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パスファインダー


 日暮れ前、私たちはドマ人の間で迷いの森と恐れられる地帯に到達した。
 木が空を覆い隠して星も月も太陽も見えやしない。へたに知識があるやつはそれでかえって自分の位置を見失うんだ。
 でも、私には関係のないことだった。星なんか読めないけれど知識ではなく感覚で向かうべき方角を知っている。
 深い森でも砂漠でも自分がどっちを向いているのかは分かっている。

 草木を掻き分けて迷わず南へと突き進む。
 モンスターが現れればインターセプターが対処してくれた。
 このペースでいけば夜明け前には森を抜けられるだろう。そしたら残る難所はバレンの滝くらい。
 先日の大雨で増水していることだけが心配だった。

 しかし自信を持って歩く私の背後をマッシュとカイエンは半信半疑の顔でついてくる。
「こっちで本当に合ってるのか?」
「どうも先程から同じところを何度も通っている気がするでござる」
 森なんだから、景色なんかそうそう変わるわけないでしょうに。頭でっかちはこれだからめんどくさい。
 私の方向感覚に間違いはないんだ。でもどうしてそれが分かるのかうまく説明できないから、仲間以外に信じてもらえたことはない。

 大抵の人は、目印がなければ方角を見失うのが普通らしい。だからマッシュとカイエンが私の感覚を不審がるのは不思議じゃなかった。
 それよりむしろ、シャドウさんが黙ってついてくることの方が気になる。
「どうしてあんたは『こっちで合ってるのか』って聞かないの?」
 いい加減うざったいし聞かれたくもないけれど、彼が不平を溢さないのは何か理由がある気がして返事を待つ。

 心を隠す覆面の下でシャドウさんは低く呟いた。
「本当に南へ向かっているかどうかは知らん。だが少なくとも同じ道を通ってはいない」
「ああそうか、後戻りしてたらインターセプターが分かるんだ」
「なるほど。犬の嗅覚は確かですからな」
 おいそこの二人、私の感覚は信じられないくせにインターセプターの鼻は信じるのかよ。

 お前の方向感覚を信じる、昔そういうやつを知ってたから。……なんて返事を期待してたのに宛が外れた。
 やっぱり気のせいなのかな。覆面を取って顔を見せてくれたら一発で分かるのに。

 インターセプター、遮るもの。襲いくる敵を阻み、仲間を守る者。
 護衛代わりの愛犬につけるには相応しい名前だ。でもよりによって“シャドウ”の犬だというのが引っかかる。
 十年ほど前、仲間内でインターセプターとあだ名されていた人間を私は知ってる。
 そしてもう一人はパスファインダー、道を拓くもの。敵地に斬り込んで調査し、仲間を導く者。
 失敗して見捨てられ、置き去りにされた……。

 もしも直感が当たっているなら私にはやるべきことがある。そして私の直感は滅多に外れない。
 でも「あんたの本名は?」なんて聞けなかった。だって当たっていたら、そうだと答える前にシャドウさんは私を殺すんじゃないだろうか。

 悶々としながら歩いていると、突然インターセプターが足を止めて辺りの匂いを嗅ぎ始めた。
「どうした」
 インターセプターが見つめる方に全員の視線が集中する。
「なんか音が聞こえない?」
 鉄が擦れる音。それから……これは、警笛だ。
 木々の隙間から何か巨大なものが走ってくるのが見えた。

「森のなかに列車?」
「なあカイエン、もしかするとドマ鉄道ってやつじゃないか」
「未だ戦禍に巻き込まれていない鉄道が……? それに、この森は誰も足を踏み入れぬ場所でござるよ」
「生き残りが隠れてるかもしれないぜ。行ってみよう」
 謎の列車は速度を落としている。つまり近くに駅があるのだ。
 迷いの森に鉄道の駅。まあそういうことも……あるわけないだろ!
 列車っていうのは人や荷物を運ぶものだから、こんな辺鄙な森のド真ん中には無いんだよ。

 すでに森の中程にさしかかっている。あと数時間歩けば南の平原に抜けられるはずなんだ。素直に歩いた方がいい。
「大体、今まで線路の影も形もなかったのにいきなり現れるなんて不自然でしょ。あれはきっと、」
「だったら尚更そいつの正体を調べたくなるだろ? ほら、行こうぜ!」
 人の忠告を聞けよ筋肉馬鹿。

 こいつ本当にフィガロ王の弟なの? もしかしたら偶然エドガーにそっくりな顔だったからマッシュって名づけられただけの庶民じゃないの?
 あるいは影武者とか。むしろそうであってほしいくらい猪突猛進すぎる。
 っていうか、自分が列車に乗ってみたいだけじゃないのか。


 マッシュに引きずられるまま列車に乗り込む。
 仕方なくカイエンとシャドウもついてきて、全員が乗車したところで見計らったかのように扉が閉まり、列車は動き出した。
 なんだか皮膚がぞわぞわする。
「この列車、もしや……」
 無人の車両を不安げに見回しながら、カイエンが何を言おうとしているのか私には分かった。
「もしや、魔列車では?」
 ほーらやっぱりね。私もさっきそれ言おうとしたのに。

