引き裂かれた青
空から見下ろしてみるとベクタの東にあった大陸がなくなっている。あれがまるごと宙に浮かんできたみたいだ。
「封魔壁ごと飛んでる……のかな?」
「途方もない話だな」
サマサで仲間に加わったストラゴスさんによると、封魔壁の奥には幻獣界だけじゃなく三闘神という存在も封じられていたらしい。
幻獣と魔法の生みの親……。千年前の魔大戦よりもずっとずっと前に降臨して地上で喧嘩していた迷惑な神様だ。
「ていうか三闘神って神様なんだよね? 神様って、つまり神様ってことだよね?」
「何が言いたいんだ、サクラ」
「自分でも分からなくなった……」
マッシュと並んで浮遊大陸を眺めつつ、事態が壮大になりすぎて呆然としていた。
今までは悪の帝国と戦うとかそんな話で、私にはついていけないながらも現実的な戦いだったのに。いきなり神様って。
国同士の戦争に幻獣の力を借りようとかそんな次元を越えてしまった。だって神様だよ。
それより何よりタイミングが最悪だった。せっかくもうちょっとで……いい雰囲気だったのに! ガストラ許すまじ!
ブラックジャック号は浮遊大陸のさらに上空まで昇ることができる。
封魔壁に向かうまでの道は入り組んだ洞窟になってたそうだから、それが浮き上がってできた浮遊大陸もかなりややこしい構造になってるみたいだ。
「帝国軍が進軍してる様子はないな」
「俺たちがベクタを出る時、ガストラは精鋭を連れて監視所に向かったと聞いてたんだが」
「浮上する時に全滅したんじゃないのか?」
ロックたちが不穏なことを話し合ってる。
まあガストラにとって軍が必要なのは三闘神に辿り着くまでの間だけで、神の力を得さえすれば自分だけ生きてればいいくらい思ってても不思議はない。
とにかく今からあそこに乗り込んでガストラの目論見を阻止するんだから、兵隊がうじゃうじゃしてないのは好都合だ。
遠くてよく分からないけれど、なんだか金ぴかの像が三体並んでいるからあれが三闘神なんだろう。
「幻獣に飽き足らず、神の力にまで手を出すとはね」
不気味な像を見下ろしてティナ先輩が眉をひそめた。
「大三角島で幻獣が作った三闘神の像を見たわ。あれでさえ凄まじい魔力を感じられたのに……」
「本物の力は推して知るべし、だな」
「でも簡単に神様の力なんて借りられるものですか?」
私がそんなことを聞いたら、たぶん一番そのことに詳しいであろうストラゴスさんが頷く。
「石化せし三柱が互いの力を中和させ、自らを封じたと言われておる。あの像に三闘神本来の力はない。だからこそ、魔導の知識に精通したガストラならば……」
幻獣から魔導の力を抽出したみたいに、三闘神のエネルギーも引き出せるかもしれない、ってことか。
サマサでケフカが大量の魔石を手に入れたというだけでも大変なのに、もはやそんな話じゃなくなってしまった。
「ここで阻止しなければ、もう二度と誰も帝国に逆らえなくなるぞ」
「でも……トイレもキッチンもなさそうなのにガストラはどうやってあそこで暮らすつもりなんだろう」
ベクタ城の玉座から部下に指示するのとはわけが違うと思うんだよね。
見たところ大陸のあちこちモンスターがうろついてるし、世界征服しようにもあんな場所でどうやって政を行うんだろう。
なんて考えてたら、なぜか仲間たちの視線が私に集まっていた。
「……」
「……」
「えっ、なにその感じ」
なんか変なこと言った?
