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歪んだ赤い唇


 夕方になって、私とティナと二人分の食事が部屋に運ばれてきた。異世界しかも砂漠の国の料理は何が出るかとおっかなびっくりだったけれども意外と普通のメニューで一安心だ。
 見たところ肉も野菜も新鮮だしジュースもある。こんな僻地でどうやって食料を確保するのだろうかと首を傾げた私に答えをくれたのは、存分に城内を探検してきたティナだった。
 なんでも城の地下に小さな菜園があったらしく、住人の食事はそこで採れる野菜でまかなっているのだと庭師さんに聞いたそうだ。ティナさん、普通にコミュニケーションとれてるじゃないですか。安心安心。
 お客があると城の小さな菜園では足りなくなりそうなものだが、来客時には食糧庫と家畜の飼育所を備えた監視塔の近くに城を移動させておけば問題はないのだという。不便な土地でも潜行機能を生かして自給自足できているようだ。
 そして何気ない会話の中でチョコボが食用にもなると判明して衝撃を受けたりもした。つらい。幸いにも今回の夕食はチョコボではなくウサギだった。いやウサギ肉も初体験なのでそこそこ衝撃的なんだけどチョコボよりはダメージが少ないというかまだしも食肉感があるというか。チョコボを食べるのはモーグリを食べるのと同じくらい嫌だ。
 でもこの辺でウサギっていうと、それってたぶんナルシェを発ってからも何度か遭遇したあのキャベツに乗ったウサギ……、名前はド忘れしたけどつまるところモンスターだよね? モンスターの肉ってことだよね、これ? キャンプした時に食べた干し肉も今にして思えば一体なんの肉であったのかと不安になる。
 冥界で出された食べ物を口にすると帰れなくなるというのはよくある話だが異世界の肉を食べると異世界人になってしまいそうで少し怖かった。
 こっちの世界で既に二晩過ごして何を今更って感じなのだが、やっぱりモンスターを食べるなんてのは抵抗があるのだ。でもこの先なんにも食べずにいるわけにはいかないし、いずれチョコボを食べなければいけない機会も出てくるだろうから慣れておかなくては。
 ……いや……でも……菜食主義に転向しようかな。

 夜になる前に水瓶とタオルと着替えが届いた。風呂は準備が間に合わないから無理だと言っていたのに、せめて濡れタオルで体を拭けるようにとエドガーが手配してくれたらしい。こういう女性への細かい気配りは本当にさすがだと思う。ロックは身の安全以上のことまで気が回らないからね。
 着替えについては、私もティナもなぜか採寸ピッタリなのがちょっとおっかなかった。あの色男の眼力はどうなっているんだ。
 砂漠を歩き回って砂まみれになったのを替えるだけにしてはやたら大量なうえに、携帯しやすい小さな鞄もセットで届いたのは、リターナー本部へ行く前に好きな服を選んで荷造りしておけということだろうか。
 ティナが「防具の下はどうでもいい」と投げやりなので動きやすそうなものを中心に色が被らないよう二人分を鞄に詰めておく。こんな調子で例のガウのイベントまでにファッションへの興味を持ってくれるのだろうかと心配だ。セリスやリルムと過ごすうちに変わっていくといいのだけれど。
 なんにせよ、呑気に服を選んでいられる状況にちょっぴり心が和んだ。気晴らしさせる狙いまであったのだとしたらエドガー恐るべし、だ。
 ちなみに、何の悪ふざけなのかうっかり紛れ込んでいた露出度の高いイブニングドレスは部屋の隅に押しやって見なかったことにしておく。こんなもん着て歩けるかい。