 フィガロには魔列車の伝承がない。だからマッシュはその存在を知らなかったそうだ。カイエンから説明を聞いて困ったように頭を掻く。
「わーい、マッシュさんのお陰で珍しい体験させてもらえちゃったなー、うれしー」
「ミズキ殿、喜んでいる場合ではありませんぞ」
「喜んでねーよ! 嫌味!」
「悪かったって。降りればいいんだろ、降りれば」
 すでに発車しているのにどうやって降りるつもりかと見ていたら、マッシュは閉まった扉に手をかけて力一杯に引き始めた。
「んぎぎぎぎぎ!! あ、開かねえ……」
 いや、そりゃ無理でしょ。いくらあんたが馬鹿力でもね。

 しかし一度ダメだったからといって諦めるマッシュではなかった。半歩下がって呼吸を整える。そして気合いを乗せた拳を扉に向かって思いきり突き出した!
「ハァッ!!」
 車両を揺るがすような凄まじい音と振動がゴワイィーンと響いたものの扉はビクともせず、マッシュは拳を押さえてしゃがみ込んでしまった。
「痛かった?」
「大丈夫だ」
「泣いてんの?」
「泣いてない!」
 鉄の扉を素手で殴るとかやっぱり馬鹿だな、こいつ。

 とにかく、押しても引いても殴っても扉は開かないようだ。
 そうこうしているうちに窓の向こうではプラットホームが遥か背後に消えていった。
 仮に扉が開いたとしても時すでに遅し。

「もういいよ。乗っちゃったもんは仕方ないから列車を止めよう」
「ミズキ、止め方を知ってるのか?」
「幽霊列車でも普通の列車でも、動力部を潰しちゃえば止まるっしょ」
 脱線すると私まで危険だからそこんところは気をつけないとね。

 それじゃあ機関室を探しましょうかと扉に背を向ける私を遮り、カイエンが不安そうに尋ねてきた。
「魔列車は死者の魂を運ぶもの。潰してしまってよいのであろうか」
 これが壊れたら死者が霊界に行けなくなるんじゃないかって? んなわけない。
 だってフィガロ以西では魔列車の信仰がない。死者は自分で勝手に霊界へと旅立つんだ。

「魔列車の伝承が生まれたのはざっと150年前くらいだよ。それ以前は死を司る神が魂を運んでたんだから、最悪でもその頃に戻るだけだって!」
「150年前というと……確かに、ドマ鉄道ができたのはその時代でしたな」
 ナルシェが国として成立してドマ王国と石炭貿易を始めた。それでドマの北に線路を敷いたのが最初でしょ。
 で、ナルシェ東部の鉱脈を掘り尽くしてから多くの鉄道が用済みになって、廃線が増えると魔列車のような怪しい伝承がぽつぽつと生まれてきた。
 たぶん、人の心から鉄道ってものが姿を消せば、魔列車もまた別の姿をとって新しい伝承に生まれ変わるんだろう。

 とにかく列車をぶっ壊したからって死者の魂に何ら影響を与えることはない。
 私がそう説明したら、カイエンとマッシュはしきりに感心していた。
「詳しいなあ、ミズキ。鉄道が好きなのか?」
「実は私、十年くらい前に列車強盗団に入ってたんだ」
「えっ!? ただのこそ泥じゃなかったのかよ」
 わりと有名だったんですよ。私じゃなくて、その強盗団が、だけど。
「どの列車がどこを通ってるのか、どうやれば列車は止まるのか、そして動き出すのか、いろんなことを調べる過程で鉄道の歴史にも詳しくなったのさ!」
「へえ〜……」
 どうだすごいだろう、尊敬しろ。

 えへんと胸を張ってみたものの、特にマッシュのなにやらシラけた感じにイラッとする。
「熱心に勉強したのは偉いけど、目的が強盗じゃあ真面目なのか不真面目なのかよく分からんな」
「なんだと」
「拙者としても反応に困るでござる……」
 あっ、しまった。カイエンはドマのサムライなんだった。列車強盗なんてドマにしかいないのに無駄な自白をしてしまった!
「でもリーダー格とは話もできないような下っ端だったしパスファインダー見習いというか私はしがない事前調査係りであって実行犯になったことは一度もないんですけれどもね?」
「心配せずとも、今更おぬしを断罪しようなどとは思わぬよ。裁きをくだす王もおらぬ故……」
 カイエンが苦笑するのを見てホッと安堵の息を吐く。危うく斬首されるところだったよ、まったく。

 で……。
 私が過去のことを話している間、シャドウさんはじっと私を見つめていた。
 覆面を取って顔を見せてくれたら一発で分かるのに。
 外れることのない私の直感は、彼の本名がクライドだと告げている。




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