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移ろう世界


 一人で行動することを心細いとは思っていなかった。今までは誰の助けも借りずに生きられる喜びの方が大きかったんだ。
 でも仲間と過ごす日々を重ねるにつれて、誰かがそばにいてくれることのありがたさを痛感するようになっていた。
 不安でも希望でも何だって分かち合えるやつが隣にいてくれたら、それだけで心強いもんだ。
 ここはどこだろう、何が起きたんだろう、話し合う相手さえいればどうってことないのに一人だと気が重くなる。
 こういう淋しさを感じたのは久しぶりだ。
 自分の周りに仲間がいたってことに、もっと感謝しておくべきだったな。

 目が覚めた時、俺は一人きりだった。
 三闘神が復活して解き放たれた魔法のせいでブラックジャックが真っ二つになったところまではしっかり覚えている。
 空に投げ出されながら仲間たちはそれぞれ幻獣を呼び出して対応しようとしていた。
 そのあと何が起きたのかは記憶が曖昧だ。
 しかしとにかく俺がこうして陸地に立ってるんだから、他のみんなも自力でなんとかしただろう。
 近くには誰の姿も見当たらないが、全員無事だったものと信じている。
 問題なのはどうやって再会するか、だ。

 墜落しかけているブラックジャックの甲板でサクラは「自分の身を守れ」と言った。
 あいつにはテレポートがあるから、少なくとも地面に叩きつけられたり三闘神の魔法を正面から食らったりなんて心配はない。
 誰かと一緒にいて集中を乱すよりも自分の身を守ることだけに専念した方が安全なんだ。
 そしてそれは俺も同じだった。
 サクラのそばにいてあいつの身を案じているより、彼女が自力で生き延びると信じて放り出した方が結局は互いに全力を出せる。
 ……でも、そうやって割り切られてしまうのもなんとなく腹が立つもんだな。
 べつにサクラを抱えてたって、無事に乗り切る自信はあったのに。
 あの瞬間に諦めず手を伸ばしていれば、目を覚まして隣にサクラがいたかもしれない。
 一人が苦にはならなくても……そばにいてくれた方が、やっぱり嬉しい。

 他の仲間と同じようにサクラもどこに落ちたのか分からない。だがあいつと再会するのはきっと簡単だ。
 俺はただサクラが戻ってくるのを待っているだけでいいんだ。
 でも俺がサクラを待つなんていつもとは逆だと気づいた途端に不安が押し寄せてきた。
 待ってるだけでいいっていうより、待ってることしかできないんだよな。
 サクラは俺のもとにテレポートしてくることができるが、俺はあいつの居場所なんか探しようがないんだから。
 今までなら、サクラと離れることに不安なんて感じなかった。
 修練小屋だってナルシェだってブラックジャックだって、そこにいればサクラは安全だと分かってるから置いて行けたんだ。でも今回は違う。
 サクラのそばには誰もついていない。安全なところに行けたのかどうか確証はない。無事だと信じるしかない。
 あいつ、ずっとこんな気持ちで俺が帰ってくるのを待ってたんだろうか。

 空を見上げれば世界中を覆い尽くすかのような曇天が広がっていた。
 そのくせ空気が乾ききって雨の気配は感じられない。
 もうじき夏が来るっていうのに、太陽が隠れているせいか肌寒いくらいだった。
 ガストラは死んだけど……それどころじゃなくなっちまったな。
 希望に満ちた未来が待ってるとは言い難い景色だ。この世界のどこかにサクラも一人で立っている。

 しばらくぼんやりと空を見上げてたら、いきなり視界が遮られた。
「あああっドンピシャすぎぶはっ!」
「……えっ!?」
 無意識のうちに腕を差し出して抱き留めてから落ちてきた物体がサクラだったと気づく。
「大丈夫か?」
 いつもテレポートする時は普通に地面から別の場所の地面に飛べるのに、空から落ちてきたのは初めて会った時以来だ。
 俺にしがみついたままサクラが恐る恐る顔をあげた。視線が合った瞬間、泣きそうに目が潤む。
「よかったぁ! 戻ってこれた!」
 必ず俺のところに行くって豪語しといてそれかよ。でも……俺でさえ少し不安だったから、仕方ないか。

 いつまでも抱き上げていられないのでサクラを降ろすが、なんとなく離し難くてそのまま手を繋いでいた。
「とにかく、お互い無事でよかったぜ」
「ううぅ……」
「おい、どうしたんだよ」
 俺の手を握り締めたまま泣きそうになってるサクラに苦笑する。
 無事に再会できて嬉しいのは俺も同じだけど、ちょっと大袈裟すぎないか。
「ち……違うとこに飛んでた……」
「へっ?」
 それはまさか、別の世界に行ってたってことか?
「地面に落ちる瞬間、とにかく陸地に飛ぼうと思ったんだけど、気づいたら全然知らないところにいて、いっぱい人がいて、嫌な感じはなかったけど面倒に巻き込まれそうな感じで慌てて逃げてきて、それから、」
「ちょ、ちょっと待て、一旦落ち着け」
 というか俺も落ち着きたい。

 サクラのテレポートは、セリスによると魔法のテレポとは違うらしいが素人目には似たようなもんだ。
 いつもなら普通に地面から別の場所の地面に移動することができる。
 空から降ってきたのは、コルツ山で最初に会った時の一度だけだった。
 サクラが初めてこの世界に来た時だ。
 つまり彼女はブラックジャックから放り出されたあの瞬間、どこか別の世界に飛ばされて……今、戻ってきた、ってことか?

