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プロフィール


 帝国軍がキャンプを張る平原から全力ダッシュで南へ逃れる。

 っていうか、なんか途中で一人増えてたんだけど。
 顔を隠した年齢性別すべて不詳の黒装束と、よく訓練されてそうな軍用犬……。
 格闘家っぽいマッチョな筋肉男と立派な髭をたくわえた黒髪のおっさん。
 今更ながら、どういう取り合わせの三人なんだ?
 なんで帝国の陣地に侵入していたんだろう。
 ちょっと気になるけれどもそれ以上に「すごくややこしい事情がありそうだから関わりたくない」ってのが本音だった。

 キャンプの影も形も見えなくなったところでようやく魔導アーマーを降りて一息ついた。
 手ぶらであることが何よりも悲しい。魔導アーマーを分解してパーツを回収しようにも売り捌く先がないものね。
 魔導兵器を使いこなせるのは今のところガストラ帝国だけだ。

 はあ……楽な仕事になるはずだったのに……。
 ドマの武器は美術品としても価値があるからジドールに持っていけば高く売れる。
 私は一財産築いていたかもしれなかった。
 こいつが私の隠れていた魔導アーマーに乗り込んできたりしなければ……! と、金髪男を睨みつける。
 彼は何を勘違いしたのか、私の短剣を返してくれた。返す刀で斬りかかってくるかも、とか思わないのか?
 緊急時でなければ私が武器を持ってても余裕で対処できるってことか。ま、そうだろうね。私とこいつでは戦士としての格が違いすぎるのは分かる。
 何も考えないで迂闊に逃げ出すのは得策じゃない。

 さて、と改まって金髪が一行の顔を見回した。
「とりあえず、自己紹介だな。俺はフィガロのマッシュだ。兄貴と合流するためにナルシェを目指してる」
 フィガロ王国の……、十年前にいなくなった王弟と同じ名前だなあ。心なしか顔も見覚えがある。
 あー、くっそー。あんまり深く考えたくないのに分かってしまう。そして前言撤回して今すぐ逃げたい。
 私フィガロで指名手配されているのに、エドガー王の弟に捕まるなんて最悪じゃないか。

 マッシュの次に口を開いたのは黒髪のおっさん剣士だ。
「ドマのサムライ、カイエン・ガラモンドでござる。改めて貴殿らの助太刀に感謝いたす」
 へー、おっさんはこいつらと初対面だったんだ。帝国兵に追っかけられてる時に合流して一時の仲間になったわけね。

 っていうかドマのサムライ!
 帝国軍に便乗して城で火事場泥棒を目論んでたなんてバレたら私は切れ味自慢のドマ刀で首をはねられてしまう。
 どうしよう。一刻も早く、こいつらの目が届かない場所に行きたい。

 続いては逃げる途中でいつの間にか合流していた黒装束。
「……」
 しゃべらない。
 困ったように頭を掻いて、マッシュが代わりに紹介した。
「こっちはシャドウ。南への道案内をしてくれてるんだ。で、犬の方はインターセプター」
 シャドウ……?

 思わずまじまじと覗き込んでみるも覆面に隠れてどんな顔をしているのか窺い知れない。
 シャドウは微かに顔を背けるようにして私を見下ろした。
「何だ?」
 声からすると三十代後半の男ってところか。
「うーん、いや、なんでもない」
 シャドウ、シャドウねえ。

 高いなりにどんな仕事でも引き受けてくれると噂のアサシンがそんな風に名乗っていたっけ。
 まあ、偽名としてはそう珍しい名前でもないか。たぶん関係ないだろう。

 そして、私に視線が集まる。流れ的に私が名乗るのを待っているようだ。
 嫌だなあ。この一行に加わりたくない……。
「私はミズキ。帝国兵が減った隙に物資をちょろまかしてやろうと潜んでたら侵入者に拉致されてしまった可哀想な泥棒だよ」
 本当はドマ城が狙いだったんだけれどカイエンの前では秘すれば花というやつだね。
 帝国狙いの泥棒だと言っておけば悪くは思われないだろう。

 反応したのはマッシュだ。
「泥棒って時点で可哀想じゃないだろ」
「いきなりゴツい男に短剣突きつけられて可哀想じゃないわけないでしょ」
「問答無用で俺を殺そうとしたくせによく言うぜ」
 味方ではあり得ないなら敵か無関係な輩の二者択一。危険に晒される前に殺ってしまえってのは当然の行動じゃないか。
 まあ、こいつらが暴れたお陰で帝国軍は思った以上の厳戒態勢に入ってたから、どっちにしてもドマ城に潜り込むのは無理だったかもしれないけれど。


 泥棒なんかとは一緒に行けない、という結論に達してくれれば最高だった。
 しかしマッシュはなぜか私の頭を掴んで髪をかき混ぜながら笑っている。控え目な拷問か?

「で、俺はリターナーの一員なんだ。カイエン、あんたが仲間になってくれると助かるんだが、どうだ?」
 ああ、反乱軍ねえ。
 今しがた帝国に故郷を滅ぼされたばかりなのだから断る理由はないだろう。
「帝国にあのような真似を繰り返させぬためならば……喜んで貴殿らに加わろう」
 案の定、カイエンは真剣な表情で頷いた。

 シャドウさんは道案内らしいからどこまで同行するのか知らないけれど、マッシュとカイエンはナルシェに向かうのか。
 もうキャンプに戻るわけにはいかなくなったし、どうしよっかな。

 私の頭に手を乗せたままでマッシュが言う。
「ミズキだっけ。お前も来るよな」
「え、嫌……」
「どうして嫌なんだよ」
「逆にどうして私が一緒に行くと思うのか不思議だわ」
「行き先がどこにせよ、お前だって今は南に向かうしかないだろ?」
 それはまあそうなんですけどね。
 一番近いニケアを目指すにしても徒歩は無理だ。帝国が陣を張る北には戻れない。
 港も根こそぎ押さえられている。だから帝国と揉めたくなかったのに。

 うーん……。船が使えないとなると、モブリズ辺りから蛇の道に入って他の大陸に渡るしかないか。
 こいつらと一緒に行かなきゃいけない理由はないけれど、モブリズに着くまでは人手があって助かることもあるかもね。
「分かったよ。とりあえず、この大陸を出るまでは協力する」
 でもナルシェに行くともリターナーに加わるとも言ってないから。
 裏稼業のシャドウさんはともかくとして、マッシュもカイエンも道行きを共にしたい人じゃないから。

「よし、決まりだな。まずは南を目指すぞ」
 マッシュは早速、先頭に立って歩き始めた。しかし数秒と経たずに立ち止まる。
「南ってこっちで合ってるのか?」
「合ってるけど、そっちは断崖。案内に雇ったんならシャドウさんに先導してもらえば?」
「それもそうだな。シャドウ、頼んだ!」
 覆面で見えないけれどシャドウさんが呆れてるような気配がした。ほんとに大丈夫か、こいつら。

 リターナーか……。
 眉唾物のいろいろ噂は聞こえてくる。フィガロと帝国の同盟は破棄されたし、マッシュがナルシェに向かっているということはあの炭坑都市も反乱に加わったのかもしれない。
 対抗勢力が頭角をあらわしてきたのだとしたら私も身の振り方を考えておかなきゃいけない。
 そろそろ「帝国にすり寄っておけば安全」というわけにはいかなそうだ。
 ほとぼりが覚めるまで、どこに根を下ろそうかな。




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