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Ward Eight


 かくんと頭が落ちてビックリした。死んだかと思った。

 目を開けると見慣れない部屋にいてまたビックリする。……あ、そっか。ファルコン号に乗ってるんだった。
「寝てた!」
 ガバッと起き上がれば、私の隣に腰かけていたエドガーが笑顔を向けてくる。窓の外はお昼過ぎ。
「おはようサクラ」
「おはよ〜……朝じゃないけど……。起こしてくれてよかったのに」
「それは無理な話だ。気持ちよさそうに眠っていたからね」
 慌てて顔を手で擦ってみる。よ、よかった、ヨダレ垂れてない。

 ソファーで寝てたせいかもしれない、なんとなく体が軋む。
 どうせ寝ちゃうならベッドで眠るべきだった。休むべき時にしっかり休んで、次の行動に響かないようにしなきゃいけないのに。
「疲れてるんだろう? まだ寝てるといい」
「ん、今は大丈夫。これ以上寝ると夜に目が冴えちゃうし」
「そうか。もう少し君の愛らしい寝顔を見ていたかったんだが、残念だ」
「……アー、ハイハイ」
 エドガーを好きだと自覚したんだからこの言動に慣れなきゃ、とは思いつつ一生かけても無理な気がする。

 ファルコン号は今、獣ヶ原に停泊している。
 体力充分のマッシュとセリスとカイエンはこの野っ原のどこかにいるガウを探すために船を降りて探索中だ。
 セッツァーは残って船の整備、リルムはジドール滞在中に描いてたスケッチを整理整頓してるみたい。
 飛空艇を見つけてガウが自分からこっちに来てくれるかもしれないから、っていう建前で私とエドガーは留守番を言いつけられた。
 実際のところ獣ヶ原を歩き回るほどの元気が私になかったってだけなんだけどね。

 ソファーの背もたれを使って体を伸ばす。うーん、バキバキいってる。
「はあ。体力の差を痛感しちゃうなぁ」
 エドガーもそんなに体力自慢じゃないけれど、留守番してるのは私に付き合ってくれてるだけだと思う。
 たぶん私は仲間内で一番貧弱だ。それがちょっぴり心苦しい。

 そもそも生きてきた世界が違っているのだから気に病むなと、エドガーだけじゃなく皆そう言ってくれるんだけど。
「マッシュは十年修行していたし、セリスとカイエンは根っからの戦士だ。彼らの体力についていけないことを悩む必要はないよ」
「そうなんだけど〜」
 分かるけど、気にするなってのも難しいよ。

 欠伸を噛み殺しつつエドガーの方を見ると、その手にはなぜか攻略本が。
「それ読んでたんだ」
「ん? ああ……」
 エドガーは前に私が書いたイベントリストをまだ持ってる。でも細かいことは攻略本をチェックしなきゃ分かんないもの。
 たとえばワールドマップなんて私には再現できないから、やっぱり攻略本を持ってきてよかったと思う。
 エドガーはシナリオの攻略よりもそっちを重宝してるみたいだし。

 私が知ってることでもエドガーの目を通すともっと深い事実が見えてくる。
 ガストラやケフカの思惑とか、崩壊してしまった帝国のこれからとか、敵のことだけじゃなく仲間の心理についてもそうだ。
 十年も王様をやってた人だから当たり前なのかもしれないけれど、エドガーは私よりずっとたくさんの事実に気がつく。
 同じ情報を握ってても使う人次第でその価値は全然違ってくるんだって、よく分かる。

「……思ったんだけど、私が今から政治とかの勉強して追いつけるわけないよね」
 学校の授業で習って得た程度の知識じゃ意味がない。
 実際に国を、人を動かして、その結果で誰かの運命を左右するようなこと。“まつりごと”なんて素人が手を出しちゃダメなんだよ。
 エドガーが王様としてやっていけてるのは、彼が子供の頃からずっとそのために努力してきた結果なんだから。

 攻略本に落としていた視線を上げて私の方を見たエドガーは、ちょっと顔が引き攣っていた。
「あ、べつに『やっぱ王妃なんか無理! エドガーと結婚したくない!』ってわけじゃないよ?」
「……そう言われるのかと思ってドキドキしたよ」
 王妃になる資格とかより重要なのはお互いの気持ちだって言ったのは私だよ。
 今さら「王様の奥さんになるのは嫌」なんて馬鹿なこと言うわけないって。

 ただ……私がエドガーのそばにいるためには足りないものがたくさんある。
 だからとにかく勉強して王様の仕事を理解して、王妃として相応しい人間になろうって漠然と考えてたんだけど、こうして留守番しながら思うのは別のこと。
「勉強して政治力を身につけるってのも、なんか違う気がする」
 戦闘のプロフェッショナルであるマッシュたちには敵わないと素直に思える。
 じゃあ、なるべくして王様になったエドガーに後から追いつこうなんて、それもエドガーに失礼じゃないのかな。

 仲間内でふざけてる時とは違う真剣な表情でエドガーは考え込んでいる。
 きっと城にいる時はこういう顔してるんだろうなって、新鮮な気持ちでそれを眺める。
 背負った責任の重さを知ってるからエドガーは私に「君は何もしなくていい」なんて口が裂けても言わない。
 その真摯な人を支えたいと思うからこそ、私は自分が何をすべきなのか知りたいんだ。