困惑してたら慰めるみたいにマッシュに頭を撫でられた。
「え、いや、だって気にならない? 神様の力で世界征服したってガストラも人間として生活していかなきゃいけないでしょ?」
お腹が空いても食べ物は確保できそうにないし、皇帝ともあろうものがトイレをその辺の物陰で済ませるわけにもいかないし。
「三闘神の像、ベクタに持っていけばいいのにね」
世界を滅ぼしたいならともかく征服するには立地が悪い。私の言葉に苦笑しつつストラゴスが首を振った。
「石像は向かい合うことで互いを制しておるんじゃ。視線が逸れ、三柱のバランスが崩れれば、その力は世界を滅ぼす……ガストラもそれは望んでおるまい」
「そ、そうなんですか」
思ったより深刻だった。じゃあ滅多なことではあの像を動かせないんだ。
「……そうだ。ガストラがお腹空く頃を見計らって突入したらどうだろう」
ものすごく真面目に提案したのに、返ってきたのは苦笑とため息ばっかりだった。腑に落ちない。
「なんか俺、いける気がしてきた」
「そう、三闘神と戦うわけではないんだ」
「あそこにいるのは結局、ガストラ皇帝という一人の人間に過ぎないのよね」
「我らはただ誅すべき者を誅するだけでござる」
いい感じにみんなの緊張は解れたみたいだけど、なんか腑に落ちない〜。
とにかく、ガストラは確かに三闘神のもとに辿り着いてしまったけれど、まだ何も終わってない。というか始まってもいないんだ。
「ってわけで、誰が行く?」
「大陸内部で何が起こるか不明だ。万が一はぐれても単独で戦える者が向かった方がいい」
「となると……」
「俺とティナとカイエン、ってところか」
マッシュの言葉に異を唱えたいけれど無理なことだった。
バラエティー豊かな仲間が揃っていても単独での戦闘力で見ると本当に強い人は限られてくる。
たとえばストラゴスさんは強力な魔法が使えるけれど、前衛がついてないとその魔法が唱えられない。
未知の場所で未知の敵と戦いながら、ガストラのもとに辿り着けるのはその三人くらいだろう。
不満を露にしたのはセリスだった。
「三人では危険すぎる。私も行くわ」
セリスも剣と魔法の腕は申し分ない。ただ……彼女は良くも悪くも故郷である帝国に思い入れが強すぎるんだ。
突入してから何かあった時、必要以上に思い詰めて無茶をする可能性がある。だから外されたんだと思う。
「飛空艇に残る戦力も必要でござる」
「ガストラも我々が止めに来るのは分かっているだろう。対策はしてあるはず……」
「おい、話し合いは中止だ! インペリアル・エアフォースが来やがった!」
ちょうどいいのか悪いのか分からないけれど、エドガーさんが危惧した通り帝国の飛行兵器がブラックジャックに押し寄せてきた。
兵隊がいなかったのは浮上する時に全滅したんじゃなくて、ガストラのいるあの大陸を守るために空軍を出動させてたんだ。
羽虫みたいに飛び回る機体から魔法や爆弾がひっきりなしに飛んでくる。甲板にはモンスターも溢れ始めていた。
「セリスが行っちゃったら前衛がエドガーさんだけに……!」
「モグもいるクポー!」
「ガウ!」
「モグとガウは盾にできないよ」
「俺なら盾にしてもいいのかい? ……もちろん、サクラとリルムは守るつもりだが」
「頼むから男も守ってくれよ兄貴!」
残るメンバーに不安を覚えたのか、ついていきたがっていたセリスが躊躇する。
「セリスはここをお願い。ガストラは必ず、私たちが止めるわ」
「ティナ……分かった。気をつけて!」
決断するなりセリスは武器を抜き放ち、甲板に蔓延っていたモンスターを一掃しにかかった。
飛空艇が落ちたら最後だ。ストラゴスさんとエドガーさんでセッツァーを守り、私はそれを援護する。
「ギリギリまで寄せる! なんとかして飛び降りろ!」
すぐさま突入組にレビテトをかける。そして自分にも同じ魔法をかけて、船縁に向かおうとしていたマッシュに抱き着いた。
「マッシュ!」
レビテトをかけたら身長差をカバーできるっていう新発見と同時に、さっき邪魔が入ってできなかったことをする。
目を瞑ってしまったうえに頭突きみたいな勢いで感触もよく分からなかった。
でも目を開けると真っ赤になったマッシュの顔がすぐ近くにあったから成功したはずだ。
「いっ、行ってらっしゃい」
「お……おう。行ってくる!」
「マッシュ殿……この緊急時に何を……」
「何だよカイエン、いいだろこれくらい!」
ブラックジャックが浮遊大陸に急接近した瞬間を見計らって、マッシュたちは船縁から飛び降りた。
無事を祈る暇もなく甲板の上でも大混戦だ。
飛び乗ってくるモンスターはモグとガウが対処。万が一にも敵が船内に入らないようロックがハッチを守っている。
