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 競売が見たいというサクラの一言で急遽オークションに参加することになった。てっきり常連だと思ってたらエドガーも初参加らしい。
「案内を見たことはあるんだが、芸術作品ばかりだったので入る気になれなくてね」
「あー、ここの需要は限られてるからな」
 稀に魔大戦時代の遺物なんて胡散臭い品も出るには出るが、やはり絵画や彫刻が中心だ。
 名工の手による一級品の武具が出品されることもある。だがそれも装飾過多で実用性のないものばかりだった。ジドールのやつらは実際的なものを好まないんだ。
 大方エドガーは機械部品を目当てに訪れて宛が外れたんだろうな。

 ちなみにリルムは「ひとの描いた絵にキョーミないもん!」と言い捨てて大量の荷物を手にさっさとファルコンに行ってしまった。
 案内を見たところ今日のロットは絵じゃなくて装飾品の類いらしいが、あいつは尚のこと興味ねえだろうな。

 参加受付で手続きをする俺の背後でサクラが不思議そうに呟いた。
「そういえばフィガロ城って質素だよね。あんまり芸術に興味ない?」
「興味がないのは事実だが、城が質素なのは潜行モードに入った時に危険だからだよ」
「ああ、そっかぁ」
 飛空艇に無駄な装飾品を置かないのと同じ理由、ってとこか。
「砂漠の北にある夏宮殿には先祖代々の名品があるらしいが……あの大破壊でどうなってしまったかな」
 つーか“あるらしい”って何なんだよ、こいつもしかして自前の開発室があるフィガロ城に籠りきりで普段は外に出てないんじゃないか?

 時間も時間なのでオークションは終盤に差し掛かっていた。
 席について壇上に顔を向ける。そこに置かれていたメインロットを見て思考が止まった。
「1200分の1ブラックジャックの模型だって、セッツァー!」
「うるせえ、見りゃ分かる」
 はしゃいだ様子で腕を掴んでくるサクラを振り払う。分からないのはなんでそんなもんが俺に無断でオークションに出品されてんのかってことだ。
「始めのビッド額は50万ギル、50万ギルから参ります」
 しかも高いな、おい!

 本物のブラックジャックが壊れたんで付加価値がついたのか、意外にもすぐに入札が始まった。
「正面中列のご婦人、50万。左の紳士、60万……」
 いきなり値を上げすぎじゃないのかとは思いつつ、しかし精巧にできてるな。まるでブラックジャックを間近で見て手触りまで知ってるやつが作ったみたいだ。
 ……いや、絶対にあの船のことを“熟知してる”野郎が一稼ぎしようとしているに違いない。

 気に入らねえが手出しできない金額に歯噛みしていると、俺の横にいたガキが騒ぎ始めた。
「パパ〜! あれほしいよ〜、買って〜!」
「おいおい、少しは我慢しなさい」
「だってほしいんだもん! 買って買って買って〜、ねえ買ってよ〜!!」
 こんなガキの玩具にされたんじゃ俺のブラックジャックが壊れちまうじゃねえか。模型とはいえ許せないぜ。
 しかし横から睨みつける俺の視線も意に介さず成金臭い親父が手を挙げる。
「はい、左手前の紳士、70万。他にいらっしゃいませんか?」
 くそっ、せめてもう少しマシなセンスのやつが落とせよ。

 俺の恨み言が聞こえたのかどうかは知らないが、馬鹿親子の反対側から不穏な言葉があがった。
「ねえエドガー、私もあれ欲しい」
「えっ……本気かい?」
 いや、それはさすがに無理だろ。

 ガキの大声は会場中に響いたはずだ。親父がいくら出すつもりなのかを探って参加者たちの間に緊張が満ちる。
「ありませんか?」
 しかし緩やかながらビッドは続いていた。
「中列のご婦人、80万。左の紳士、90万、90万」
 既に並の小金持ちにはついていけない額にまで吊り上がった。ここからの入札者は今年一杯なにが出品されてもオークションに来る余裕はなくなるだろう。その覚悟がなければ退くしかない。
 壇上の品が何であれ関係なく、もはや相手に競り勝ちたいという見栄と欲求だけでビッドしてるんだ。

