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ほのかに色づく心


 ベクタほどじゃないが、サマサの村も幻獣の襲撃と帝国兵が暴れたので酷い有り様だった。
 規模は小さくても帝国の首都より建物が脆いから被害が大きくなってしまったのかもしれない。
 ケフカがさっさと退散してくれただけマシだろうか。幻獣が標的になったお陰で……とは言いたくないが、幸い住民は無事だ。
 幻獣たちにレオ将軍と失ったものは多い。それでも村人にまで被害が及ばなくてよかったと思う。
 セリスも帰ってきたし、和平は駄目になったけど何もかもが無駄だったわけじゃないよな。

 広場に出ると、菓子を手にサクラが立ち尽くしているのを見つけた。
「どうしたんだ?」
「うん。さっき向こうで転んだ子供にケアルしてあげたんだけど、そしたらお母さんがお菓子くれたの」
「ふーん。よかったな」
 サマサの人たちはなんとなくよそよそしい雰囲気だったが、サクラはもう打ち解けたのか。こいつ帝国でもメイドに懐かれていろいろもらってたよなぁ。
「私ってお菓子あげたくなる顔なのかな」
 俺の抱いた疑問はサクラ自身も感じていたらしく、もらった菓子を食べずに複雑そうな顔で首を傾げている。
 つまり子供っぽいってことじゃないのか。

「マッシュも食べる?」
 手渡されたのは素朴なクッキーだ。ベクタでもらったマドレーヌよりは甘さも抑えてあって食べやすい。ただ、ポロポロ崩れるのが難点だな。
 残り半分をサクラの口許に持っていったら、反射的に口を開けたのでそのまま食べさせてやった。
「……そうかもしれない」
「む?」
 今まで口にする機会がなかったからか、甘い菓子だとなおさら嬉しそうにする。サクラに食い物をあげたくなる気持ちは分かる。
 つい世話したくなるというか守りたくなるというか、構ってやりたくなるんだ。
 無意識に異世界を渡り歩きながら身につけた、生きていくコツってやつだろうか。

 俺のあとに続いて兄貴たちも出てくる。ティナとセリスは療養中のインターセプターに挨拶をしてるようだ。
 幻獣の探索中はシャドウも一緒だったらしい。戻ってきたのはインターセプターだけ。彼のことだから無事だとは思うけど少し心配だった。
「結局、ガストラの本命はこっちだったんだね」
「みたいだな」
「なんでそうまでして戦争したいのか全然分かんない」
 帝都での動きを警戒していたが、そもそもベクタにいる俺たちのことなんてガストラの眼中になかった。
 あいつの頭にあったのは最初から最後まで、封魔壁の突破と幻獣を確保することだけだ。
 もっと強くなりたいって気持ちは分かるが、そうして他人を支配したいというガストラの欲望は、俺にも分からないし、分かりたくもない。

 ベクタから脱出するのは本当に間一髪だった。あと少し遅れていたら城に閉じ込められたまま全滅もあり得た。
「セッツァーが手早くブラックジャックを直してくれて助かったぜ」
「あと、エドガーさんがガストラの企みを暴いてくれたお陰だね」
 ちょうど近くにいた兄貴はサクラに誉められ気をよくして微笑んだ。
「お茶を運んで来てくれたレディに挨拶したら、丁寧に教えてくれたのさ」
「便利な特技だよな」
「特技とは人聞きが悪い。俺は素直に接しているだけだよ。女性がいるのに口説かない、そんな失礼なことができると思うかね?」
「いいなぁ〜」
 いいなって……。何がいいんだ。まさかサクラも歯が浮くような台詞で口説かれたいのか?

 とにかく、幻獣を喪ってしまった以上は作戦を立て直さなければならない。
 ブラックジャックに戻ろうとする俺たちのあとを、あのストラゴスという爺さんが慌てて追いかけてきた。
「わしも行ってもいいかの? 力の使い方を誤った帝国を放ってはおけん」
 なぜ急にと首を傾げる俺たちに、彼と行動を共にしていたティナが付け加える。
「ストラゴスは魔導士の血を引いてるの。きっと助けになってくれるわ」
「へえ、そりゃ心強いな!」
「仲間は多ければ多いほどありがたいでござる」
 古代の魔導士ってことは、半幻獣のティナと同じく生まれながらに魔導の力を持ってるのか。
 敵は新たに魔石の力を得てしまった。魔法に長けた人がついてきてくれるなら願ったりだ。

