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BLACK & WHITE


 ナルシェの町には戦いの気配が漂っていた。
 ついこの間まで戦争とは無縁でいたがっていた彼らが今は帝国を倒すために武器を取っている。
 ずっと眠っていたせいか、時間が急に進んでしまったようでおかしな気分だわ。

 バナンは私が早く封魔壁に向かうことを望んだけれど、ロックとエドガーが言いくるめて一日休息を取ることになった。
 体は疲れていなくても私の心が擦りきれているから休まなくちゃいけない、らしい。
 自分が疲れているのかどうかよく分からない。でも、ゾゾで見たお父さんの記憶がまだ生々しく残っていて……今すぐ封魔壁に行くのは確かに良くない気がした。
 私の中に芽生えたガストラへの怒りが幻獣たちに影響を与えてしまっては困るもの。

 心って、よく分からなかったけれど……この体に流れている半分の血が怒りや憎しみのことを教えてくれた。
 お母さんを殺し、私を連れ去り、無力化した幻獣たちをビーカーに詰め込んだあの男に対する燃えるような気持ち。これが心なのだと。
 本当は、こんな風に焦げつくほど熱い感情よりも、もっと暖かな想いについて知りたいのに。

 私と同じ帝国の兵士だったセリスは、私よりも長く戦場に身を置いていたけれど、それでも愛を忘れてしまうことはなかった。
 戦闘が終わったらもっとたくさん話をしたいと思っていたのに、彼女は帝国の魔導研究所ではぐれてしまったらしい。
 その代わり新しい仲間も増えていた。
 飛空艇ブラックジャック号の船長であるセッツァーは出発前にナルシェを離れて自分の船で寛いでいる。
 もう一人、私が暴走してここを飛び去った直後に異世界から現れたという少女、サクラは……。

 サクラを元の世界に帰せるかどうか試すために、私とエドガーと彼女の三人は氷漬けの幻獣を目指して雪原を歩いている。
 なんだか初めてここに訪れた時のことを思い出してしまう。操りの輪をつけられている間の記憶は今でも曖昧だけれど、妙な予感があって不安になる。
 せっかく出会えたばかりなのにサクラはもういなくなるかもしれない……。

 隣を歩く彼女の横顔を見つめてみる。歳は私と同じくらいだと思う。戦士ではなく戦いが苦手だと聞いたけれど、サクラの姿に弱さは感じられなかった。
 ナルシェに到着してから理由が分かった。雪景色には決して埋もれない黒髪が彼女を芯の強いひとに見せているんだわ。

「サクラはきれいね」
「へ?」
 サクラとエドガーが並んでキョトンとした顔を向けてきたものだから、なんとなくフィガロ城でエドガーに言われたことを思い出した。
「あなたの美しさが私の心を捕らえたのよ」
 彼の言葉を真似てみるとなぜかサクラはエドガーを肘で突いた。
「誰かさんが教育に悪い言動をしてるから!」
「誤解だ。私は決してそんなつもりでは……」
 たぶんあの時エドガーはそう言ったと思うのだけれど、間違ったかしら。

「あのねティナ、そういう気障ったらしい言葉を真似してたらエドガーみたいなナンパ男になっちゃうよ」
「私が男になるの?」
「じゃなくて、えっと、とにかくエドガーの言い回しは真似しないように!」
 憤慨する彼女の横でエドガーは小さく「反面教師にされるのは心外だ」と呟いている。

「ごめんなさい。雪の中にいるとあなたの髪が鮮やかで、とてもきれいだと思ったのよ」
 カイエンも同じ色ね。彼はロックたちと一緒に、ナルシェを荒らす盗賊を捕まえるために出かけている。
 マッシュに「吹雪いても目印になるからありがたいよな」と言われて機嫌を損ねていたのを思い出す。

 黒髪は周囲の影響を受けずにいつも確固たる自分の色を固持している。だからその鮮烈な印象に惹かれるのだと説明したら、サクラは寒さのせいか頬を赤らめて息を吐いた。
「とにかくやたらめったら口説いちゃダメだよ。本当に好きな人だけにしないと、レディなら誰でもいいやつだと思われちゃうからね」
「誰でもいいわけではないんだが」
 不満そうなエドガーの言葉をサクラはまるっきり無視していた。