ストラゴスさんとリルムは鬱陶しい小型機械を魔法で撃墜してくれていたのだけれど、不意に魔法が止まった。
私が撃ちまくっていた補助魔法も発動しない。
「な、なに!?」
「あのビットは魔法を吸収する! エドガーお願い!」
「任された」
すぐに原因を察知したセリスの指示でエドガーさんがオートボウガンを放ち、再び魔法合戦が始まる。
帝国空軍って、どれくらいの規模なんだろう……永遠に続きそうで怖い。
私の魔法は威力が弱い代わりに魔力を消費しないからいいけれど、リルムは既にかなり参ってきてるし、ストラゴスさんやセリスだって長期戦は無理だ。
セッツァーの華麗な舵裁きで逃げ回りながら敵機を減らし続けて数十分ほど経っただろうか。
操縦者を失った飛行兵器が一台、甲板に落ちてきた。
「ガウ、大丈夫!?」
慌てて墜落地点の近くにいたガウに駆け寄ると、彼は驚いて目を見開いたままこくこくと頷いた。怪我はないようだ。
正直キツい、大陸から距離を取りたい。でもマッシュたちがいつ戻ってきてもいいように、跳び移れる距離を保たないといけない。
少し攻勢がおさまった隙に、セリスがさっき甲板に落ちた兵器に近づいた。
「皇帝陛下……」
「セリス?」
彼女は倒れていた兵器を起こして、それに乗り込んだ。
「一度はガストラ帝国に忠誠を誓った身。この手で決着をつけなければ、私は……前に進めない」
「セリス……」
「ごめんなさい、サクラ」
「いいよ。こっちは頑張る。セリスも気をつけてね」
「……ええ!」
再び舞い上がった兵器は行きがけに周りの敵機をいくつか撃墜して、三闘神の像があった方へとまっすぐに突っ込んでいった。
動物であるモグとほぼ動物並みのガウはまだまだ元気一杯。極力動かない私とエドガーさんも少し余裕がある。
セッツァーの集中力が心配だけれど、周りの戦闘を一切気にせず操縦だけに専念してくれている。
最初に限界が来たのはロックとリルムだった。特にまだ子供のリルムは魔力も体力もすっからかんだ。
「わーん、もうムリだよ〜! 何体いるんだよ!」
「あっ、そうだ。私からアスピルしてみたらどうかな」
無尽蔵に魔法が撃てるわけだし、もしかしたらリルムたちに魔力を分けられるかもしれない。
と思ったのだけれど、私に向かってアスピルを唱えてすぐリルムが憤慨する。
「ってサクラ、ぜんっぜん魔力ないじゃん! 吸えないよ!」
「ご、ごめんなさい」
駄目だったか。だけどそれじゃあ私の撃ってる魔法って一体どうやってるんだろう?
「あーもう、アタマにきた! 帝国のやつら思い知れ!」
魔法が使えなくなったリルムはなぜかポケットから絵筆を取り出して振り回し始めた。ご乱心?
「い、いかん! 似顔絵を描く気じゃ!」
「げっ! ガウ、モグ、こっちに逃げろ!」
似顔絵を……描く?
わけも分からないままストラゴスさんとロックに促されてリルムから距離をとる。
ただ絵筆を振り回してると思ってたけど、よく見ると彼女は空中にエアフォースの絵を描いていた。
筆先から絵の具が滲み出る。まるて本物のような質感を持った飛行兵器の絵は……甲板から飛び立って、手当たり次第に敵機を爆破し始めた。
「あーっはっはっは! 見たか帝国、リルムさまのパワー!!」
絶え間なくあがる派手な花火に、私だけじゃなくエドガーさんとガウとモグもポカンと口を開けて見とれていた。
事前にリルムの特技を知っていたロックが顔を引き攣らせる。
「……あいつ、敵の似顔絵を描いて、本人の能力をそのまま使えるらしいんだ」
「わあ、すごい……最初からそれをやってくれてもよかったのに……」
「最初の密集状態からあれをやったら、誘爆でブラックジャックごと木端微塵だと思うよ……」
「それもこわい」
マッシュの似顔絵、描いてもらわなくてよかった。
「立派なお孫さんですね」
「わしの血じゃないゾイ」
とにかくこれでみんな休憩できる。もしかしてリルムも突入組の方がよかったんじゃないかと思ったけど、もう遅いよね。
リルムの描いたエアフォースはその数を十数機に増やし、自動撃墜装置として飛び回っている。
神経をすり減らしながら操縦していたセッツァーもようやく少し気を抜くことができた。
この隙に船内に戻って軽くおやつタイムだ。
「はいセッツァー、ぶどうジュース」
「……せめて酒かタバコだろ」
「リラックスしすぎると困る!」
ちょっとワインに目がいったけど、妥協してぶどうジュースを持ってきたんだから。
ぶつくさ文句を言いつつもセッツァーはジュースを飲み干し、大きく息を吐いた。
マッシュたちはどうなっただろう。あっちでもこっちでも、みんなそれぞれに死闘を繰り広げている。