 しかしそこでストラゴスの後をこっそり追ってきていた孫らしき子供が顔を出した。
「リルムも行く!」
「駄目じゃ」
「なんで!?」
 なんでったって、見たところガウよりもっと幼いだろ。ろくに戦えそうもないし、仮にストラゴスと同じ魔法を使えるとしても……。
「子供は足手まといだしな」
「なんだと、このキンニク男!」
「はっ! 口だけは達者だな、お嬢ちゃん」
「このやろー似顔絵かくぞ!」
 なんだその脅しは。呆気にとられる俺をよそに、なぜかロックとストラゴスは大慌てだ。
「マッシュ、挑発するなって!!」
「分かった分かった、まったくしょうがないやつじゃ」
「やったー!」
 ……似顔絵って、そんなに怖いもんだったか?

 いつの間にか随分と仲間が増えた。それはいいことだけど、そろそろ本当にサクラ一人で飯の準備をするのはキツいんじゃないだろうか。
 かといって俺の取り分が減ることは避けたい。
「あのさ、サクラ……」
 やっぱり飯作るのは俺も手伝おうかと言おうとしたところで、リルムを見ながら呟いた彼女の言葉に遮られる。
「マッシュの似顔絵かぁ。部屋に飾りたいし、描いてもらおうかな」
「ええ? ……恥ずかしいからやめろよ」
「あっ!」
 今度は何だ。
「フィガロ城にマッシュが子供だった頃の絵とかあるよね」
「うっ!?」
 あるけど、今と違いすぎてあんまり見られたくない。いや、サクラには絶対見られたくない。

 今すぐ城に戻って破棄したいくらいだが、さすがに王家の肖像画を勝手に処分するわけにはいかないよな。
「お前もうフィガロには立ち入り禁止だ」
「えっ、なんで!?」
「俺が嫌だから!」
 大体あれはほとんど兄貴をモデルにして描いてるから俺の絵とは言えないぞ。あの頃は描き終わるまで椅子に座ってるのも辛かったし……。
 そういう記憶も含めて貧弱な頃の俺をサクラには特に知られたくないんだ。
 だが、サクラはなぜかものすごく落ち込んでしまった。
「分かった……もう行かない……」
「え? あ、いや、ちょっと待っ、」
 ガキの頃の肖像画を見られたくないだけで城に行くのは構わないんだ、と釈明する間もなくサクラは先に歩いていってしまった。
 ……今のは完全に、俺の言い方が悪かった。

 船に戻ったら謝ろうと思いつつ俺も歩き出す。が、ふと兄貴がいないのに気づいて振り返る。どうやらリルムと何か話してたみたいだ。
「さすがに犯罪か……やめとこう」
「何が?」
 肩を竦めて兄貴が示したのはサクラたちを追いかけていくリルムの後ろ姿だ。
「お嬢さんがレディになるまでは待たないとね」
 ああ、さすがの兄貴もあそこまでガキだと口説く気になれないってことか。
「でもプリシラはいいのか」
「ところでサクラはいくつだったかな」
「え? えーっと……」
 いつだったか誕生日を迎えたって言ってたな。そういえばタイミングを逃したまま結局おめでとうも言ってなかった気がするぞ。
「確か18歳だと思う」
「なら許容範囲か」
「歳がどうでもサクラはレディって柄じゃないだろ」
「何言ってるんだ。この世にレディではない女性などいないよ」
 何言ってるんだはこっちの台詞なんだが。

「俺、初めて会った時サクラのこと男だと思ってたんだよな」
「何……? お前それは眼鏡を買った方がいいぞ」
 真面目な顔でそう言った兄貴は、サクラの可憐さと女らしさについて熱く語り始めた。よくもまあそんなクサい誉め言葉をポンポン思いつくもんだ。
「兄貴がどう思うかはともかく、俺はあいつに“女”なんて感じなかったんだよ」
「それは女を感じないんじゃなくて、お前の苦手な“女性”ではなかったから安心していただけだろう?」
「まあ、そうとも言うな」
 仮に出会った時からサクラが“レディ”だったら、あいつを一晩泊めた翌日にサウスフィガロに送ってそれきりだったと思う。
 そういえば俺、なんであの時サクラを小屋に引き留めたんだっけ。

