瑠璃色純情
ジドールの町から見ると、あのベクタがあったところに聳え立っている塔がやけに大きく感じた。
単純に修練小屋から見るより近づいたせいだろうか。
コルツもジドールも帝国との距離は同じようなものだったはずだが、今は地形が変わってるからよく分からないな。
しかしどうも不気味な感じだ。
近づいたから大きく見えるというより、塔そのものが前より高くなってる気がしてならないのは錯覚だろうか。
少なくとも俺とサクラがコルツに帰った日は、この距離から塔は見えていなかったはずだ。
あれはいつからあんなにデカくなってたんだ?
このところ、瓦礫の塔は数日に一度くらいの割合で発光している。
サーベル山脈を吹き飛ばしてブラックジャックを引き裂いたあの光だ。塔が光るたびにどこかで陸地が壊れ、人が死ぬ。
束の間の平穏が終わりを告げつつあると知らせているみたいだった。
そろそろケフカが三闘神の力を制御し始めているのかもしれない。
無作為に飛んでくる破壊の光は世界中の人々に不安を抱かせた。それでもジドールの町は、まだいつも通りだ。
もともと活気に溢れているとはいかない町ではあったが、こんな状況下にあっても見栄で飾った上品さは失われていない。
ジドールの貴族さん方は帝国が滅びたこともケフカが世界を支配しつつあることも我関せずらしい。
まあ……ある意味では強い町だよな。
大きな町だから人を訪ねてまわるのもなかなか大変だ。
とりあえずサクラと手分けして宿と酒場、各店やオークション会場なんかに顔を出しておく。これで誰かがジドールに来たら連絡を取り合えるだろう。
そんな地道なことをやってたら、武器屋を出たところでカイエンに出くわした。
「マッシュ殿! 無事で何より!」
「おう、そっちもな。ここに流れ着いてたのか」
「いや……拙者が目覚めたのはマランダの近くだったのでござるが」
「ん……?」
じゃあマランダから船に乗ってきたのかと訪ねると、カイエンは「海岸沿いにオペラ座を通りすぎて徒歩で来た」と言う。
ってことは、マランダは南大陸から外れてこっちにくっついちまったのか? それともジドールが帝国領側に寄ってきたのか。
なんにせよ、かなり大規模な変動があったみたいだな。改めて町が無事でよかった。
「ガウを見かけたか?」
「あれから仲間に出会ったのはマッシュ殿が初めてでござるよ」
「そうか。大丈夫かな、あいつ」
他にも心配なやつはいるけど、皆は近くの町を探すなりしてなんとかやっていけそうだ。
でもガウの場合は他人に助けを求めるってことを知らないからなぁ。こうやって町に伝言を残したってあいつは気づかないだろう。
どうにかして直接見つけないといけないから、他の誰より再会するのは困難だ。
唸る俺を見てカイエンは苦笑している。
「心配召されるな。獣ヶ原で育ったガウ殿ならば、どこに流れ着いても元気でやっておろう」
「……ああ、そうだな」
確かに、どうやって探すかはともかくとして本人はピンピンしてるだろう。それは間違いない。
現状を報告し合ってるところで北東の空に光が走った。またか……。
この陸地がどこまで続いてるかは分からないが、以前と地形があまり変わっていないならゾゾの町があるはずの方角だな。
「あれが何と呼ばれているか、お聞きになられたか?」
「いや。何だ?」
「マランダでは“裁きの光”と……どうも帝国に近い場所では、ケフカは神のごとき存在として畏れられているようでござる」
「ふーん。神様ねえ……」
三闘神の力を握ってるんだからある意味では間違ってないかもな。
しかし“裁きの光”ってのは気に入らない。裁かれるべきはケフカの方じゃないか。
ふと事が起きる前にサクラが言ってたことを思い出した。
封魔壁の向こうに辿り着いて三闘神を見つけ出したガストラは、トイレもキッチンもないのにどうやってそこで暮らすつもりなのかって話だ。
神の力を持ってたって人間である以上は“日常生活”を必要としている。
ベクタの町が破壊されたならケフカもあの浮遊大陸と似たような環境にいることになる。もう一ヶ月は経ってる……普通なら餓死しててもおかしくない。
あの光を放ってるのは神を掌握したケフカなのか、やつを取り込んだ三闘神なのか。
なんにせよ塔にいるのは既に人間ではないと見ていいだろう。
神様を三人も相手にするよりはケフカを倒して終わりの方が簡単そうでありがたい。
だからとりあえず、あの野郎が三闘神に負けず生き延びていることを願っておくか。
塔が放つ光の話題から、見たこともないモンスターが町の外を彷徨いているという話になった。
「どうやらあの光が魔物を生み出しているようでござる」
「ああ……くそっ、どこまでも厄介な野郎だぜ!」
そう言われると心当たりはある。
