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黄金色の夢を追う


 危惧してた通りのことが起き始めていた。
 裁きの光で裂けた大地から溢れ出たモンスターは強くて狂暴で、元からそこにいた獣が淘汰されつつある。
 コルツ山に入っても俺でさえ捌くのに躊躇するような姿形の動植物しか見つけられない日も多くなっていた。
 凶悪なモンスターの跋扈もそうだが、山全体が弱ってるようで普通の動物が姿を消している。
 小屋の畑はサクラが守ってるから食糧はなんとか賄えるが、このままだと近いうちに肉が食えなくなってしまうだろう。
 今日は山じゃなく森の方に遠出して獲物を探したが、残念ながら“食べられるもの”は見つからなかった。
 代わりに別の物なら見つけたんだがな。

「あーあ……この大きさの熊や猪なら大歓迎だったのによ……」
「ねえサクラ、こいつ失礼すぎない!?」
 森で見つけたのは絵筆を落としてモンスターに追い回されていたリルムだった。
「あはは……。いやでもマッシュが見つけてくれてよかったよ。モンスターに襲われてたんでしょ?」
「ああ。俺が駆けつけなきゃ危ないところだった」
「そんなことない! あれくらい自力でやっつけられたもん!」
「森中に聞こえる悲鳴あげといてよく言うぜ」
「なんだとー!?」
「まあまあ落ち着いて」
 危ないところを保護できたのはいいんだが、お陰で今日も肉は無しだ。
 サウスフィガロに行っても品揃えが悪くなってきたし、ケフカを倒すまで肉が食えないとなると辛すぎる。

 仲間を探すのと肉の調達方法を探すのとどっちを優先すべきだろうか。
 なんて真剣に考え始める俺をよそに、サクラがぽつりと呟いた。
「マッシュって、よく女の子拾ってくるよね」
「お前とリルムの二人だけだろ」
「普通は一人も拾わないと思うんだけど」
 ……まあ、それはそうかもしれない。
 しかし森で迷ってたリルムはともかく、サクラの場合は拾った俺が特殊なんじゃなくて空から落ちてきたサクラの方が変わってるんだと思うぞ。
「やっぱりエドガーさんの弟なんだね」
「そんなところで納得しないでくれ」
 自分から女の子を探してる兄貴と俺を一緒にしないでほしい。
 俺は危なっかしいやつを保護してるだけだし、サクラやリルムが男だとしてもちゃんとうちに連れて帰ってたぞ。下心なんかない。

 お茶を飲んで休憩して、一息ついたリルムから事情を聞く。
 目が覚めた時はフィガロ砂漠にいて、偶然通りかかった商隊にくっついてサウスフィガロを目指していたそうだ。
 こんな子供が今まで一人きりで彷徨いてたわけじゃないと聞いて少しホッとする。が、そのあとが問題だった。
 森の近くを通った時に変わったモンスターを見つけたリルムは、ふらふらと気を取られて商隊とはぐれたらしい。
 せっかくの幸運を自分から無駄にしてどうするんだ。急にリルムがいなくなって商隊の人たちも慌ててるだろうに。
 あとでサウスフィガロに連絡を入れておかないといけないな。

 子供扱いすると怒るけど、好奇心を抑えられず危険に突っ込んでいくようではまるっきり子供だ。
 もう少し慎重になれと窘めたらリルムはムッとして反論してきた。
「だって見たことないやつがウジャウジャしてるんだもん、ピクトマンサーとしてはついスケッチしておきたくなるのよ」
「遊びで危ない目に遭ってちゃ世話ないだろう」
「遊びじゃない! ちゃんと描けるようになって、ジジイに見せてやろうと思ったの!」
 そんなことはせめて仲間と合流してからやれよ。たかが絵を描くために孫娘が怪我でもしたら、ストラゴスは喜ぶより悲しむぞ。
 と思ったんだが、なぜかサクラはリルムの味方らしい。
「リルムがスケッチできるようになっておけば、ストラゴスさんもそのモンスターの魔法を覚えられるもんね」
「そうそう。つまりセンコウトウシってやつなわけ」
 意味分かって言ってるのかねえ。そういえばリルムは魔法の絵が描けるとかなんとかサクラが言ってたな。

「だとしても、それで危なかったのは事実だろ。こういう状況で保護者も連れずに子供が歩き回るのは感心しないな」
「子供じゃないですぅー!」
「そういうところが子供なんだっての」
 頬を膨らませてムキになるリルムを押さえ、サクラが苦笑しながらも俺を見る。
「そりゃあマッシュとは戦い方が違うけど、リルムはリルムで結構強いんだよ。自立できてるのはいいことじゃない?」
「強かろうが子供は子供だ」
「うーん……」
 守ってもらうべき立場にいる間は大人しく守ってもらうのが子供の役割ってものだろう。
「ちなみにリルムって、いくつなの?」
「10歳よ」
「じゅっ……!?」
 今更なことを尋ねたサクラはリルムの答えを聞いて固まった。もしかして、知らなかったのか。
 リルムのことをそれなりの年齢だと思ってたならサクラが多少放任的に見ていたのも頷ける。