「身の危険を感じたら勝手にトリップしちゃうのかもしれない。生存本能っていうか、防衛本能みたいな?」
 そうか。サクラが別の世界に行っちまうのは意識的にやってることじゃなかったもんな。
 本来は、死ぬような目に遭いそうになった時それを回避するために別の世界へ逃げ込む技として身につけてたんだろう。
「そりゃまた……よく帰って来れたな」
「だってマッシュに会えなくなったらどんなに安全だって死んじゃうよ!」
 それは大袈裟だと思うが、もしかしたらあのまま一生会えなかったかも知れないんだと思うと……なんか、じわじわと複雑な気分が湧いてくる。

「信じてても、迷うし、怖いよな」
「え? ど、どうしたの」
「簡単に待ってろなんて言って悪かった」
 帰るために戦ってるこっちは必死だからいいけど、待ってる方はただひたすら孤独だ。
 ナルシェに置き去りにした時、サクラが何を不安がってたのか、やっと少し分かった。
 もし二度と会えなかったら。もしあれが最後の別れになってしまったら。
 信じてるとか信じてないとかじゃなくて、目の前にいない現実がどうしようもなく不安なんだ。
 俺を信じて待ってろなんて言っといて今さら弱音を吐く俺に、サクラは静かに笑った。
「でも私、マッシュのところに帰らなきゃって必死だったから戻って来れたんだと思う。やっぱり待っててくれる人がいるのって大事だよ」
「……そうだなぁ」
 もしサクラがいなかったら、俺は生き残ることより勝つことだけを求めて戦っちまうかもしれない。
 こいつを一人にできない、あんな気持ちを長いこと味わわせるわけにはいかない、そう思えばこそ、さっさと敵をブッ倒してサクラのもとに帰れる。
 サクラがいるから本当の目的を見失わずに済むんだ。平和な暮らしを取り戻したい、って。

 やはり肌寒いらしくサクラが小さなくしゃみをする。
 しかし生憎と貸してやれるような上着は羽織ってない。宿を探してそこでゆっくり話した方が良さそうだ。
「とりあえず町か村を探して、俺たちが今どこにいるのか把握しないとな」
「マッシュお金持ってる?」
「……」
 言われて全身を探ってみたが、持ってなかった。そういえばブラックジャックの部屋に置きっぱなしだったんだ。
 まずいな。これじゃあどこかの町に着いても宿どころか食事にもありつけないぞ。
「サクラ、他の仲間のところには飛べないか?」
 俺を目的地にしてテレポートしたように兄貴たちのもとへ移動できれば合流するのは簡単なんだが、サクラは困り顔で首を振った。
「やり方が分かんない。そもそも“誰かのところに飛ぶ”っていうのも初めてだもん、マッシュ以外は無理だよ」
「そうか……」
 それってつまり、他の皆のところに行くのは俺の時ほど必死になれないってことか?
 ……喜ぶところじゃないんだけど、妙に照れる。

「あー、じゃあフィガロ城はどうだ」
「それなら大丈夫だと思う」
 誰がどこに落ちたやらさっぱりだが、フィガロ城に伝言を残しておけばそこを拠点に仲間を集めるって手もある。 
 人に向かって飛ぶのが難しくても見知った場所に飛ぶことはできるはずだ。
 サクラは俺の手を握ったまま目を閉じて集中し始めたが、いつまで経ってもテレポートは発動しなかった。
「あれ? えっと……ごめん。ちょっと待ってね。なんか集中できない」
 何だろう。城には一晩泊まっただけだから、うまく狙いを定められないのか。それともサクラ自身の調子が悪いのか。
 考えてみればついさっき、初めて自分の意思で世界を越えてきたんだよな、こいつ。
「やっぱりいい、やめよう。またはぐれたら嫌だ」
 まずは町を探して、後のことはそれから考えよう。俺がそう言ったらサクラはあからさまにホッとしていた。

 空が暗くて時間も方角も分からないのが困るが、目印になりそうな山を目指して歩き始める。
 こう何もない荒野を歩いてると、カイエンと二人で獣ヶ原をさまよってた時のことを思い出すな。
 あの頃はサクラの心配なんて全然してなかった。兄貴もついてたし、ナルシェに行くだけでそうそう危険な目に遭うはずもなかったし。
 サクラが俺に惚れてるってことだって、あんまり自覚もなかったしな。
 それでも蛇の道を越えてやっとナルシェについた時……。
 雪景色の中で泣きそうな顔をしてるサクラを見つけて、言い様のない焦りを感じたんだ。
 小屋で俺と師匠を待ってる時はあんな顔をしたことなんてなかった。
 だから……早く帝国を倒して平和を取り戻して、サクラを連れてコルツの小屋に帰らなきゃいけないと、思ったんだ。

