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閉鎖空間


 夜が明けてすぐサウスフィガロの洞窟に到着した。入り口には簡素な小屋が建っており、見張りのフィガロ兵が携帯食とボウガンの矢を補充してくれる。ここら辺リアルに不便なので、エドガーの機械もゲームほど万能ではなさそうだなと思う。
 そんなことより建物があったついでにお風呂に入りたいと思ったが、もちろんそんな贅沢を言える状況ではなかった。サウスフィガロの町に着いたらまともな宿屋に泊まれるといいな。
 洞窟に入るとそこかしこで水が溜まっているのを見つけた。バスタブ代わりになる器があればティナのファイアでお湯を沸かして入浴できるのに、とか未練がましく考えてしまう。今まで特に自分が潔癖だという認識もなかったけれど、こうも風呂に入らない日が続くとさすがにいろいろ気になるのだ。匂いとか痒みとか、髪もパサついてきたし。
 そんな私の様子を察してか「サウスフィガロの街で宿をとって一泊しよう」と言ってくれたエドガーはさすがだった。逆に「急いでるんだし野宿で済ませればいいだろ」とはロックの言葉。
 お前ってやつは、そんなだからいつまでも女心が分からんのだ! いや、それはまあいいんだけど、風呂がなくても宿には泊まりたい。結局フィガロ城でも眠れなかったから体がきつくなってきた。

 ところで、ちょっと前まで私はパーティーの荷物係としてエドガーの加入に一抹の不安を抱いていたのだ。そう、機械ね。ゲーム的には反則級の強さでいつもお世話になっていたコマンドだけど現実問題あれらすべてを持ち運ぶのは重すぎるので勘弁願いたかった。最悪オートボウガンとドリルとウィークメーカーだけに絞ってもらおうとまで考えていたのだ。
 しかし蓋をあけてみればエドガーがチョコボの鞍から取り外して担いだのはオートボウガンと工具箱が一つきり。
 なんとあの機械類、エンジンは共通でアタッチメントを変えて違う武器に早変わりするらしい。だから普段はコンパクトな工具箱に収まっていて思ったような大荷物を持ち歩く必要はなかった。その代わり戦闘中も即座に様々な武器を切り替えて攻撃というのは難しそうだけれども。
 戦闘シーンを見ている限りエドガーには例の「きかい」コマンドは無くて「たたかう」でメイン武器として機械を使っている感じだった。実際、腰に提げた剣はまったく使う気がないようだ。
 この洞窟内は狭いうえにティナとロックが前衛として敵との間に入るので、オートボウガンは使い勝手が悪い。とりあえず挟み撃ちにあった時だけ後方に向かって矢を放っているが、その射出した矢をいちいち拾いに行かなきゃならないのもちょっぴり面倒だ。
 エドガーが自分で機械を持ち運んでくれるので矢の回収は私が担当しているんだけれども死体に刺さってるのを引き抜くのは気分が萎える。現状、せっかくの機械だけどなるべく使わないでほしいのが正直なところだった。
「いちいち拾わなくても矢が無制限に使えたら便利なんですけどね」
「実は今そんなものを開発中なんだ」
「へぇー」
 国王陛下が期待に満ちた目で見つめてきたけど語り出すと長そうだからスルーしておく。たぶんエアアンカーのことかな? ゲームではあまり使った記憶がないけど現実に使うならそっちの方がいいかもしれない。弾切れの不安もないし、乱戦では単体攻撃のエアアンカーの方がターゲットを指定できて便利だ。まあ手に入るのはずっと後だけどさ。

