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接触


 レオ将軍が手勢を連れて陣地を離れるというので前線はちょっとした混乱状態に陥っていた。そこかしこで喧嘩や言い争いが起きている。ただでさえ仲の悪い兵士と魔導士、将軍が抜けて歯止めがきかなくなったようだ。
 長期戦の構えでドマ城への突撃を繰り返していた兵士たちは負傷者が増える一方、未だ戦場に出ていない無傷の人造魔導士たちはさっさと魔導アーマーで城を壊してしまえと主張して譲らない。彼らは早く切り上げて幻獣のいるナルシェに侵攻したいのだろう。が、幻獣になど然して興味のないレオ配下の兵士たちは身勝手な魔導士団に苛立ちを募らせる。
 この混乱に乗じるべきだろう。俺たちは帝国陣営を駆け抜けた。

 将軍に代わって指揮権を委ねられた魔導師ケフカがドマ城を臨む高台で兵士を怒鳴りつけていた。先ほども声だけは聞いたが、実際に見ても声の印象通りの奇矯な人物だ。あれは一体なんの扮装なのかと引いてしまう。
 帝国軍がこれだけめちゃくちゃになっていたらドマの起死回生もあるかもしれないな。そう願って陣地を通り抜けようとしていた俺たちの耳に、ヒステリックな喚き声が聞こえてきた。
「で、ですが、レオ将軍は……」
「ヤツはもういない。俺が一番えらいんだ。毒を寄越せ!」
「しかし城内には我が軍の捕虜がいます。水を汚せば、彼らも死んでしまいます!」
「敵に捕まるようなマヌケのことなど知るか」
 毒と聞いて思わずミズキの顔を見た。彼女は俺の目を見ないようにしている。聞き間違いじゃないんだな。これも決められた筋書きのひとつか。……では、あの卑劣な目論見は成功してしまうということだ。
「俺は行くぞ」
「マッシュ、ちょっと待っ、」
「止めるな!」
 制止の手が届く前に走り出す。シャドウがいてよかった。ちょっとの間ミズキから離れても一人にしなくて済む。
 シナリオなど知ったことか。あれを見て見ぬふりするなんて俺じゃない。

 高台を全速力で駆け上ってきた俺に、大して驚きもせずケフカは冷静な視線を返してきた。毒薬を持ってきた兵士は大慌てで逃げ出してゆく。この魔導師を守ってやろうって気はないらしい。人望がないな。
 それにしてもこの野郎、服装もキテレツだが間近で見ると顔もトチ狂ってやがる。顔は真っ白に塗りたくって不気味な道化の化粧を施し、真っ赤な唇が酷薄な笑みを浮かべていた。
「……毒殺はお手の物ってか、帝国野郎。胸糞悪いぜ」
「うるさい虫ケラめ。口出しするな。それとも痛い目に遭いたいのか?」
「痛い目に遭うのはそっちかもな」
 一跳びでヤツの懐に入り、ごてごてと着飾った服を掴んで高台から投げ飛ばした。宙を舞う体の落下点に先回りして蹴りつけると、地面に叩きつけられたケフカは転げ回って痛みに悶える。
「いったあーい!」
 ふざけた悲鳴に苛つきつつ、毒薬の容器を奪い取るべく近寄ったところへミズキの声が飛び込んできた。
「マッシュ避けて!」
 反射的に飛び退くと寸前まで立っていた場所に魔法の火柱が噴きあがった。悶絶してたのは油断させるためのフリだったのか、平気な顔して立ち上がったケフカは続けざまに雷撃を放ってきた。
「おっ、と、見た目通りの奇抜な攻撃だな」
 雷の直撃した地面が焦げている。ティナと同じくらい強力な魔法だ。一発でも食らったらまずい、さっさと片をつけないと。
「マッシュ!」
 ミズキの悲痛な声が聞こえたが振り向けなかった。あいつは筋書きを変えたくないんだろう、分かってるさ。だけど俺には見過ごせない。こんなことが許されて堪るかよ。未来が決まっていようと、俺は俺の思う通りに生きる。

