いたな、何も考えてないようでマッシュもシャドウが帝国内部の事情に通じてることに気づいていたのか。
 この大陸は帝国の支配下にある。利用可能な港はすべて監視されているはずだ。しかしロックたちが暴走したティナを探してゾゾに向かう頃にはシャドウはどうやってかコーリンゲンに居り、その次には帝国に雇われている彼と再会することとなるわけだが。
 ……帝国と何らかの繋がりがあると考えても特に不自然ではなかった。というより、現時点で帝国に伝手でもなければこの大陸から出られないはずなのだ。
 シャドウはあまり考える時間を置かずマッシュに渡された金を受け取った。契約成立だ。こんな抜け道ってありなのだろうか。でも確かに私がシナリオに従わなければいけない理由はない。最初からいないはずの私なら、別ルートを通ってもいいのか。

 自分だってこれから命懸けのダイビングをするくせに、私の安全が保証されただけで何の憂いもなくなったという顔をしてマッシュは笑った。
「お前には世話になったな、シャドウ。また一緒に冒険しようぜ」
「……奇特な男だ。酔狂と言うべきかもしれんが」
 神妙な顔でやり取りを聞いていたカイエンは、ふと思いついたように荷物の中から何かを取り出して私に手渡した。
「ミズキ殿の風貌はドマの者にも見えるでござる。どうかこれを」
 受け取ったのは、帝国の陣地で掻っ払ったグリーンベレーだった。万が一帝国兵に見つかっても誤魔化せるようにドマ風の黒髪を隠せということらしい。
「あ、ありがと……うううう、カイエン〜、マッシュ〜〜」
「そう心配すんなって、俺たちは大丈夫だよ。それはお前が一番よく分かってるだろ」
 分かっているけどそれでも心配なんだ。実際こうしてバレンの滝を目にすると、ここから飛び降りるなんてのがどれほど危険な行為か馬鹿でも分かる。ゲームではなく現実なのだ。本当に本当に、本当に本当に本当に大丈夫なのか、何かの間違いでマッシュが死んでしまうのではないかと怖くて堪らない。
 一緒に別ルートを行ければいいのにと思う。しかしそれは酷く難しい。シャドウがどんな伝手を持っているにせよ私一人を誤魔化して大陸から連れ出すのと大の男二人も連れて行くのとでは難易度が違いすぎる。何よりガウとの出会いはこの二人に必要なことだと思うから。
「カイエン、マッシュのことをお願いします。モブリズについたら干し肉を買ってあげてね。お腹減って騒いでも怒らないであげて。あとお金が足りなくなったら時計を探せばいいよ。時計にへそくりを隠す人は多いから。エリクサーとか」
「ミズキ殿、それでは泥棒でござるよ」
「ロックの影響か……? っていうかお前は俺を何だと思ってるんだ」
 民家には入りにくいから公共施設、特に郵便屋などが狙い目だと念を押せばマッシュは「聞くだけは聞いとく」と苦く笑い、踵を返して滝へと歩き出す。カイエンも私たちに一礼してマッシュのあとを追った。え、も、もう行っちゃうのか……。
「マッシュ、カイエン! 気をつけてね」
「そっちこそ、あんまりシャドウに我が儘を言うなよ」
「ミズキ殿、サウスフィガロでお待ちくだされ」
 こちらを振り向かないまま走り出し、躊躇せず崖から跳躍した二人の姿は霧のような水飛沫の中へと消えていった。これが別れではない。信じよう。

 バレンの滝に背を向けて海へと向かう。シャドウと私はインターセプターの案内のもと草原を歩いていた。明確な目的地があるかのような迷いのない足取りだ。
「やっぱり帝国所有の船でフィガロ方面に渡るの?」
「……ああ。別の仕事があるんでな」
 帝国陣地で私の顔を覚えられていなければいいのだけれど。ケフカが派手に騒いだので、今から行く場所に私を見た人がいたらシャドウに迷惑がかかりそうだ。念のためにカイエンにもらったベレー帽を被っておく。
 ドマ王国以外では黒髪が珍しいので強く印象に残る。そこが特徴的な分、髪をまとめて帽子に隠してしまえば私の容姿をかなり誤魔化せるのではないかとのこと。
 しばらく行くと帝国に接収されたらしき漁村が見えてきた。人のいなくなった寂しげな村を自動飛行兵器が荷物をぶら下げて飛び交っている。
 あれはサテライトだな。警報を鳴らして付近の帝国兵を呼び出す厄介な対侵入者用兵器だが、ここでは荷物の運搬に使われているらしくアームに大きな木箱を掴んで船と港を往復し続けている。
 港にはいくつかの運搬船が停泊し、甲板には食糧や武器類、魔導アーマーなどが積み込まれていた。付近に敵対勢力がないと分かっているので兵士の姿はほとんど見当たらない。といっても作業機械がそのまま戦闘員に代わるのだから衛兵なんて要らないのだろうけれど。
「船には士官が乗っている。俺が黙ってる時は声を出すな」
 シャドウはそう言いつつ箱に詰まったジャガイモを掻き分けて私を押し込んだ。見張っているのが機械なのでこうして姿を隠してしまえば船への侵入は簡単にできるのだ。そんな侵入者を防ぐために数頭の軍犬が港を彷徨いているのだが、犬の鼻も誤魔化す算段がある。

 蓋を閉められてシャドウの姿が見えなくなると、不安を抑えるために目を閉じた。そうすれば暗闇は気にならない。
 インターセプターが軍犬のふりをして何食わぬ顔で木箱を確認していく。やがて箱がぐらりと揺れ、浮き上がったような感じがした。私の詰め込まれた箱は“異常なし”の荷物としてサテライトに運ばれ、しばらくゆらゆらしたあと衝撃を受ける。どうやら乱暴に船上へと放り出されたようだ。私は狭い箱の中でジャガイモの総攻撃を受けた。
 帝国よ、もっと芋を丁寧に扱え。
 数十分ほど放置されていただろうか。命が懸かってないので全然いいのだけれど、ジャガイモに包まれて丸まっている体勢は相当な負担だった。尻に未体験の痛みを感じ始めた頃、箱の蓋がほんの少しだけ開いてシャドウが声をかけてくる。
「サウスフィガロに物資を運ぶ手筈だったが予定変更だ。この船はニケアへ行く。どうする?」
 リターナー本部を狙う帝国を足止めするために、ロックがサウスフィガロで情報操作を行っているはずだ。急な予定変更というのはその余波だろう。
 どちらにせよマッシュたちが流れ着くのはニケアだから、これから一波乱起こるサウスフィガロで待つより一秒でも早くマッシュと合流できる方が私としてはありがたい。
「ニケアからサウスフィガロへ行くのはこっちでなんとかできるから大丈夫」
「そうか。……中で大人しく眠っていろ。港で荷を降ろしたら機を見て逃がしてやる」
「ありがとう、シャドウ」
「礼を言われる筋合いはない。仕事をしてるだけだ」
 無愛想にしつつも「インターセプターが近くにいる」と言い置いてその場を後にする。私の緊張を和らげるためだろう。わりと気遣いの人だな、シャドウ。
 眠れるかどうかは分からないけれど迂闊に身動きもできないので息を潜めて目を閉じた。マッシュたちはガウに会えただろうか。ちゃんと干し肉を買ってるといいけど。心配だ。すごく心配だ。
 無事でいるだろうかと考えると泣きそうになって、手持ち無沙汰な両手にジャガイモを二つ握ってみる。男爵芋だ。手に馴染む感触のお陰で少しだけ気分が落ち着いた。




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