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Spritzer


 喧騒に背を向けて静かに飲んでいたところ、俺の使っている名が耳に入ってつい神経がそちらに集中する。
「サクラって、ジェフの恋人なのか?」
「はあ?」
 聞こえるはずのない声に驚いて振り向けば、酒場の一角でサクラが“仲間”に囲まれているのが見えた。酒は……飲まされてないな、よろしい。
 まったく、なるべく部屋から出るなと言ってるのに暇を持て余して耐えられなくなったか。

 部屋に追い返そうかとも思ったが、しばらく彼らの会話を聞いてみることにした。
 始めはどこからどう見ても男物の衣装を着た少女だったサクラだが、今は小柄な少年に見える。
 意外にも男のふりを楽しんでいるようだ。その余裕が演技に真実味を与えているのかもしれない。盗賊連中もニケアの住民も、サクラが女だと気づく様子はなかった。
 それにもかかわらず「ジェフの恋人なのか?」とは。

「だってボス、お前のこと妙に隠すし過保護だし」
「ありゃ単なる相棒じゃねえよな」
 女性であることがバレては困るから人目につかないようにしていただけなのだが、そんな誤解をされるなんて本当に少しも予想していなかった。本当に。
「馬鹿じゃねえのか、俺は男だぜ!」
 サクラは焦りのあまり顔を赤くして反論するが、そのせいでムキになっているようにも見える。お陰で子分どもは「やっぱりな」と頷き合っていた。

 男口調のサクラには慣れないが、慣れないからこそ新鮮でこれもなかなかいいなと思ってしまう。
 そういえば初めて男装を試した時にサクラは「寡黙系でいくか口悪い系でいくかどっちにする?」と聞いてきた。
 体格も声も偽れないので、言葉だけでも多少過剰と思えるほど“男らしく”しなければならないのだ。
 なるべく口を開かないでいる方が何事も誤魔化しやすいだろうと寡黙なキャラクターを演じるよう勧めたんだが、無理だったらしい。

 黙っていれば隠しきれない女性らしさがミステリアスな魅力となり、男のように振る舞うために口の悪い言葉を吐けば気が強く素直になれない可愛らしさが見えてくる。
 俺としては、どっちにしろ気が気じゃなかった。

 そんな怪しげな関係ではないと言い募るサクラを無視して子分たちは勝手に盛り上がっている。
「じゃあボスは男が好きだったのか」
「べつにいいんじゃないか? よくある話だろ」
「俺が口説かれなきゃどうでもいいよ」
「俺、ジェフになら口説かれてもいい」
 生憎だが願い下げだ。

「お前らなぁ、酒場の姉ちゃん口説き倒してるの見てねえのかよ。エ……ジェフは女好きも女好き、男に手出すわけないだろ」
「そうか〜」
「男が好きなんじゃなくてサクラが好きなのか〜」

 またしても噴火しそうになっているサクラを宥めるべく、席を立って彼らのテーブルに近寄った。
「お前ら、あんまりサクラに構いすぎるんじゃねえ」
 途端に好奇の目が集まってくる。逆効果だったか。
「ボス! それは嫉妬ですか?」
「やっぱりサクラとデキてるんですか!?」
「そうだな。……お前たちの想像に任せよう」
「おお〜っ!!」
「ちょっとジェフ、何言ってんだよ! 男もイケると思われてるんだぞ!」
 どうせ酒の肴にして遊んでいるだけなのだから好きに言わせておけばいいじゃないか。

 男でも気にせず手を出そうとする輩は確かにいる。となれば、いっそのこと“サクラはジェフとデキている”と思わせておいた方が得策かもしれない。
「重要なのは性別じゃない、俺が気に入るかどうかさ」
「はああぁ〜、めっちゃ楽しんでるよ、この人」
「それとも、レディ扱いしてほしいか?」
「……」
 サクラが男であるという前提のもと冗談のつもりで言ったのだが、彼女は何やら熱心に俺を見つめてくる。

「あー……、どうした?」
 怒ったかなと様子を窺えば予想外の言葉が返ってきた。
「二人きりで話したいんだけど」
「えっ」
 聞き間違い、ではなさそうだな、子分たちの顔を見る限り。

