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人間という形


 コルツ山の頂上で一夜を明かし、日が昇ると同時に出発した。エドガーの弟ことマッシュは小屋に戻って旅支度、そのついでにサウスフィガロの街にも寄って来るだろうとエドガーが言っていた。なんでも亡くなった師匠の奥さんが町外れに住んでいるのだとか。
 別れの挨拶をする時間を作るためにも一晩休憩したのはよかったみたいだな。おかげでミズキの体力は回復し、ティナの魔法もまた使えるようになっていた。
 マッシュは山に慣れているだろうからきっと俺たちがサーベル山脈に着く頃合いに追いついてくるんじゃないか、と思ってたら大間違いで、なんと山を降りる前に戻ってきた。
 俺たちもそんなにのんびり進んでいたわけじゃないってのに、いくらなんでも早すぎないか。あの断崖絶壁ばかりの山をどんな道程で追いついてきたのか知りたいような知りたくないような……。

 格闘家であるマッシュが加わってからは格段に戦闘が楽になった。サポート役の俺はありがたいことにほとんど出番なしだ。それにマッシュが前線で踏ん張ってくれるから後ろのミズキたちが危険に晒されることもなくなった。
 おそらく戦士としてなら帝国で戦争を戦い抜いてきたティナの方がマッシュよりもずっと強い。でも彼女は単独での戦い方しか知らないという欠点がある。仲間と協力し合うことができないんだ。
 ティナはいつも自らを顧みず敵の真ん中に突っ込んでいって、圧倒的な力を以て敵を無理矢理に叩き伏せる。身につけた武器防具やそれを扱う自分自身さえも傷つくことを厭わない、危なっかしいにも程がある戦い方だ。これも帝国で兵器として扱われていた影響だろうと思うとまた怒りが募る。
 それに対して自分の肉体を武器として盾とする武道家のマッシュは、替えの効かないそれらを無闇に傷つけるようなことはしない。常に敵の攻撃を避け、或いは受け流すよう心がけて動く。あの体躯と筋肉量からは想像もつかないほど俊敏に飛び回り、敵には隙を作り出し、自らの強さを最大限に引き出すのだ。
 ティナが剛の力ならばマッシュは柔の力だといえる。思うにティナは最初から強すぎたのかもしれない。魔導の力を持っているのも手伝って何も考えずとも敵を捩じ伏せることができるから、より良い動きを求めようとしないんだ。その点では修行に明け暮れていたマッシュの方が“戦術”を知っている。
 願わくはティナに、誰かを守るのみならず自分を傷つけずに戦うということを学んでほしい。そういう意味でもマッシュの存在はありがたいと思えた。

 初対面で失礼なことを言ったわりに、ティナはマッシュに心を開いてよく話しかけている。彼女は敵意や策略の匂いに敏感だ。だからそのどちらもないミズキやマッシュに懐くのかもしれない。それでいいのだと思う。俺とエドガーには打算がありすぎるからな。
 心に触れるのは他のやつに任せて、俺は約束した通りに彼女を守っていればいい。
 ミズキの努力の甲斐もあって、ティナはナルシェを出た頃に比べると人間味が出てきた。彼女についての心配事はかなり減っている。だけど代わりに別の問題も浮上していた。……ミズキのことだ。
 コルツ山を降りた頃から妙にイライラしている気がするんだ。終始笑顔で明るく振る舞っているけど目が笑ってない。そもそも山を登っている時からして少し様子がおかしかったが、山を降りてマッシュが同行し始めたくらいから段々と酷くなっているように思うのは気のせいじゃなさそうだ。
 始めはティナがマッシュにくっついてるんでヤキモチをやいてるのかとも考えた。でも、ティナが誰かと話している姿をニヤニヤして眺めているところを見ると違うらしい。むしろミズキは彼女が他人と交流することを望んでいる。
 じゃあ何の不満があるのかとさりげなく聞いてみてもはぐらかされてしまう。……だったら直球勝負で聞くしかないと、ようやく決心を固めたところだ。

 見晴らしのいい草原。前方をマッシュ、後方をエドガー、そしてティナが上空も警戒している。この布陣でモンスターに不意を突かれることはないだろう。ミズキはすっかり気を抜いて歩きながら傷薬を人数分に小分けしている。俺はその隣に並んで、鞄を持ってやりつつ尋ねた。
「リターナーに行くのが嫌なのか?」
 一瞬だけ足を止めかけたミズキはティナが振り向く前にまたすぐ歩き始めた。
「まあ、嫌と言えば嫌ですね」
 ミズキは俺がティナに接触した目的をほとんど最初から気づいていたようだ。帝国に立ち向かえるだけの勢力を作るために、魔導の力を持つ娘を利用しようとしている、ってことに。たぶんティナを溺愛する彼女から見ればリターナーも帝国も然して変わらないだろう。
 バナン様は帝国のような非人道的な行いはしない。だが、ティナの心よりも力を重視するであろうというのもまた事実ではあった。
「リターナーがどうというよりもティナに選択の余地を与えてあげられないのが嫌なだけです。でも他にどうしようもないのは分かっているので。責めてるわけではないです」
「そんな心配をしてるんじゃなくてだな……」
 やるせない溜め息をつくミズキにつられて俺も深く息を吐いた。気が進まなくてもやらなきゃいけない仕事がある。リターナーの味方を増やすのが俺の役目だ。だけど、組織のことしか頭にないとは思ってほしくない。

