砂中の黄金
サクラの手帳には大地が裂けて壊れたあとの世界地図が記されている。
おおよその位置を推測して町の名前を並べただけの簡素なものだけど、今はこれが世界の姿を知る唯一の手がかりだ。
山脈に隔てられてはいたものの同じ大陸にあったフィガロとナルシェとコーリンゲンはそれぞれ孤立してしまった。
南大陸も瓦礫の塔を中心に渦を巻くように陸地の形ごと歪められている。
こうして見ると本当に何もかもがバラバラになっちまったんだって、実感させられる。
じっと地図を眺めていたサクラが小さく息を吐いた。
「とりあえず、半分くらい埋まったね」
「そうだなあ」
場所が分かってないのはドマ城とモブリズとサマサの村を残すくらいか。
なのに未だほとんどの仲間が見つからないってのもちょっと謎だ。
ガウやティナやシャドウやセリスは自分でなんとでもできそうだけど、生活力の無さそうなセッツァーとストラゴスが特に心配なんだよな。それと……、
「兄貴はどこにいるんだろう」
どこかの町に辿り着いているなら伝言を残しておいてくれるだろう。
それができない状況に置かれているのだとしたらそろそろ不安になってくる。
兄貴は要領がいいから町や村を見つければうまくやれるはずだ。でも人のいない荒野をさまよってるとしたら……。
弱音を吐くのは堪えつつ、ため息だけはつい漏れてしまう。
そんな俺を困った顔で見つめながらサクラが地図を指差した。
「この辺が怪しいよね。モブリズかサマサに繋がってるのかも」
「ああ、ニケアの南にある陸地か?」
「どこに続いてるんだろう、あれ」
ロックがくれた助言のお陰でコーリンゲンとニケアの場所は判明した。
ニケアの町も北の大陸から分離して、マランダと同じようにどこかの陸地にくっついてしまったらしい。
試しにサクラと出かけてみたけど、三日かけても途中にある砂漠を越えられなくて引き返したんだ。
どうやらニケアから南に向かって延々と細長い陸地が伸びているようだった。
実のところ心当たりはあるんだ。ニケアから南に向かって地図上に線を描いてみると、すごく覚えのある道ができる。
「位置的に蛇の道があった辺りなんだよな」
「でもそれって海流の名前でしょ?」
「陸地が形ごと変わってるんだ、海底が盛り上がって海面まで出てきたのかもしれない」
「凄まじい話だね」
もしそうだとすればニケアから蛇の道を辿ってモブリズに行けるはずだ。瓦礫の塔から北に伸びていた陸地とも繋がってる可能性がある。
「ただ、兄貴たちがその辺に流れ着いてたとしたらかなり大変な目に遭ってるだろうな」
「そうなの? 途中で方角を間違えなきゃ、まっすぐ歩いてるだけでニケアでもアルブルグでも行けそうだけど」
「お前、町にも村にも寄らずに何週間も歩けるか?」
「あー……無理です」
サクラも事の深刻さに気づいたようだった。
あれが本当に海底から浮かび上がってきた蛇の道なら、休憩地点にできる場所もない陸が延々と続いてるってことになる。
海流に乗って移動するなら数時間でニケアに辿り着けたけど、あの距離を歩くとなると大変だ。
幻獣の姿になれば空を飛べるティナならともかく他のやつらには厳しい道程だろう。
「ちょっと様子見に行ってみるかな」
そう言ってからサクラの方をチラッと窺う。連れて行くのは無理だけど「俺一人で行く」とも言いづらい。
「……べつにそんな顔しなくたって、無理に連れて行けとか言わないよ」
「そ、そうか」
駄目だ、逆に機嫌を損ねちまった。
探索にどれくらいの日数かかるかも分からないんで、とりあえず腹ごしらえをしてから出かけることにする。
サクラが飯を作ってくれてる間に伝書鳥が来ていた。
「カイエンから手紙だ。マランダでガウに会ったってさ」
「おー! よかった。じゃあ今はカイエンと一緒にいるんだね」
「いや、ケフカを倒すために修行してくるってどっかへ行ったらしい」
「えっ?」
「獣ヶ原を探してるのかもな」
「さ、さすが逞しいね……」
陸が途切れたんで獣ヶ原の場所は不明だが、ガウなら野生の本能ってやつで辿り着きそうだ。
どうせ世界中で見たこともないモンスターが次々と現れてるんだから、勝手知ったる獣ヶ原にいた方があいつは安全だろうな。
ジドールにいるリルムや南で情報を集めてるロックも誰かに遭遇してそうなもんだけど、そっちからは連絡がない。
焦りそうになる気持ちを落ち着かせつつ手紙を棚に仕舞う。
振り向いたところで、サクラがなんだか考え込んでいるのに気づいた。
「どうした?」
「うーん。私が『修行の旅に出る』とか言ったらマッシュは絶対反対するんだろうなって思って」
