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マスカレード


 サウスフィガロの街に到着し、私は今エドガーと二人で買い出しに来ている。ティナとロックは今夜の宿を探している頃だ。どうせならティナと街を見物したかったのだけれど世間知らずが二人で動き回るのは良くないとのことで別行動にさせられてしまった。否定できないのが悔しいところ。
 これからコルツ山を越えてリターナー本部を目指すことになる。食料や旅の必需品はロックが用意してくれているけれどもエドガーの着替えを買っておかなければ。なんせフィガロ城から旅支度も一切できないまま飛び出してきてしまったのだ。
 ……しかし。

「これはティナに似合いそうだ。髪の色によく映える。ドレスに合わせて髪型も変えた方がいいな……店主、そっちの髪飾りもすべて並べてくれ」
 なんでさっきから女物のドレスばっかり眺めているんだこの色ボケ王は。そんなベルばらドレスを買ってティナを社交界デビューでもさせる気なのか。そういや後々それに近いことは起こるけれども。もしかして帝国との会食イベントって正装になるのかな? ティナのドレス姿……見たいぜ! いや、そうじゃなくて。
「自分の着替えを買いに来たんでしょ、脱線しすぎ」
「もちろん私の分も買うさ。しかしまずはティナにドレスを。せっかく帝国軍から離れられたのだから色気のない軍服など捨ててもっと女性らしい格好をさせてやりたいじゃないか」
「……軍服もそれはそれで色気があると思いますけどね」
 なんて乗ってしまう私も私だった。でもエドガーが選ぶのは凹凸が充分に成長済みである大人の女性向け露出度高めの衣装が多くて、未だ発展途上のティナには不似合いな色っぽいドレスなのだ。正直、肉付きが足りない。
 それよりは華奢な少女が厳めしい軍服を着ているというのも一つの萌えだと私は思うのです。
「帝国兵の制服は男性用にデザインされている。やはり美しさを強調するには女性らしさを際立たせるべきでは?」
「女の子がサイズもデザインも合ってない男性用の服を着ていることの、その状況それ自体の色気は決して無視できません」
「……ふむ、なるほど。アンバランスであるからこその色気というわけか」
「それが彼氏……恋人のシャツだったりすればなおよいですね。長すぎる袖をこう、たくさん捲って」
「店主、やはり私の服を先に用意してくれないか」
 着せる気だ。自分の着替えとして買った服をティナに着せる気だ! というかこれ放っといたら終わりそうにないな。私がツッコミを放棄したらボケ倒しになってしまう。

 ティナたちと別れてから既に一時間近くが経過していた。いつまでもショッピングなんぞに現を抜かしていたらパーティーのお財布係ことロックさんが怒鳴り込んでくるかもしれない。でなくても宿に戻った時に怒られる。私が。
 一応、これでもエドガーのお目付け役としてついてきてるんだよな。
「お洒落させてあげたいのは山々だけど、ティナにはまだ早いと思うんですよ」
「早い? しかし彼女も年頃の娘だろう」
 ティナがゾゾの町で自我に目覚めてから本当に心休められる時間ができるのはまだまだ先、彼女がブラックジャックに乗るようになってからの話になるだろう。戦いのことなんて忘れて普通の女の子みたいに過ごしてほしいという気持ちはもちろん私にもある。それでも……。
「まだ彼女は自分の意思がはっきりしてない。私もティナにいろいろ買ってあげたいけど、きせかえ人形みたいに扱うのは嫌だから。彼女が自分で何かを欲しいと思うようになるまで我慢してください」
 生憎と私は一ギルも所持していないが、もしティナが自分の心でほしいと思うものができた時には、服でも靴でも指輪でも、どんな手を使ってでも買ってあげるとも。
 私の言葉にエドガーはすんなりと納得してくれたようだった。彼もロックも、ティナに自分の意思を持ってほしいと思ってくれているのが嬉しい。
「そうだな。彼女自身が望むものければ意味がない」
 神妙な顔で私を見つめていたエドガーは深く頷いて色とりどりのドレスを下げさせた。慌ただしく注文に応えてくれる店主さんには申し訳ないが、エドガー陛下にはそろそろ本題の着替えを購入していただきたい。