「実は少し前にサクラとナルシェに行ってきたんだ。町中にまでモンスターが溢れてた。そのせいだったんだな」
直撃を受けたのは鉱山で、幸いにも町は破壊されずに済んだ。なのにどこからともなくモンスターがうじゃうじゃ出てきたと長老が言っていた。
「ガードの連中が踏ん張ってたけど、もう町を放棄するしかないってさ」
「ううむ。似たようなことがそこかしこで起こっているのであろうな」
ガードがいたんでナルシェはマシな方だ。自衛手段のない小さな町や村なんてひとたまりもない。
小屋の周りでもワケの分からんモンスターが増えてるとは思ってたけど……これはキツそうだ。
いきなり凶悪なモンスターが出てきたんじゃあ元からそこにいた生き物は追い出されるしかない。山に入って肉が捕れるのも今のうちだけかもしれないな。
ナルシェの様子を見に行ったついでにフィガロと陸続きじゃなくなったことも分かった。砂漠の北には海が横たわっていた。
あの辺には大きな港町がなかったから、これでナルシェは孤立してしまったわけだ。
とりあえずサウスフィガロから船を出してもらってナルシェの人たちを逃がしたが、復興は難儀だろう。
モンスターを追い出しても港を拓けるほどの人が戻ってくるかどうか。
しかしまあ、それはケフカを倒したあとに考えるしかないな。
少しずつだが周りの町がどうなってるのかも分かってきた。あとは船を借りてコーリンゲンやサマサの村を探しに行ってみよう。
あちこちに顔を出しておけば、こうやってカイエンに会えたように皆とも巡り会えるだろう。
「時にマッシュ殿、サクラ殿と行動を共にしているようだが、同じ場所に流れ着いたので?」
「え、ああ、いや。目が覚めた時は俺一人だったんだけど、あいつテレポートが使えるだろ。だから……」
サクラが俺のところに飛んできてくれたってのは、改めて言おうとすると妙に恥ずかしい気がした。
「と、とりあえず俺たちがもともと暮らしてた小屋に戻って、世界の状況を見つつ仲間を探してるんだよ」
「つまり今は二人で暮らしているのでござるか」
「仲間が見つかるまでは、な!」
なんで言い訳みたいになっちまうんだろう。
「そうだ、カイエンもうちに来ないか?」
一人よりは二人、二人よりは三人の方が何かと心強い。しかしカイエンは俺の提案に首を振った。
「拙者はもうしばらくこの辺りを探索してみようと思う。仲間を見つけたらおぬしらのことは報告しておこう」
それって、コルツにいるから連絡を寄越してもらうって意味だよな。
カイエンのことだから俺とサクラが二人でいるのを変に吹聴したりはしないと思うけど……。ああもう、なんか混乱してきた。
「マランダは帝国領から離れたようでござった。サクラ殿がそちらに渡れるならば、南大陸はお二人に任せよう」
「うーん。そうだな、皆を探すなら二手に別れた方がいいか」
「それにどうせならサクラ殿と二人の方がよかろう?」
「は!? な、何らしくもないこと言ってるんだよ」
兄貴じゃあるまいし、カイエンにそういうからかわれ方をするとは思ってなかったんでものすごく動揺した。
しかし、どうもからかったわけではないらしい。カイエンは至極真面目な顔をしていた。
「普段であれば婚前にふしだらなことをするなと言うところだが」
「ふしだらなことなんかしてないって、人聞きが悪いな」
「マッシュ殿。彼女を大切に想うならば、後悔だけはせぬように」
「そりゃまるで『さっさと手を出しちまえ』って言ってるみたいだぜ」
「端的に言うならば、そういうことでござる」
「えっ? おいおい……どうしたんだよ」
本当にカイエンらしからぬ言葉だ。
ドマ王国ってのはそっち方面でかなりお堅い国だったと聞くし、結婚前に男女の仲になるなんてもってのほかだ。
だからこそカイエンもそういうことに厳しかったはずなんだが。
さっきケフカの魔法が飛んでいった方角を見つめたまま、カイエンが静かに言った。
「モブリズの帝国兵を覚えておられよう」
「ああ、宿で寝込んでた兵士さんか?」
彼もどうなっただろうな。春には帰ると恋人に手紙を書いてたけどあの怪我だ。まだ治ってるとは思えない。
そのうえ世界がこんな状態になっちまったら、たとえ完治してても国に帰るのは至難だろう。
しかし続くカイエンの言葉はそんな心配さえ無意味だと告げていた。
「マランダで手紙の相手に会ったのでござる。彼から返事が来なくなった、と嘆いていた」
「……それは怪我のせいで手紙を書けないだけじゃないのか?」
俺たちがモブリズに行った時だって、返事を代筆したんだ。きっとあの時みたいに……。
あの時みたいに、彼の面倒を見ていた娘さんや誰かが代筆してくれるはずだ。……なんで誰からも返事が来ないんだ?
