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森を抜けて


 大変だ。迷いの森で思いのほか迷いまくった。言い訳するんじゃないが道順ならちゃんと覚えていたのだ。入り口から回復の泉を経由して画面右、そして奥へ行くのが正解の道。覚えていたけれど、意味はなかった。
 ここは迷いの森というわりにマップの枚数も少なくループが一ヶ所しかないのでプレイ中ホントに迷うことはあまりない。通りすぎるだけの単なる中継地点扱いだ。しかし現実に森の中に立ってみるとそう簡単にはいかなかった。そもそも画面右がどっちにあたるのかさっぱり分からないのである。立体って怖い!
 鬱蒼とした森で周りもよく見えない中、プラットホームを見つけたのはインターセプターだった。そのピカピカの鼻で匂いを探り列車の音を聞きつけて案内をしてくれたのだ。仲間にしていてよかったと心底思う。

 頭上を覆う葉の隙間から月の光が見え隠れしている。すっかり夜になってしまった。ロックたちがナルシェに着くまで遅くとも一週間くらいだろうか? マッシュ編だけ遠回りすぎると改めて思った。同じ頃に合流するためには急がないといけないな。
「あれは……ドマ鉄道? なぜこのようなところに……」
 ホームに近づきカイエンが不思議そうに首を傾げた。この大陸の南は大部分が獣ヶ原なので人なんかろくに住んでいない。一番大きいモブリズ村の他には浜辺にいくつかの小さな集落がある程度だ。ごくたまにドマとの往来があるとしても船を使うので森に立ち入る者はない。
 迷いの森は未開の迷宮。現地人であれ旅人であれ誰もここを通ろうとはしない。……生きてる者は、誰も。つまり、こんなところに列車があるはずがないのだ。
「生き残りがいるかもしれない。調べてみようぜ」
 戸惑うカイエンを置いてマッシュはさっさとホームに上がり、開け放たれた扉から列車内に足を踏み入れた。
「迂闊に近寄らぬ方がよいのでは」
「無理無理、思い立ったら即行動派のマッシュに慎重さなんて期待しちゃダメ」
 あわあわしてるカイエンの肩をポンと叩き、私もホームに向かって歩き出す。ここにいても仕方ない。魔列車をスルーしても迷いの森を抜ける方法は分からないからな。
 私に続いてシャドウも乗り込んだ。インターセプターは初めての列車にテンションが上がっているようで目がキラキラしてる。ちくしょう可愛い。そうして自分以外の全員が乗車してしまうとカイエンも慌てて追いかけてきた。

 魔列車の中は意外と暖かかった。蒸気機関車は客車に蒸気を送って暖房としているので、先頭から離れた後部車両ほど寒くなるはずだけれど。今まで夜の森を歩いていたから室内に入っただけで暖かく感じるのかもしれない。でも今そんなことはどうでもいいか。
「なんだ、誰もいないぞ?」
「やはり……これは魔列車!」
 顔色を悪くしたカイエンの言葉を遮るように発車のベルが鳴り、今しがた乗り込んできた扉がバタンと閉まる。
「魔列車って? うわっ、動き出した」
「早く出なければ!」
「このドア、開かねえぞ」
 いやいや走行中なのにドアが簡単に開いたら危ないじゃないか。とはいえマッシュの馬鹿力でも開かないってことは何か魔法をかけているのかもしれないな。たとえば大人しくあの世へ行きたがらない魂を閉じ込めておくための封印、とか。
 押しても引いてもびくともしない扉の前でカイエンが項垂れる。
「お、遅かったでござるか……」
「この列車は何なんだ?」
「魔列車……死んだ人間の魂を霊界へと送り届ける列車でござる」
 いよいよ蒼白になったカイエンの説明を聞いてさすがにマッシュも考え込んだ。できれば頭を使うのは行動する前にしようね。
「それじゃあ、俺たちもその霊界とやらに案内されちまうのか?」
「このまま乗り続ければ、そうなるでござるな」
「おいおい、そんなの御免だぜ」
 やっと事態を把握したマッシュは焦り始める。はしゃぐインターセプターを宥めながらシャドウが口を挟んだ。
「扉が開かないとなれば列車を止めるしかあるまい。制御室を探すぞ」
 さすが元列車強盗、話が早い。相変わらずマスクで表情は分からないけれども冷静な人がいると周りもつられて落ち着くからとても助かる。目的を提示されたのでマッシュとカイエンも混乱することなく動き始めた。