 マントを翻して走り去るケフカを追いかけ陣中を駆け巡った。バカみたいに派手な格好のお陰で見失うことはないが、捕まえる寸前で器用に逃げられてしまう。
「待て、ケフカ!」
「待てと言われて素直に待つ者がいますか!」
 そりゃあそうだが、納得して追いかけるのをやめるヤツだっていないだろう。魔導師だけあって体力はないらしく、ケフカはすぐに息を切らして足を縺れさせる。だが魔法を駆使しての目眩ましや騙し討ちでうまく撒かれてなかなか追いつけない。つくづく人を苛立たせるやつだ。
「待ちやがれ、ってんだよ!」
 いきなり視界に黒いものが飛び込んできた。一瞬インターセプターかと思ったが、それはミズキの黒髪だった。体当たりするみたいに突進してきた彼女を避けきれず正面から抱きつかれて足が止まる。
「ミズキ、離せ」
 俺が止まったことでケフカも崩れ落ちるように立ち止まって息を荒げている。毒薬を握り締めたままこっちを睨みつけていた。
「あいつごとバラバラにしてやる」
「触れただけで死ぬ毒なんだよ。マッシュも死んじゃうって!」
「俺の親父も毒で殺された。お前に分かるか? 腹の中から体を焼かれ、内臓が爛れて溶け出し、首を掻きむしりながら悶え死ぬんだ。あの城にいる全員が!」
 触れただけで死ぬ毒だと? そんなもの川に流したらどうなるか。この辺り一帯の土地すべてが死んでしまう。戦争は止められなくても、人が死ぬのは変えられなくても、毒だけは。無意味な苦痛を与える、そんなやり方だけは絶対に許せねえ。
 怒りを燃やす俺と、それを止めようと必死に縋ってくるミズキを見つめていたケフカが、なぜだか突然笑い始めた。
「素晴らしいではないですか」
「何だと?」
 腹の底で感情が煮えたぎっている。それを感じ取ったのかミズキは俺を押さえつけたまま恐怖に肩を震わせた。
「幾百もの悲鳴が奏でるオーケストラ、崩壊の調べが紡ぐ甘美な音楽! 愚か者共が最期にあげる苦悶の歌劇を、聞かせてもらおうではありませんか!」
 まるで指揮棒を振るうように翳された腕から、放物線を描いて小瓶が飛んでいく。俺が何を考える間もなくケフカはそれを指差し、そこから放たれた雷によって易々と瓶は砕かれた。
 陽光を浴びて中の液体が煌めく、その光景は、腹立たしいほど美しかった。

 静けさが満ちる。永遠にも感じるほど長い沈黙。やがて川から不気味な音が沸き起こった。息絶えた魚が次々と腹を見せて浮かび上がってくる音だ。川縁に生えていた草が瞬く間に枯れていく。カッと頭に血がのぼった。目の前が真っ赤になって何も見えない。
「……貴様!」
 ミズキの制止を振り払って駆け出した。ケフカを殴りつけたはずの拳が空気を切るとそこには既にヤツの姿は無く、頭上から嘲るような笑い声が落ちてきた。顔をあげると、宙に浮かんだ道化が俺を見下ろしていた。
 魔法が来る。肌が粟立ち死を悟った瞬間、俺は背中からミズキに突き飛ばされていた。
 お前が俺を庇ってどうするんだ、なんて思う間もなく……大きく広がったオレンジ色の炎が四方向からミズキをめがけて舞い降りる。彼女の体は一瞬にして魔法の渦に呑まれて――
「ミズキ!」
「おやおや、どうせ揃って死ぬのに無駄な、こと、を……?」
 彼女は渦に呑まれて、……炎が消えた。ミズキに届いたと同時に、見えない膜に吸い取られたかのごとくケフカの魔法は消滅した。俺だけじゃない、ミズキ自身さえも呆然としている。攻撃を阻まれたケフカがわけも分からずミズキを睨みつけた。
「お前……お前は……何なんだ……?」
「わ、私に聞かれても」
「死ねよ。いつもいつも勝手なことばっかりしやがって。死ね。消えろ。“この世界から、いなくなれ”!!」
 何が逆鱗に触れたのか、ケフカの翳した手から氷塊が降り注ぎ、豪炎が立ち上ぼり、迅雷が轟く。際限なく放たれる術はその悉くがミズキの周囲であっさりと消えた。
 錯乱したように頭を掻きむしって悲鳴をあげたケフカは、同じく混乱しているミズキに対して明らかな恐怖を抱いていた。
「お前は、そうか! そうだ! 許されていない! 認められてないんだ! どこにも存在しないから、ぼくちんの魔法が届かないんだな!?」
「……私は、世界に受け入れられてないから、だから……」
 ミズキが違う世界の存在だから魔法が効かない? まさか……。いや、そんなことよりも、魔法が効かなくたって物理的な攻撃は効くんだ。顔面を蒼白にしたまま硬直している彼女の腕を引っ掴んで背後に庇う。
 ケフカは憎悪の籠る視線を彼女に投げつけながら、空間をねじ曲げたような不可思議な穴を作り出してその向こう側へと逃げ去っていった。
 あれは転移魔法ってやつなのか? 空を飛んだり無尽蔵に魔法を打ったり、底知れない魔力量だ。それにケフカは……ミズキがこの世界の人間ではないと知ってるようだった。