 そうこうしている内に夜も更け、室内灯も消えてティナは眠りについた。驚くべきことにフィガロ城の明かりは電気だった。機関室で城内の照明を一括管理しているようだ。でも夜になると全室消灯してしまうので、廊下で見張りにつく兵士たちのため壁に並んだ燭台に火が灯される。
 頭から毛布を引っ被り、ティナを起こさないようにそっと部屋を出た。体は意外と疲れていない。それよりも、今夜中に火を放たれると分かっていてゆっくり眠れるほど図太い神経を持っていないのが問題だ。
 もうすぐケフカが来る。ひとつの考えが頭から離れない。あいつ……ラスボスをここで殺したら……、どうなるんだろう?
 始めはフィガロ王国が帝国に敵対しなければ戦争は回避されるんじゃないかと思った。そうすればティナはリターナーに利用されずに済む。でもその先の権力図を考えれば軽はずみなことはできないのだ。
 エドガーが言うように、フィガロが離反しなければ帝国はこのまま順調に世界を征服していくだろう。ケフカを倒してゲームクリア、そんな単純な話ではなくなってしまう。
 ティナを傷つけるのは嫌だからフィガロが犠牲になって膝をつけなんて言えるわけがなかった。
 でも私は彼らが知らないことを知っている。ケフカの思惑が、世界の統一を望むだけのガストラとは食い違っていること。ティナをリターナーに引き入れて帝国と戦争をしても世界の崩壊を防げはしないこと。
 バナンは帝国に抗うための力を得ようと幻獣の協力を求める。その行いを利用する形で、ケフカが世界をどんな悲劇に叩き落とすのか……。
 ここでケフカを殺してしまう。それで一度は世界が救われると私だけが知っている。

 階段を登って二重扉を開いた。髪を揺らす風は穏やかなのに、暴力的なまでに冷たい空気に身を震わせた。満天の星のもと意外なほど明るい視界で何かの影が蠢いているのが見える。微かに匂ってくるのは……油? どこからか水を撒き散らす音が聞こえる……。
 気づいた瞬間、ザッと血の気が引いた。帝国兵が侵入している。城門の、いや監視塔の見張りは何をやっていたんだ。まさか殺されてしまったのか。
 誰かを呼ぼうと口を開いたところで、闇から伸びてきた腕に喉首を掴まれた。細い指が皮膚に食い込み荒く呼吸音が漏れる。恐怖を感じる暇もなかった。
 どこまでも人を見下して嘲笑うように、楽しげな声が耳元で囁く。
「こんな夜更けに何をやってるんですか、お嬢さん?」
 レディもどうかと思うがお嬢さんも年齢的にキツいとか、その道化メイクは夜も落とさないんだなとか、魔導師というだけあって華奢なくせに、その細腕のどこに私の首を締めつける馬鹿力があるのか、とか。
 羽織っていた毛布が滑り落ち、ケフカの腕に吊り上げられて爪先が地面を離れる。
「か、ハッ、はな、せっ」
 痛みと息苦しさに涙が滲んだ。目眩で歪む視界の端に火の手が上がるのが見えた。私の首を掴んでいるケフカの右腕を必死で殴りつけ、爪を立てても引っ掻いても全然びくともしない。なんだこいつ。殺すどころじゃないぞ。こっちが殺される。
「……!」
 もがきながら、やつの腰のベルトに短剣が差してあるのを見た。私の視線に気づいてケフカはなぜか笑みを深くする。いや、化粧のせいで笑ってるように見えただけだ。目を見れば冷静さがよく分かる。
 こいつ、正気なんだ。非道な実験で狂わされ壊れたわけじゃない。しっかり理性ある人間の目をしている。なのに……正気のまま、あんなことをするのだ。

