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アウタ・ザ・ブルー


 滝壺の近くまで落ちた時、でっかい魚が水流をぶつけてきたのは覚えてる。
 カイエンがそいつに斬りかかっていくのを見て咄嗟にミズキを庇ったところで意識が途切れた。
 あの魚はカイエンが倒してくれるだろうと安心したのもあるが、避けられずに攻撃を食らって気絶するなんてのはいただけないな。
 やっぱり修行不足で鈍ってるようだ。

 目を開けると真昼の空が視界に広がった。どうやら俺は地面に寝そべっているらしい。
 どっかで岸に引っかかったのか。どこまでも川を流れていかずに済んで幸いだ。
 左半身の痛みに呻きつつ起き上がると、カイエンが声をかけてきた。
「マッシュ殿、無事で何よりでござる」
「おう、そっちもな。……ミズキは?」
 気を失う寸前まであいつを捕まえてたはずなんだが、辺りを見回してもミズキの姿はなかった。

 俺より先に意識を取り戻したカイエンは、この近辺を探索しておいてくれたらしい。しかしミズキの姿はどこにもなかった。
「まさか海まで流されちまったんじゃないだろうな」
「いや、ミズキ殿は間違いなく無事でござるよ」
「うん……?」
 どうしてそんなに確信を持てるのかと思って、ようやく自分がどんな状態にあるのかということに気がついた。

 俺がひっくり返っていたのは川縁にある岩場の陰だ。すぐそばでは火が焚かれていて、濡れた服が木の枝に引っかけて干してある。
 服を脱いだ代わりに俺はモンスターの毛皮を肩から被っていた。カイエンの傍らにも似たような皮が置いてある。
 どうやら剥ぎたてのようで、岩の向こうには毛皮の持ち主だったであろうモンスターの死骸が転がされていた。

 春めいてきたとはいえこの寒さ。濡れたままでは凍死していたかもしれない。
 カイエンも起きたばかりのようだし、俺たちを川から引き揚げて服を脱がせ、焚き火を起こしたうえにモンスターの毛皮を被せてくれたのは、この場にいないミズキだったようだ。
「盗人ではあるが、根っからの悪人ではないようでござる」
「……かもな」
 カイエンはともかく俺を運んで服を脱がせるのはよっぽどの重労働だったに違いない。それに、二人分の毛皮を確保するのもあいつだけでは大仕事だ。

 もちろん、心から感謝してる。だがそこまでしてくれるくらいならもっと早くに俺を叩き起こしてほしかったってのが本音だぜ。
 そうすりゃ三人で協力できたし、今こうしてミズキがいない状況に落ち込むこともなかったんだ。
 助けてはくれるけど、一緒に行動するのは嫌ってわけか。……俺といたらフィガロに突き出されると思ってるのかなあ。

 中身を出して乾燥中だった荷物をまとめ、服を着る。
 毛布代わりの皮を剥ぐついでに取ったらしき肉が置いてあった。モブリズ村を探す前にそいつを焚き火で焼いて食っておくことにする。
 食糧も用意してくれるとはありがたいことだ。ミズキって、野宿慣れしてるよな。
 屋根のない夜を嫌がらないのはティナも同じだったが、元軍人の彼女よりもミズキの方が野外生活の経験が豊富そうだった。
 列車強盗になる前から家を持たずにその日暮らしで生きてきたんだろう。

 根っから悪人じゃない。それは分かる。
 たぶんあいつは、周りの環境次第でどんな人間にもなれるんだ。だからできたら本当の仲間になってほしいと思う。

 だが、肉を食いながらふと気づいた。
「ミズキのやつ……、俺の財布を盗んでいきやがった」
 凍死を防ぐだけじゃなく食糧まで用意しといてくれるなんて道理で親切すぎると思ったよ。
 俺たちを助けたのが良心の呵責ならまだいいけど、たぶん油断させて窃盗に気づくのを遅らせるためでしかないんだろうと思えば脱力してしまう。
「ま、まあ、財布を持っていったということは、ここは村の近くなのかもしれませんぞ」
「どうせ500ギルぽっちで船なんか借りられねえのに」
 金を盗るより協力しようと考えないのか? 先が思いやられるぜ、まったく。

