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正しさの証明


 こんなに高く険しい山を慌てて登って高度障害にかかったらどうしようという不安と緊張で高度障害にかかりそうだった。プレッシャーには弱い日本人です。
 サウスフィガロの宿でしっかり飲んで食って眠っておいたのは幸いだった。この山は万全の体調で臨んでいなければ本当に危険だったと思う。
 とはいえ足腰が疲れきっているという他は健康そのもの。にもかかわらず、私の足はとてつもなく重たかった。頂上に行きたくない……そんな思いが殊更に歩みを遅くしている。
 さっきから登山道を離れた林の向こうにチラチラと人影が見え隠れしていた。ロックとエドガーは私たちが気づいていないと思っているのか何も言わないでいる。実際は見て見ぬふりしてるんだけどね。ティナだって気づいている。ただ、誰も反応しないから気にしてないだけだ。
 嫌でも考えてしまうのは、頂上に着いたらバルガスとの戦いだということ。私はそこに行きたくなかった。

 正直あいつのことはわりと好きなのだ。そりゃあ決して人好きのする快男児でも爽やかな好青年でもないけれど、それだけにとても人間臭くて親近感がわく。
 ……まあダンカンが本当に死んでしまっていたらこんなことは言えないだろうけれども。
 いや、そうでもないか? もしバルガスが本当に父親を殺していたとしても、所詮は二人ともゲームの登場人物でしかない。悪人だからと嫌いになることはないのだ。だって私は害を被りようがないのだから、彼がどんなに卑劣な人物でも関係ない。
 そしてバルガスは、そんなに卑劣な悪役というわけでもない。ただ弟弟子に嫉妬して、自分を認めてくれない父親に腹を立てただけだ。殺人という行為に及んだことはともかくそこにいたる感情は誰にでも共感の抱けるものだった。
 バルガスは“強さ”を追い求める格闘家。最後に勝った方こそが正義だ。バルガスを倒したマッシュが正しいのと同じくらい、一度はダンカンを倒したバルガスも、それはそれで正しいのではないか。ましてこの世界では命のやり取りがごく身近に行われている。
 己の信念のために誰かを殺すこと。私のいた世界ほど、問答無用に悪と断じられるわけじゃない。
 そもそも崩壊後にダンカンや奥さんの口から一言も彼の話題が出ないのも気に入らなかった。望み通りに育たなかった息子なんて要らないと、そういうわけなのだろうか?
 つまるところ凡人である私は、より優れた者たちに敗れて否定され消えて行く定めを与えられた彼ら“雑魚キャラ”に対して、まるで自分の身を守るように同情してしまうのだ。
 そしてまたなにより重要なのは、バルガスが初めて私の目の前で死ぬ人間キャラとなる予定だということ。散々モンスターが死ぬところを見てきて今更と呆れられそうだけれど、やはり人間が殺されるとなると話は違う。殺す側がマッシュなのだから尚更つらい。
 この先もっとたくさんの人間が死ぬのは分かっている。それでも、目前にあるたった一人の死をどうにか避けられないものかと考えてしまう。

 ダンカンが実は生きていると言えばマッシュはバルガスを殺さないだろう。でもバルガスの方はどうか? 殺したはずの父が生きていると知ったら、今度こそ息の根を止めるためにダンカンを探しに行ってしまうかもしれない。もしそうなったらマッシュはバルガスを追いかけるだろう。
 つまり、ここで決着がつかなければマッシュがパーティに加わらない可能性がある。
 私はずっとマッシュの加入を心待ちにしていた。重々しい世界観を織り成すこのゲームで貴重な癒しキャラだというのもある。崩壊後に再会した彼がどんなに頼もしくありがたい存在だったかよく覚えている。
 しかしそれ以上に、戦力として多大な期待を寄せているのだ。
 戦闘能力というものはステータス上の数値だけでは計りきれなかった。ゲームみたいに“HPが尽きるまでは攻撃を何発食らっても大丈夫”なんて単純なことではないのだ。現実では一発でも当たれば下手すると死ぬ。
 武器や防具の性能で防御力を底上げするよりも当人の経験と資質こそがものを言う世界。だから格闘家であるマッシュがパーティーに加われば現状唯一の前衛であるティナの負担は大幅に減るはずなんだ。
 早くマッシュを仲間にしたい。しかし人が死ぬのは嫌だ。バルガスが生きているとマッシュは仲間にならない。どうにもならない事態に思い悩むのはストレスが溜まる。
「あああ〜もう頭が痛い!」
 わしゃわしゃと髪を掻き乱しながら叫んだ私をロックが心配そうな顔で覗き込んできた。
「もうすぐ頂上だから頑張れよ。着いたらちょっと休もうぜ」
 だからその頂上に行きたくないんだってばよ。それでもゆっくりとながら足は動き続けているわけで、うだうだと歩いているうちに視界が開けて見晴らしのいい場所に出る。……結局、何の名案もないまま着いてしまった。

