曇った空の向こう側
修練小屋に戻ってからの日々はとても平和だ。なんだかもう全部が解決した気になってしまうけれど、気を引き締め直さないと。
ちょっと前にマッシュと二人でサウスフィガロに出かけてみたら、町があるはずの場所に荒野が広がっていてすごく焦った。
その場は一旦引き返して、マッシュが数日かけて辺りを探したところ町の位置が大幅にズレていることが分かった。
コルツ山が抉れてサーベル山脈がまるごとなくなってるんだから、考えてみれば大陸の形だって変化していても不思議はない。
三闘神の放った魔法は文字通りに世界を引き裂いたようだ。そしてその神の力を今もケフカが握っている。
表面上は穏やかな暮らしを送っていても、今は嵐の前の静けさってところだろう。
山を吹き飛ばし陸地を裂いてブラックジャック号を真っ二つにしたあの光。
あれが世界を完全に壊してしまう前に、みんなを探し出してケフカと戦わなければいけない。
地図上の位置こそ変わっているもののサウスフィガロの町は無事だった。
それ自体の喜びはもちろんだけれど、何よりもう行商人も来てくれないから、近くの町が健在でホッとした。
畑もめちゃくちゃだし、コルツ山も随分と小さくなってしまったから町を頼る機会は前より増えている。
マッシュはとりあえず買い物ついでにダンカンの奥さんに顔を見せてきたようだ。
伝書鳥で連絡はとってたけど、実際に会ったのはレテ川ではぐれてナルシェで再会する少し前だから三ヶ月ぶり。
なんだかあれこれ大きな出来事に立ち合ったせいで時間の感覚がおかしくなっていた。
密度の薄かった私の人生の中で、この世界に来てから……マッシュに出会ってからの日々は、記憶のほとんどを占めている。
だからかな。たった三ヶ月前なのに、ダンカンも一緒に小屋で暮らしていたのが随分と昔のことに思えた。
そのうちマッシュとダンカンと三人でサウスフィガロに行って、私も奥さんに挨拶する予定だった。
でもダンカンが死んで私たちは小屋を出て、町を訪ねる機会がないまま今日になってしまった。
次に買い物に行く時は私もサウスフィガロについて行こうかな。
マッシュが話してくれているらしいけれど、まだ奥さんに会ったことないし。
いきなり転がり込んできた私に、マッシュだけじゃなくダンカンも本当に良くしてくれた。せめてその感謝を伝えたいんだ。
……ダンカンとバルガスのお墓は小屋の裏手に作ったけれど、お墓の下に遺体はない。彼らはコルツ山と一緒に失われてしまった。
私は親しい人を見送った経験がない。家族を喪う気持ちが分からない。でもその辛さを感じることはできる。
一人残された奥さんが元気になるには穏やかな時間が必要だと思う。
だからこそ……早く、本当の平和を取り戻したいと願う。
サウスフィガロの町を見つけた後、マッシュは次にフィガロ城を探し始めた。
洞窟は残っていたけれど途中で崩落していて通り抜けられなくなっていたそうだ。
でも砂漠とサウスフィガロの間に横たわっていた山がなくなったんだから、平地を抜けてフィガロ城に行ける……はずだった。
「で、お城は見つからなかったの?」
私がそう聞いたら、マッシュは重々しく首を振った。
「砂漠を隈無く探しても駄目だった。コーリンゲンにいるのかと思ってサウスフィガロから鳥を飛ばしたんだけどな」
伝書鳥は西の大陸でフィガロ城の移動を見張っている塔に辿り着き、「こちらには浮上していない」という返事を持って帰ってきた。
「どうもずっと潜行してるみたいで、連絡が取れないんだ」
「うーん……」
あの三闘神の魔法を避けるため、だろうか。だとしたらフィガロ城を拠点にして仲間を探すのは難しそうだ。
「でもずっと潜ってるって、それ大丈夫なの?」
「ああ。地下でいろんなところに通じてるから、動いてる限りは心配ない」