「ティナ、エドガーと最初に会った時なんて言われたっけ?」
「ええと確か……『君の美しさが心を捕らえたからさ。第二に、君の好きなタイプが気にかかる』……じゃあ、あれは私を口説いてたのね」
 あの時の言葉に何かしらの意味があるらしいとは分かったけれど、考えもしなかったわ。だって口説くというのは相手に愛を差し出すことだし、エドガーがそんな気持ちを私に抱いてくれたなんて。
「ごめんなさい、エドガー。私まだ愛するということが分からないの。だからあの時の言葉は受け取れないわ。あなたを愛してくれる他の人を探してね」
「あ、ああ。ティナがそう言うなら、そうしよう」

 困惑している様子のエドガーをじっと睨み、サクラが言う。
「ほら、こうやって本気で答えてくれる人がちゃんといるんだから半端な気持ちで口説いちゃダメですよ、王様」
「胆に銘じておくよ」
 半端な気持ち……。そんな繊細な違い、まだ分からない。
「エドガーは本気で口説いたわけではなかったということ?」
 私が尋ねると、サクラは慌てて「言い方が悪かった」と首を振った。
「なんていうか、エドガーにとって女の人は全員平等に“美しいレディ”なんだよ」

 私には彼女の言う意味が掴めない。でも黙ったままサクラから目を逸らしたエドガーの表情が気にかかる。
「……エドガー、怒ってるの?」
「え?」
 慌てた様子でエドガーが振り返ると、サクラは消沈してしまった。
「あー、ごめん。ずけずけ言い過ぎた」
「いや……、怒ってはいない。……君は聡明だな、サクラ」
「嫌味に聞こえるんだけど」
 二人とも明らかに不機嫌なのに、二人ともお互いを嫌っているわけではない。サクラとエドガーが今どんな感情を抱いているのか知りたくなる。

 要するに私がレディと呼ばれたくないだけなんだと言ってサクラが俯いた。
 エドガーにレディと呼ばれて喜ぶ人がいれば、嫌がる人もいる。そういうことなのかしら。
「私はスマートに受け流せないし、探り合いっぽいのも慣れてないし、慣れると思えないし、過剰な社交辞令は嫌い」
「過剰だとは思わないがね。それに社交辞令ではなく本心だよ。目の前に夜の女神がごとき美しい少女がいるというのに、なぜ素直に賛美していけないんだ?」
「もうっ! だからそれ、そういうのを! ……やめてくれないなら今後一切エドガーには近づかないことにする」

 言葉通りサクラはエドガーから離れようとしたのだけれど、雪に足を取られて四苦八苦している。そんな彼女を見つめてエドガーは……。
「ねえサクラ、エドガーはすごく悲しんでるみたいだけれど」
「はっ? そ、そんなに口説けないのが辛いの?」
「……無論。魅力的なレディを前にして口説かないなんて俺の信条に悖る。自分で自分の正義を踏みにじるのはとても辛いことだ」
「大袈裟だなぁ」
 嘘をついてるわけじゃないとサクラは言ったけれど、エドガーは今、本心ではないことを口にしたような気がする。本当は何が悲しかったのかしら?

 雪深い道を抜けて氷漬けの幻獣のもとに辿り着く。
 深呼吸をして、魔力を解放してみるけれど幻獣は沈黙したままだっった。
「共鳴しないっぽいね」
「あの時は暴走していたからな。ティナ自身にさえ思いも寄らない力が解放されてしまったのだろう」
 だから異世界と繋がるなんてことが起きたのだ。そのせいでサクラを呼び出してしまったのだから、私が帰してあげなければいけなかったのに。

「ごめんなさい……」
「いやいやいや暴走しないのはいいことだよ!」
「そうだね。自分の力をコントロールできるようになった証拠なのだから、むしろ誇らなければ」
「でも、サクラを元の世界へ帰すためにここまで来たのに」
「まあ残念は残念だけどさ、それより私は一緒にいられる時間が延びたのが嬉しい」
 正直を言えば私も、まだいろいろなことを彼女と話してみたいと思っていた。そんな気持ちが彼女を引き留めてしまったのではないかと罪悪感が湧いてくる。

 幻獣と人間、相容れぬとされたもの。私は二つの種族の架け橋となることを望まれている。
 未だどちらにも成れない私にとって、この世界の外から来たサクラの存在は指標に思えた。
 彼女が何を感じてどんな考えを持っているのか、私はもっと知りたいの。




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