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夏色のときめき


 夏だ。気温はあんまり上がらないし小屋の外に出てみても生命力のかけらも感じられない枯れ果てた景色が広がっているけれど、夏だ。
 とにかく夏には違いない。もう八月になったんだから。そういうわけなので。
「オーブンが欲しい」
「へ?」
 髭を剃り終えたマッシュがポカンと口を開けてこっちを見る。
 マッシュは一応いつも身嗜みを整えてるけど、私は最近、髭を伸ばしっぱなしでもカッコイイんじゃないかと思う。
 それはともかくとして聞いてなかったみたいなのでもう一度繰り返した。
「オーブンが欲しいです!」

 しばらく言葉の意味を反芻してたマッシュは、おずおずと部屋の隅にあるものを指差した。
「それはストーブ。しかも調理スペースついてない」
「でも肉は焼けるだろ」
 本当に焼ける“だけ”でしょ、それ。私が求めてるのはそういうものじゃないんだよ。
「ちゃんとしたオーブンが欲しいの!」
「これ以上料理に凝らなくても、俺は今のままで充分だぞ?」
「そんなカッコイイ顔しても駄目だから」
「いや、普通の顔してるんだけど……」
 マッシュとしてはオーブンを買うよりそのお金で肉を買った方がいいんだろうとは思う。でも、ここは譲りたくない。譲ってはいけない!
 高価なものじゃなくていいんだ。サウスフィガロの雑貨屋で見かけた小さくて安いやつでいい。
 食材が高くなる代わりに調理器具が投げ売り状態の今がチャンスなんだ。

「この暑いのになんで今オーブンなんか欲しがるんだよ」
「そんなに暑いかな?」
 むしろ天候不順で夏にしては涼しすぎると思うんだけど、この世界に来て初めての夏だから基準がよく分からない。
 それにしてもマッシュは砂漠の国生まれなのに暑さに弱すぎない? というのは置いといて。
「だってもうすぐマッシュの誕生日でしょ」
「え? あー、そういえば……って、よく知ってるな」
「前にお兄さんが教えてくれたからね」
 ということはつまりエドガーさんの誕生日でもあるわけだけれど、残念ながら彼の居場所は未だ不明だ。
 なんとか探し出して一緒にお祝いできたらいいんだけれど、間に合いそうになかった。

 今の今まで連絡が来ないのだから私たちが探している辺りにエドガーさんはいないってことなんだろう。
 港もない孤立した島に流れ着いてしまったのだとしたら……マッシュのお兄さんだから大丈夫だとは思うけど少し心配だった。
 それなりの規模の町村で私たちがまだ見つけてないのは、ニケアとコーリンゲンとモブリズとサマサ、そしてドマ城だ。
 ジドール方面にいるカイエンが探し出せてないから、コーリンゲンも大陸から分離してしまったんだろう。
 廃墟と化したナルシェの周辺も把握しきれてないし、南大陸から長く伸びている謎の陸地はほとんど未知の状態。
 きっとそのどこかに仲間たちがいるはずなんだけれど、船で陸地を探しながら根気よく当たっていくしかないのが辛いところだった。

 と、思考が逸れてしまったけれど今は目の前にいるマッシュの誕生日が一番の重要事項だ。
「誕生日って言ったら、やっぱりケーキがないと格好つかないでしょ。だからオーブンが欲しいな〜」
「格好つけるもんでもないだろ」
 ブラックジャックには偏食傾向のあるセッツァーのお陰でオーブンがあったからよかった。食卓に楽しさがあった。
 でもこの小屋に戻ってきてから改めて思うのは、やっぱり修練小屋だけあって食事が貧しすぎる!
 いや、貧しいのはいいんだけど、質素すぎるというか野性的すぎるというか。野宿とそんなに変わらないものしか作れないんだもん。
「この環境だと誕生日っぽいメニューにできないよ!」
 それが目下の悩みなんだ。

 大問題だと憤慨する私をよそに、マッシュはわりとどうでも良さそうだった。食べ物関係の話なのに。
「べつにいいよ、わざわざ作らなくたって」
「えー!? だって誕生日ケーキだよ?」
「お前、自分がケーキ食べたいだけじゃないのか?」
「それもあるけど」
「あるのかよ」
 私はマッシュほど「量さえあれば何でもいい」って思いきれないし、たまには甘いものが食べたくなることもある。
 それにお菓子は食べるのも作るのも楽しいからね。誕生日のお祝いとなったらきっと最高に幸せな気持ちを味わえる。

「オーブンねえ。買うのはいいけど、作るのはケーキなのか」
「駄目? 甘いもの嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いではないけど、俺はケーキより肉が食いたい……」
「マッシュ……」
 そんなに悲しそうな顔は初めて見たよ。このところまともにお肉を食べてないもんね。よっぽどお腹減ってるんだろうね。
 ……マッシュが恋に無欲なのはきっと三大欲求のほとんどを食欲に割り当ててるからだと思う。