 一秒前まで私の喉を握り潰そうとしていたくせに、ケフカは玩具に飽きた子供みたいに突然その手を離した。私はその場に崩れ落ちて、急速に流れ込んできた酸素に肺が悲鳴をあげる。盛大に噎せる私の背後で勢いよく扉が開いた。
「何事だ……!?」
 すぐに駆け寄ってきたエドガーが私とケフカの間に立ち塞がった。酸欠でぐらつく頭を押さえて顔を上げる。そこでようやくケフカの背後に控えている帝国兵の存在に気がついた。あいつら、この状況で眉ひとつ動かさないのか。素人目にも分かるほど殺気立つエドガーに対して平然としているケフカも。
 おかしい。こんな異常事態に平常心でいられるなんて、おかしい。狂っている。だけどあの目。精神がブッ壊れた異常者の目じゃない。……つまるところ彼らにとって、これは“異常”ではないんだ。人を殺すのも物を壊すのも、べつに大したことじゃない。根本的に私とは違う世界を生きるものたち。
「ケフカ、何の真似だ」
「昼間も言ったじゃないですか? 娘を出しなさい」
「いないと言ってるだろう」
「だったらこのまま皆で焼け死にな!」
 エドガーが素早く周囲を見渡した。混乱していたフィガロ兵たちが我に返って一斉に動き出す。私の目はケフカの短剣に釘付けだった。立ち上がって手を伸ばせば届くだろう。そしてケフカを、こいつを殺せば……。
 刃を引ったくろうとした手が中途半端なところで止まった。まるでケフカに救いの手を差し伸べているように、あるいは逆に助けを求めて縋りつくかのようにも見えただろう。
 剣をとることができない。世界を大破壊へ導く外道が相手でも、こいつを殺すなんて、私には、できない。人を殺してはいけませんって……いつ誰に教わったんだっけ。そんなあまりにも当たり前のこと。

 硬直した私をエドガーが怪訝そうに振り返るのが分かった。背中を冷や汗が伝う。動けなかった。今が一番のチャンスだと思うのに、できない。私にはケフカを殺せない。
 そしてやつはそんな私に優しく微笑みかけたのだ。
「おい、お前! “どうしてここにいるんだ”?」
「え……」
「ここはお前の居場所じゃないですよ。世界に嫌われてるのが分からないんですか〜?」
「な、なん、で」
 一言一句を極めて丁寧に、幼子を諭すように言い聞かされ、ケフカの言葉が私の頭を真っ白に凍りつかせた。なんで知ってるんだ。私が“ここにいるはずじゃない”って、どうして知ってる?
 心臓が暴れ狂う。確かに私はこの世界にとっての異物だ。でも、嫌われてる……? 知ったことか! 好きで紛れ込んできたわけでもないのに! 思考がぐるぐるまわってまとまらない。指先ひとつも自由に動かせないほど、混乱は極みに達していた。
「まったく、礼儀知らずな男だな」
 耳元でエドガーの声がしたかと思うと、さっき首を絞められた時に落とした毛布が肩にかけられた。
「あまりレディを怯えさせるものではないぞ、ケフカ」
「エドガー? ……う、わっ!」
 そのまま巻き取るように抱き上げられた。バランスを崩してエドガーの肩にしがみつく。

「失礼」
 ケフカの姿が視界から消えたことで呼吸が正常に戻ってきた。しかし顔をあげると間近に美形すぎる国王陛下の顔面があって別の意味で固まる。ま、まばゆいっ。
「ミズキ、しっかり掴まって」
「は、はい」
「歯を食い縛っているように」
「はい!?」
 そうだった、忘れてた。このあとエドガーは城壁からチョコボにジャンピング騎乗。私はティナと一緒に下で待っているべきだったのだ。余計なことを考えずに、自分の手で筋書を変えてみようなんて思わずに、大人しくしていればよかったのに。
「おやおや、王様は自分だけ逃げるおつもりですか? これは愉快!」
 こっちは全然愉快じゃねえんだよと毒づきたくなる。
 城壁から舞い落ちる寸前、エドガーの肩越しに冷ややかな目が私を睨んでいるのが見えた。ぞくりと肌が粟立つ。明確な怒りを感じた。なぜだか分からないけれども、私はあいつに憎まれているらしい。




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