 蒸気機関車に乗るのはインターセプターと同じく私も初めてだけれど、客車を歩いてる限りは乗り慣れた普通の電車とあまり変わらないな。なんて思っていられたのは他の乗客を見るまでの話だった。
 汽車か電車かという問題じゃない。これは、死者を運ぶ列車なのだ。
 ゲームでは白くてふよふよとしたいかにも“おばけ”なグラフィックで表示されていた乗客たちだが、目の前を漂うのは泣きたくなるほどガチな“幽霊”だった。帝国兵らしき鎧の青年、どこかの町のお嬢さん、杖をついたお婆さん、ズボンの裾を泥だらけにした子供。半透明の体に向こう側を透かしながら虚ろな目で車内をさまよっている。
 ぶっちゃけ怖い。
「何だよ、こいつら」
「運ばれてる真っ最中の……魂かな?」
 死んだ瞬間の姿ではなく生きてる時と変わらない格好をしているのがせめてもの救いだ。それにしても、次の停車駅ではどれほど大勢が乗ってくるんだろう。明日は、そして明後日は、……世界が崩壊した時には?
 戦争は続いている。今でさえ時刻表も作れないほどの過密ダイヤだ。ケフカを殺しても帝国がある限り魔列車の乗客は減らないだろうし、かといってガストラを暗殺するのはそれほど容易じゃない。皇帝を亡くした帝国がどうなるかも不明だ。私に何ができる? 見殺しにしていいのか? 逆に介入するのは正しいのか?
 いつも通り思考の行き止まりで立ち往生していた私に気づき、マッシュが黙って背中を叩いた。気遣ってくれるのは嬉しいけど力加減を考えてほしいです。痛い。

 中程の車両に来ると赤絨毯の独特な内装が現れた。帝国の陣地に入る前に軽く朝食をとっただけだから空腹感はかなり限界に近いけれども、ここで食事をするのはちょっと躊躇してしまう。
「食堂か、ラッキーだな!」
 ……なんて悩むまでもなかった。即断でテーブルに突進したマッシュに溜め息を吐きつつ後に続く。幽霊列車に閉じ込められながら何の疑問も抱かずに食欲だけで動ける神経の太さが羨ましいよ。
「飯だ飯だ、山ほど持ってこ〜い!」
「こ、こんなところで食事して大丈夫なのでござろうか」
「まー、大丈夫じゃない? 死人しか乗ってないはずなんだから乗客を殺すようなことはないでしょ」
「むむむ。妙な理屈でござるが、そう言われるとそのような気も」
 メニューを見ると、どうやら今はパブタイムのようだ。肉肉うるさいマッシュは無視してサラダとスパゲティ、チーズに赤ワインを注文する。あとでビールも飲むかもしれない。値段が書いてないのが恐ろしいけれどここは無料だったはずなので遠慮なく食べます。
「デザート欲しかったなぁ」
「肉が入ってるのを全部くれ!」
「で、では拙者は魚料理を」
「俺はカレーライスとビール」
 しまった! 私としたことがカレーを見逃してた。そういやこの世界にはあるんだったね。カレーどころかハヤシライスまで存在する。ああでもスパゲティとカレーライスはさすがに多いかな? 余ったらマッシュが食べるとは思うけど。いいや、シャドウにちょっとカレーを分けてもらおう。

 がやがやと注文した直後に料理が出てきて驚いた。エプロン姿の半透明な従業員が一人で行ったり来たりしているので、霊界パワーでポンと出してるわけじゃなく一応どこかで調理しているらしい。調理法が気になるところだ。
 というか、今更だが死者しか乗らない列車でなぜ食事を出す必要があるのだろう。ひょっとすると目の前の料理は単なる幻覚なのか。それはそれで食べても害がないってことだから結構だけれど。
「インターセプター、お前も食べるか?」
「シャドウそれ玉ねぎ入ってる。マッシュのサーロインステーキにしときなよ」
「悪いな」
「おい、お前勝手に俺の肉……」
「マッシュ殿、代わりに拙者のセロリを差し上げるでござる」
「あ、それなら私のニンジンもあげる」
「俺は残飯係じゃねぇぞ! というか、ガキじゃないんだから好き嫌いするなよ」
「ねえシャドウ、カレーちょっとちょうだい? 代わりにチーズあげるから」
「いいだろう。取引成立だ」
「マッシュ殿、セロリとステーキを……」
「交換しないからな?」
 うーん、ワインのせいか知らないけどなんだか楽しくなってしまうね。死者相手のサービスとは思えないほど手の込んだ絶品料理。死後こんなに美味しいものをタダで食べられるなら最後の晩餐だとかなんとか考える必要は全くないと思う。幸せだ。
 そしてちょっとした衝撃があったのだけれど、シャドウがマスクを外していた。食事するんだから当たり前といえば当たり前である。頭巾と額当てがあるので顔の半分近くは隠れてるけど、目元から口までは普通に見えている。思わずじっくり眺めてしまった。なかなかの男前だ。これはリルムにも期待できるぞ。
 でもまさかシャドウの素顔を見ることになるなんて、しかもそれがカレーライス食べてるところだなんて、予想外だ。この衝撃を消化しきれない……。