きっと……これが最後だと思いたい。
「サクラ、君も休んだ方がいい」
「そうですね」
エドガーさんに言われて甲板に座り込む。力を抜いた瞬間、どっと疲れが襲ってきた。
もう少ししたらマッシュたちも戻ってくるはずだ。その時リルムの似顔絵に飛び回らせるわけにはいかないから、今のうちに気力を充填しておかないと。
エドガーさんは私の隣に立ったままでなぜか気まずそうにしている。
「余計なお節介をしてすまなかったね」
「え? あー、サマサの村でのことかな」
最初から聞いてたわけじゃないけど、たぶんエドガーさんが何かしら仕掛けて失敗したんだと思う。
「べつにいいです。結果的には進展したし!」
「それならよかった」
ただの仲間から一歩進むのはもっと先の話だと思ってた。でもとりあえず、異性として見られてることは分かったし、今の私は最高に幸せなんだ。
きっとマッシュは、子供の頃から政略結婚の餌として見る女の人が周りにたくさんいて“恋”を信じられなくなったんだろう。
でもそれは、そんなもの存在しないと思うのは、欲の絡まない純粋な“恋”に憧れるのと似てる。
「マッシュは恋ってものがすごく綺麗で純粋で強いものだと思ってるみたいですね」
「その通りだと思うが?」
「エドガーさんが言うと信憑性がなくなる」
「はは、酷いな」
自分のことなんてそっちのけで相手のためだけにすべてを尽くすような、そんな想い。
私と同じ想いを返せるか自信ないからまだ応えられないって、それめちゃくちゃ私を想ってくれてるってことなのに、気づいてないんだもん。
そんな言葉をかけられるたびにまた私は彼を好きになってしまうから、追いつくなんて無理なのに。
「私は、そばにいてくれって言われただけでも充分なのになぁ」
もちろん、もっと求めていいなら我慢するつもりはないのだけれど。
「サクラ……ずっと言おうと思ってたことがあるんだが」
「はい?」
何かと聞き返そうとしたところでリルムの悲鳴が響いた。
「あ、あれ!」
「地面が崩れてる!?」
見れば浮遊大陸は端からどんどん崩壊し始めている。三闘神の力で浮かんでたなら、それが失われたってこと……?
マッシュたちはどこにいるのかと目を凝らせば、揺れる景色の中に淡い光がちらりと見えた。
「あっ、ティナ先輩!」
幻獣の姿に変身した先輩が誘導し、マッシュたちがこっちに駆けてくる。
「リルム、兵器を止めてくれ!」
慌ててリルムが似顔絵を消すとセッツァーが舵を切り、ぶつかる寸前まで近寄ったところでマッシュたちが戻ってきた。
……あれ? 一人増えてる。
やっぱり激戦だったらしくボロボロの五人にケアルをかける。浮遊大陸の崩壊は、まだ続いていた。
「何が起きたんだ?」
「ガストラ皇帝は……ケフカに殺されたわ」
「ケフカの目的は帝国の統一支配ではなく、自分が三闘神の力を奪い取ることだったようてござる」
「それじゃあ三闘神は……?」
「……暴走が始まった。もう止めるのは無理だ」
封印が解けるってこと? だけどストラゴスさんが、三闘神の力は世界を滅ぼす、って……。
「ねえ、あれ、移動してない?」
リルムが指差した先を見れば、確かに浮遊大陸は崩れ落ちながら西へと向かっている。……ベクタの方角へ。
やがて強烈な光が瞬いて、もはや大陸とも呼べなくなった島の中心から巨大な人影が現れる。
「三闘神……」
神々は天に向かって何かを捧げ持っていた。まるで玉座のようなその場所から唐突に魔法が放たれる。
思わず見惚れてしまいそうなほど美しい光が海を裂き、北の大陸へと突き進んでいく。
「なに、あれ」
普通、魔法はあんなに遠くまで届かない。対象物に当たれば消えるものだ。
「サーベル山脈を吹き飛ばすほどの魔法が……」
そんな威力の魔法が、すべてを破壊しながら地の果てまで伸びていく。
「まずい! 次が来る!」
「くそっ、てめえらどっかに掴まってろ!!」
三柱の神がブラックジャックを睨んだ気がした。セッツァーが舵を切り、なんとか回避しようとする。
でも、逃げるってどこへ? あの光はナルシェの北まで届くのに?
「サクラ!」
呆けていた私に向かってマッシュの手が伸ばされる。だけど手が届く寸前、私たちの間にあの光が走った。
「え……っ」
まるで階段を踏み外した時みたいにガクンと視界がずれた。三闘神の魔法が直撃して甲板は真っ二つになっていた。
混乱が極限に達して、かえって冷静になる。
どうなってしまうのか、どうすればいいのか、そんなことどうでもいい。
「サクラッ!」
「マッシュ! 自分の身を守って! 私はそこに……」
そこに行く。必ず戻る。たとえどこに落ちていったとしても、マッシュのところに帰ってくるから。
← | →