 頂上は少し開けて平らになっている。ここなら登山道のどこからモンスターが登ってきてもすぐに対応できるだろう。テントを張って一旦休憩するかというロックに対して私は返事もできずにいた。ぐるりと見渡しても人の気配は感じられない、けれどすぐにドスのきいた声が響く。
「マッシュの仲間か」
「な、何だ?」
 力の限り叫んでいるわけでもないのに空気がビリビリと震えるようだ。ティナでさえ居所を見つけられないらしく、おろおろと辺りを見回す私たちの前に不敵な笑みを浮かべた男が空から降り立った。
 って、どこから跳んできたんだ。崖の下から飛び上がったんだとしたら化け物染みた跳躍力だな。
「さっきから追ってきてたのはお前か!」
「さて、知らんな」
 バルガスはちらりとこっちを見回し、私のところで視線を止めた。……あっ、やだロックオンされた気がする。
「俺は誰にも捕らえられん。ここで出会った事を不運と思うのだな。貴様らにはここで死んでもらうぞ!」
 問答無用とはこのことか。一瞬にして距離をつめてきたバルガスに目が追いつかず棒立ちの私を、咄嗟に引っ張って救い出してくれたのはティナだった。ああほらね一番素早いのはロックだけど一番最初に反応できるのはティナなんだ。これが経験値の差ってやつ、なんて呑気なこと考えてる場合じゃない。

 バルガスは私が最も殺しやすい雑魚だと判断したようで執拗に狙ってくる。間に入ったティナは盾で防ぐので精一杯だった。一拍遅れて戦闘体勢に移ったロックがナイフを抜いて襲いかかると、バルガスが振り向いた隙にすかさずティナの魔法が放たれる。
 ファイアを間一髪で避け、さすがに驚いているバルガスに三人が同時に斬りかかるが、その姿は瞬時に掻き消えた。
「ミズキ!」
 切羽詰まったティナの声。軽々と包囲を飛び越えたバルガスは私の背後に着地し、ド素人にでも察せられるほどの殺気を放っていた。ヤバイ、動いたら死ぬ。
「今のは何だ」
「え、と、魔法ですよ?」
「人間が魔法を使うか」
「彼女は元帝国の魔導戦士なので」
 未知の力に興味が向いている。今のバルガスは隙だらけだろうに、私が人質になっているせいで誰も攻撃できない。歯痒かった。でもその膠着は長く続かず、何を思ったのかヤツは私の背中を蹴り飛ばしてティナにまっすぐ向き合った。
「女、今のをもう一度やってみろ」
 否という理由もなく神速のファイアが放たれ、慌てて振り返った私はそれを見た。バルガスはファイアを、握り潰し……た? いや、拳を突き出す風で消したのか。無茶苦茶だな! 腐ってもマッシュの兄弟子だけのことはある。
「それで終わりか」
 その言葉で文字どおり火がついたようにティナが魔法を連発し始めた。逆上している。バルガスは最小限の動きで避けきっているし、飛び交うファイアのせいでロックとエドガーが攻勢に加われない。
「ティナ、抑えて」
「でも……!」
 分かっている。今この時のためにMPを温存させたんじゃないのかと聞きたいだろう。だけどもうしばらく耐えれば助けが来るんだ。来る……はずなんだけど、現れたのは大きな熊だった。マッシュじゃなくて、本物の熊だった。

 二頭のイプーはバルガスを庇うように立ちはだかり、それぞれがティナとロックを翻弄している。形勢は変わらず不利。なぜ熊がバルガスを庇うのか。一緒に稽古でもして仲良くなったのだろうか。ちくしょう、絶対あいつ根っからの極悪人じゃない気がするんだよ。そうあってほしいという願望に過ぎないのかもしれないけど。
「くそっ、ちょっとまずいぜ!」
 ティナはなんとか熊の猛攻を往なしている。体重も軽く紙装甲のロックは逃げ回るばかりだった。あのショベルカーみたいな手と爪で一発もらったら即死だ。エドガーはロックの方へ向けてブラストボイスを起動する。混乱した熊にようやくロックが反撃を始めた。
 よ、よし。いや、良くない……。冷たい目で戦闘を見守っているバルガスと視線が合ってしまった。なんということでしょう。今、バルガスと私だけがフリー。
「見りゃ分かると思うけど私の戦闘力はゼロだ。殺したって意味ないどころか不名誉なだけですよ!」
「生かす理由とてあるまい」
 ごもっとも。しかし向こうも私たちを殺すことを楽しく感じているわけではないようで、興味もなさげにティナたちを見やると拳を握って何やら集中し始めた。気を溜めているって感じの動作だな。イベントが進んだようだ。
「大技が来る! 吹き飛ばされないよう気をつけ、」
 言い終えるのも待たずにバルガスが突風を巻き起こした。風に煽られ転がりながら舌を噛んでしまった。ティナたちがどうなってるのか見る余裕もない。
 まったく、あんな摩訶不思議技を使える連中が魔法に怯える意味が分からないよ。溜めた気を放出して人を吹き飛ばすってそれはもはや魔法だろうが。しかもチャージタイムなしだ。




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