「でも今だって同じだ」
 サクラを大事に思う。慕ってくれるのは素直に嬉しい。初めて会った時と何か違うのかと言えば……何も変わらないんだ。
「じゃあ俺が彼女を口説いてもいいのか?」
「……兄貴、あいつのこと好きなのか」
「言っただろう、女性を前にして口説かないなんて失礼だと」
 だとしたら始めに男と勘違いした俺は礼儀知らずどころの話じゃないな。
「俺は、あいつが兄貴を好きになって近くで支えてくれたら嬉しいよ」
「……ちょっと待てマッシュ、冗談のつもりだったんだが」
 自分で言い出したくせに兄貴はなぜか慌て始めた。

 考えてみたらそれはいいことじゃないか?
 兄貴だったらサクラを男と間違えたりしないし、俺があいつをナルシェに置いていった時みたいに無神経な言葉で傷つけたりもしないだろう。
 サクラが何を望んでるのか、どうしたいのか、どうしてやるのが一番いいのか、ちゃんと分かってくれるはずだ。
「俺は女の扱いなんか知らないけど兄貴ならサクラがどうしてほしいのか分かるだろ」
 その方がきっとサクラも……。
「お話し中のところ悪いんだけどお二人さん、早く来ないとほんとに置いてかれちゃうよ?」
 唐突に聞こえた声に俺も兄貴も絶句した。いつの間にか皆はとっくに村を出ていて、サクラが俺たちを呼びに来ていた。
 今の話を聞いてたのかと尋ねようとして目が合った瞬間、頭が真っ白になった。
 サクラは感情の籠らない目で俺をじっと見上げると、そのまま何も言わずに踵を返した。

 聞かれてまずいような話じゃなかったはずなのに動揺が静まらない。
 真横で兄貴がため息を吐くのにつられて、サクラから視線を逸らした。
「俺はお前を解放したつもりだったが、自由という言葉で縛っていたのかもな」
「どういう意味だ?」
「マッシュ……、自分の思うように生きろ。正しくあろうとして己を曲げるより、たとえ間違っても己の意思に従うべきなんだ」
 俺はいつだってそうしてきたつもりだ。兄貴にはできないことを、見られない世界を生きるために自由を求めてきた。
 しかしそれは結局、あの時“兄貴がくれた自由”に縛られてることになるのかもしれない。
「お前はサクラを気遣ってるんだろうが、それで本当に後悔しないのか?」
 俺の意思ねえ。俺の望みは、帝国をブッ飛ばしてサクラと一緒に帰ることだ。
 彼女がそばにいてくれると嬉しい。でも同じ想いを返してやれるのかは自信がない。
 俺はあいつに恋してると言えないのに、そばにはいてほしいなんて、勝手が過ぎるだろう。

 ブラックジャックに戻るとサクラは一人で甲板の後部に立っていた。
 いつも俺に気づくとすぐこっちを向くから、彼女の後ろ姿は見慣れない。
 なんて声をかければいいか思いつかなくて黙って隣に立ったら、サクラは遠ざかっていく地面を見つめながら小さく呟いた。
「さっきのって、私フラれたのかな。もうマッシュの帰りを待ってなくていいって意味?」
「いや、そんなことはない……けど」
 待っててほしいのは本当なんだ。俺はサクラといると楽しい。できることならまた一緒に暮らしたい。その気持ちに変わりはない。
 でもそれはきっと、師匠やバルガスのいない小屋に一人で戻るのが嫌なだけなんだ。
 俺はサクラを好きなのか。こいつの好意を利用してるだけのような気がしてしまう。

 俺だってサクラの喜ぶ顔が見たい。だけどそのためにどうすればいいのかさっぱり分からない。
 慕われて嬉しいからこそちゃんとした答えを出してやりたいのに、それが見つからないんだ。
「なあ、なんで兄貴じゃ駄目なんだ?」
 船縁にもたれかかりつつサクラは相変わらず地面を見下ろしている。
「俺はお前が望んでるような言葉は言えないし、女の子扱いだってろくにしてやれないぜ。兄貴の方がいろんなことをうまくやれるのに」
「私はマッシュが好きなんだから、他の人に何を言われても意味ないよ」
「俺相手じゃ一生そんなこと言ってもらえないぞ」
「自分の望みは自分で決めます。勝手に他の人を勧められる筋合いはないです」
「それは……悪かったよ」
 珍しく本当に怒ってる様子に焦る。全然こっち見てくれないし。

