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トレジャー・トローヴ


 覚束ない言葉の中から察しをつけたところによると、ガウと名乗った子供は物心つく前から獣ヶ原に住んでいるらしい。一体どういう経緯なんだろう。
 たまに通りかかる旅人や盗賊、それにモブリズの村人に助けられながら普段はモンスターの群れに紛れて暮らしているそうだ。
 完全に人間と関わりがないわけでもないから、一応は会話もできてるのか。

 獣ヶ原を住み処とするだけあってガウの案内にはかなり助けられた。
 この時期に凶悪なモンスターの避け方も心得てるし、無秩序に思える縄張りも把握している。温厚なモンスターが相手なら宥めて遠ざけることまでできるようだ。
 それだけなら単に暮らしの中で得た知識でしかないが、ガウには他にも稀有な才能と呼べるものがあった。
 モンスターの技を、自分が生まれながら持っている性質のように使うことができる。

 帝国の人造魔導士とは違って他者から与えられた力じゃない。兄貴の武器みたいに機械の力を借りてるわけでもない。
 たとえるならそれはティナが使う魔法に似ていた。
 人間ではないものの血が混じっているかのような……、ガウ自身の中に、魔物染みた特性が存在している。
 もしかしたらそれが原因で幼くして親に捨てられてしまったのかもしれない。


 日没前にモブリズ村に到着できてよかった。
 こんな辺鄙なところだからほとんど人もいないような集落かと思ってたら、意外と大きな村だった。
 伝書鳥の郵便屋まである……って、見覚えのある後ろ姿だな。
「ミズキ!」
 何やら手紙を出していた彼女は振り向いた途端に顔を引き攣らせた。
「うげっ、もう追いついてきたのか……」
 いくらなんでもその反応は酷い。

「ミズキ殿、川岸ではお陰で助かったでござる」
「へ? あ、うん。いえいえ」
「俺が起きる前にニケアへ行きたかったんだろ。逃げ切れなくて残念だったな」
「やだなあ、逃げるなんて滅相もない。二人が目覚めた時すぐに出発できるように準備してたに決まってるじゃないですかあ」
 ものすごく目が泳いでるぞ。

 カイエンの純粋な感謝と俺の胡乱げな視線に耐えかねたのかミズキは顔を背けた。その先にいたガウに目を留める。
「なんか増えてる。産んだの?」
「馬鹿言うな、獣ヶ原で一緒になったんだよ。ガウってんだ。ガウ、こいつはミズキ」
「がう……」
 ミズキならピカピカを盗むかもしれない、ってのを覚えているのか、ガウは警戒心を剥き出しにしてカイエンの後ろに隠れている。
 しかしミズキは気にしてないようだ。

「少年、いい泥棒になれそうな体格だね」
「こらこら、ガキを悪の道に引きずり込むのは止せよ」
「肉食べる?」
「たべる!!」
 あ、懐いた。ガウよ……お前、安すぎるぜ。


 俺たちが追いついて来るのは予定外だったんだろうが、出発の準備をしていたのは本当らしい。
 雨にやられてしばらく船が出せないことも、そもそも村には遠洋に出られる船がないこともミズキが調査済みだった。
 そしてそれに代わる移動手段は“海流”だそうだ。
「……蛇の道ねえ。ここのところ水に浸かってばっかりだなあ」
 そろそろ風邪でも引きそうだと言ったら「普通はとっくに拗らせて死んでるよ筋肉馬鹿」と睨みつけられてしまった。
 何だよ。丈夫なのはいいことだろ。

 で、その蛇の道ってのはモブリズの外れにある海岸から行けるらしい。しかし問題が起きてミズキは立ち往生していたんだと。
「三日月山のモンスターに潜水服が盗まれた。さすがに生身じゃ海には入れないし、新しいのを作るのにもしばらくかかる」
 潜水服そのものは獣ヶ原のモンスターから皮を取って作れるが、海底の水圧に耐えられるヘルメットはサウスフィガロに注文して取り寄せなければ手に入らない。
 どうしたもんか。そんなに待ってられないし、泳いで海を渡るわけにもいかないよなあ。

「三日月山って、ガウが言ってたところだろ?」
「おう! 三日月山のてっぺん、ピカピカ隠してある!」
 立ち尽くしてても仕方ないからとりあえずそっちを片づけようか、と思ったら案の定ミズキは“ピカピカ”に食いついた。
「え、なに、金塊? それとも宝石かアクセサリー?」
「ピカピカ、おれの宝物! ござるとカイエンにプレゼント!!」
「まあ、あんまり期待すんなよ」
 どうせガラクタだと思う。というか、ござるとカイエンっていつの間にか俺がござる扱いされてないか。


 最悪の場合は筏でも作ろうかと話し合いながら三日月山に到着した。
 肝心のガウが隠した場所を忘れたというので、山のてっぺんのどこかにあるピカピカを全員で探すことになる。

 途方もない作業になりそうだが、宝の隠し場所には鼻が利くと豪語していたミズキが微妙な顔で地面を見つめていた。
「もう見つけたのか?」
「うん……いや……うーん……」
 どっちなんだよと彼女の視線の先を覗き込む。薄汚れた謎の球体が土から半分顔を出してるが……まさか、これが宝物ってわけないよなあ。
「ピカピカ! おれの宝!!」
「……これかあ」
 嬉しそうなガウの横でミズキは死んだ目をしている。どうせガラクタだろうから期待するなって言っただろ。