 さて、たらふく飲んで食べて温まった体が車両の外に出ると急速に冷えた。風が冷たい。先頭の煙突がここからでも微かに見えているのだけれど、煙が出ていなかった。そうか。蒸気機関車ではなかったんだな。魔列車だもの、魔力的な何かで走っているんだろう。
『…………さ……』
「ん?」
『……に……さ……』
「なんだ、この声は? こっちから聞こえてくるぞ」
 通路を回り込んで客車の反対側を見に行ったマッシュは、顔を強張らせて戻ってくるなり私の手を掴んで連結部から前の車両に急いだ。なんだなんだ。疑問符を浮かべながらカイエンとシャドウもついてくるがマッシュは慌てていて説明もない。
「何……、あっ」
 思い出した。美味しい料理のせいですっかり忘れ去っていたけれどここはちょっぴりホラーなイベントがあったんだ。というか先程の乗客たちの姿形からしてちょっぴりどころじゃない恐怖体験になると思われる。
 車両の縁に立って恐る恐る後ろを覗き込んでみると、客車内にいた浮遊霊とは明らかに違う惨たらしい姿の霊たちが集まっていた。
 悪霊専用車両だろうか。後部にいた霊たちはみんな元人間らしい綺麗な姿をしていたのに、そこにいる彼らは顔が歪んでいたり肩から抉れていたりとかなり刺激的な容姿の者ばかりだ。直視しないようにしているのでよく分からないけど。見たら間違いなく夢に出る。視界の悪い夜でよかった。
『……にが……さん』
「げっ、追ってくる!」
「な、何故でござるか!?」
「無銭飲食のせいかもな」
「冗談言ってる場合じゃないってシャドウ!」
 大慌てでもうひとつ前の車両へ移ろうとする。が、前にいたマッシュが急に立ち止まったので後ろにいた私は彼の背中に顔をぶつけてしまった。その肩越しに軋むような気色の悪い声が聞こえる。
『……逃がさん……』
「ダメだ、こっちからも来てやがる」
『逃がすな……逃がすな……逃がすな……』
「くそっ、一旦屋根に逃げよう」
 壁や床をすり抜けないて来ないだけマシだろうか。実体があるなら物理攻撃が効くということだ。即ち、あれらが一斉に襲いかかってきたら数的にまったく敵わないということでもある。
「梯子をのぼってくるでござる!」
「よし、こうなったら……」
「マッシュ殿、何か考えが?」
「向こうに跳び移る」
「それは考えとは言わん」
「やるしかないだろ、ついてこい!」
 来いと言われても私は無理ですよと言うまでもなく分かってくれていたようで、マッシュはさっと私を担ぎあげた。荷物みたいに。えっと、できればおんぶの方がよかったかな。さっき調子に乗って飲みすぎ食べすぎたせいかお腹が苦しい……。

「うおおおおッ!!」
 気合いの咆哮を一発、マッシュは必死の形相でいくつもの車両を飛び越えていく。私もげろげろしないよう必死だった。しがみつきにくいし、腹にマッシュの肩が食い込むし、後ろから追ってくる霊の姿がモロに見えるし。
 猛スピードで走る列車の上は台風の只中にいるような強風が吹き荒れる。それを気に留めることなくシャドウとインターセプターは忍者さながらの軽やかさで、カイエンもまた危なげのない足捌きで屋根を駆け抜けている。おそらくはティナやセリスと比べても遜色ない身体能力だ。このパーティって実は強キャラが集まってたんだな。
 なんて現実逃避してる間に幽霊軍団とはぐんぐん距離が開き、先頭車両のひとつ手前でマッシュがバテた。ごめんね、私という名の重い荷物を持たせちゃって。
「はっ、はっ、ちょ、ちょっとばかり、食い過ぎた、な」
「まあ食後の運動にはちょうどよかっ、」
『……逃が……さん……』
「え……」
 ようやく安堵の息をついたと思ったら車輪の音に紛れつつも確かに声が聞こえた。マッシュは乙女チックに両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。まあ気持ちは分かる。
「おい、嘘だろ。勘弁してくれ」
 残念だが食堂車より少しこっち側の屋根にモヤモヤした影が蠢いている。ゆっくりとながら確実に追ってきているようだ。
 埒が明かないと思ったのかシャドウが足元の連結器を見下ろしながら小刀を抜く。
「車両を切り離すか」
「待って、そしたらあいつら霊界へ行けなくて地縛霊になっちゃうよ。私たちが急いで降りればいいだけだ」
「それも……そうでござるな。やつらと距離がある内に制御室へ参ろう」
 生前の彼らがどんなやつだったか知りもしないけれど、死者に鞭打つような真似はしたくない。きちんと霊界へ連れていってもらわなければ。カイエンが同意してくれたのでホッとした。

