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青のレクイエム


 気のせいじゃなければ魔列車を降りてからマッシュの様子がおかしい。
 口を開けっぱなしのマヌケ面でボーッとしてるかと思えば突然ハイテンションでどうでもいい話をまくしたてたり、自分が空回ってるのに気づいてまた落ち込んだり。
 分かりやすいのはカイエンとの会話を避けていること。そしてそれを誤魔化すようにやたらと私に絡んでくる。

 すこぶる鬱陶しかったので私はカイエンに張りついておく。そうするとマッシュは少し困った顔で私を一瞥し、今度はシャドウさんに絡み始めた。
 あー、もう。私だってシャドウさんと腹割って話したいことがあるってのに!
「何なのかね一体」
「どうやら気を使わせてしまっているようでござる」
「やっぱプラットホームでのアレが原因?」
 私が尋ねると、カイエンは真顔で頷いた。

 去っていく魔列車、デッキに母子と思われる二人の影、必死の形相でそれを追うカイエン。
 私は現在位置の確認に気を取られててよく見てなかったけれど、マッシュにはあの光景が心に引っ掛かっているらしい。
「あれっておっさんの妻と息子?」
「うむ。……見苦しい姿を晒したので、マッシュ殿は拙者を扱いかねているのであろう」
 それってマッシュが勝手に気まずくなってるだけじゃん。
「図体でかいくせに繊細だな、あいつ」
 家族が死んでへこんでるカイエンにどう接していいか分からなくて焦ってあたふた。かえって面倒じゃないの。

 あのタイミングで魔列車に乗ったんだから、カイエンの妻子はドマ城で死んだのか。つまりケフカが流した毒でってことだな。
 カイエンが彼らの死に際を見届けたのだとしたらわりと悲惨だ。
「なるほどねえ。先代フィガロ王って毒殺されたんじゃなかった? だから思い悩んでるのかも」
 弟王子がフィガロ城を出奔したのも、そういったことが原因だったような気がする。
「そうか……」
 カイエンもそれを聞いて合点がいったようだった。

 家族の死、か。ピンとこないなあ。私も幼い時分に家族の何人かと死別しているけれど、その頃から死と隣り合わせの根無し草生活だったし。
 誰だっていつか死ぬものと重々理解して生きてきた。
「おっさんの妻子はちゃんと魔列車に乗ったんだから他人が気に病むことないのにね。むしろ旅立ちを見送れてラッキーじゃん」
「……左様。この世で迷わなかっただけ……幸せでござるな」
 もしも家族が未練を遺しているなら生きてる側が断ち切ってやらなきゃいけない。でも問題なく霊界に向かったのなら死者を悼むより自分の人生の方が大切だ。
 私は、まだ生きてかなきゃいけないんだもの。


 空元気でシャドウさんに絡むマッシュを苦笑して眺めつつ、カイエンは続けた。
「ミズキ殿の御家族は?」
「ん〜。大体死んだよ」
「だ、大体?」
「半分くらいモンスターとか盗賊にやられて、残りはバラバラ。今も生存を確認できてるのは二人くらいか」
 シャドウさんもカイエンも私に家がないのは薄々気づいてただろう。鈍いマッシュは別として。
 私くらいの歳で元列車強盗かつ泥棒なんてろくな育ち方してるわけないんだ。自覚してるし、その境遇を不幸だとも思ってないけれど。

 家族といったって便宜上そう呼び合ってただけで、ほとんどは血の繋がりもない他人同士の寄り合い所帯だった。
 親父は身寄りのない女子供や年寄りを集めて立派な泥棒として育て上げ、自分で生きていくための手段を伝授した。私もその中にいたガキの一人だ。
 そして私が独り立ちできるくらいの歳になった時、親父を含め何人かが一度に死んで、家族の体裁を保てなくなったから解散した。
 ただそれだけのこと。

「後悔してもしなくても死んだやつは戻らないんだし。だったら全力で生きてく方が先決でしょ」
 この先は特に険しい道程なんだからへこんでる余裕なんかない。
 さっさとマッシュをどうにかしてよねと釘をさしたら、カイエンはなぜか妙に優しげな目で私を見つめ返してくる。
 何なんだよ。気持ち悪いな。


 迷いの森を抜けて半日ほど歩き、バレンの滝に到着した。数日降り続いた雨の影響で増水し、崖下に続く道がなくなっている。
「この滝を飛び降りるのか?」
「南に行く道は他にない。嫌なら水が減るのを待つんだな」
「俺たちは一刻も早くナルシェに行かなきゃいけないんだ。道は選んでいられないか……」
 カイエンと話をしたのか知らないけれどもマッシュは多少の落ち着きを取り戻していた。ところでその“俺たち”って私も含まれてないだろうな。

