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知らない君と


 その世界に立ち、私が持ち得た真実はただ一つだった。これはゲームだ。誰に教えられたわけでもないけれど、赤ん坊が生まれた時から呼吸の仕方を知っているように、私はそれを理解していた。
 これはゲーム、無事にクリアできれば“元の世界に帰れる”のだと。
 きっと簡単なことだと思っていた。だって私は物語を知っているのだから。流れに逆らうことなく傍観者として漂っていれば世界はやがてエンディングに辿り着く。……そう、思っていた。

 そんな楽観的な思考より数時間後、現実はゲームのようにはいかないと当たり前の事実が改めて身に染みていた。私は黙々と“物語の主人公”たるティナの後ろを歩いている。さしあたっての問題は、どうやらこの私の役立たずっぷりが改善される様子の感じられないこと。
 人間の体には「作業感覚で雑魚モンスターを殺しているだけで経験値を得て楽々レベルアップ!」なんて便利システムは搭載されていなかった。
 多くのゲームは開幕大魔法で敵を瞬殺したって指一本動かしていないメンバーにも均等に経験値が入るものだが、ティナが戦う姿をただボケッと後ろで眺めているだけの私がその恩恵に与っている気配はない。
 多少なりとも武術の素養を持っている人ならティナの動きを見て自らの技術を磨くこともできるのだろう。でも戦いとは縁遠い人生を送ってきた私には無理だった。
 ティナに剣を借りてみれば振り上げて振り下ろすだけでも負担が大きく、モンスターを斬りつけるどころか肩を痛めて自滅しそうだった。敵の攻撃を避けることさえできず瞬く間に死ねるだろう。それに精神的にも目の前の生物を殺すのに抵抗がある。
 私自身が戦わなくてもティナとパーティを組んでるだけでレベルアップしてくれるんじゃないかなー、なんて目論見は見事に潰えた。
 待機や防御どころか棒立ちで戦闘に参加しているとは言えない現状、もしステータス画面を見られるとしたら私は『戦闘不能』になっているのかもしれない。それでは経験値も入らないわけだ。経験値を蓄えて成長するためには思考と行動が不可欠なのだろう。
 私は永久に非戦闘員であることがほぼ確定した。それはつまり、これから先ティナたちについて行く理由がないということでもある。

 ティナはウェアラットを斬り伏せた剣から血糊を振り払い、鞘に収めてまた歩みを進めた。実を言うと私の能力値だけでなく彼女についても疑問が残る。
 物語序盤は主人公のレベルも低いのでチュートリアル中にそれなりの強化ができるのが定石である。レベルアップだったり装備品の入手だったり、技の修得だったり。
 しかし何度かの戦闘をこなしているというのに彼女にはそれが起こった様子もない。経験値を得ていないというよりは、単に最初から強いので変化がないというだけの話だろうが。
 ティナは帝国の誇る魔導戦士だ。今は操りの輪が外れた影響で記憶が混乱しているけれど、戦闘技術は体に染み着いているようで、歴戦の猛者である彼女が今さら巨大ネズミの一匹や二匹を殺したところで何の経験にもならないのだ。
 出会ってからここまで何匹のネズミを駆除したか覚えていないが、ティナの得た経験値は限りなく0に近い1。それでもゲームなら根気よく積み重ねればいつか必ずレベルアップに繋がる。しかし現実においては、ただ疲労を蓄積するだけの無意味な行為でしかなかった。
 ここらのモンスターは彼女の敵じゃない。息をするのと同様に殺せる雑魚。ならば。
「提案があるんだけどさ」
「どうしたの?」
 私の言葉に彼女は素直に耳を傾ける。向けられた信頼が私を居たたまれない気持ちにさせた。
「殺すより逃げることに専念しよう。その方が早く走れるし、こいつらを放っとけば追っ手の足止めにもなるし」
 一秒かからず殺しているから大した時間のロスにはなっていないけれど、いずれにせよ血痕や匂いを残していくのはこちらに不利だ。そう告げると彼女はネズミの死骸を見つめて呟いた。
「……考えもしなかったわ。ミズキは頭がいいのね」
「い、いやー」
 それほどでもないぞ。いやまじで。パワーレベリングでもできないかと自分の都合で彼女に戦闘を押しつけていたのに、無意味と知ってそれを止めただけで褒めないでほしい。逆に辛いわ。

 私たちの足音は坑道内に響いてうまく位置を誤魔化していた。でも追っ手は犬を連れているから意味をなさない。立ち止まればすぐに追いつかれるだろう。息を切らさない程度の駆け足で、ティナは前を向いたまま進み続ける。
 さて……。頭の中に地図を描こうにも、さすがにちょっと記憶が曖昧だ。攻略本を持ってきたかったな。確か一度、ガードに追い詰められて下層に落下するはず。そこへロックが現れてモーグリと共にガードを撃退するという展開だったかな。それまでに私の“キャラクター設定”を考えなければいけない。
 ティナは操りの輪を外した影響だろうか、帝国を発って以来の経緯をさっぱり覚えていないようだった。ビックス&ウェッジの記憶もないのは確認済みだ。私にとっては好都合といえる。
 帝国でのことを思い出せていないのならばと、私はティナの世話係をしていたということにして名乗っておいた。「迷惑でなければ、これからもそうしたい」と言ったら彼女は無頓着に頷いたのだ。
 私は嘘つきだ。一人きりで放り出された彼女の不安に付け入るような真似をしている。顔見知りであると思っているお陰でティナは私を信頼しきっていた。
 痛烈なまでの孤独に苛まれている真っ最中に現れた私という存在を、『自分に敵意を向けない』というだけの理由で彼女は受け入れたのだ。
 ティナは記憶喪失だから私の嘘に気づくことはないが……ロックにはもう少し話を詰めておかなければ誤魔化せない。細かいことを有耶無耶にしては後々セリスに会った途端に「そんなやつは存在してない」と突っ込まれて終わりだからな。
 ずきずきと痛む良心には蓋をした。私がティナの世話をしていたというのは大嘘だけれど、これからのことは真実に変えられる。ティナの世話をする。彼女の苦難に寄り添う。そばにいる。嘘は真実に変えてしまえばいい。
 そうでもしなければ私は最後まで行けないのだから。




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