 あと何だったか。他にも言わないといけないことがあったはずだ。
「あー、フィガロに立ち入り禁止ってのは、俺の肖像画なんか探すなって話で、他意はないからな?」
 やっと振り向いてくれた。
「病弱だった時の絵姿を見られたくないんだよ。それだけだ」
「そっか……。分かった」
「あと、誕生日おめでとう」
「ありが……ええっ? もう三ヶ月前なのに今さら!?」
「言うの忘れてたのを思い出したんだよ」
「マッシュって、無意味なところでは律儀だよね」
「……」
 そりゃつまり気遣うならもっと他のところで気遣えって言いたいんだろうな、たぶん。

 このまま流してしまえばサクラは有耶無耶にしてくれるんだろうが、そういうわけにもいかない。
「お前さっき兄貴が帝国のメイドを口説いてたの、羨ましがってただろ」
 俺がそう言ったらサクラは心の底から不思議そうに首を傾げた。
「ほら、目の前にレディがいるのに口説かないのは失礼だ、って兄貴が言ったら、いいなぁって」
「ああ! それは……えっ? まさかそれで私にエドガーさんを勧めようとしたの?」
「勧めてはいねえよ」
 ただ兄貴がサクラを好きなら邪魔はしないし、サクラが兄貴と一緒になったらそれはそれでいいのかもしれないと思っただけだ。
「俺をやめて兄貴にしろとか、そんなつもりはまったくない。でも兄貴の方がお前の望むようなこと言ってくれるんじゃないかって、」
「あの、あれは私もそんなトークテクニックがあればマッシュを口説き落とせるのに、って思ったんだけど」
「……へ?」
 い……いいなぁって、そっちかよ!

 思わず気が抜けて船縁に頭をぶつけてしまった。兄貴のナンパ技術を羨ましがってるとか、分かるわけないだろ。
「何度も言うけど私が好きなのはマッシュだから。マッシュがいきなり私のこと“レディ”とか言い出しても気持ち悪いだけでしょ。だから羨ましくはないよ」
「好きなやつ相手に気持ち悪いとまで言うか?」
「自分で気持ち悪くないの?」
「気持ち悪いよ」
 言ってるところを想像しただけで鳥肌が立つ。あれは兄貴だから許される台詞だろう。俺は本当に、絶対、無理だ。
 でもとにかくサクラがああいうのを羨んでるんじゃないなら、少しホッとした。
「……そうやって私がどうしてほしいのかばっかりだから、自分の望みが分からないんじゃないの?」
「うーん」
 言われてみると確かに、サクラの想いに対してどう答えを出すべきか考えるだけで、俺がどうしたいのかは気にしてなかったな。

 じゃあ俺はどうしたいのか? 俺の望みは何だ? ……正直、そこが一番難しい。
 そもそも師匠に弟子入りする前から何も欲しがらないように生きてきたんだ。べつにそれは苦じゃなかった。
 生命力に欠けてたせいで、もともとあらゆる欲求が薄かったのかもな。
 俺が人生で唯一望んだのは後継者争いから遠ざかることだった。そしてその望みは果たされたんだ。
 他にどうしても欲しいものなんてあるんだろうか。

「俺はサクラが好きだ。でもその“好き”が兄貴や他のやつに対する気持ちとどう違うのか考えると、よく分からん」
「まあ、マッシュって恋にがっつくタイプじゃなさそうだから、恋愛と親愛の差が少ないんじゃないかな」
「でもたまに手を出したくなるんだよ」
「……うん? え、待って、そういうことあるの?」
「……あるだろ。たまには」
 修行生活が長かったのもあって自制心は強いが、サクラの言うように“他よりがっついてない”ってだけだ。
 前は意識してなかったから平気だったが、もし今うちに帰ってサクラと同じ部屋で寝るはめになったらまずいかもしれない。
「それって私を女として見てるってこと?」
「……見るだろ、そりゃ」
 俺を好きだって女がすぐそばにいれば感じるものはある。結局、線を越えてるのはそこだけなんだ。
 他の女とサクラの違いは、彼女が俺を好きだって部分だけだ……と思う。