 さ、それじゃあとっとと買い物を済ませてティナたちと合流しましょうというところでエドガーは再び女性用の服を選び始めた。私の話を聞いてなかったのか!
「あの、だからティナの服は……」
「これは君の分だよ、ミズキ」
「なぬ!?」
 そうきたか。私の着替えはフィガロ城で用意してもらったものを持ってきているから必要ないんだけどな。どうもエドガーは私が受け取らず部屋の隅に放置してきたドレスに未練があるらしく、露出も値段も高そうな服ばかり手に取りああでもないこうでもないと私に宛がって悩んでいる。
 正直、ちょっと着てみたいとは思わなくもない。私だって綺麗なドレスには憧れる。しかし今はそんな贅沢を味わっている場合じゃない。第一そういうのは自分で選んで自分の金で買うから楽しいのであって、他人に買ってもらうなど論外だ。
「お聞きしますけどリターナー本部までの道程はのんびり馬車に揺られるようなものですか?」
 貴人でもないのにこんな派手なドレス着て反乱軍本部に現れる女なんて客観的に見るまでもなくアホだし、エドガーは知らないだろうけれども、実はその後も含めての問題なのだ。ふわふわヒラヒラの衣装で激流下りなんて絶対に御免だね。
 とにかく、破いたり汚したりするのは気が引けるので買っていただいても着ません。そんなことを切々と説いたらエドガーはようやく渋々ながらも納得してくれた。
「……分かったよ。ドレスは別の機会にしておこう」
 別の機会にもいらないんですけど。あ、でもあっちにある水色のドレスは上品で落ち着いてて素敵だな。いつかまたここに来る機会があるだろうから一応は覚えておこう。でも50万ギルかー、意外と高……高っ! たっかい! なにそれ一桁間違えてるんじゃないのか? ドレスだぞ!?

 国王陛下御用達という時点で気づくべきだった。そもそもこの服屋さん、他のお客がまったく見当たらない。明らかに一般人の来る店ではないのだ。買い物は庶民のストレス発散になるはずの行為なのに高級品に囲まれるプレッシャーで余計に疲労が溜まってくる。
「もうやだ金持ち怖い帰りたい」
「高価なのはそれだけ質が良いということだよ。そう邪険にしなくても」
「値段と釣り合う品質だとしても服で贅沢できるのは本当のお金持ちだけだ。私は毎日おいしいご飯を食べて暖かいお風呂に入って、ふかふかの布団で眠れればいい。普通に暮らせるってことが至高の贅沢なの!」
 でもその普通があまりにも貴重なんだよなー、特にこの世界では私の求めるささやかな贅沢なんて手に入りそうにないよ、などと一人しみじみとしていたら、エドガーが不審そうな目で私を見下ろしていた。
「君は本当に、何者なのかよく分からないね。帝国でどういう生活をしていたんだ?」
「えっ」
 一応は召使いって設定だからそりゃあ質素な生活だろう。でもティナの世話をするために帝国の中枢部に閉じ込められていたのならむしろ一般庶民よりは厚待遇なのだろうか。
 そうだよ。この世界では私の“普通”は尊いものなんだ。毎日ごはんと風呂と布団が用意されている、それが当たり前の生活。庶民的な気持ちで放った迂闊な発言で私は予想外に裕福な暮らしをしていたということになってしまった。
「えーと。自由に使えるお金は一切ありませんでしたけど、今にして思えば生活そのものは贅沢でしたね。なにせすべて帝国が用意してくれたので」
「それは帝国軍人の水準としても贅沢だったのかな? 君は監禁同然に秘匿されていたのか、それとも貴族のように丁重なもてなしを受けていたのか」
「……」

 成り行きで道連れになってしまった手前わざわざ口に出さなかっただけで、やはり私は疑われていたのだろう。ティナのそばにいるけれど、ティナと違って必要とはされていない異物の私。捨てても構わない駒だから帝国内部の情報を引き出そうとしているのかもしれない。
「役に立てなくて申し訳ないんですが、軍の事情はよく知らないんです」
「私は君のことが知りたかっただけさ。どんな暮らしをしていたのか、何が好きなのか。……気に障ったならすまない」
 嘘つけ、という気持ちをこめて見上げてみるとエドガーは困ったように苦笑していた。
 もしかしたら本当にただ単純に私のことを聞きたかっただけなのかもしれない。だけどそう易々とは信じられなかった。だって私は彼らの仲間ではないのだから。
「君が嘘をついていたとしても責める気はない。敵対の意思がないのは分かっているからね。だから、何かあるなら話してくれないかい?」
 エドガーの質問をのらりくらりとかわすのは難しい。こうしてみるとロックは「言いたくないことは言わなくていい」というありがたいスタンスだったとよく分かる。
 もし彼らが本気で私を尋問したらティナの世話係だったなんて嘘はすぐにバレるだろう。洗いざらい吐き出したあとは不審人物としてどこかの野原にでも置き去りにされかねない。そしてもっと悪くすると私の知ってるシナリオを教えたせいで彼らの未来が壊れてしまうかもしれないのだ。