 攻略本を伏せて、エドガーは私の手をそっと握った。
「実のところ、俺も政治は苦手なんだ」
「えっ? 王様がそれ言っちゃダメなのでは……」
「君の前だから言えることだよ」
「うぐっ」
 そういう台詞、女の扱いに慣れてるって感じでちょっとムカつく。……どう言ったら喜ぶか熟知してるもん。勝てるわけない。

「書面と向き合って計算に頭を悩ませるのはいい。だが人間が相手となると、どうにもダメだ。俺は根が善良だから嘘がつけないんだよ」
「……へぇ」
 ツッコミ待ちなの? それとも本気? まあいいや、スルーしとこう。
「しかし幸いにも我がフィガロには優秀な人材が揃っているから、王が多少頼りなくても国は滞りなく動いている」
「あぁ……、そっか。それはなんとなく分かるよ」
 エドガーだって一人で国を背負ってるわけじゃない。現に今、城を開けっぱなしでうろうろしてるくらいだ。

 大臣さんたちが留守を預かってくれてるからこそエドガーは王様の身でもケフカとの戦いに集中できる。
 自分一人で何もかも抱え込むのが王様の仕事じゃないよね。頼ってもいい相手を見つけることが一番重要なのかも。

 エドガーに相応しい人になりたかったはずが、いつの間にか私も同じだけ有能な人間にならなきゃいけないと勘違いしてた。
 でも違うんだ。この手で国を動かす決断をしなくちゃいけないとしても、私の隣にはエドガーがある。
 なんだって相談できるしお互いを支え合うこともできる。
「うん。気が楽になった!」
「よかった」
 とにかくエドガーは私を選んでくれたんだから、私にも彼を支えられる何かがあるってことだよね。

「まあ勉強やめるわけじゃないけどさ。私が頑張らなきゃ他のレディに悪いし」
「えっ。他の……とは?」
「きっとフィガロには、エドガーと結婚するために猛勉強してきた女の人だっているわけでしょ?」
 本気でエドガーに惚れてた人や、純粋にフィガロ王国のことを想って王妃の地位を志した人もいたはずだ。

 レディに優しくがモットーのエドガーは、そんな女性たちの中から取捨選択するのが嫌で今まで恋人を作れなかったんだろう。
 私も彼女たちに失礼のないように、私にできる最大限のことをやろうと思う。
 せっかくエドガーが私を選んでくれたんだ、みんなに“良き選択”だったと認めてもらうために。

 変なことを言ったつもりはないんだけど、エドガーはなぜか神妙な顔で俯いてしまった。
 私の手を握ったままの指が強張ってる。
「俺が他のレディの目を気にするのは不愉快かな」
「何いきなり。どうしたの?」
 まさか、あのエドガーが自分のナンパ癖を気にしてる? いや今まで気にしてなかったのもどうなのって話だけど。
「俺の奥さんになる人はいい気がしないと思う、と言っていただろう?」
 あー、そういえばそんなこともあったっけ。今にして思えば、あれはただのヤキモチなんだけど……。

 気にならないって言ったら嘘になる。けど改めて欲しいかと聞かれたら、それも違うかな。
「仮にナンパしなくなったらエドガーじゃないみたいだし。それほとんどマッシュじゃん」
「待ってくれ、サクラの中で俺とマッシュの違いはナンパするかしないかだけなのか」
「そこまで極端でもないけどそれが一番重要な違いだと思うよ?」
「……」
「あーっと、いや、だからさ、べつに悪い意味じゃなくて!」
 思いのほか落ち込んでるみたいに見えてこっちまで慌ててしまう。

 女好きのナンパ師って聞こえ悪いけど、好きになってもらえる人になろうとするのはいいことだ。
 王様って地位もエドガーの一部なのと同じように、レディの前で格好つけるのがエドガーという人の個性なら。
「私は、ナンパな性格も引っくるめてあなたが好きなんだと思う」
「……君は少し、心が広すぎるな」
「そうでもないよ?」
 私にも嫉妬心はある。ただエドガーがレディに優しくなくなったら、それはそれで嫌なだけ。

 大体、今はともかく戦いが終わってフィガロ城に帰ったらレディと接する機会はもっと増えるわけで。
 ちょっと女の人を口説いたとか惚れられたとか、いちいち怒ってられないじゃない。
 帰ってくるのは私のところなんだから、ってドーンと構えてられるくらいにならないと。
 でもよく考えたら、王様という立場を気にせずエドガーを独り占めできるのも今のうちだけなのかな。

 本当はそんな場合じゃないんだろうけれど、この戦いに勝てるのは分かってるから、私は“終わった後”のことばかり考えてしまう。
 王様稼業に戻ったら私の知らないエドガーをたくさん知ることになるんだろうな、とか。
 エドガーの方でもそれを分かってるから、自分のナンパ癖を私がどう思ってるか気にしてくれてるのかな、とか。
 ってことは、少しくらい嫉妬してもいいみたいだ、とか。

「あのね」
「うん?」
「レディに優しくするのもいいけど、度が過ぎたら五回に一回くらいは怒るからね」
 せめて必要最低限に留めてよ、と言ったらエドガーは満面の笑みを浮かべた。なぜそこで笑顔?
「五回に五回とも怒ってくれて構わないよ。怒ってるサクラも好きだから」
「悪びれないなぁ……」
 そんな風に言われたら私に嫉妬させるためにナンパしてるみたいで、なんかちょっと嬉しくなっちゃうじゃない。




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