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移ろう秋色


 いつものように飯を届けに来たサクラが、辺りの景色を見ながら深刻な表情で呟いた。
「ねえマッシュ、昨日から思ってたこと言ってもいい?」
「駄目だ」
 言われなくたって俺も分かってる。瓦礫の塔が昨日よりも近づいてないか、って話だろう。
「もしかして迷子になってない?」
「……」
 だから、駄目だって言ったのになんで言うんだよ……。

 ニケアから蛇の道を歩いてきてるんだから、方向が正しいなら瓦礫の塔は遠ざかっていくはずなんだ。
 なのにあの不気味な塔は数日前より確実に近づいてきていた。
 どっかで道を間違えちまった。……簡単に言えば、迷子になったってことだ。
「南下しすぎたか」
「でも別れ道があったら分かるでしょ?」
「どうだろう。いくら細長い陸地と言ったって、ずっと海岸が見えてるわけじゃないからなあ」
「あー、そっか」
 岩場や山を迂回してる間に曲がるべきところを通りすぎていた可能性もある。
 蛇の道が海底にあった時は身を任せてるだけで潮の流れが目的地まで運んでくれたし、方角なんて考える必要なかったのに。
 そもそもこれが本当に蛇の道だとして、そのすべてが浮き上がっているとは限らないんだよな。
 もしかしたら途中で陸が途切れてモブリズには通じてなかったということもあり得る。

 気を取り直すように笑ってサクラが俺を振り返った。
「まあ、ニケアと帝国領が陸続きになったって分かっただけでもいいじゃない」
「そうだな」
 無駄足になったとは思わないけど、ちょっとガッカリしたのは事実だ。
 結局ここまでの道中で兄貴や他の仲間とすれ違うこともなかった。
 何より、モブリズのことがずっと気になってる。ローラの手紙に返事がないってカイエンが言ってたからな。
 最悪の場合、道が繋がってないんじゃなくてモブリズの村そのものが“消えた”って可能性もなくはないんだ。
 そうではないと確認したかったんだが……仕方ない。

 せっかくだからこのままアルブルグにでも行くとするか。ナルシェにロックがいたみたいに、誰かが来てるかもしれない。
 もう町は近いんで、サクラも小屋に帰らず俺の後をついてきた。
「そうだ、アルブルグから海岸沿いに歩けば右手法でモブリズに辿り着けるかも!」
「右手法って?」
「迷路を歩く時に右手を壁について歩いたら絶対出口に着ける、ってやつ」
「へぇ……」
 つまり海岸を常に右手に見てひたすらモブリズまで歩くわけか? 確かにそれなら曲がるべき道を見落とすことはないだろうけど。
「もし陸が途切れてたら意味ないよな」
「うっ!」
「それに、その方法じゃ今みたいにサクラのテレポートは使えないぜ」
「む〜〜……確かにそうだ」
 海岸線なんてどこまでも同じような雰囲気が続いてるだけだし、景色を覚えて飛んでくるのは無理だろう。
 途中からの再スタートができないなら俺が一人で何ヵ月もかけて歩くしかない。
 そう言ったらサクラは即座に「やっぱりやめよう」と首を振った。

「じゃあアルブルグで船を借りてみる?」
「金があったらそうしたいところだ」
「お金ないもんねぇ」
 近頃は波がないから船の動きが鈍くなってる。お陰で運賃は値上がりする一方だ。
 目的地が分かってるならまだしも、モブリズを探して海上を彷徨くのは無理だろう。燃料が持たないし、そんな航海に出てくれる船もない。
「まずい感じの流れですか……」
「ああ。どんどん旅をしにくくなってる」
 修練小屋という拠点があり、サクラのテレポートという反則級の移動手段がある俺たちでさえこの有り様だ。
 今も一人きりで荒廃した世界をさまよってる仲間は相当な苦労を強いられているに違いなかった。

 アルブルグはすぐそこだからと思ってたんだが、二人連れだと足が遅くなるのを忘れてて町に着く前に夜が来てしまった。
 なんでだかサクラが一緒だと必要以上にゆっくりしちまうんだよな。
「どうする、一旦小屋に帰るか?」
 俺がそう聞いたら、サクラは少し考えてから今日は野宿でもいいとのんびり答えた。
「たまには外の空気を感じながら寝るのもいいんじゃないかな」
 本格的な冬が来たらできないことだからと言うサクラに俺も頷く。
 この辺りなら凶悪なモンスターも少ないし、ちょっと肌寒いけどたまにはこういうのもいいだろう。
 俺も季節の風を感じながら外で眠るのはそんなに嫌いじゃない。ただ、目の前に広がってるのは見てて楽しい風景でもないけどな。

