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HIGH LIFE


 ベクタ城を照らすスポットライトが見えなくなってようやく安堵の息を吐いた。
 帰り際の戦闘でブラックジャック号の外装は傷ついたが、飛行に支障はなさそうだ。船内はどうだろう?

 階段を降りるところでマッシュと鉢合わせた。留守番を言いつけた時はむくれていたが、クレーンとの戦いでスッキリしたらしい。
「兄貴、セッツァー知らないか? 整備士が探してるんだけど」
「まだ甲板でロックと話しているよ」
「そっか。そろそろ怒りも冷めたかな」
 セリスが帝国に残った経緯を俺が説明した時には痛烈な皮肉を浴びせられたが、話題がティナとリターナーのことに移るとすぐに落ち着いた。
 短気でありつつも執拗でないのが、あの船長の美点だな。引き際を心得ている。

「サクラはどうしてる?」
「さっきはカジノを片づけてたよ。クレーンが襲ってきていろいろ派手にぶちまけたから」
「それなら、俺も手伝うかな」
 俺がカジノに足を向けようとすると寸前でマッシュが引き留めた。
「なあ兄貴、サクラをどう思ってるんだ?」
「何だって?」
 どう思ってるって、あの艶っぽい黒髪もミステリアスな瞳も打てば響くように俺の言葉で赤くなる頬も、明るくて元気な声も無邪気で真摯な人柄も、すべてが愛らしく魅力的なレディだと思ってるさ。
 しかしマッシュがそんなことを聞きたがっているとは考え難い。

 質問の意図を尋ね返せばマッシュは直球で言葉をぶつけてきた。
「もしサクラが元の世界に帰っちまうなら、あんまり時間がないだろ」
「今まで俺がどんなレディを口説いてもそんな忠告はしなかったじゃないか。どうしたっていうんだ」
「あいつ、兄貴が引き留めたらこっちの世界に残ってくれるんじゃないか?」
「……彼女に帰る世界があるなら尚更、迂闊なことをすべきではないと思うがね」
 率直さはマッシュの美点だが、あまりにも短絡的な言葉じゃないか。

「彼女は王妃に向かんだろう。政にも城暮らしにも縁がない、平和な日常を生きてきたのだから」
 しかしマッシュは異論があるようだった。
「機械が好きで人も好き。それだけでフィガロの王妃には充分な気がするけど、そうじゃなくて兄貴がサクラをどう思ってるんだよ」
「もちろん好きだよ。世界中のあらゆるレディと同じようにね」
 俺は確かにサクラの人柄を好ましく感じている。だからこそ、彼女は元の世界に帰るべきなんだ。血生臭い他人の欲になど関わらなくてもいい世界に。
 俺がサクラをどう思ってるのかは最重要の問題ではない。

 まるで話の分からない馬鹿を相手にしているような顔でマッシュはため息を吐いた。
「サクラは兄貴がエドガー・フィガロだってことをちゃんと理解してる。しかもそれをまったく気にも留めずに兄貴のことを単に顔がいいナンパ男だと思ってる。そんなやつ、他にいるかな」
 俺を知っているのは重々承知だ。なんせ彼女はこの“物語”を何度も見てきたのだから、おそらく俺のミドルネームさえ知ってるだろう。
 そして俺を単に顔がいいだけのナンパ男と思ってるのは……それは、喜ぶところなのか? 地味に傷ついたんだが。

「まあ、サクラが兄貴の好みじゃないっていうなら仕方ないけど」
「違うね。彼女を好きだからこそ不用意に踏み込んで傷つけたくないと思うだけさ」
「セッツァーいわく紳士的な優しさは恋とは程遠いもんらしいぜ」
「おいマッシュ……あいつに感化されるなよ」
「兄貴こそ、あの無鉄砲さをちょっとは見習ってもいいんじゃないか」
 そう言い捨ててマッシュはセッツァーを呼ぶため甲板へと上がっていった。

 俺がセッツァーを見習うのは無理だろう。
 大切なものを後生大事に抱えてるやつには賭けなんてできない。
 無鉄砲にすべてを擲つことのできる彼の強さには敬意を表するが、俺はギャンブルに向いてない。確実に勝てる勝負しかできないんだ。
 この手に抱えたものは一個人の感情ごときで捨てていいものではないのだから。

 カジノに行くとサクラは居らず、今は洗濯場にいるとバーテンに聞かされそちらに向かう。
「サクラ、お疲れさま。もう終わったのかい?」
「うん。片づけはとりあえず一段落」
「手伝うつもりだったのに遅かったな」
「あはは、お気持ちだけありがとー」
 もともと揺れや衝撃の対策はしてあったので、破損したのはカジノの備品とセッツァーの私物である酒類が主だったという。
 割れたガラスを始末する時に手を切ったというので慌てて確認したが、修得したばかりのケアルで治したようだ。