 心なしか顔色が悪いエドガーは内心相当な葛藤があるらしい。その耳にサクラがそっと囁いた。
「予想落札価格は100万ギルだよ」
 確かにスタート額から考えたらそんなもんか。しかしなんで分かるんだ? まさかこいつオークションに参加したことがあるのか?
「前列の紳士、100万ギル。100万ギルです」
 サクラの言葉通りに成金親父が手を挙げる。会場が静まり返った。

 これで決まりかと誰もが思った瞬間、涙目でサクラがエドガーを見上げた。
「エドガー……、お願いっ!」
 打ち鳴らしかけたハンマーを下げてオークショニアがエドガーを指し示した。
「はい、こちら正面の紳士、110万ギルです!」
 ああやっちまったよ。

 一時的に面食らっていた様子の成金親父だが、我に返ると即座に予算を計算し直した。さてどこまで吊り上がるのやら。
「ありませんか? よろしいですか? 左手前の方、120万。正面の方、130万。140万、150万ギル!」
「くっ……」
 血反吐でも吐きそうな顔で親父が手を挙げる。
「160万ギル!」
 そろそろ予算ギリギリか?

 涼しい顔のエドガーは横目でちらりと親父を見遣った。
「一国の王と張り合うつもりかね? やめておきたまえ」
「な、なに? 国王だと?」
 しかし今の言葉は牽制だな。余裕があるふりをして相手を退かせようとしてるだけだ。
 親父のビッドを許さずエドガーは一人で値を吊り上げた。もし親父がビッドを続ければ逆にエドガーが窮地に立たされることになる。しかし……。
「200万ギル出ました! 他に、他にありませんか?」
 水を打ったような静けさのもとでハンマーが鳴らされる。オークショニアによる「おめでとうございます」の声と同時にサクラはエドガーに抱きついた。
「やったあ! エドガー愛してる!!」
「俺もだよ。でも別の日に言ってほしいな……」

 とりあえずあの馬鹿親子に買われなくてよかったと思いながら席を立ち、支払いをする部屋に移動しようとしたところでエドガーに肩を叩かれた。
「セッツァー、金を貸してくれないか」
「はあ?」
「半額でいい」
「馬鹿言うな、“でいい”って額じゃねえだろうが」
 俺がそんな金持ってると思うのかよ。というか、まさか……。
「お前、金が足りないのに落札したのか?」
「……」
 ば、馬鹿かよ。こりゃ落札取消のうえ最悪の場合は出入り禁止だぜ。まあ俺はべつに困らないからいいんだが。

 サクラや周囲の客に聞こえないよう声を潜めてエドガーが呟く。
「城に帰れば金はあるんだ。俺の署名があれば後払いにできないだろうか」
「無理だな」
 このオークションに参加するのは基本的にジドールの金持ちだけ、だから代金も即払いが原則だ。

 珍しく顔面蒼白になっているエドガーに気づいてサクラが顔を覗き込む。
「お金足りなかったの?」
「大丈夫、何も問題はないよ」
「問題有りまくりだろうが阿呆」
 女相手限定の笑顔で取り繕ったものの、サクラは即座に気づいて頷いた。
「落札はキャンセルしてくるよ。あの親子を負かしただけでも私は満足だし!」
 なんだそりゃ。あの馬鹿親子になんか恨みでもあんのか? まあムカつくやつらには違いなかったけどよ。

「なあセッツァー。金持ちにコネがあるだろう、刀剣コレクターを知らないか。これはフィガロ建国当時より代々伝わる宝剣だが五百万は下らないはずだ」
「は? そりゃつまり国宝だろ。んなもん売っ払っていいのかよ」
「日頃は自分のために動かないサクラが珍しく欲しいと言ったものなんだ。どうしても手に入れさせてやりたい」
 それはそれは、健気なことで。国宝を売った金で買われた模型なんぞサクラは喜ばないだろうに。
「ちっ。仕方ねえ……ついて来いよ」