 朽ちかけた大樹を風避けにして寝転がる。もう秋か、と思うほどの変化もない日々だったと振り返る俺の横で、サクラも同じことを考えていたようだ。
「夏って実感する間もなく終わっちゃったな〜」
 サクラにとってはこの世界に来て初めての夏だった。
 改めて、コルツ山が崩れてなくなっちまったのが残念だ。
 夏のコルツは草木も動物も生命力に溢れてて、山腹で瞑想してるだけでも体にエネルギーが満ちてくるような気がしたもんだ。
 あの霊峰が一番輝く夏の景色をこいつにも見せてやりたかった。
 霊峰と呼ぶには小さくなってしまったが、ケフカを倒したらまた蘇ってくれるだろうか。

 二人で並んで寝転がり、ぼーっと空を見上げる。厚い暗雲がなければ綺麗な秋の星空が広がっていたはずだ。
「サクラは暑いの苦手じゃないのか?」
「そんなに得意でもないけど、わりと好きだよ。汗だくになるのも“生きてる”って感じがするし」
「なるほどねぇ」
 俺も夏は嫌いじゃないけど、城にいた頃は自分の熱と気温に随分と苦しめられた。だから暑いのは今でもちょっと苦手だ。
 すぐ体温が上がっちまうから少し寒いくらいでちょうどいい。寒い冬の方がより紅茶も美味く感じるしな。

 しかし冬になったらどんなに寒くなるかと不安だったけど、意外にも気温は夏とそう変わらない。
 そもそも夏だってのに寒すぎたのもあるだろう。
 食糧も薪も足りない中で気温があまり下がらないのはいいことだが、喜んでばかりもいられなかった。
 夏も冬も然して変わらないってのは、やっぱり異常だ。
 三闘神が復活して以来、勢いをなくしていた風は今や完全に止まってしまった。
 海は静かに凪いでいる。大地は腐り始め、火を起こしてもすぐに消えてしまう。
 世界全体が眠りについてるような感じだ。そしてゆっくりと痩せ衰えつつあった。
 ジドールのような大都市ならともかく、小さな集落がこんな状況下で年を越せるとは思えなかった。
 兄貴たちを探すのは後回しにして、今集まれる仲間だけでケフカを倒しに行くべきだろうか……。

 いつの間にか眠りに落ちていて、ふと目が覚めたら隣にサクラがいなかった。
 先に起きて飯でも作りに小屋に帰ったのか、そう思ってしばらく待ってみる。
 だが、何時間経ってもサクラは戻ってこなかった。
 仕方なく一人でアルブルグを目指して歩き出す。遠くに町が見える頃になってもやはり彼女は帰らない。
「こりゃまたどっか別の世界に飛ばされたかな」
 聞く者もないのにうっかり呟いたせいで独り言になっちまった。返事がないとやけに虚しく響くもんだ。

 ブラックジャックが墜落した時だってサクラは地面に叩きつけられる危険を避けて知らない世界にテレポートしていた。
 それでもすぐに戻ってきたんだ、そのうちまた空から落ちてくるだろう。
 今回は危ない目に遭ったわけでもないのになんで飛んじまったのか謎ではあるけれど。
 言い知れない不安から目を背けてアルブルグに向かった。
 あいつがいないから船を借りなきゃ小屋に戻れないな……。

 町に着くと、見知った黒い影が目に入った。諦めずに何度も探しに来た甲斐があったぜ。
「シャドウ!」
「……マッシュか」
 特に再会を喜ぶでもなく言葉少なに頷くのがシャドウらしい。
 しかし、その姿になんとなく違和感があった。なんか足りない気がする……あ、そうか。相棒がいないんだ。
 俺が思い至るのと同時、シャドウもあいつの所在を尋ねてきた。
「インターセプターの居場所を知らないか?」
「サマサの村で預かってもらったんだ。ただ、地形が変わっちまって村の場所が分からない」
 魔導師の村だから怪我は良くなってると思う。その点では行方不明の仲間より安心だな。
 しかし離れ離れになって随分と経つ。シャドウはずっと相棒の身を案じてたんだろう。