 腹の虫が静かになったところで焚き火を消して立ち上がる。
「ぐるる……」
「な、何だ今の音は」
 食ったばかりだってのに腹が鳴ったような音がして、辺りを見渡すと岩陰から妙な子供が俺たちを覗き込んでいた。
「迷い子でござるか?」
 髪はボサボサ、細く筋張った手足に伸びっぱなしの爪、獣の皮を巻きつけただけの格好。単なる迷子じゃなさそうだな。

 どうやらそいつは肉の焼ける匂いにつられて寄ってきたようだ。モンスターじゃなくてまだよかった。
「がう……ハラ減った……」
「残り物でよけりゃ食うか? ほら」
 夕食用に持っていくつもりだった肉を差し出してやるといきなりかぶりついてきた。ちょっと火傷したみたいなのに、気にせず夢中で食っている。
「拙者はカイエン。こちらはマッシュ殿でござる。おぬしの名は?」
 カイエン……相手は見るからに人間慣れしてない野生児だってのに丁寧だな。

 口いっぱいに肉がつまってるせいでフゴフゴ言っててよく分からないが、もしかしたら名乗ったつもりなのかもしれない。
 少年はカイエンと俺を交互に見つめてから俺の方に近づいてきた。
「もっと食い物、くれ!」
「もうねえよ」
「じゃあ探してこい」
「お前ねえ、肉もらっといてその態度?」
 ミズキですら財布を盗む代わりに食糧を置いてったんだぞ。ミズキですら。

 とはいえ、しばらくぶりにまともな飯を食ったって感じのガキを見るとこのまま獣ヶ原に放り出すのは気が引ける。
 カイエンも似たようなことを考えたらしく、思案げな顔を俺に向けてきた。
「獣ヶ原に一人で……おそらくは孤児でしょうな。どうだろう、連れていくというのは?」
「うーん。俺は構わないけど」
 カイエンはいいとしても、こんな子供をリターナーのもとに連れてくのはどうなんだろうな。

 ナルシェを味方に引き入れたところですぐに帝国との全面戦争が始まるかどうかは分からない。それまでにこいつの居場所を見つけられるだろうか?
 もし巻き込むはめになったら……いや、仮にそうなってもここで暮らしてるよりはマシか。
「俺たちと一緒に行くか?」
「肉、もっとくれるのか」
「ナルシェに戻ったら食わせてやるよ」
 それまでは、誰かさんに盗られて金もないから無理だけど。

 よく分かってないなりに道連れができたのが嬉しいらしく、そいつはやたらと目をキラキラさせながら遠くに見えている山を必死で指差した。
「ガウ、肉のお礼する! カイエンと、マッシュに、ピカピカの宝物やる!!」
「そりゃありがとよ。でも先にモブリズ村に寄りたいところだな」
「モブリズ? マッシュ立ってるところ、モブリズ! カイエン立ってるところ、ここ! おれ、三日月山!!」
「うん……分かるような分からんような」
 位置関係を示してるのか。ってことは、北東を目指せばモブリズ村があるのかな。

 ひとまず情報収集も兼ねてモブリズに向かうことにする。そのあと三日月山でピカピカの宝探しだ。
「宝物ねえ。ロックが聞いたら喜びそうだな」
「ロック? そいつ、悪いやつ? おれのピカピカ盗るのか?」
「いや、ロックはガキから物を盗ったりしない。ミズキはするかもしれないけど」
「マッシュ殿、もしや根に持って……」
「財布だけ盗って逃げられたからって俺は気にしてないぜ」
「さ、左様か」

 俺はただ、あいつに聞きたいことがあるだけなんだ。
 もう少し打ち解けてから尋ねようと思ってたんだが、いきなり逃げられるくらいなら次に会った時に話しておこう。
 もしかしたらまだモブリズにいるかもしれない。でなくとも“ピカピカ”の気配に惹かれて三日月山にいたりしてな。
 ……逃げられたって気にしないけど、もう一度会いたいとは思う。ミズキと縁が切れるのは困るんだ。少なくとも、きっちり話をするまでは。




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