「へ……そりゃそうだろ」
ガウならともかくサクラに一人旅なんてさせたら危なっかしくて仕方ないよ。
無制限に魔法が撃てるとはいえ相変わらずまともな威力が出せないし、モンスターに遭遇したら戦う手段がない。
たぶんサクラのファイラくらいなら俺に軽い火傷を負わせるのも難しいくらいだ。
まあ、危なくなったらテレポートで逃げられるから旅するだけならいいんだけどさ。
「しかしなんだっていきなりそんなこと。まさかお前も修行したいのか?」
「そういうわけじゃないけど、一人でも大丈夫って思えるくらい信頼されてるガウが羨ましい気持ちもなくはないなー、っと」
俺はサクラを信頼してないわけじゃないぞ。ただ単に、彼女が強くなる必要性を感じないだけだ。
「強くなりたいなら俺が稽古つけてやるけど」
「えぇ……」
なんだよ、そのあからさまに嫌そうな顔は。
「マッシュの稽古は私には厳しすぎるんじゃないかな?」
「俺と同じメニューをやらせるわけないだろ。やるとしてもお前向きの、基礎的な鍛練だけだよ」
ダンカン師匠に弟子入りしてすぐは俺だって鍛練とも呼べないような体作りから始めたし。
サクラが弱くても小屋にいる限りそうそう危険なことはない。俺がついてるんだから外に出ても大丈夫だ。
とはいえ四六時中ずっとそばにいるわけじゃないからな。こいつが一人でいる時に何かあったらと考えると心配ではある。
自分の身を守れるくらいには強くなっておく方がいいのかもしれない。しかしサクラは修行に乗り気ではなかった。
「うーーーーん」
「そんなに迷うことでもないだろ」
べつに無理やりサクラを鍛えたいわけでもないけど、俺が無茶しそうで嫌だと思われてるなら心外だ。
「やっぱ遠慮しとく! 私が強くなったらマッシュの“仲間のうちの一人”になっちゃうもん」
「ん? 仲間じゃないのか?」
「目的を同じくする仲間っていうのもいいけど、それだと目的を果たしたら離れちゃうでしょ」
「そんなことは……」
ない、と言おうとして口を噤む。
たとえばケフカを倒したあと、これまで一緒に戦ってきた仲間とは別れることになるだろう。
全部終わったら俺はこの小屋に帰ってくるつもりだし、もう共に旅をする理由もなくなるんだ。
もちろん縁が切れるわけじゃないが、それぞれの人生に戻ればずっと一緒にはいられない。
だからって、サクラが仲間になっていけない理由になるんだろうか?
もしサクラが修行して肉体を鍛えて、俺と肩を並べられるくらい強くなったら。
……ここで待たせておく必要がなくなるってことだよな。
「離れても安心だなんて思われたくないから、私は弱くて頼りないままでいいよ」
心配して、気にかけてほしいと言われて戸惑った。普通は「いちいち心配するな」って怒るところだと思ってたんだが。
でも確かにサクラが自分の身を自分で守れるようになったら、一緒にいる時間は減ってしまうだろう。
信頼してないわけじゃないけど、一人にするのが心配だから俺はサクラのところに戻ってくるんだ。
俺がいなくても大丈夫、と思ってほしいわけじゃないんだよなあ。
「マッシュは私に強くなってほしい?」
「俺は……お前が望むなら鍛えてやるけど、そんなことしなくても……その、俺が守ってやるから、べつにいいよ」
そう言ったらサクラは照れ臭そうに笑って俯いた。
前に留守番してろと言って落ち込ませてしまった時とは随分違う。使えないから置いていくんじゃなく、待っててほしいんだって気持ちを伝えたお陰か。
……それにしても、俺が守るとか、こんな恥ずかしいことロックはよくサラッと言えるもんだよな。
食事を終えたらサクラのテレポートでニケアに移動する。
蛇の道がどこに続いてるのか、歩いて抜けるのに何日かかるかも分からないんでサクラは小屋に戻って留守番だ。
「とりあえず一週間くらい経ったら迎えに来てくれるか?」
「はいはーい」
なんか返事が雑だぜ。
「じゃあ……、行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい」
笑顔で手を振るサクラを視界におさめつつ複雑な気分で町を出た。
一人で待ってるのが嫌だと言われても困るけど、あんな風に平気な顔されるのもちょっと淋しくなる。俺も我儘になったもんだ。
今までだって狩りに出てる時は一人だったけど、家に帰ればサクラが待っていてくれた。
二人で過ごす時間に慣れすぎたせいか、これから数日間あいつの顔を見ないんだと思うと変な感じだ。
ともあれ俺一人なら多少の無茶もできるから、さっさとこの陸地がどこに続いてるのか確認して小屋に帰ろうと足を進める。