「きゃーっ、あなた聞きまして?」
「サクラの方から誘うなんてなっ」
「じゃあ今からお楽しみかよ!」
 俄に騒がしくなった酒場の空気が震える。サクラは引き攣った笑みを浮かべながら自分の右手にプロテスをかけていた。
 そして魔導の障壁に守られた拳を空のグラスに叩きつける。

 硬質な破砕音の後、酒場は静まり返った。
「次くだらねえこと吐かしたら、お前らの頭もこうなると思えよ」
「は、はい、ごめんなさい、サクラさん」
「静かにしてます」
「ボス、ごゆっくり!」
 最後に余計なことを言った者の脛を蹴りつけ、サクラは半ば突進するような勢いで階段に向かった。気紛れに部屋を出てきても疲れるだけだと理解したのだろう。

 馴染みのメイドが割れたグラスを片づけるために走ってくる。
「子分が店のもん壊しちまって悪いな。俺の真心で埋め合わせできりゃいいんだが」
「い、いえっ! 安物ですから、気になさらないで……!」
 彼女の頬が染まった途端にサクラが駆け戻ってきて俺の腕を引いた。
「おい、そう引っ張るなよ」
 それじゃまるでヤキモチだぞ。野次を飛ばしてからかいたいくせにサクラが怖いものだから連中、必死で唇を噛んで堪えているじゃないか。

 サクラに引き摺られるように階段を上がって部屋に戻る。彼女は何食わぬ顔でベッドに腰かけて俺を見つめた。
「あのさ、なんであんなあっさりボスの座につけちゃうの? いやもちろん警戒されないのはありがたいんだけど」
 昨日今日会ったばかりなのに打ち解けすぎではないかと、どうやら距離の近さに困惑しているらしい。
「盗賊なんてものは未来が不安定だからね。出会いにも別れにも大して執着しないんだよ」
「ふぅん……そういうもんかなぁ」

 あいつらがニケアに辿り着いたのは昨晩のこと。酒を奢り、宿代を払ってやるとすぐ“ジェフ”に懐いてきた。
 しかしそれだけじゃない。俺はあいつらがどんな人間を好むのか理解している。
「知らぬ仲ではないし、気に入られるのは簡単なことさ」
 彼らも最初から盗賊だったわけではない。元はといえば帝国との同盟に反対して暴動を起こしたサウスフィガロの民だ。前のボスも、顔見知りだった。

「そっか……。だからイベント後に捕まえないで見逃してあげるんだ」
 実のところ帝国から守るために捕らえていたようなものだ。帝国がなくなった今や牢に入れておく意味もない。
 放免するのにちょうどよかったと言ってもいいほどだ。

「で、二人きりの話というのはそれだけかい?」
「うん。事情が分かってスッキリした」
 あっさりそう言ってサクラはベッドに寝転がる。期待していたわけでもないが、どうせならもう少し“お楽しみ”が欲しかったな。
「あー、喉渇いちゃった。アルコール入ってない飲み物買ってきてよジェフ」
「やれやれ、まるでお姫様だ」
 無愛想を心がけながらもサクラは時たま素に戻って俺に甘えてくる。そして俺も邪険にしつつどこかで吝かでない態度を取ってしまう。
 だから余計に子分どもに「何かあるのでは」などと怪しまれるのだろう。

「なあサクラ。俺にレディ扱いされたくない理由を自覚してるのか?」
「うん」
 愚痴めいた言葉だったが、事も無げに頷くサクラを見て唖然としてしまった。
 自覚、しているのか? 本当に?
「分かってるよ。ていうか、今、分かった」
 言うなり頬を染めてそれを隠すように寝返りを打ったサクラは、確かに自覚しているらしい。
「そ、そうか。……飲み物を買ってくるよ」
「うん」
 明らかなことに目を向けてくれない彼女に不満を抱いていたというのに、いざ彼女が自分の気持ちを理解していると知らされたら……なにやら気恥ずかしくなってきた。

 彼女は「エドガーにとって女の人は全員平等に“美しいレディ”なんだ」と言った。俺にレディ扱いされるのが嫌だと。真に受けてしまうから嫌なのだと。
 そんなのは、口説くなら本気で口説けと誘っているようなものじゃないか。
 ……いつまでも盗賊の頭に化けていたら紳士の心を忘れそうだ。荒くれ者が身に染み着いてしまう前に事を済ませなくてはいけないな。




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