 バレンの滝を抜ければ崖下には雄大な獣ヶ原が広がっている。その東岸にあるのがモブリズ村だ。
 南までの案内として雇われていたシャドウさんはインターセプターの頭を撫でながらマッシュに向き直った。
「俺の役目はここまでだ」
「ああ。世話になったな、シャドウ。またどっかで会えたら一緒に冒険しようぜ」
 ……アサシンと一緒に冒険って。

 犬を連れての滝下りは無理がある。シャドウさんがこの先に行けないのは仕方ない。
 ただ、マッシュに雇われたというわりに料金を請求しないのがなんとも不可解だった。
 立ち去り際、シャドウさんは意味深な視線を私に寄越してから踵を返した。
 一緒に冒険するかどうかはともかく、彼とは一度サシで話し合わなければいけない。
 裏切りの報いを受けさせるために。


 さて、幸いにも今は二月下旬。水温の上昇を察知したオピニンクスが滝登りを始める時期だ。
「飛び出してくるオピニンクスを足場にしていくしかないだろーね」
「オピニンクスってのは何だ?」
「魔大戦時代に魔導士が作った合成魔獣。肉食魚に飛行系モンスターを混ぜて一瞬なら空を飛べるようにしたらしい」
「なるほど。それ故にバレンの滝を登る力があるのでござるな」
 迷惑な話だよね。

「で、なんでお前はそんなこと知ってるんだ?」
 まるで以前にもバレンの滝を飛び降りた経験があるみたいでしょ?
「下調べして襲った列車がドマの仕掛けたトラップだったことがあってさ〜。サムライの集団が乗ってたんだよね」
「……逃げるために、飛び降りたのですな……」
「死ぬかと思ったわ」
 そしてまた同じことが起きても安全に逃げられるよう、バレンの滝を徹底的に攻略しておいたのだ。

 でも事前にどれほど綿密な調査をしたって何が起きるかはそれが起こってみなければ分からない。
 不測の事態はいつでも起こり得る。
 見下ろせば水面は遥か遠く。……怖い。死にたくない。

 マッシュとカイエンもさすがに心の準備が長いようだ。
「……ミズキ、お前はシャドウと一緒に行くかと思ってたよ」
 もしかしてリターナーに加わる気になったのか、と期待に満ちた瞳が向けられるけれどそんなわけない。
「帝国に見つかりたくないから北に戻れないだけ。リターナーに加わる気は微塵もない」
「そうか……」
 なぜ落ち込む。フィガロとナルシェを取り込みつつあるとはいえ、リターナーもまだまだ人手が足りてないみたいだな。

 リターナーなんてお先真っ暗の弱小組織にわざわざ入るわけないじゃないか。
 近づけば投獄されそうだからフィガロ王国にも行きたくない。
 炭坑都市ナルシェはお宝の噂も多くて気になるけれど、守りが固すぎて旨味は少ない。
 こいつらが帝国に喧嘩を売るっていうなら私はそれが一段落つくまでどこかに隠れておくよ。


 深呼吸して、足を踏み出した。
 この命を放り捨てるような感覚が嫌だ。


 一生を凝縮したような数分間。
 順調にオピニンクスの背を跳び移っていたら滝の下方で変異種と思われる巨大なモンスターが襲ってきた。
 滝の水がねじ曲げられて集まっていく。大技を使うつもりか!
 咄嗟に身をかわせずにいたら、マッシュが無理やり体を割り込ませてきた。覚えているのはそこまで。


 気がつくと私は獣ヶ原に流れ着いていた。しかも無傷だ。
 そしてすぐ近くをマッシュとカイエンが流れていく。
 ……あーあ、死んでないかもしれないから、一応は岸に引き揚げてやるとしよう。

 カイエンは鎧が破損しているものの基本的には無事だった。すぐに意識を取り戻すだろう。
 マッシュの方は、打撲が三ヶ所、骨折は無し。擦過傷が見当たらないってことは雑魚モンスターの攻撃をすべて避けたのか。凄まじい身体能力だな。
 痣が左半身にしかないのは右腕に私を庇っていたせい? 無理がある体勢で着水したから受け身を取りきれずに気絶しているのかもしれない。
 つまりこれは……こいつらと離れて一人で逃げる大チャンスだ。

 こんな命知らずどもにいつまでも付き合ってられるかっての。




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