 うーん。私自身がケーキを焼きたいのは別として、マッシュが欲しいと言うなら肉料理をメインにすべきかとも思う。
 どっちにしろオーブンは買おう。あったらレシピの幅も広がるし。
 問題は肉をどうやって調達するか、だね。そろそろジドールやアルブルグみたいな大きい町に行かないと、まともに食材も買えなくなってきてる。
「それじゃあ最終手段に出てみる?」
「なんだ、仰々しいな」
「まずは食べられそうなモンスターを捕まえてきます。肉を切り落としたら、レイズで傷を回復して復活した肉をまた切り落とし……」
 前から考えてたことではあるけれど実行するのは気が引けると思って提案していなかった。
 マッシュは案の定、ドン引きしている。
「なんて恐ろしいこと考えるんだよ、サクラ」
「あはは、そうだよね、やっぱ人として駄目だよねそれは」
「……」
 あ、ちょっと迷ってる。

 まあとにかく、生態系がめちゃくちゃになってる今この時に必死で生きてる野性動物を狩り尽くすわけにはいかない。
 三闘神が復活する前から存在した動植物には、ケフカが倒れて世界が元に戻るまで生き延びてもらわないといけないんだ。
 だからマッシュもここ最近、肉を食べるのは最低限に控えてる。
「でも誕生日くらい奮発しよう。ケーキ焼いて肉焼いて、他に欲しいものある?」
「うーん」
 料理は料理として、プレゼントも必要だ。でもマッシュが何を欲しがるのかってよく分からない。
 身一つで生きていけることを理想とする武闘家だからね。
「俺の欲しいもの……」
 それにしても、そこまで悩むかなあ。

 真剣に考えてくれるのは嬉しいんだけど、気軽に欲しいものひとつ浮かばないのかと思うと複雑な気持ちだ。
 マッシュの子供の頃についてはあんまりよく知らない。でもたぶん、自分が何を欲してるのかなんて、考えちゃいけない立場だったんだろう。
 そのまま大人になってしまったから彼はすごく無欲なんだ。
「食い物以外で、だろ?」
「そうだね。できればプレゼントっぽいやつ」
 だって食べ物をリクエストされても、それじゃあいつもの晩ごはんを用意するのとあんまり変わらないし。
 武器とか服とか食器とか、本当に何でもいいんだけど。

 たっぷり悩んだあと顔をあげたマッシュは、キリッとした顔で言った。
「特にない」
「……むー」
 そう言われても誕生日のお祝いに贈り物なしだなんてそれこそ格好がつかないよ。
「じゃあ私をプレゼントにしよっかな!」
「サクラ……言ってて恥ずかしくないのか」
「死ぬほど恥ずかしいです」
 勢いで言ってみただけなんだから改まって真顔で聞かないでください。
 我に返って恥ずかしくなったところに、マッシュは容赦なく追い討ちをかけてくる。
「くれるなら、もらうけど」
 えっ……。
「ほ、欲しいなら、あげるけど?」
 なんだか変な空気になって、二人して顔を赤くしつつ明後日の方を向いて誤魔化した。

 マッシュもそうだけど、私もこういうのは向いてないんじゃないかと思う。
 ドキドキしたりハラハラしたり、一瞬にすべてを懸けて燃え上がるような恋ってやつ。
 もっと……ただ隣にいて当たり前の日常を一緒に過ごすことが楽しい、そんな落ち着いた関係がいいな。
 想ってるだけでも幸せなのにマッシュが私と同じだけの好きを返してくれたら、幸せが飽和して変になる気がする。

「ま、まあ、それは冗談として。やっぱりプレゼントもあげたいなぁ」
「飯は嬉しいけど他は何もしなくていいよ。大体、誕生日なんてガキの頃しか関係ないもんだろ」
「大人になっても誕生日はおめでたいものだよ。ダンカンとお祝いしなかったの?」
 私の誕生日をお祝いしようって言ってたくらいだからマッシュやたぶんバルガスの誕生日だって祝ってたはずだ。
 と思ったんだけど、マッシュは「そんなことはしてない」と言う。
「お師匠様は細かいこと覚えておくのが嫌いだからな。気が向いた時に俺とバルガスまとめて『これが今年の分だ』って感じだったぜ」
「ざ、雑ぅーー!」
「師匠が生きてたら、サクラもそのうちまとめられてたんだろうなあ」
 うーん、お祝いする気持ちがあるだけ愛は感じるけど、大雑把すぎる。さすがダンカン師匠だ。