 敵の気配がないところで小休止をとることになった時、エドガーは装備をオートボウガンからブラストボイスに切り替えた。
 頻繁に旅人の往来があるだけあってここらのモンスターは雑魚ばかりだから、律儀にトドメをさしてまわらなくても混乱で自滅させながらさっさと先へ進んだ方が効率的ではないかという話になったのだ。
 ちなみに、後に買い足した機械を借りれば私も戦力になれるのじゃないかと思ってエドガーが部品を組み立てるところを見ていたんだけれども、どういう仕組みで動いてるのやらさっぱりだった。砂に潜る城だの空飛ぶ船だの変幻自在の機械武器だの、私にとっては魔法の存在を抜きにしたって充分に不思議な世界である。
 短い休憩を終えて再び歩き出す。数分後にピョコンと物陰から飛び出してきたのは赤い目玉を剥き出しにした毛むくじゃらの物体。こいつ、ゲームで見た時はわりと可愛らしかった気がするのに実物はグロいな。
 早速交換したてのブラストボイスのスピーカーを敵に向け、エドガーがスイッチを押した瞬間……モンスターは苦悶の呻き声をあげながら壁に突進して自滅した。効果は抜群だ! が、その手前でなぜかティナが剣を取り落とし、両手で耳を塞いで踞っている。
「ティナ、大丈夫?」
 慌てて駆け寄って助け起こすと彼女はエドガーの持つ機械を嫌そうに睨みつけた。おお、不快げな表情を初めて見たぞ。
「ねえ、それ……何の音?」

 急遽スイッチを止め緊急会議が行われた。ティナは「ちょっとビックリしただけで大してダメージはない」と言ってるけれど、明らかに敵意を込めてブラストボイスを睨んでいる。
 ブラストボイスはあの一つ目モンスターだけじゃなく彼女にまで不快音を聞かせたそうだ。混乱に至らなかったのはティナがモンスターではなく理性的な人間だったからだろう。
「ものすごく気持ち悪い音がするの」
「おかしいな。私は平気なんだが」
「俺も何も聞こえなかったよ」
 エドガーとロックが揃って首を傾げている。ちなみに私もなんともなかった。人間には聞こえない音ですかね。
「……普通の人にはあれが聞こえないの?」
 どんな音か知らないけど魔物を混乱させてしまうくらいなのだからそれがティナにも聞こえるというのは一大事だ。幻獣の血が入っている分、私たちより可聴域が広いんだろう。そんなこと本人には言わないが。
 不安そうに見上げてくるティナの頭を撫でつつ明るく笑って否定しておく。
「そういうのは個人差があるからティナが特別なわけじゃないよ。年を取るほど聞こえる音の範囲は狭まるもんだし、ティナは若いから聞こえちゃったのかも」
「若いから……」
 おや、ティナのフォローをしたつもりが三十路間近のエドガーを微妙に傷つけてしまった様子。失礼しました。でもまあ実際、ブラストボイスがモスキート音とかを出してるなら子供には聞こえる可能性もある。後のパーティメンバーのことを考えれば放置できない問題だ。

 複数の敵を攻撃する武器は前衛の味方にも危険が及ぶ。それはオートボウガンで分かっていたことなのに、ブラストボイスは攻撃が目に見えないからと配慮が足りていなかった。
 バイオブラスターやサンビームも同様の問題を抱えている。こうなってくると魔法を使えるようになってからも効果範囲に気をつけないといけないな。
「どうにか音の届く範囲を制限できればいいんだが」
 工具箱の中身を探りながらエドガーが思案げに呟いた。ティナに聞こえるのが幻獣の血のせいか年齢のせいかは分からないけど、ちゃんと敵だけに効くように調整しておかないとインターセプターやモグやウーマロ、ガウやリルムなんかも混乱させてしまう可能性がある。
「ティナにギリギリ聞こえる周波数なんでしょうね。もっと下げてみたらどうですか」
「それは城に帰らなければ調整できないな」
「じゃあとにかく洞窟と屋内では反響しちゃうから使わないで、外でオートボウガンみたいに味方のいない方に向けて使うことにしますか」
 確かブラストボイスは挟み撃ちの時も片側にしか効かないのだったか。使用者の背後の敵に効果がないならもともと音量は大きくないんだと思う。単純に音量を下げて、スピーカー部分にメガホンを取りつけて前方の敵にだけ聞き取りやすくするというのも有効ではないかな。そしてティナには向けないようにすればいい。
「っていうか、ティナに害があるなら使わなければいいだろ。置いてっちまえば荷物も減るし」
 ロックが呆れ顔で肩を竦めるも、私とエドガーが同時に首を振った。
「これは私の魂だ。捨てる気はないぞ」
「害が出ないよう注意すればいいだけの話ですし。敵を混乱させられるのは有用ですよ。使えるものは使わないと」
 混乱してる間に盗むとか、盗むとか、あと盗むとか、……逃げ出したりとかできるしさ。ゲームのように経験値を求めて雑魚大虐殺を繰り広げるわけでもなし、弱い相手とまで律儀に戦って殺しまくるより混乱させてその隙に逃げる方がよっぽどいいじゃないか。