 不意に立ち上がったサクラはリルムに自分の隣に立つよう促した。背を比べてるらしい。
「……リルム、大きいね」
「そっかなあ?」
「もしかして私がチビなのでしょうか」
「そうかもね」
「そうだな」
「誰も否定してくれない……!?」
 いや、サクラが小さいのは周知の事実だと思うぞ。他の世界じゃどうかは知らないが、少なくともこっちの同年代よりは背が低い方だ。
「それも今更だろ? ガウより小さいって時点でなあ」
「えっ、待って、ガウはいくつなの?」
「本人が覚えてないから俺も分からないけど、13とか14とかそれくらいじゃないか」
 なにやらショックを受けたらしくサクラはまた固まってしまった。

「ねえねえ、ガウって、あの野生児みたいなやつ?」
「みたいじゃなくて野生児だ。あいつは獣ヶ原で育ったんだよ」
 ちゃんと背筋を伸ばせって言い聞かせてるんだけど、野性が抜けないのかすぐに体を丸めちまうんだよな。
 そのせいで小柄に見えるが、ガウはサクラより背が高い。でも身長の問題じゃない。
「どう見てもガキじゃん」
「だよなあ」
「それより小さいんだから、どう見てもチビじゃん!」
「うん、まあ、もうちょっと言葉を濁せよ」
 それにしてもサクラは自分の背が低いことくらい自覚してると思ってたんだが……。

「……人間社会を外れてたから言葉が遅れてるだけで、ガウは私より年上だと思ってた」
 だから自分の背の高さも平均的だと思っていた、らしい。
「お前の基準ってよく分からないな」
「うぅ……」
 どう見ても子供でしかないガウやリルムを同年代だと勘違いしてたくせに、俺のことはちょっと年上くらいだと思ってたみたいだし。
 身長で判断してるとしても謎だ。

 脱力して椅子に腰かけ、サクラは呆然とリルムを見上げている。
 背が低いことをそんなに気にしてたのか? 俺と一緒にいたらどうでもよくなりそうなもんなのにな。
「ていうか、リルムもガウもこれからまだ伸びるってことだよね?」
「そーだよ。サクラの背なんかあっという間に抜いちゃうよ」
「ぐぬぬぬ! で、でも私だってまだ年に何ミリかは伸びるはず」
「もうムリじゃない?」
「無理じゃない! コンマ数ミリは伸びてるから!!」
 そんな誤差みたいな成長でリルムに追いつくのは無理だと思うけど、なんでこんな話になったんだっけ。……まあいいか。

「それでリルムはこれからどうするんだ?」
 何か用事があるならサウスフィガロに送るし、でなけりゃこのままうちにいても構わない。
 俺がそう言ったらリルムは少し考え込んでからサクラを見つめた。
「サクラってテレポが使えるんでしょ?」
「テレポとは違うけど、一応」
「海を越えられるんだよね? ジドールには行ける?」
「え、うん」
「じゃあジドールに連れてってよ」
 どうせ頼むなら故郷のサマサじゃないのか、という疑問はサクラも抱いたらしい。
「なんでジドールなの?」
「お金持ちがいっぱいいるからに決まってんじゃん」
 そしてリルムの答えに、俺もサクラもちょっと唖然としてしまった。

 カイエンと違ってリルムは一人で仲間を探しながら旅するというのも難しいだろう。
 たとえスケッチがあっても、今やモンスターがどんどん強くなってるしな。距離を詰められても戦えるだけの体術が必要だ。
 だからこの小屋でも他の町でも居を定めてケフカを倒しに行く算段がつくまで待ってた方がいいとは思う。
「けどジドールは宿代も高いし、余所者が住み着くには厳しいんじゃないか?」
「甘いね〜。リルムの売りはキンニクじゃないんだから。芸術に強いジドールだったら描いた絵を売れるでしょ! 金持ちのパトロンを探すチャンスじゃん!」
「そ、そうか」
 ついでに伝手を作ることまで考えてるとは思わなかった。
 俺とやり方は違ってもリルムは強いっていうサクラの言葉の意味がちょっと分かったぜ。ガキのくせに強かだよな。

 まあ、うまくやっていける自信があるならいいだろう。ジドールにいるのが分かってればいつでも連絡をとれるし、近くにカイエンもいるし。
「じゃあテレポートしよっか?」
「そうだな、頼む」
「子供が一人でやっていけるわけないだろ〜、とか言わないんだね、キンニク男!」
「ほんとに口悪いなあ、お前」
「ふーんだ。レディを子供あつかいなんて失礼なことしたのはそっちでしょ」
 レディと言われてなんとなくサクラと目を合わせた。たぶんあいつも俺と同じことを考えてると思う。