「そうなんだ」
砂漠の地下に秘密の貯水槽とか食料庫とかを備えてるという話は前にも聞いた。
そんな風に酸素の通り道も確保してるから、砂中に潜りっぱなしでも何ヵ月かは籠城できるようになってるらしい。
潜行中は地上の敵に対して無敵と言ってもいい。帝国がフィガロだけ攻めあぐねてたのも分かる話だ。……だけど。
「いくら安全でも、ずっとそうしてるわけにはいかないよね」
「そうだな。ケフカが動き始めたら、いつかは……」
相手は大陸を分断するほどの力を持ってるんだ。もし三闘神の魔法を無差別に解き放ったら、地下にいても無事では済まない。
ちなみに、マッシュが周辺の様子を探ってる間、私もただサボっていたわけじゃない。
ちゃんとテレポートで移動できるところを見つけて世界の様子を調べてたんだ。
「ベクタに行ってみようと思ったんだけど……。町、なくなってた」
「なくなってた?」
怪訝そうに眉をひそめたマッシュに頷く。
幻獣の襲撃を受けた時みたいに、めちゃくちゃに壊されてたとか、そういうんじゃなくて。
「文字通り、町が跡形もなくなってた。……その代わり……変な塔が建ってたんだ」
塔の土台は瓦礫だった。たぶん町や魔導研究所や城の残骸。
あの時、ケフカと三闘神を乗せた浮遊大陸は崩れ去りながらベクタの方に移動していた。
「ケフカがやったんだと思う」
どうやってかは分からないけれど、ケフカは帝都を破壊して、その瓦礫の上に自分の住み処を建てたんだ。
ベクタ城にいた人たち、それに町の人たちも、きっと……。
状況が見えてくるほどに、分かるのは「急がなくちゃいけない」ということだけ。
こうなってみると敵がガストラ皇帝の時はマシだった。だってあの男は、世界を“支配”したかったんだから。
抗戦も交渉も不可能ではなかった。私たちは相手がどう動くか考えて、対処することができた。
どんなに残虐な行為に及ぶとしてもガストラが世界を“破滅させる”なんて心配はなかったんだ。
でも今の敵は“国”じゃない。ケフカはいつ何をしてくるやらさっぱり分からない。
仲間の居場所は見当もつかないし、ブラックジャックが壊れてしまった今やあの塔をのぼってケフカのところに行く手段もない。
今はそれなりに静かだけれど、たぶんケフカは三闘神の力を掌握するのに手間取ってるんだと思う。
あいつがそれを手に入れてしまったら……私たちに抵抗する術はなかった。
天井を睨んで考え事をしていたマッシュが、大きなため息を吐いてからスッキリしたように笑った。
「まあ、焦っても仕方ない。良いことを考えようぜ」
「この状況を良いように考えられる?」
「とりあえず、倒すべき敵が国ひとつからケフカ一人に減っただろ」
それはいいことなのかなぁ。余計に厄介な相手になった気がするんだけど。
でも確かに、帝国を相手にしてた時はガストラを殺して終わりとはいかなかった。戦争の後始末はいろいろ大変だ。
でも今はとにかくケフカ一人を倒しさえすればなんとかなる。
その方法は分からないけど、問題がシンプルになったのは間違いない。
「マッシュがいてほんとよかった」
「ん?」
私一人だったら途方に暮れてたと思う。というか、マッシュがいなかったら私はとっくに別の異世界に渡ってたんじゃないかな。
面倒なことに巻き込まれる前に逃げ出して、誰とも深く関わろうとはせずに。
こんな風にどうしても誰かのそばにいたいと思ったのは初めての経験だった。
苦しい状況にあっても絶望なんかしないで、当たり前みたいにまっすぐ自分の意思を貫ける。
マッシュの生き方は強く輝いてて、その光に私はどうしようもなく焦がれるんだ。
「私やっぱり、マッシュのこと大好き」
「……そうしみじみと言われると恥ずかしいだろ」
彼が照れ臭そうに笑うと私も自然と笑みがこぼれる。