「ほらね。これだから盗みに入る時は事前調査が重要なんだ」
「身に染みる教訓でござるな」
 染みたくないなあ。

 ピカピカを掘り出して全貌が明らかになる。無駄に頑丈な水槽って感じのガラス玉だ。
 結構な大きさだから俺の頭がすっぽり入ってしまう。というか、もともと人が被るための何かなんじゃないか、これ?
「なあミズキ、潜水服は三日月山のモンスターに盗まれたって……」
「私も今それを考えてた」

 よく分かっていない様子のカイエンとガウをよそにミズキが辺りを見回している。やがて土の色が違うところに駆け寄り、そこからボロボロの服を掘り出した。
「ガウ、これってピカピカにくっついてたやつじゃない?」
「おう。ジャマだから捨てた!」
 ミズキが持っているのは水棲モンスターの皮で作られたスーツだ。襟元には無理矢理ちぎられたような破れ目がある。
 うーん。モブリズから潜水服を盗んだ犯人が判明してしまった。

 こうなると尚更、ガウを獣ヶ原に置いては行けない。人として正しい道に連れ戻してやらないと。
「少年、君やっぱり泥棒の素質があるよ」
「だから唆すなっての!」
 しかしこいつらを一緒にして大丈夫かなあ。ミズキの存在が悪影響を与えちまう気もして心配だ。


 早速モブリズに戻って潜水服を修復してもらう。海底では夜も昼もないから、完成したらすぐに蛇の道に入ることになるだろう。
 問題は修理費用と買い取り賃だが、どう言いくるめたのかミズキが交渉してくれて気づいた時にはタダでいいってことになっていた。
 ……小さい田舎の村だし、ミズキに騙されてなきゃいいんだが、かといって俺も払う金はないし……。落ち着いたら改めて訪ねてくる必要がありそうだな。


 出発の準備が整うのを待つ間、かねてから聞きたかったことをミズキにぶつけてみる。
「ちょうど一年前だったか、お前、サウスフィガロの王宮に忍び込んだよな?」
「えっ、なんのことですか」
「とぼけるなよ。衛兵のふりして潜入しただろ。そして宝物庫からいくつかの国宝を持ち出し、指名手配された」
「うぐっ……そ、そんなことあったかなぁ?」
 ちょうど俺もコルツを降りて師匠の家にいた時だからよく知ってる。
 犯人が盗品を売りに来るはずだから買い取って王宮に引き渡すようにと盗まれた品のリストも回ってきたんだ。その中には俺の目を引く品物も混じっていた。

「あんた、やっぱりエドガー王に突き出すつもりで私を連れて来たんだ」
「いや、違うけど。仮にナルシェへ連れていっても兄貴はお前を捕まえないと思うぞ」
「え……」
「女相手だから、しらばっくれて見逃すんじゃないかなあ」
 兄貴の癖を噂に聞いていたらしく、ミズキは半笑いだった。
「フィガロ王の女好きってそこまでなの?」
「俺もそろそろ落ち着いたと思ってたんだが、久しぶりに会っても変わってなかったよ」
 だから投獄される心配はしなくていいと言えば、ミズキは疑わしげにしつつも緊張を解いた。

「それで、だ。城の宝物庫から盗み出した中に、古いオルゴールがあったのは覚えてるか?」
「ああ、あれね。見た目200年以上前の代物だから期待したのに偽物だろうって買い叩かれたよ。まじゴミだったわ」
「……えっ」
「……ん?」
 そうか……、そうだな。こいつは宝を手に入れたくて盗ってるんじゃないもんな。売り捌いて金に替えたいだけなんだ。
 未だに持ってるわけ、なかったのに。


 あの頃は俺も今ほど活発じゃなかった。部屋に閉じこもってばかりで退屈だった。
 せめて兄貴みたいに機械いじりができたらって、手近にあったオルゴールを分解してみたら戻せなくなったんだ。パニックになって親父に泣きついたのをよく覚えてる。
 ミズキの見立て通り200年以上前の、フィガロ城建設当時の記念品だ。偽物だと言われたのは中身が親父の手で作り替えられていたせいだろうな。

「つまり先代の形見なわけ? それもなんていうか、個人的な」
「ああ……、個人的なってのは、すごく正確だ」
 国王でも王妃でもない、ただ“俺と兄貴の両親”の形見になるようなものはあれしかなかった。だからそばに置いておきたかった。
 城を出る時に、おふくろが愛用してたティーセットは持っていったんだけどな。オルゴールの方はサウスフィガロにあって手が出せなかった。

 本当のところを言えば、俺にはティーセットがあるからと思ってオルゴールのことは忘れてたんだ。ミズキが盗んだことで記憶がつつかれて思い出した。
 俺が分解した時にパーツをなくした。それっきり見つからなくて、音がひとつ飛んでしまった変なメロディのオルゴール。
 帝国の陣地で手配書にあった顔を見た時に、あのメロディを聞いた気がした。
 でも……なくなっちまったもんは、仕方ないよな。




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