「確かめる術は未だない。しかし喪ってから気づくのでは遅すぎるのだ」
俺はどんな困難にでも立ち向かうつもりだし、乗り切れる自信もある。
だけど正直なところ明日も必ず生きてサクラのそばにいるという保証はない。
ケフカがあの塔にいる限り、固い決意も誓いも意味をなさないんだ。
別れはいつも突然やって来る。明日言うつもりだったこと、明日やるつもりだったことが二度と叶わないかもしれない。
その時になって後悔するくらいなら……。
「そんな状況に追い込まれるみたいな形で手出していいのか、と思っちまうんだけどな」
「据え膳食わぬは男の恥でござるよ」
「煽るなよ……」
「あまり気負われるな。形はそれぞれに違えども愛の尊さは皆同じ。サクラ殿に比べておぬしの愛が弱く小さいわけではないのだ」
そうだといいけどな。
俺もサクラが欲しいと思う。こうして出かけてる時ならともかく、うちに二人きりでいる時間はわりと際どい瞬間がある。
本能のままに一線を越えるのは簡単だ。だが、やはり気持ちが追いつかない。
衝動に身を任せたくなることがあっても、結局は自制心の方が強く働いてしまう。
「欲深になれと言われても俺には難しいんだよ」
「想いが足りないと感じるならばなおのこと、繋がってみればいい。それで更に愛しくなりましょう」
「カイエンが言うと、すごく重みがあるな」
「愛とは尊いものでござる。長く離れていた半身を見つけるような……、其のような想いが悪いものであるはずがない」
そうだなぁ。結局、あいつが大事だからこんなに悩むんだ。そこに嘘偽りはない。
何もせずに後悔するよりはやってしまったことを後悔する方が少しはマシだろうか。
つい話し込んでしまって店に顔を出して回るのを忘れてた。
オークション会場の方に行ってたサクラが戻ってくる。俺に手を振りかけた彼女は、隣にいたカイエンを見て目を輝かせた。
「カイエン! 無事だったんだ!」
「サクラ殿もお元気そうで何より」
はしゃいでる顔を見れば嬉しいし、俺より先にカイエンに抱き着いてても微笑ましいだけだ。
やることやっちまえば俺も嫉妬したりするのかな。
一頻り再会を喜び合ったあと、サクラはばつが悪そうに俺を見上げてきた。
「あのさ、お金すっごい使っちゃった。1万ギルも」
と言われても1万ギルってどれくらいの大金だっけ? 俺の金銭感覚も一般的とは言えないんだが、カイエンがギョッとしてるから結構な額か。
「何買ったんだ?」
おずおずと彼女が差し出したものを見て目を見張る。魔石だった。
「売ってたのかよ」
「オークションで見かけたから、つい。ごめんね相談もしないで」
「いいってそんなの。他の人に買われたら困るだろ。サクラが見つけてくれてよかったよ」
「えへへ……」
嬉しそうなサクラの頭を無意識に撫でて、ハッとしてカイエンを振り返る。ものすごくあからさまにそっぽを向いていた。
これは、だから、違うって。親愛の情ってやつだ。
なんとなくカイエンと二人、咳払いをして誤魔化す。直前に話してたことがことだけに気まずい。
「あ〜〜、それじゃあ、俺たちは帝国のあった辺りを中心に皆を探してみるよ」
「うむ。ジドール近辺は拙者が見て回ろう」
「え、カイエンは一緒に帰らないの?」
「手分けした方がいいだろ」
「飛空艇を失った今、仲間を集めても行動を共にするのは難しいでござる。まずは互いの居場所を把握せねば」
「あー、そっか」
カイエンの言葉にサクラも渋々と納得した。
そうなんだよな。ブラックジャックが壊れる前、俺たちの仲間は十人以上に膨れ上がっていたんだ。