 私たちは急いでデッキに降りて先頭車両へと移り、制御室の中を探す。それを見つけたのはシャドウだった。冒険家の素質もあるんじゃないですか。
「第一・第三圧力弁を閉じて煙突の横にある停止スイッチを押せば列車が止まるそうだ」
「なぜ煙突の横なんかにスイッチがあるのかと問いつめたい」
「魔列車は意思を持つという。そのスイッチで列車に連絡をとれということだろう」
 なるほど、停止スイッチを押す=電源オフではなく魔列車に緊急停止を求める呼び出しボタンみたいなもんか。確かに、スイッチを押しても魔列車は走り続けていたものな。
 それにしてもシャドウはよく「列車に連絡をとれということだろう」なんて普通に言えるな。結構な異常事態ですよ、それ。
「よくこの状況に順応できるよね。列車が意思を持ってるとかさ」
 まさか強盗団時代に間違って魔列車を襲っちゃった経験なんか……ないよね? まさかね。
「……順応しすぎだと、お前にだけは言われたくない」
「それもそうか」
 そう突っ込まれると返す言葉もないんですけどね。
 どうでもいいけどいくつか車両をスルーしたのでジークフリード(仮)と会えなかった。あいつはどうやって脱出するんだろう。後部に避難して魔列車が止まった隙にこっそり降りたのか? ちょっと心配だ。どうでもいいけど。

 先頭車両は車体が円筒形だから突風に耐えながら屋根を這うのも一苦労だ。体力自慢のマッシュが煙突に向かい、私はカイエンを風避けにして踏ん張っていた。
「こいつは滑り落ちたら死ぬな。……おっ、これか」
 向かい風に煽られながらマッシュが力一杯スイッチを殴りつけるから壊れやしないかと心配だったけど、魔列車はスピードを落とすことなく疾走を続けている。やはり押したら止まるってわけではないらしい。
「止まらねぇぞ、どうなってんだ?」
『死者の魂を乱すのはお前たちか……』
「れ、列車が喋ったでござる!?」
 驚いたカイエンが思わず刀を抜き、鞘が私の脛に当たった。痛いでござる。
 ちょっと上から地面を覗くとスピードの凄まじさがよく分かる。魔列車がすごい勢いで線路を飲み込んでいるかのようだ。いやいやいや無理無理無理、これ降りて走りながら戦うなんて馬鹿げてますって。
「戦う必要はないでしょ。魔列車がなくなったら死者が困る」
「確かに、死した魂がすべて現世に留まることになっては……どうなるでござるか?」
「分かんないけどたぶん、ろくなことにはならないよ」
 そこらのモンスターと違って死者の霊を安息に導く重要な存在だ。悪霊たちは今も後ろから追ってきている。動きはものすごくゆっくりだけど、死者は私たちと違って永遠の時の中にいるからきっと霊界で安息を得ない限りいつまでも追い続けるだろう。魔列車がいないと、こういうやつらが世界に溢れ返ってしまう。
「あー、魔列車さん、私たち見ての通り生きてるんですが、間違って乗っちゃったんで後ろの連中が怒ってるんですよ」
『……』
「これ以上の邪魔はしないので、次のホームで降りてもいいですか?」
 しばらくの沈黙。マッシュとカイエンは戦闘体勢を保ちつつ魔列車の言葉を待っていた。戦いたくない。メテオストライクとかされたら私ごと死んでしまうんです。お願いだから穏便に済ませてほしい。
 その祈りが届いたのかどうか、魔列車は年齢も性別も窺い知れない無機質な声で静かに答えた。
『……降車を許そう、生者たちよ。だが、先にやらねばならぬことがある……』
「お、降りていいのか?」
「大丈夫みたい」
 列車と会話するなんてさすがでござるとカイエンに感心された。どういう意味か分からないけど褒められてない気がする。
 魔列車はその恐ろしげな名前やら性質やらに反して意外と優しい。ゲームでだって戦闘が終わったらすんなり降ろしてくれるからな。そもそも死んでもないのに乗り込んだ私たちの方が悪いんだし、何より貴重なフェニックスの尾を使うはめにならなくてよかったと安堵する。
 遠くに次の停車駅が見えている。魔列車が減速し始めた。さあ、もうすぐお別れの時間だ。




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