数時間ほど歩き続けて腹が減ってきたところで前方にサクラが現れた。
「へっ!?」
「うわ、もう砂漠に着いたんだ。マッシュ一人だと足早いね」
「お、お前なにやってるんだよ」
迎えは一週間後って言ったのに。いくら急いでるって言ってもまだモブリズには着かないぞ。
不審がる俺を軽く無視してサクラは何かの包みを笑顔で手渡してきた。
「晩ごはん届けに来たの。はい、どうぞ」
差し出されるままに思わず受け取ったのは弁当箱だった。
「あ、ああ。そいつはありがとう……?」
そうか、サクラのテレポートはこういう使い方もあるんだな。
町に辿り着くまで留守番してなくたって会いに来ることはできるんだ。
何日も会えないってわけじゃない。だから平気そうな顔してただけか。よかった。
まあ旅先にいるのが俺じゃなきゃ使えない荒業だから応用性はないけど、今回ばかりはとんでもなくありがたい。
サクラは辺りの景色を見回している。ここら辺はフィガロ方面よりもずっと荒廃が進んでて、陰惨な風景が広がっていた。
似たような砂漠ではあるんだが、砂粒はくすんで輝きを失い、吹き抜ける風もなく、モンスターですらあまり姿を見かけない。
そんな光景を眺めてサクラはため息を吐いていた。
「砂漠を抜けるまでは無理かなぁ」
「何が?」
「んーん。なんでもない。じゃあ私うちに帰るね。おやすみ!」
そう言うなりサクラの姿は掻き消えてしまった。
「……楽しそうだな、あいつ」
せっかく来たんだからせめて一緒に飯を食って帰ればいいのに。なんて思わせる作戦なのかもしれない。
そのあとは眠らずに歩き続けて三日で砂漠を抜けた。
毎日食事の時間になるたびにサクラが飛んでくるから、小屋を出て旅してるっていう実感がない。
今日もサクラが来る頃合いになり、休憩できそうな木陰を見つけてそこで待つ。
「あ、やっぱり砂漠抜けてたんだ。おめでとう!」
「ありがとう。って今日は飯ないのか?」
手ぶらで現れたサクラにそう尋ねたらものすごく怒られた。
「マッシュは私のごはんだけが目的なの!?」
「いや、そうじゃないけど」
ちょっと聞いただけで他意はないってのに。というか、飯で俺の胃袋を掴むとか言ってたのはどこのどいつだ?
飯がないのが不満なんじゃなくて、うちの畑もそろそろ限界が来てたし、ついに飯を用意できなくなったのかと思ったんだ。
だがサクラは何やら上機嫌で「食事の用意はしてある」と言う。
「今日くらい代わり映えする景色になってるかなって予想してたんだよね」
「ん?」
唐突に手を握られて、首を傾げる間もなく景色が一変した。さっきまでの荒野が消えて目の前には見慣れた修練小屋がある。
「お、おいサクラ……」
「明日の朝、さっきの木があったところに送るよ」
だから今日はうちでごはん食べようと満面の笑みで言われて唖然とした。
……なるほど。景色を覚えてればテレポートできるんだから、特徴のある場所を見つけておけば小屋に帰っても翌日そこから再出発できるわけだ。
なんだそれ。反則じゃないか。
「たまに思うけど、サクラって実はすごいやつだよな」
素直に感心して言ったら彼女はなぜか落ち込んでしまった。
「本当にすごかったらとっくにエドガーさんの居場所にテレポートできてるよ」
「サクラ……」
もしかしてこいつは、俺以外の仲間のもとに飛べないのをずっと気にしてたんだろうか。
「今できることでも充分すごいって」
そりゃ兄貴や他のみんな目掛けてテレポートできれ楽になるけど、あれば便利だからってできないことを残念には思わないよ。
「俺のところにしかテレポートできないってのもそれはそれでちょっと嬉しいしな」
「……そうなの?」
不安げに見上げるサクラに頷いた。
昔は特別な地位にあるのが苦痛だった。だけどサクラにとって特別な存在だと言われるのは悪くない気分だ。
仲間のうちの一人になりたくないってのは、そういうことだろう。
「サクラが誰のところにでも自由に飛べるようになったら俺はたぶん淋しい」
「そ、そっかぁ」
どうやら頬が緩むのが恥ずかしいらしく、力を入れすぎて変な顔になっている。
嬉しそうにしないようにしてるけど嬉しそうなのが丸分かりだ。
「なあ、可愛いって言っていいか?」
「駄目」
「お前の照れてる顔、好きだぜ」
「駄目って言ってるのにもーー!!」
自分では散々好きだの何だの言うくせに、言われると照れるんだよな。
……言ってる俺の方も恥ずかしくて後悔してるんだけどさ。
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