マッシュのそばにいると私も強くなれる気がした。この人に相応しい人間になりたいって、そう思うんだ。
意外と誉められるのが苦手らしいマッシュはさっさと話題を変えてしまった。
「それにしても、町がなくなってたのにベクタには行けたのか?」
「ベクタにはテレポートできなかったよ。町じゃなくてブラックジャックが墜落した平原を思い浮かべたんだ」
「ああ、なるほど……」
魔石から修得できるテレポと違って私のテレポートは制限が多い。転移先の風景に立ってる自分をしっかり思い描けないと飛べないんだ。
マッシュと再会した日、フィガロ城に飛べなかったのもそれが原因だろう。私の思う場所に城がなかったから。
「あ、そうか。フィガロ城が地下に潜ってるのは分かったし、もう一回やればテレポートできるかも」
今はちゃんと“潜行中のフィガロ城”をイメージできるから、前に試した時より集中しやすいはずだ。
でもマッシュはなぜか「やめとけ」と首を振る。
「強引に試さない方がいい。思ったのと違う場所に出ちまったら悲惨だしな」
「う……それは、そうだね」
お城が地上にあるなら座標がズレても砂漠に放り出されるだけで済むけど、地下に潜ってる今テレポートに失敗したら……。
うーん。どうなっちゃうのか考えたくない。
そもそも私たちの目的はフィガロ城に行くことじゃない。
仲間を集めるのが最優先だ。そのために拠点があれば便利だろうというだけで、無理をする必要はないのだとマッシュは言う。
「兄貴が城内にいるなら伝言でも残してたはずだし、戻る前に潜行したってことだろう。それなら城の方は大臣たちにまかせて、先に兄貴を探そう」
「そうだね……じゃあ、南大陸から探してみよっか」
ベクタの町はなくなったけれど、ブラックジャックはその近くで撃墜されたから、仲間の何人かは南大陸にいる可能性が高い。
「ケフカの膝元ってのが危ないけどな。他にテレポートできそうなところはあるか?」
「えーと、ナルシェとジドールならいけそう」
私は留守番係だったし、景色をしっかり目に焼きつけてきたわけじゃないから行ける場所も限られてる。
オペラ座やサマサの村、ゾゾの町なんかにも飛べたら便利だったのに。
これからは転移先を増やすことも意識していろんな町を巡ろうと思う。
でもとにかく、マッシュと二人で片っ端からあたっていけば他のみんなとも合流できる気がする。
だんだん不安もなくなってきて気合いを入れ直してたら、マッシュはそんな私をぼーっと見つめていた。
「なに?」
「いや……、俺もサクラがいてよかった、と思って」
「そ、そうかな」
まあ行き先が限られてるとしてもテレポートがないよりある方が便利なのは間違いない。
戦闘能力が高くて行動力のあるマッシュの移動範囲が広がるのは、散り散りになってる仲間にとってもいいことだ。
「私、役に立ってるね!」
「そうだけど、そうじゃなくて……だから、その……一人じゃないってのは、いいもんだよな」
「うん。一人よりは二人の方ができることも増えるし」
「……まあいいか」
「ん?」
珍しく歯切れが悪い。私が首を傾げていたら、マッシュは慌てて「それより飯にしよう」と言い出した。
私は家にいてマッシュを待つ。帰ってきた彼に美味しいごはんをたくさん食べさせる。
この生活はとても楽しくて、愛しくて、尊いものだ。一時だけの幻にはしたくない。
平和な時間を永遠のものにするために……世界に住まうすべての人が同じ時間を得られるように……。
私も私なりのやり方で戦うんだ。
戦闘の役に立てなくたって私には私の役割があると彼が言ってくれたから。
私はマッシュがいつだって全力で戦えるように、彼を支えていよう。
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