 私の言い分がエドガーの肩を持っているように感じられたらしく、ロックはやれやれと溜め息をついて頭を掻いた。
「ミズキ……お前も機械馬鹿だったんだな」
「ええ? なんでそんな話に」
「だってやたら詳しいじゃないか。周波数とかなんとか、俺にはちんぷんかんぷんだぜ」
 いやいやいや、こんなのは詳しい内に入らないだろう。周波数を変えたら? って言うだけでやり方も何も知らないんだから。なんてことを思いつつエドガーの方を見たら、なぜかこっちもロックの言葉を否定しない。
「少なくともミズキが日常的に機械に触れていたのは間違いないな」
「えー……」
「なぜティナにだけ効いたのか、すぐに理解したじゃないか。普通の者なら周波数を変えるなんて発想は出てこないよ。うちのばあやだってこれが“音を出している”なんて未だに理解してないんだからね」
 そうか、その音が聞こえたティナはともかく武器の仕組みも知らないはずの私は何が起きているのかすぐに察してはいけなかったんだな。とはいえ、幸いにも帝国の人間だということにしてあるから私が機械に強くても特に不自然には思われなかったようだ。
 私が日常的に触れていた機械というとスマホとかパソコンとかになるだろうか。ああそれに、テレビや電子レンジや炊飯器なんかの家電だって精密機械には違いない。改めて考えるとこの世界一般の人に比べれば私の機械経験値は確かに高い方だろう。だがしかし!
「使ってるからといって理解してるとは限らないんですけどね」
「それは言えているね。私も何がどうしてそんな効果を及ぼしているのかさっぱり分からない機械がいくつかある」
「いや、お前は分かっとけよ! そんなもん間近で使われたら怖いだろうが」
 ウィークメーカーなんか特に意味不明だよねーとは思いつつロックの懸念も尤もではある。使用者兼製作者のエドガーさえ仕組みを理解していないのは不安だね。
 今回はブラストボイスだったからティナが気味悪く思うくらいで済んだけれども、うっかりバイオブラスターが暴走なんてことになれば私は瞬く間に死んでいただろう。

 ともかく洞窟にいる間はブラストボイスを使用しないことになった。アタッチメントをオートボウガンに戻しながらエドガーはなんとなくしょんぼりしている。変な機械の発明は趣味でもあるんだっけ。せっかくの作品が使えないのは悲しかろう。
 そんなエドガーの様子を見ていたティナがちょいちょいと彼の服を引っ張った。
「ごめんなさい。我慢できないほど嫌な音ではないから、使っても大丈夫よ」
「いや、レディに不快な思いをさせるなんて私の方が我慢ならないんだ。君が気にすることはない。むしろ改良点を見つけて感謝してるくらいさ」
 一転して満面の笑みを見せる国王陛下。……復活はえー。しかし「嫌だからやめてほしい」ということを学べたのでティナにとってはよかったな。
 だけどよく考えたら獣型や人型の敵を相手にドリルや回転のこぎりをブッ放されるのもグロすぎるから控えてほしいし、バイオブラスターも毒の広がる範囲を微調整できないから恐怖だ。周囲の味方のことを思うと使える攻撃方法は限られてくる。
 次に手に入る機械はなんだったか、各魔法や武器の効果範囲はどんなものか、現実として使用した時に周囲の仲間への影響はないのか。
 私も、事が起きてから対処するのではなくて先回りしていろいろ考えておくべきだな。せっかくゲームの知識という武器があるのだから有効活用しなければ。




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