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GIPSY


 あの閃光と衝撃波を放ったのはティナだったのか、それとも幻獣だったのか、実際のところは分からないが、直撃を食らったロックたちは未だ伸びている。
 しかし咄嗟に俺を庇おうとしたマッシュは町に戻ってすぐに目を覚ました。あの病弱な弟が頑丈になったものだと改めて感慨深い。

 ともかく、目下の問題は別のことだ。
 仲間が全員揃ってからとも考えたのだが、セリスとマッシュにだけ同席してもらい先に話を聞くことにする。ロックとカイエンは看病をガウに任せ、後で説明すればいいだろう。
 今ならバナンたちも事後処理で忙しくしているから内々で済ませられる。
 ティナが暴走して飛び去った直後に現れた、サクラという少女。我々は、彼女が何者であるのかを見極めなければならない。まだ名前しか知らないのだから。

「それで、君はどこから現れたんだ?」
 俺の問いかけにサクラは眉を寄せて考える素振りを見せる。しかし嘘を言おうとしている様子ではなかった。
「変なこと言ってる自覚はあるって、あらかじめ言っておきたいんだけど。私はこことは違う別の世界の人間なんです」
「別の世界って? まさか霊界だとか言わないよな」
 つい先日そっちに行きそうになったんだがとマッシュが口を挟む。……ちょっと待て、なんだそれは、初耳だぞ? レテ川で流されたあと別件で死にかけたのか?
 聞き捨てならない問題が浮上してしまったが、とりあえずそれについては後だ。

 サクラは「霊界ではない」と首を振る。単純に、この世界とは繋がりのない別の世界がどこかにあり、彼女はそこからやって来たのだという。
「たとえば、このテーブルの上が“世界”だとするでしょ?」
 ナルシェがあり、フィガロがあり、帝国があってドマがある。そしてサクラは壁際の本棚を指差した。
「で、あっちに同じような私の世界があったとする。私はそこで普通に暮らしてたんだけど、さっき気づいたら世界の枠組みを飛び越えてここにいた」
 テレポで移動するようなものだと言われて困惑した。……テレポというのは、魔法の一種かな?

 俺とマッシュはどう反応していいやら分からなかったが、セリスはサクラの言葉をある程度まで理解したようだ。
「しかし、短距離のテレポですら膨大な魔力と稀有な才能を必要とする高位の魔法よ。それを異世界に転移するだなんて……」
 帝国の人造魔導士にも無理なこと。生粋の魔導士か、でなければ太古の幻獣にも匹敵する力だと言われて戦慄する。
 ただ知らぬ町に迷い込んだような口振りだったが、確かにサクラが“なんてことない”かのように話しているのは異常だな。

「私べつに落ち着いてるわけじゃなくて、なんか現実感ないだけなんだよね。正直まだ半分『これ夢でしょ?』って思ってるし」
「分かる気はするぜ。そういう時、じたばたしても始まらないからな。つまりサクラは何が起きたのか自分でも分からないんだろ?」
「そうそう。だから開き直っちゃってる感ある」
「なるようになると思ってりゃなんとかなるって」
 瞬く間にマッシュとサクラが仲良くなっている。お前……いつの間にそんな手管を。

 彼女の言葉を信じるならば、帝国の人間でないことだけは確からしい。しかし異世界の存在だなどとリターナーにもナルシェにもどう説明したものか。
「こちらに来たのなら、君の意思で帰ることもできるのかい?」
「無理だと思う」
 そもそも望んでここに来たのではなく、不可抗力の事故だったと彼女は言う。
「たぶん、ティナが幻獣と反応した時のショックで異世界から引っ張り出されてきちゃったのかも? ビックスウェッジの逆バージョン」
「ビックスたちを知っているの?」
 その名に反応したのはセリスだ。

「あの二人はティナが最初に幻獣と対面した時に異世界に飛ばされちゃったの。でも一応、それなりに元気にやってると思う」
 誰の話かと視線で問えば、セリスが気づいて頷いた。
「第一次ナルシェ侵攻作戦の監視係よ。ティナが脱走し、そのまま行方不明になったのでビックスたちも戦死したと判断されていた」
「では、その帝国兵たちは君の世界に飛ばされたということかな? そして君が代わりに現れた」
「う、うーん。ちょっと違う気もするけど、大体そんな感じ」
 それでティナのことも知っていたのだろうか。居場所まで分かるのが腑に落ちないところではあるが、ひとまず我々の敵にはなりそうにない様子に安堵する。

 しかしこちらが彼女の素性を聞かされて落ち着いたのとは逆に、サクラ自身は不安げに瞳を揺らして俯いてしまった。
「これつまり、私もうちに帰れないってことなのかな……」
 現実感がないとは言ったものの、話し合う内に実感がわいてきたのだろうか。
 鋼色の髪に大きなショベルを抱えた姿を最初に見た時には強靭な印象があったけれど、今はどうにも頼りなく、つい手を差し伸べたくなる少女に見える。

 帝国の人間でなかったとはいえ、ナルシェに置き去りにするのは気が引けた。
「ティナが去るのと同時に現れたんだ。これも何かの運命だろう。一緒に来ないか?」
 俺の言葉にマッシュも同意する。
「そうだな。ティナを探すのに人手は多い方がいい」
 仲間にいるのはリターナーの正規メンバーだけではないんだ。もう一人よく分からない素性の少女が増えたところで困りはしない。

 それに、とセリスが付け加える。
「もしかしたら、ティナが元の世界に帰せるかもしれない」
「ああそっか。ティナと幻獣の共鳴で異世界に繋がっちゃったんだもんね」
 ならば、もう一度あれと同じことが起こった時にサクラは元の世界に帰れるかもしれない。

 こちらに来た時に持っていたショベルを見つめてサクラがぽつりと呟く。
「……雪おろし、終わってないのに。怒られるだろうな」
 リターナーに集うのはガストラが巻き起こした戦争によって帰る場所をなくした者ばかりだ。そしてフィガロの国民がそうならぬために、俺も帝国に立ち向かう決心をした。
 しかしサクラは違う。彼女には家があり、そこに家族があり、己の生きるべき場所をなくしてはいない。
 なんとか帰してやりたいものだな……。




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