 呆然としていたサクラが気を取り直して呟いた。
「じゃあそれはもう恋だね」
「いや、分かんないんだって」
「それは恋です」
「言い聞かせようとするなよ」
「手出してみたらいいじゃない」
「お前なあ、もっと自分を大事にした方がいいぜ」
「だって何もしない意味が分かんない。好きだけど異性としては見れないんだって思ってたのに、手出せるなら出してくれればいいじゃん!」
 俺はサクラみたいに自信を持って「こいつが欲しい」と断言できないんだ。なのに軽い気持ちで手なんか出せるかよ。
「自分の気持ちに確信も持てないのにそういう関係になるってのは、気が引けるというか、だから、その……」

 段々と思考が言葉に追いつかなくなって黙ってたら、サクラがものすごく胡散臭そうな視線を向けてきた。
「何だよ」
「マッシュってもしかして、カイエンと同じくらい乙女?」
「はあっ!?」
「恋に夢見すぎなんじゃないの?」
「な……」
「邪な下心なんて少しも混じってない純粋な気持ちじゃないと“恋とは言えない!”とか思ってない?」
「お、思ってねえよ、そんなこと」
 ちょっと思ってたぜ。……か、カイエンと同じくらい? それはいくらなんでも言い過ぎだろ。

 大体だな、夢見すぎとか乙女とかそういう話じゃない。人間としての誠実さの問題だ。
「好きなら大事にしたいだろ。俺の勝手な欲でお前の気持ちを利用するなんてのは、」
「ほら、乙女!」
「違うって!!」
「手出したら『やっぱり好き』ってなるかもしれないし、そんな恋の仕方もありじゃない?」
「俺はそういう、体で好きになったみたいな不真面目なのは嫌だ」
「ほら〜夢見がちな乙女〜」
「その言い方やめろ!」
 なんかとてつもなく恥ずかしい。でも……サクラの言ってることは、間違ってはいない気がした。

 仲間への好意とどこで区別するか考えるのは釣書を見て結婚相手を品定めするのと似ている。
 俺はサクラに恋をしてると確信できる証拠を探してただけなのかもしれない。
「顔に惚れただけとか体だけとかよく言うけど、何が悪いの? 顔も体も心も全部ひっくるめて私だよ。恋するきっかけがどこだって、べつにいいじゃん」
「……そうかもなあ」
 何がそいつの本質かなんて考えるだけ無駄だ。サクラの言う通り、全部“サクラ”なんだから。
「私のこと受け止めてくれた腕の力強さも、最初に『大丈夫か』って心配してくれた優しい声も、大きくてまっすぐで純粋な心も、私はマッシュの全部が大好きだよ」
 その気持ちの強さがどれくらいか、サクラに応えられるだけの想いか、そんなもの計ったって仕方がない。
 多かれ少なかれ、俺の中にもサクラを欲しいと思う心がある。それがすべてだ。

 俺の首に腕を回してサクラが抱き着いてくる。爪先立ちになってるのを見て少し身を屈めたら、彼女の顔が目の前に近づいた。
「後悔したくないから、我儘でも勝手でも、私は自分の欲に素直でいたい」
「サクラ……」
 最初に何もない空から降ってきて、サクラは行く宛もなかったくせに俺と師匠を気遣って小屋を出て行こうとした。
 引き留めたのは、現れた時みたいにどっかへ消えてしまいそうで不安だったからだ。あのまま離したら二度と会えない気がした。
 縋りついてくる体を抱き返すと、細くて柔らかい、頼りない体だが確かに温かな鼓動が感じられる。
 こんな風に誰かを抱き締めたことなんてなかった。サクラを受け止めた瞬間は、俺にとっても特別だった。
 この腕に転がり込んできた命を離したくない。俺も……こいつが欲しい。

「えっ!」
 唇が触れる寸前、サクラが目を見開いた。
「ん?」
 尋常でない様子で後ろを指差すのにつられて振り返る。
「な、なんだありゃ!?」
 皆が集まっているブラックジャックの船首の向こう、空高くに、島が浮かんでいた。
 深く考えるよりも後悔が押し寄せてきた。……あんなもんが出てくる前に、さっさとキスしときゃよかった。




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