 鞄からサクラの地図を引っ張り出した。モブリズもサマサも残る空白地帯のどこかにあるはずだ。
 地図を覗き込んでいたシャドウは小さく頷き、とある貴族の屋敷に入ると伝書鳥を一羽連れてきた。
 彼もロックに劣らずいろんな伝手を持ってるらしい。職業柄あんまり詳しくは教えてくれないけど。
「サマサの場所ならこいつが知っている」
 伝書鳥はシャドウによく懐いている。借り物じゃなくて自分で調教した鳥みたいだな。
「それじゃあ、あとは船を借りる金があればサマサに行けそうだ」
「金もある」
 そう言って彼は自分の荷物を示した。重そうな鞄だけど、まさか中身は全部ギルなのか。
「おいおい、どうやってそんなに稼いだんだよ」
 帝国も崩壊した今、失業中のアサシンがそんなに稼げるもんなのか。

 あまり非道なことに手を染めてるならさすがに口を挟むぞ、と言いかけた俺を制してシャドウは「最近の金じゃない」と言う。
「昔どこぞに隠しておいたのさ」
「うーん……。後ろ暗いものじゃないならいいけど」
「……」
 そこで黙り込まれると「やっぱり後ろ暗い金なのか?」って疑いたくなるぜ。
 ま、言っては悪いが恨みを買いやすい商売だし、まとまった金を持ち歩けなくて隠してたのかもしれない。
 ロックもいざって時のために財産は分割して保管してると言ってたっけ。みんな苦労してるよなあ。

 俺はサウスフィガロ行きの船を、シャドウは知人の貴族が所有しているという船を港で待つ。
 小屋に帰るより俺もサマサへ行った方がいいだろうか。でもサクラが一緒にいなきゃ意味がないんだよな。
「シャドウ、インターセプターと合流した後はどうする予定だ?」
「もとの根無し草に戻る。この時世にアサシンは必要あるまい」
「だったらケフカを倒すのを手伝ってくれよ。まだあの塔を登る手立てはないけど、仲間を探してるんだ」
 帝国陣地を抜ける時もケフカの手を逃れて浮遊大陸を脱出する時も、シャドウには世話になった。また力を借りられたらありがたい限りだ。
 ただ、彼を雇えるだけの金がないのは問題かな。

 天を貫くほど巨大化している瓦礫の塔を見上げてシャドウが呟いた。
「帝国が滅び、リターナーも御役御免ではないのか」
「名目はどうでもいいさ。リターナーが解散したって誰かがケフカを倒さなきゃならない」
 以前は戦争より酷いことなんてそうそう起きないと思ってた。でも今は帝国だのリターナーだの関係なく世界中が危機に瀕している。
 あの浮遊大陸でケフカにとどめをさしていればこんな事態に陥ることもなかったはずだ。
 となれば、俺たちには世界をなんとかする責任があるってことじゃないか。
 きっと今のケフカと三闘神に対抗できるのは、幻獣の力を借りて魔法が使える俺たちくらいだしな。

 帝国に雇われながら無下に捨てられた身だ。シャドウだって、ケフカには思うところがあるだろう。
「乗りかかった船、か。それが俺に残された最後の道かもしれん」
「……」
 最後の道って何だよ、と突っ込む前にシャドウは俺から顔を背けた。うっかり口を滑らせたってところか。
 元から陽気なやつじゃないけど今のシャドウは妙な悲壮感を漂わせてて心配だ。
 インターセプターがいないから、ってだけならいいんだけど。

「別行動中だけど何人か無事な仲間を見つけたんだ。カイエンとガウに、リルムとロックも生きてる」
「……そうか」
「ティナとセリスの行方は分からない。あとシャドウは誰と面識あったっけ? サクラのことは知ってるか?」
「いや、知らん名だ」
 あいつの紹介をするのは難しいな。どこから来た何者だって、簡単には説明できない。
 一言「俺の恋人だ」とでも言えたら単純でよかったんだが、その言葉は未だにしっくり来ないんだ。