 兵士たちの動きを探ってきたシャドウによると、ドマ城は攻め入っていた帝国兵もろとも全滅だそうだ。悲鳴が響き渡り騒がしかったのもほんの束の間。実に素早く……すべてが終わってしまった。
 俺は何もできなかった。誰も助けられなかった。それに、毒が投げ込まれるのを阻止したとしても別の手段で殺し合いが続けられると冷静さを取り戻した今なら分かる。
 どんな想いがあろうと、どんな理屈をつけようと、一歩離れて見たら人が人を殺してるだけ。確かにそうだな。どうしたって人が死ぬことに変わりはない。これ以上の惨劇を食い止めたければ、帝国の中枢を叩かなければどうしようもないんだ。戦争を止めさせなければ。
 ミズキはティナみたいな無表情で地面を見つめていた。知っているのに何もできない。彼女はずっとこんな思いをしてきたのか。そしてこれからも。
「あのさ……」
「敵だー! 全員配置につけー!」
 何を言うべきかも分からないまま開けた口が帝国兵の叫びによって塞がれる。ミズキが顔を上げた。その視線の先に、彼女とよく似た黒髪の男が走り込んでくる。駆けつけた兵士たちは全員、黒髪の男に一太刀で斬り伏せられた。強いな。誰だ、あれは?
「拙者はドマ王国の戦士カイエン! いざ、尋常に勝負!」
「生き残りか……」
 思わず足を踏み出しかけてすんでのところで留まり、傍らのミズキを見る。彼女は黙って俺の背中を軽く押した。俺も無言で頷き、その場をあとにする。

 疾風のごとく現れたドマの剣士はすぐさま帝国兵に取り囲まれた。自らの身を顧みることなく人垣を真っ直ぐに突き破り、片刃の細剣で鎧ごと敵を切り裂いて駆け続けている。俺は眼前を走る兵士の背中を足がかりにして跳躍し、カイエンと名乗った男の横に降り立った。
「無茶をするなよ! 加勢させてもらうぜ」
「かたじけない!」
 城攻め部隊に援軍を送る必要がなくなったせいで陣地にいるすべての帝国兵が集まってきていた。カイエンの太刀筋は衰え知らずだが、兵士の壁も厚くなりすぐには抜けられなくなっている。こう数が多いとさすがにまずいな。
 ふと見ればミズキがこっちに手を振って何かを指し示している。向こうは武器庫だ。……そうか、予備の魔導アーマーだ!
「カイエン! 通路に入るぞ、囲まれっぱなしじゃ不利だ!」
 俺は力任せに目の前の数人を突き飛ばし、その裂け目からカイエンが道を斬り拓く。テントの間を駆け回って数分でひとまず敵の目を逃れることができた。
「何処の何方か存じませぬが、誠に助かり申した」
「俺は、あー……フィガロのマッシュってもんだ。まだ礼には早いぜ。……毒を流した野郎は逃げちまった。あんたも、ここは退くべきだ」
「しかし拙者は皆の仇討ちを……」
「このままでは多勢に無勢。グズグズしてたらまた敵の大群が、」
「居たぞ! こっちだー!」
「そら、おいでなすった。俺にいい考えがある。とにかく向こうへ行くぞ!」
 苦渋を噛み締めつつカイエンは頷いた。何も気にせず復讐に身を捧げたい、大事な人を殺したやつらに同じ苦しみを与えてやる……その気持ちは、俺にもよく分かる。だがここで彼を死なせたくはない。