「何も隠してなんかいません」
「ティナが人間扱いされていなかったというのは彼女を見れば分かる。しかし君はどうだろう。操りの輪をつけられていたわけでもなく、正気のまま彼女のそばにいたわりに、怒りも悲しみも大して感じられない。どこかその辺りのレディと何も変わらない」
「私は……」
「単刀直入に聞こう。君は本当にティナの世話係だったのか? 私には、そうとは思えない」
 誰よりもティナのそばにいて、彼女に対する帝国の仕打ちを憎んでいたのなら、とっくの昔に行動をしていたはずじゃないか。
 ……いっそのこと話してしまいたくなる時がある。この先の展開を知っていると言えばおそらく皆は私の素性を受け入れると思う。本当に心配なのは嘘つき呼ばわりされることではなく、話した未来の出来事について対処をされてしまうことだった。
 私のせいで筋書きが変わるのが怖い。そうして救えなくなるものがあると知っている。だから嘘をつく。でも……どこまで誤魔化し続けられるのだろう?
「私は……」
「おいおい、まだ終わってないのかよ!」
 口を開きかけたところで、なかなか戻らない私たちに痺れを切らしたロックが店に駆け込んできた。

 エドガーの着替えはロックが勝手に決めてしまった。だからさっさと選んでおけばよかったのに、好みじゃない服を鞄に詰め込みながら国王陛下はかなりへこんでいる。一方で私は矛先が逸らされたことに安堵の息を吐く。エドガーも蒸し返すつもりはないようだった。
「それで、ロック。宿は空いてたのか?」
「二部屋とってある。食事はついてない」
「え、なんでですか?」
 ここへきての飯抜きはつらいと慌てて尋ねれば「酒場で食べる方が安上がりだからさ」という答えが返された。
 よく分からないな。宿で出してる料理を食べた方が安そうな気がするけれども。なおも首を傾げている私にエドガーが耳打ちしてくる。
「酒場で飲み食いしている者たちに混ざって“仲良くなる”んだよ。そうすれば食事代はいらない」
 ……タカりじゃん! なんでもロックはトレジャーハンター業のための情報収集でそういう話術に長けているらしい。意外だけどああ見えてスパイ紛いなことをしているんだものな。なんか複雑な気分。

 そんなわけでティナとも合流して港近くにある大きな酒場で食事をとることになった。看板に「BAR」と書いてある。この世界には漢字もひらがなもカタカナも英字もあるってことだ。もう何がなんだか。
 扉を開けた途端に人の話し声と音楽が溢れてきた。思い返せばナルシェからここまでとても静かだったことに気づく。BGMがないのだ。なくて当たり前なのだがゲームをしている間は歩いても止まっても町でも戦闘中でも音楽が鳴り響いていたから、現実の町並みは静かすぎて違和感がある。この騒がしさを懐かしいと感じるほどだ。
 ロックが持ち前の人懐こさで大人数のテーブルに近づき、あっという間に盛り上がって一緒に飲み始めた。エドガーとティナという目の保養がいるお陰か、彼らはすぐに奢ってくれる気になったようだ。ありがたくご馳走になるとしよう。
 もそもそと軽食をつまみながら今後のことを考える。エドガーに問いつめられたのが精神的に堪えている。厳しい尋問こそされないものの注視されていると知るのは大層なプレッシャーだった。
 ケフカに遭遇して以来、脳味噌が疲弊している。早く拠点が欲しいな。旅の身空は性に合わないのだ。ゆっくり眠れる場所が恋しい。
 それに今は四人でこうして融通がきくけれど仲間が増えるほど生活費も嵩むわけで……今のところ、お金を稼ぐ手段はないに等しい。モンスターがギルを落とさないのだ。異世界で生活費の心配をするのはとても悲しい気持ちになる。

 先行きの不安に頭を悩ませる私の横で、ティナは食べ物に手もつけずなにやら店の奥をじっと見つめていた。カウンター席に黒ずくめの男が座っている。そうか、ここが初登場だったな。
「……ミズキ、あの犬を知ってる?」
「へ? 犬種なら、あれはドーベルマンだと思うけど」
 ただしこの世界でもそう呼ぶのかまでは知らない。インターセプターは引き締まった身体に艶のある短い毛並みがとても美しかった。見つめるティナの目が心なしかキラキラしている。つやつやだけどふかふかはしてないと思うよ?
「触ってみたいわ」
「やめとけよ。どう見ても愛想がよろしくない相手だぜ」
 目を細めてシャドウを観察するロックに頷きつつ、エドガーもチラリとあちらに視線を向ける。
「シャドウ……金のためなら親友も殺すと噂の暗殺者だ。関わらない方がいい」
 ティナはそれでも未練がましくインターセプターを見つめていた。仲間に加わったらティナにもふかふかさせてくれるだろうか。シャドウはティナに対して妙に優しかったし、頼んだら許可をくれるかもしれないな。
 微妙に思考がズレたところでシャドウの方でもティナの様子を窺っているのに気づく。私と目が合った途端にそっぽを向いてしまったが、確かにティナを見ていたような。……まさか実は知り合いだったりしないよね?




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