飛空艇がない、リターナーのアジトもない、ナルシェはモンスターだらけで、フィガロ城は砂の中。
全員と再会したところで、どこにどうやって集まればいいのか。さすがに修練小屋には入りきらないし。
西大陸についてはカイエンに任せ、俺とサクラは一旦コルツの小屋に戻ることにした。
とりあえず今日は休んで明日はアルブルグかツェンの町でも探してみよう。
「マランダは南大陸から離れてオペラ座の東にくっついたらしいぜ」
「うわ。がっつり変わっちゃったんだね」
あの日以来、世界はどんどん姿を変えている。現状を把握しておくために分かったことをサクラが手帳に書き留めていく。
仲間を探すにも見つけた仲間と合流するにも、改めて飛空艇が恋しくなった。俺たちには拠点が必要だ。
「とりあえず、船がほしいところだな」
「そうだね。ニケアに行けたら便利なんだけど」
今のところ大きな港といえばサウスフィガロにしか行けない。航路がめちゃくちゃになってるんで定期船も欠航中だ。
孤立してる大陸に仲間がいたら、手の打ちようがないんだよなぁ。
焦りは募るが急いでも解決が早まるわけじゃないってのが、もどかしい。
ケフカに手が届くまでひとつひとつ積み上げていくしかないんだ。
「事が終わってからでいいやって、思ってたんだけどなあ」
「ん、何が?」
戦いが終わったら、平和になったら、じっくり考え事ができるようになったら。しかしそうやって後回しにしているうちに何が起きるかも分からない。
後悔だけはしないように、か。兄貴だけじゃなくカイエンにまで言われるってことは、よっぽど歯痒く見えたんだろうか。
サクラが大事だからこそ安易に手を出したらいつかきっと後悔すると思う。
逆に何もしないまま思いがけないことが起きたら、やっぱり後悔するだろう。
「あのさ、もし俺がお前の気持ちには応えられないって言ったら、ここを出て行くのか?」
「えっ、なんで?」
なんでって聞き返されるのは予想外だな。
「だって気まずいだろ」
「そりゃちょっとは気まずいけど、出て行けって言われない限りはここにいるつもりだよ」
当たり前みたいな顔して言われて呆気にとられた。
「フラれても気にしないってことか?」
「気にするし傷つくけど、諦めない。好きじゃないって言われたら、好きになってもらえばいいんだもん」
「……そ、そうか」
思ったより折れないな、こいつ。ちょっと尊敬するぜ。
「負けたら強くなればいい、駄目だったらもっと頑張ればいい、ってマッシュを見てて学んだ!」
って俺の影響かよ……。
「なあサクラ」
「うん」
「今日、一緒に……寝ないか?」
「えっ?」
意味が分からないって顔をしたサクラを見てると途端に気恥ずかしさが込み上げてくる。
「嫌ならいいけど」
「いや嫌じゃないです!」
言い切って恥ずかしくなったのかサクラも顔が赤くなってくる。
「よ、よろしくお願いします」
「……お、おう」
あー、しまった。もっと後で、寝る直前に言えばよかった。この空気をどうしたらいいんだ。……でもまあ、なるようになるか。
恋の自覚がなくても鈍感でもサクラは俺を好きだと言ってくれる。
俺が応えることで彼女が喜ぶならそれでいいんじゃないか。
燃え上がるような恋は知らないけど、俺は俺なりに彼女を大切にしたい。それさえちゃんとしてれば、どうなったって後悔はしないだろう。
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