 マッシュが無欲なのは生まれのせいだと思ってたけど、ダンカン師匠の影響も強いのかもしれない。
 きっとマッシュは……彼だけじゃなくダンカンもバルガスも、自分の力で何かを成し遂げることが一番大切だったんだ。
 自分の人生には自分だけが責任を負って、他人に頼らず自分の力だけで生きていく。他人に何かを求めたりしない。
 だけどそれはべつに期待してないからじゃない。単純に、助け支えられるよりも自分の力を高める方が好きなんだろう。
 ちょっと淋しくはあるけれど、そういう彼を好きになったんだから私に合わせて変わってほしいとは思わない。

「でも! それはそれとして、私は欲しいものは欲しいし、マッシュの誕生日もお祝いしたいな!」
 だから私のためにもプレゼントに欲しいものを考えてくれないと困るんだ。
 自分からは何かを欲しがれないなら私を喜ばせるためだと思ってくれたらいい。
「サクラって、誕生日祝うの好きだな」
「そりゃあそうだよ。だって生まれた日だよ? 絶対的な自分のルーツだもん」
 この世界に来るまでそんな機会もなかった。だからブラックジャックでモグの誕生日をお祝いするのは楽しかった。
 そういえば、せっかく仲間になってくれたのにストラゴスさんの誕生日は逃してしまったんだよね。来年はちゃんとお祝いできたらいいな。
 根なし草だった私に“祝福したい”と思える相手がいる、そのこと自体が嬉しくてたまらないんだ。

 もちろんマッシュがそういうのを嫌ってるならすぐにでもやめるけれど、単に気恥ずかしいだけみたいだから遠慮はしない。
「めでたくないとは思わないけど、この歳でいちいち祝われるのも照れくさいんだよなあ」
「私にとっては私が生まれた日と同じくらい大切な日なんだよ。生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとうって言いたいの」
「今もう言ったし、それでいいんじゃないか……」
「その日にお祝いしたいんだってば!」
 こんな時期だからこそというのもある。
 日毎に破滅へと向かっていくような世界を見ながら、好きな人のそばにいられるのがどんなに幸運なのか。
 私も彼も生きてることがどんなにありがたいのか、噛みしめてる。

 大切に想う気持ちを実感する日なんだから疎かにはしたくない。
 その日に伝える“大好き”には特別な意味があるんだ。
「サクラだって結構、乙女じゃないか」
「そりゃ私は乙女だよ?」
「……そうだった」
 自分で言うのもなんだけど私は十代の女の子なんだから乙女だって恥ずかしくなんてない。
 カイエンやマッシュが内心乙女なのとはちょっと違うと思う。
「あ、でもマッシュのお陰である意味ではもう乙女じゃないけどね」
「余計なことは言わなくていいっての」
「私の乙女願望を満たすためにも何か贈らせて〜」
「うーん」

 今度はそんなに悩まなかった。もうめんどくさくなったのかもしれない。マッシュは私をじっと見つめて欲しいものを教えてくれた。
「じゃあ、さっき言ってたのでいい」
「うん?」
「プレゼントはサクラでいい」
 えっ。さっき言ってたのってそれのこと? 冗談だったんだけど。
「そ、それは、あの、う、うん。もちろん、いいんだけど、強いて贈り物にしなくてもべつに私は、いつでも大丈夫ですけど」
 しどろもどろになりつつ答えてふと顔を上げたら、マッシュは顔を背けて必死で笑いを噛み殺してた。
「からかってない!?」
「いや、からかってないって」
 でもそんなの誕生日プレゼントになるのかな。料理と同じで結局は普段と変わらない気がするんだけど。

 想ってるだけでも充分だった。どんな形であれそばにいてほしいと言われれば嬉しかった。
 私はマッシュほど無欲ではないけれど、恋愛に執着心がないのは似ていると思う。
 恋い焦がれるような関係じゃなくても一緒に過ごす今の時間さえあれば満足だったはずなんだ。
 でも一歩その先に踏み込んでしまうともう戻れない。
 これ以上はないと思ってた恋心がまだ育ち続けてる。

「何が変わったってわけでもないのになぁ」
 私に向けてくる視線があまりにもまっすぐだから、どぎまぎしてしまう。
 見つめられるだけでこんなになってるっていうのに最近のマッシュは本当に容赦がなかった。
「このところサクラがすごく可愛く思えるんだ」
「そ……そういうことをさらっと言わないでほしいです……」
 でも全然言われないのもちょっと淋しいから、今から嬉しいことを言うぞって宣告したうえで言ってくれたらありがたい。
「じゃあ、今から可愛いって言うぞ」
「あっ、これ意味ない」
 甘い言葉がなくたって嬉しそうに笑うその顔を見るだけで、愛されてることを感じ取ってしまう。
 ……だからさ、ほんと、エドガーさんみたいな言葉は身につけないでほしいよ。私の心臓が持ち堪えられない。




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