 しかしその視線を誤解したのか、リルムがハッとして手を打った。
「あ、そっか。おじゃまだったんだね、ごめんごめん」
「そんなんじゃないって」
「いやあ〜、この非常時におあついね〜」
「だから違うってのに!」
 人が増えればそれだけ賑やかになるし、リルムがいても邪魔なんてことはない。
 大体リルムが小屋に住んだとしても、どうせサクラのテレポートで仲間を探しに行く間は二人きりなんだから……。
 ってこれはもしかすると、俺がサクラと二人きりになりたいと思ってる、ってことになるのか。

 とりあえず当座の資金と食糧だけ持たせてサクラはリルムをジドールに連れていった。
 考えてみるとサウスフィガロに送ってやったところで師匠の家に泊めてもらうくらいしかできないんだよな。
 やっぱり仲間を集める場所がほしい。せっかく皆と再会できてもこのままじゃ瓦礫の塔を攻略する相談もできやしない。
 空き家になってしまったナルシェ長老の家を勝手に借りる……のは、まずいか。

「うーん」
 どうしたもんかと考えてたところいきなり後ろで唸り声が聞こえて、振り返るとジドールから戻ってきたサクラが立っていた。
 テレポートで飛んでこられると気配もなにもあったもんじゃないからビックリするぜ。
「どうした?」
「前より店じまいしてる酒場が増えてた。ジドールでも食べ物が手に入りにくくなってるのかも」
「そうか……リルムのやつ、苦労しなきゃいいけど」
「とりあえずアウザーさんのお屋敷に潜り込むって言ってたからなんとかなるとは思う」
 そりゃまたすごいな。ジドールで一番の大金持ちを狙うのかよ。
 でもアウザーさんは絵画マニアだとか聞いたからリルムにはピッタリかもしれない。そういう辺りも抜け目がない。

 しかしあんなにでかい町がもう食糧難に陥りつつあるのか?
 裁きの光からモンスターが湧き出してくるだけじゃない、そもそも大地の力が弱ってるようだとサクラは言う。
 貴族連中は貯蓄があるからまだ少しは持つだろうけど、冬を迎えることを考えたら危険だ。
「肉が食いたいとか言ってる場合じゃなさそうだな」
「そうだね〜。うちの畑も結構ヤバイし」
「え? なんだそれ」
「土ごと枯れかかってるんだよ。ケアルかけてなんとかしてるけど、日に日に野菜が育たなくなってる」
 おいおい、深刻じゃないか。初耳だぞ。
 でも、そうか。自然が死にかけてるってのはつまりそういうことだよな。

 ベクタ跡地に建つ塔は、裁きの光が破壊した町の瓦礫を引き寄せてどんどん高くなっているらしい。
 そのついでに世界からエネルギーを吸い取ってるんだろう。思い返してみればこのところ雨も降らないし風も弱ってきてる。
「リルムはジドールに行って正解だったかもなあ」
「そうだね。たぶん町よりうちの方が食べ物なくなるの早いよ」
 いざとなったら小屋を出てモンスターを狩りながら旅することも視野に入れておかなきゃならないだろう。
 そしたら平穏な暮らしともしばらくはおさらばだ。

「……あながち間違いじゃないか」
「うん?」
「お邪魔だったか、ってリルムが言ってたろ」
 近いうちにまた仲間と行動を共にするようになる。その時が待ち遠しいのとは別に、今ある時間も貴重だった。
 俺としてはサクラが目の届くところにいてくれさえすれば多くは求めない。他に仲間がいても二人きりでなくても構わない。
 だけどサクラと二人になりたくないわけでもないんだ。
「二人きりじゃないとできないことも多いからな」
「えっ!?」

 顔を赤くして照れてるのかと思ったらサクラはぷりぷり怒り始めた。
「マッシュ……エドガーさんみたいにならないでよ」
「俺は兄貴みたいな女誑しじゃないぞ」
「でも素質あるよ絶対! 私を誑してるもん!」
 いやサクラはべつにいいだろ。そもそも俺に口説かれて落ちるのなんて一人だけだって。
 というか俺の方こそ、この腕に転がり込んできたサクラで手一杯で他のやつを見てる余裕はないんだ。
「ま、進展がなくて焦れったいのも二人の時間が延びると思えばいいよな」
「……う〜〜。やっぱりマッシュは、言葉足らずで鈍感なくらいがちょうどいいと思う」
「なんだそりゃ」
「両想いになったらなったで私の心臓が危ない……」
「ふぅん?」
 そう言われると柄にもなく甘い言葉でも吐きたくなる。

 ああ確かに、兄貴の気持ちが少し分かってしまった。
 べつに女を口説くのが好きなわけじゃないんだ。
 ただ嬉しそうだったり恥ずかしそうだったりする顔をもっと見たくなる。
 俺の言動にいちいち反応するのが可愛くて、つい嬉しくなっちまうんだよな。




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