 レオ将軍が去り、ケフカも戦場を放り出して逃げたお陰で武器庫には手つかずの魔導アーマーが並んでいる。しかし見たところ俺とカイエンの分しかない。少し北側に戻れば他の機体があったはずだが、陣地に残ってる魔導士団の連中にあれを使われると厄介だな。ミズキとシャドウのことは合流してから考えよう。
「マッシュ殿! この鎧の化け物は一体何でござるか?」
「魔導アーマーだよ。いいから早く乗れって」
 とりあえず手前に置いてあったものに適当に乗り込んでみる。ミズキは無事だろうか。シャドウがついてるから大丈夫だと願いたい。今はカイエンだけで手一杯だ。追っ手が来る前にこいつを動かさないと。
「マッシュ殿ー! 一体どうやれば動くのでござるか!?」
「ああもう、世話が焼けるでござるな」
 いけねえ、口調が移っちまった。まったくどいつもこいつも……。
「適当にスイッチを押してみろよ!」
「むむ、これは……ま、マッシュ殿ー! あべこべでござるぞー!」
 言われるがままに何かを押したらしいカイエンは魔導アーマーを見事に起動させ、そしてテントに集まってきた追っ手の兵士を撥ね飛ばしながら暴走し始めた。……ああ、うん、立派なもんだ。
「さて、どうやって動かすんだろう。カイエンはどれを押したんだ?」
「このスイッチで起動、レバーを倒すと前進ですぞ」
「ミズキ! お前どっからわいてきたんだよ」
「失礼な、人をボウフラみたいに」
 いつの間にか現れたミズキは、あっちでも予備のアーマーを見つけたがシャドウの分しかなかったのだとか言いながら俺の横に無理やり体を捩じ込ませてきた。いや狭い狭い、シャドウの方に乗せてもらってくれよ、あっちの方が細いんだからさ。
「乗ろうとしたらインターセプターに断られたんだよ! こっちに乗せてよ!」
「……そ、そうか、そりゃ悪かったな」
 分かったからそんなことで泣くなってば。

 とにかく一人乗りの操縦席にぎちぎちで並んでちゃ身動きがとれないんでミズキには俺の膝の上に座ってもらった。兄貴なら喜びそうだが、ちょっとばかり問題のある体勢だ。急いでるから仕方ないよな。ミズキがお淑やかなレディじゃなくてよかったよ。
 俺の前面にすっぽり収まったミズキはどこで拾ってきたんだか怪しげな本を片手に魔導アーマーを起動している。なになに、『搭乗前の準備から始める・魔導アーマー入門〜初級編〜』……いや搭乗前の準備は要らねえよ。
「えーと旋回はハンドルで左手のレバーがビーム照射。これは操縦士の魔力を消費するので事前に健康診断を受けること」
「魔力? じゃあ俺も使えないな」
「いや使えるよ」
「え……」
 順調に動き出した魔導アーマーに乗って前進し、武器庫を出て目にしたのはカイエンが赤いビームを乱射して敵兵を薙ぎ払っている光景だった。予備のアーマーを調達してきたシャドウも色は違うが易々とビームを放っている。
 半信半疑で俺もレバーに手をかけてみると。
「……うお、本当に使えた!」
 雷っぽいビームが当たって物見櫓が倒壊し、兵士たちが慌てて逃げていく。ビームを発射するたび体から何かが抜き取られる感じがした。オーラを凝縮して放つ時の感覚に似ているが、これが魔力を消費するということか。じゃあ俺にも魔力があるってのか? カイエンや、シャドウにも。でも魔力って魔法を使うための力だろ? なんでそんなもん持ってるのか謎だ。

 空に向かって威嚇ビームを乱射しながらカイエンは爆走を続けている。あいつの通ったあとは死屍累々だ。いや、幸か不幸か兵士たちのほとんどは魔導アーマーの体当たりを受けて気絶してるだけで死んではいないみたいだが。
「おい! そこのお前、何をして……」
「あわわわわ! 止まらんでござるぞー!」
「うぼあっ」
 こんな調子で、俺とシャドウはカイエンの作った道を通って悠々と陣地を脱出することができた。ひたすら陣地から遠ざかり、魔導ビームの射程範囲を越えて物見櫓も見えなくなった辺りでようやくアーマーを降りる。カイエンはなぜか青息吐息だ。
「も、もうカラクリは勘弁でござる……」
「一番才能あったみたいだけどな」
 船酔いのようにふらつきながらもカイエンは律儀にミズキとシャドウに名乗り直して、再び助太刀への礼を言った。
「カイエン、俺たちはリターナーの者だ。一緒にナルシェへ来てくれないか? 次の帝国の標的はあの町なんだ」
「……拙者の剣が役立つならば。ナルシェを、ドマのようにしてはならぬ」
「ありがとう」
「あとは南の森を抜けるだけだ。帝国陣地を離れれば使える港もあるだろう」
 小さな漁村なら帝国の占領を免れているところもあるはずだとシャドウが言う。どうやら彼もまだついてきてくれるみたいだな。
「よし、そうと決まればこのガラクタに用はない」
「ガラクタかぁ……」
「何だよ、持って行くのは無理だぜ」
 ミズキは未練たらしく魔導アーマーを撫でていた。どうやら気に入ったらしい。そういや兄貴ほどではないにしろ機械が好きそうだってロックが言ってたな。
 ケフカの言葉が気にかかったが、いつも通りの顔だ。起きた出来事を見ないふりして普段と変わりなく振る舞う。それが彼女の心を守る方法だった。
 答えの出ないことを考えるよりも、今はただ歩き続けるだけだ。




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