 俺はやっぱりサクラが好きなんだろうか。それは特別な想いなんだろうか。
 慕われてるなら悪い気はしない、そんな程度の気持ちで受け入れたら、ひたむきな想いを向けてくる彼女に失礼だと思ってしまう。
 だけどそこまでサクラの想いを尊重するのは、やっぱり俺も彼女が好きだからなのか、とも思う。
 考えれば考えるほどよく分からなくなった。
 そういうややこしいこと全部を忘れて自分の欲に素直になるのが恋だというサクラの言葉に乗ってしまいたくもなる。
「マッシュのところに飛ぶのは簡単って言ったけど、考え物かもね」
「えっ!?」
 ろくでもないことを考えてたところにいきなり話を振られて必要以上に驚いてしまった。

 怪訝そうにしつつ、幸いにもサクラは俺の挙動不審を無視してくれた。
「さっきも思ったんだけど、いきなり現れてもマッシュが受け止められる状況とは限らないでしょ? 戦闘中だったりしたら危ないし」
「ああ、確かに」
「もしかしたらトイレにいるかもしれないし」
「……」
 戦闘中よりそっちの方が困るな。
 トイレにいる時、飯を食ってる時、風呂に入ってる時、寝てる時。
 いきなりサクラが降ってきてもさすがに受け止める自信がない。
「でも世界を跨がなきゃ空からは降ってこないんだろ?」
「たぶん……知ってる場所にテレポートするだけならちゃんと床に立ってる状態で飛べるはずだし」
「じゃあ、他の世界に行かないようにすれば大丈夫ってわけだ」
 つまり、命の危機に瀕しなければいいんだろう。どっちにしろサクラを危ない目に遭わせるつもりなんてないけどな。

「あっ!」
「ん?」
 突然なにかを思い出したようにサクラが目を瞬かせる。
「フィガロ城にはうまく飛べなかったけど、修練小屋ならいけるかもしれない! あ、でも……」
 うちに帰れるかもしれないと嬉しそうに言いつつ、サクラは急に表情を曇らせた。
 何に思い当たったのかは分かる気がする。
 まだブラックジャックが壊れる前のことだ。三闘神の強烈な魔法がサーベル山脈を吹き飛ばしてナルシェの方まで駆け抜けていくのを見た。
 コルツ山も無事とは限らない。もしかしたら俺たちの小屋は、壊れてしまったかもしれないんだ。
「行ってみるか? もし小屋が健在なら宿の心配はしなくてよくなる」
「うん。……それにやっぱり、ちゃんと確かめたい」
「分かった。俺もちょっと気になるしな。頼むよ」
 サクラは再び目を瞑り精神を集中する。今度はすぐにテレポートが発動して、景色が一変した。

 今まで荒野が広がっていた前方に、歪な形の小さな山が聳えている。
 その手前には見慣れた小屋が建っていた。……ってことは、あの小さな山がコルツなんだ。
 サーベル山脈を吹き飛ばした三闘神の魔法は、コルツ山も一緒にブッ壊してしまったらしい。
「でもまあ、小屋が無事だったことを喜ぶべきだよな」
 軌道が少しでもズレていたら、この小屋も駄目だっただろう。むしろ幸運だったと思おう。
 だがサクラは、呆然とコルツ山を見つめていた。
「おい、どうした?」
「マッシュに初めて会った場所がなくなっちゃった」
 何だよ……そんなことで泣きそうな顔するなって。
「俺もお前も生きて一緒にいるんだ。悲しむより、これから他のどこへでも行けるってことを喜ぼうぜ」
「……うん」
 サクラの手を引いて小屋に入る。まだ終わったわけじゃないけど……ここに帰ってくると、やっぱり心が安らいだ。

 サクラのお陰で町を探す手間が省けたな。
 この小屋を拠点にすればフィガロ城にも行けるし、バラバラになってしまった仲間を探し出すのも多少は楽になる。
 皆と合流したらケフカの居所を見つけ出して、やつを倒して、今度こそ平和を手に入れて……。
 でもその前に。
「とりあえず飯食うか」
「まず掃除からだね!」
 埃の積もった部屋を見回しながら俺とサクラは同時にそう言った。
 ……やっぱり、先に片づけなきゃ駄目か。三ヶ月以上も放ってたんだもんな。
 俺がガクッと肩を落としたら、サクラは笑いながらキッチンに向かった。
「じゃあ、キッチンだけ掃除しとくから材料捕ってきて。ごはん食べながら今後の予定を決めよう」
「お、おう。分かった」
 どうやら先に飯を作ってくれるらしい。惚れた弱味ってやつなのかもしれないが、サクラは俺に甘いな。

 こんな呑気にやってる場合じゃない、まだ戦いが終わってないのは分かってるんだが。
 ……それでも、今はこの時間をじっくり味わいたい。数日前までは当たり前だった日常に身を浸したい。
 俺はここに帰って来たくて、この日々をもう一度“当たり前”にしたくて戦ってるんだ。
 ありふれた日常の愛しさを噛み締めた後には、それを守るために前よりもっと強くなれるだろう。




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