「なあ、インターセプターって、どういう経緯で飼い始めたんだ?」
 アサシンのパートナーに犬ってのほ、まあ分かる。
 でも仔犬を引き取って育てて訓練してるシャドウの姿はあんまり想像できないな。
「なぜそんなことを聞く」
「べつに深い意味はないよ。ただ……」
 シャドウにとってあいつは特別な存在に思える。
 何度か行動を共にしても俺たち相手に心を開いてはくれない。インターセプターだけが真に彼と寄り添っている。
「どうして特別だと思うようになったのかな、って気になったんだよ」
 言ってからそこそこ不躾な質問だと思ったが、シャドウは気に障った様子もなく答えてくれた。
「元は知人の飼っていた犬だ。そいつが死んで俺について来た」
「……そうだったのか」
 他人には懐かない犬なのに。じゃあきっと、その知人ってのがシャドウにとって特別な相手だったんだろう。

 十一年前、親父が死んだ時のことだ。俺は弱っていく親父を見ながら何もできなかった。
 自分の病と戦うよりずっと辛かった。だってどんなに想ってもどんなに必死になっても意味がないんだ。
 戦いにならない。俺には抗う方法がない。俺の手が届かないところで、呆気なく親父は逝ってしまった。
「いきなりいなくなるのは、やめてほしいよな、本当に……」
 特別な存在なんて作りたくないと思うようになったのはそのせいだろうか。
 自分の意思でどうにもならないものを心に受け入れるのが怖くなったんだ。
 誰かを好きになるってのは、そいつを失う痛みにも耐える覚悟をしなくちゃいけないってことだから。

 心に他人を住まわせる。それはとても満たされた気持ちになる。
 だけどその幸せを失った時に、そいつの存在が大切であればあるほど抱えた空洞も手に負えない大きさになる。
 代わりの何かで埋めることなんてできない。
 親父も師匠もバルガスもいなくなって、兄貴は行方知れずのまま……このうえもう一つでかい風穴を開けられたら堪ったもんじゃないぜ。
「俺の相棒も昨夜どっかへ行っちまったんだ。そのうち帰ってくるとは思うんだけど」
「お前も犬を飼っていたとは知らなかった」
「インターセプターと違って呼んでもすぐには来ないんだ。躾が足りないのかもな」
 すぐに帰ってくると信じようとすると今ここにサクラがいないことを実感してしまう。

「出会いは否応なく人を変える。失って苦しむのが嫌ならば感情など捨ててしまえばいい」
「シャドウはそいつを特別に想ったこと、後悔してるのか」
「お前は後悔しないのか?」
「……どうかなあ」
 もしサクラが二度と帰って来なかったらちょっと後悔するかもしれない。あいつが単なる仲間の一人なら、こんなに苦しくは……。
「だけど出会いが人を変えるなら、出会った時点で手遅れなんじゃないか?」
 特別な想いがなくたって少なくとも出会う以前の過去には戻れない。
 俺もシャドウも、身勝手に姿を消せば誰かの心に大なり小なり風穴を開けてしまうわけだ。

 水平線から船がやって来る。やたらと豪華な外装だから、サウスフィガロ行きではなくシャドウの知人の船だろうか。
 港に近づいてくるそいつを見つめながらシャドウが小さく呟いた。
「感情を捨てたいなどと願っている時点で、捨てきれていない証か」
 失って苦しむのが嫌だから愛したくない、なんて……考えてみりゃそれはものすごく愛してると言ってるも同然だよな。
「結局シャドウはインターセプターを迎えに行くし、俺はサクラが戻るのを待ってる。そういうもんなんだ」
 望むと望まざるにかかわらず、出会った時点で心はそいつの居場所を作り出している。変わらずにはいられない。
「サマサに着いたら、サウスフィガロにでも伝言を寄越してくれ」
「ああ。ケフカを殺しに行く算段がつけば俺も馳せ参じよう」
「頼りにしてるよ」

 俺は自由を求めて国を出たけど、手にして分かったのは自由がとても孤独だってことだった。
 誰も想わなければ傷つかない。誰とも関わらなければ縛られはしない。
 自分一人だけのために生きていけるならどこまでも自由でいられるだろうが、俺はそんなことを望んだわけじゃなかったんだ。
 サクラが家で待っててくれると嬉しかった。あいつがいる限り俺は自由ではいられないのに、それが心地好かった。
 今なら兄貴が王になる決心を固めた気持ちが分かる。フィガロを愛してるからこそ、自由になんてなりたくなかったんだな。
 それが愛するということなら、縛られるのも悪くはない。




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