 俺もミズキもそろそろ腹を割って話しておかなければいけない。本部に着いてしまったらできないことだ。
「俺はティナに、仲間に加わってほしいと思ってる。彼女は勝てない戦いを続けてきた俺たちの希望になってくれるかもしれないんだ。でも無理強いをするつもりはない」
「仮にティナが仲間になりたくないと言って、バナン様とやらが受け入れるとは思えませんけど」
「彼女が戦争に関わりたくないと言ったら俺が絶対にバナン様を止める」
「今のティナには何かを嫌だと思うほどの感情はないですよ」
「だからお前がいるんじゃないか」
「え?」
 困惑したミズキが本当に自覚してなかった様子なのに戸惑った。だって俺やエドガーが自分の都合よくティナを操ってしまわないようにいつだって威嚇……もとい、注意を払ってたじゃないか。そんなつもりなかったと言われたらこっちがビックリだ。
「彼女が自分の意思を持つまで代わりに選択肢を提示して導く。それがミズキの役割だろ?」
「……選択肢を提示……できてるんですかね。結局ティナに進める道は限られているのに」
「違う道があると知らないまま誰かの思惑に乗せられるよりはずっといいさ。ティナに自分の意思を持ってほしい。その気持ちは俺も同じだから」
「それは……そんなこと言われるとは思いもしなかった」
 やっぱり、俺がティナよりもリターナーを優先すると思い込んでいるみたいだな。無理もないんだけどちょっと悲しいぞ。

 俺の願いは、帝国がこれ以上の好き勝手な振る舞いをしないこと。そのために帝国と戦うリターナーに身を寄せた。彼らも戦争を行う組織には違いないと身をもって知っている。だから、リターナーのやることなすことに賛同しているわけでは決してなかった。
 冒険家をやめてからこれまで多くの人間を見てきた。宝物のような煌めきを持つ者ばかりじゃないのは重々承知だ。世界には色んなやつがいる。リターナーにも、おそらくは帝国にも。
「厳密に言うと、エドガーだけ連れて行けば俺の役目は果たせるんだよ」
「……ティナはフィガロを引っ張り込む手がかりというわけですか?」
「そうだな。そしてエドガーは腰の重いナルシェ長老を焚き付けるための材料だ」
 フィガロの機械技術とナルシェの豊富な資源。どちらも帝国と戦うにあたって欠かすことができないものだ。しかし今のリターナーは独力で二国を味方につけるには小さすぎる。フィガロが帝国との同盟を破棄し、ナルシェが中立の地位を捨ててまで手を組むには弱いんだ。
 それでもエドガーが一緒に来てくれればナルシェは動かせるはず。“魔導の力を持つ娘”は後押しに過ぎない。もっと言うなら、その力を帝国から剥ぎ取りさえすればそれで充分だとも言える。
「万が一ティナがいなくても、戦力を揃えることはできると思う」
「フィガロから兵力、ナルシェからは物資、リターナーは口先以外に出せるものがないんですね」
「……まあ、そうなる、かな」
 ミズキの皮肉っぽい言葉には残念ながら頷かざるを得ない。リターナーの強味はバナン様のカリスマ性と外交力、とどのつまりは他人の力を頼らなければ戦争もできないってことだ。だからフィガロとナルシェを味方につけようと躍起になっている。

 傷薬の分配を終えたミズキは俺の分を手渡してきた。あまり前線に出ないエドガーとミズキは少な目に。いたずらに傷を増やしがちなティナと彼女のフォローをするマッシュは多くの薬を持たせている。そして俺の小袋にもなぜか二人と同じくらいのポーションが詰め込まれていた。
「俺は前線に出ないからこんなに傷だらけにならないけど」
「偵察とか、単独行動も多いだろうから余分に持っといてください」
「……」
 それはお前達が別行動をとりたいという意思表示かと、聞くに聞けず目線で問いかける。ミズキは察したようで「そういうんじゃなくて、念のためです」と苦笑した。 
「ティナはガストラが意のままに操る人形だった。リターナーに同じことをさせないために、私が第三の人形遣いになっているだけ。そう思えてならないんですよね」
「ああ……、まあ、そんな風に感じるのは無理もないけどさ」
 徐々に感情が芽生えつつあるとはいえティナは未だ赤ん坊も同然の未成熟な存在だ。自分の意思を自分で決めることができない。ミズキは彼女を守るために心を砕いているけれど、それはある意味で“ティナをミズキの思い通りにしている”とも言えた。
 もしいつかティナが記憶を取り戻したら、ミズキがやったことに余計なお世話だと怒るかもしれない。自分の意思とは違ったと。本当のティナがどんな人間かも分からない以上、それは俺には何とも言えない。でも……。
「少なくとも、お前は今の彼女の役に立ってるよ。ミズキがティナを大切にしてるのは俺たちがちゃんと分かってる。だから思うようにやればいい」
「彼女が一人で立てるまで……?」
「それまでは、お前が彼女の道標なんだ。しっかり導いてやってくれ」
 複雑な表情を浮かべて頷きつつ、ミズキはやっぱりまだ納得できてないようだった。これはもう、どうしようもない問題だろう。ティナの記憶が戻って人格を取り戻した時にミズキを認めてくれるかどうか。今は誰にも分からないことだ。




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