「君は魔法を覚えるのが早いな。私は魔石を手にしてからもっと苦労したんだが、もうケアルを使えるのか」
「魔法エフェクト見慣れてるからイメージしやすいんじゃない? まあ魔法使ってる自分に慣れないって問題はあるんだけど」
 現実離れしすぎて「ケアル」と口に出すのもなんとなく恥ずかしい、などと言いつつサクラは俺にケアルを唱えてみせた。
「ふむ。やはり同じ魔法でも男が唱えるよりレディが唱えた方が効果が高いようだ。君のひたむきなケアルが私の心まで潤してくれたよ」
「あ、そうそう。マディンの魔石見て思い出したんだけど、どっかの町でなんかの魔石が買えるんだよね」
 強引に無視されたが、しっかり赤くなっている顔を見るとつい頬が緩んでしまう。

 しかし「どっかの町でなんかの魔石」とは、また曖昧な情報だ。
「有益な魔石なのかい?」
「そりゃもう、回復特化だから絶対にいるやつ」
 回復ならばロックたちがゾゾで手に入れた幻獣キリンや魔導研究所で得たユニコーンもあるのだが、それ以上に役立つものらしい。
 しかしブラックジャックはゾゾを目指している。このタイミングで南大陸を巡るのは不自然極まりない。なぜ寄り道するのかと仲間に聞かれてもうまい説明を捻り出せそうになかった。
「魔大陸が浮上する前に見つけといた方がいいと思うんだよね。ほら、崩壊後は……みんな、しばらく一人になるし」
「そうだな、ではどこかで機会を見つけて探しておくよ」

 以前サクラが書いてくれた“イベントリスト”を眺める。
 これからゾゾに行ってティナが目覚めたらまずはナルシェで今後について話し合う。次の目的地は封魔壁だ。そこで幻獣が暴走し、ベクタが破壊され……。
 ティナとロックがサマサの村に行っている頃にでも彼女の言う魔石を捜索するとしよう。そう、その頃には……サクラはもういないのだろうけれど。
 再び氷漬けの幻獣と対面したところで帰れない可能性もある。しかし、今は帰ると決まっているものと考えておくべきだ。

「ガストラとの会食について詳しく教えてくれないか。なぜやつは突然戦争をやめる気になったんだ?」
「えっ? あ、えーとたぶん、ベクタ襲撃で痛めつけられたからもう懲り懲り、幻獣と和解したい、って感じだったかな」
「……幻獣との仲介にティナの協力を得るための会食か」
 自我に目覚めつつあるティナの奪還を諦め、逆に幻獣と心を通わせられるであろう彼女を利用することにしたのだ。
 リストを見るところ、ガストラはかなり先の展開まで見越して行動しているようだった。ティナに封魔壁を開かせることを一体いつから企んでいたのか? 実に危険な男だ。

 会食に関しては、リターナーにも帝国にも寄りすぎることなく中立的な答えを選ぶのが正解だとサクラが言う。
「あと、こっちから何か質問させといて、ちょっと後になってから『最初に何を聞かれたかな?』みたいな引っかけがあった」
「よくある手だな」
「クイズの『いま何問目?』みたいなやつだよね!」
「うん? ……うん」
 それはよく分からないが、相手の記憶力や観察力を推し測るのは交渉時にありがちな駆け引きのひとつだ。

 完璧な対応を見せればサウスフィガロとドマから帝国兵が撤退し、封魔壁監視所の武器庫が開放されるらしい。
 サクラのお陰で予めガストラの言動を知っておけるのは……、ありがたい、ことだった。

 カジノの掃除で汚れた衣類を洗濯機に放り込み、自室に戻ろうとするサクラについて行く。マッシュが妙なことを言ったせいで感傷的になっている気がした。
「君は、やはり元の世界に帰りたいだろうな」
「ん? そりゃもちろん。エドガーだって、この旅が終わったらフィガロ城に帰るでしょ?」
 目的を果たしたら我が家に帰るのは当然だと言ってから、サクラは自分の言葉に首を傾げた。
「旅が終わったら、うちに帰る……。まあ、うちの親がどう言うかは分かんないけどね」

 意外な気がした。サクラは家族を愛しているものと思い込んでいたのに。
「御両親と不仲なのか?」
「え!? あ〜違う違う、そんなんじゃないよ。うちの両親は……なんていうか、二人とも旅好きで、気が向いたらフラッと出かけて何ヵ月も帰って来なかったりする人たちなのね」
 娘であるサクラがそれを何の衒いもなく言えるのだから、やはりあちらの世界で自由な人生を送ってきたのだと納得する。
「お前まだ旅に出てもいないだろって言われそう。親の家に間借りしてるだけで、だからあの家が私の帰る場所ってわけじゃないな、と思ったの」
「……そうか」

 俺は旅を終えればフィガロに帰る。他の場所にいる自分など想像もできない。だからいつか俺が選ぶ女性は、否応なしにフィガロのものにならねばならない。
 彼女が王妃に相応しくないわけではない。俺が、彼女には相応しくないんだ。




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