 サクラの後を追って受付の裏に向かう。扉を開けると仕事を終えたオークショニアがサクラに嫌味をぶつけているところだった。
「冷やかしは困るんですよ。再出品なんて私の評判にも傷がつくし、一度でも落札されたら次のリザーブプライスが上がってしまうでしょう?」
「えっとー、はい、ごめんなさい。本当にすみません」
「大体あなた一見じゃないですか。下見もなしにいきなり参加するからこんなことになるんだ。連れが国王だとか言うから私は……」
 相手が貧乏人とみるや手のひら返しやがって、だからこの町は嫌いなんだよ。

 俺たちが入ってきたのに気づいてないようなので、扉を蹴り飛ばしてお知らせすることにした。
「よぉ、邪魔するぜ」
「なんだお前たち、勝手に入っ……げっ! セッツァーさん!?」
「驚いたぜ。まさか俺の大事なブラックジャックが売り物にされてるとはな。誰の差し金だ、ああ?」
 呆然としてるサクラをエドガーの方に押し退けオークショニアの前に立つ。
「わ、私はただの主催で……文句は製作者に直接言ってください!」
「お前から言っといてくれよ。オーナーが大層ご機嫌斜めだってさ」
 俺の船で勝手に商売しやがって、どっちにしろ話つけるつもりだったんだ。

「それとも、俺が買い取っていいなら今回だけは見逃してやるぜ。落札額は一万ギルだっけか?」
「そ、そんな無茶な……勘弁してください」
「だよなあ? 旦那の稼ぎがギャンブルに消えちまってるなんて知ったら、あんたの女房にとってはそりゃあ“無茶な”話だろうよ。分かるぜ。落札額、1000ギルだったよな」
「それは……うぅ、う……ら、落札……おめでとうございます……」
 模型をサクラに持たせ、代わりにコインを置いてさっさと競売所を後にする。
 恐喝のコツは相手が立ち向かってくる気力を取り戻す前にその場を去っちまうことだ。そうすりゃ“怖かった”って気分だけを残せるからな。

 嬉しそうに模型を抱えるサクラを見つめ、エドガーも安堵の息を吐いた。
「借りができたな、船長」
「気にすんなよ。……ところで、ファルコンには酒場がないんだよなぁ」
 最高の船だがそれだけが難点だ、と俺が言えば、懐の広い国王様は「サウスフィガロにいい店がある」と笑って答えた。
 タダ酒が飲める店も確保できたしツイてるぜ。

「しっかし、お前も案外に金のかかる女だな、サクラ」
「だってブラックジャックのミニチュアだよ? あんな親子に渡すなんて……あっすごい、ここのプロペラ動くんだ」
 そこはかとなく機械マニアの気があるらしいサクラは模型の可動部を触って喜んでいる。まあ、あの馬鹿親子には渡したくないってのは同感だ。

 サクラを微笑ましげに見つめつつ、エドガーは現金を持ち歩いていなかったことをまだ後悔しているらしい。
「これからはポケットマネーを全額持ち歩くことにしよう」
「ちなみに、こいつの“おねだり”にいくら出せるんだ?」
「その模型なら十隻は買ってあげられるよ」
 ……さすが一国の王というかなんというか。途方もない金額にサクラも腰が引けたようだ。

「これからは迂闊になんか買ってとか言わないようにする……」
「いいじゃねえか、ポケットマネーなんだし。金が余ってんなら好き放題むしりとっちまえ」
 金額が凄まじすぎて無理だとかサクラは焦ってるが、こいつのために使う金なら嫌とは言わねえだろうよ。
 命より大事なもん、ってやつが国王様にもあるわけだ。いいことじゃないか。




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