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降り積もる灰


 ジドールの瀟洒な町並みは、綺麗だけど庶民派の私には住みにくそうだった。でもたまに遊びに行くだけならおしゃれで楽しそうな雰囲気の町だ。
 帝国の首都であるベクタも、幻獣に破壊される前はきっとジドールと似た素敵な町だったんだと思う。
 メイドのお姉さんにもらった甘くて美味しいマドレーヌを食べながら、窓から見える光景が本当はどんなものだったのか想像していた。
 彼女が贔屓にしていたパン屋さんは襲撃で燃え落ちてしまったらしい。
 そしてパン屋の隣だった彼女の実家も半壊、幸いにも家族は無事だったけれど、今は軍が用意した仮設住宅で暮らしているのだとか。

 優雅に紅茶を飲みながら二つめのマドレーヌを頬張ったところでマッシュが部屋に戻ってきた。与えられた部屋でのんびりしてる私と違って、彼は忙しそうだ。
「サクラ、何やってんだ?」
「おやつタイム」
「……寛いでるなあ」
 一応はガストラ皇帝が和解を申し出てきたけれどリターナーはまったく信用してない。ハッキリと戦争が終わったと断言できない以上ここは未だ敵地だった。
 でも表面上は和解してることになってるから、表立って警戒できないのが辛いところだ。

「マッシュも休憩しない?」
「そう言われても、ベクタにいて緊張するなって方が難しいよ」
「甘いもの食べたらリラックスできるかも。はい、あーん」
「甘っ……。どこで拾ったんだ、これ」
「拾い食いなんかしないってば! メイドさんがくれたの。会食で余ったのをもらってみんなで分けてたんだって」
 こういうお菓子は久しぶりだから私はよっぽど嬉しそうな顔をしてたらしくて、お姉さんたちはほとんど全部のマドレーヌをくれたんだ。
 相手が軍人じゃないとはいえ帝国の人間と仲良くなりすぎだとマッシュに呆れられてしまった。

 幻獣に町を破壊されて彼らの力に恐怖し、戦争をやめてリターナーと和解する。
 そんな変わり身の早すぎるガストラ皇帝の言い分を信じられないのはもちろん私も同じだけれど、メイドさんにまで敵意を向ける気にはなれなかった。
 私たちを懐柔しようとか、油断させて暗殺しようとか、そんなことを企んでないのは顔を合わせて話をすれば分かることだ。
 人を見る目には自信がある。異世界に飛ばされた時、懐いても大丈夫な人をすぐ見分けられないと危ないからね。
 ガストラの真意がどこにあるとしても彼が尻尾を出すまではむやみに警戒してても仕方ない。仲良くなれる人とは仲良くしておけばいいと思ってしまう。

 皇帝の依頼を受けて、ティナ先輩とロックが幻獣を探しに旅立ってから今日でちょうど一週間。
 このところマッシュはバナンたちと、エドガーさんは帝国の人たちと話をするのに忙しい。カイエンは投獄されてるケフカを見張ってるし、ガウとモグは私と同じく暇を持て余してる。
「先輩たち、もう幻獣と会えたかなぁ」
「どうだろう。幻獣ラムウは暴走したティナに呼びかけたっていうから、彼らもティナや魔石に反応して正気に戻ってくれればいいんだけどな」
「……こっちで動きがあるとしたらそろそろ?」
 私がそう聞いたら、マッシュは難しい顔で考え込んでしまった。
「ガストラもケフカもシド博士もここにいるんだ。何かあるとしても、ティナが幻獣を連れて戻ってからだと思うが……」
 本気で和解するつもりがあるのか、それともまだ何か企んでるのか。

 ベクタ城は意外と居心地がよくて、メイドさんたちはフィガロ城の人たちと同じくらい優しい。この待遇さえガストラの策かもしれないと思いつつ、他人を疑うのは嫌なものだ。
 私は戦争の終わりを信じたい。帝国の人たちだって本当は争いを望んでるわけじゃないんだから。
 何が起こるか分からないんだから、何も起こらない可能性だってある。
「サクラ、気を抜きすぎるなよ。俺はなんだか嫌な予感がする」
「……うん」
 だけど皇帝を信じたい気持ちよりもマッシュを信じる気持ちの方がずっと強くて確かなものだから、どんなにリラックスしても完全に気を許すことはない。
 もし“何か”があったら私が足を引っ張りかねないんだ。後ろからいきなり刺されそうになってもテレポで逃げられるくらい、集中しておかないと。

 マッシュはまたエドガーさんと話をしに部屋を出ていった。テーブルの上にはマドレーヌが三つ。
 久しぶりに甘いものを食べて嬉しいのは確かだけれど、一人で食べきるにはさすがに多すぎる。
 というわけで地下牢にやってきた。
「カイエン、差し入れだよー!」
「これはサクラ殿、かたじけない」
 マッシュたちもピリピリしてるけれど、それ以上に張り詰めてるのはカイエンだった。ずっとケフカを見張ってるんだから無理もない。
 部屋に戻って休んでほしい。でも家族と故郷の仇を前にして「気を抜け」なんて不可能な話だった。
 だからせめて甘いものでも食べて心を休めてほしかったのに。
「うっ……、甘いでござるな」
「甘いの駄目だった?」
「……いや」
 カイエンはなぜか、微笑みつつも切ないような悲しいような顔をしている。どうしてだろう。余計に気を遣わせてしまった気がする。

 皇帝の意に反してドマ王国に毒を流した罪で、ケフカは投獄されている。見ている限りろくな食事も与えられず、毎日ぶつくさ不満を吐きながら寝てばっかりいるようだ。
 心の健康に悪そうな光景からカイエンを引っ張っていき、牢番の詰め所にある椅子に座らせた。
 私のティータイムに付き合わせるっていう名目でもないとカイエンは牢の前から離れてくれない。
「そういえばティナのお母さんって、マドリーヌだったよね。マドレーヌと何か関係あるのかなぁ」
「さて……言われてみると、ゾゾで見た幻影では帝国女性のような風貌でしたな」
 そもそもマドレーヌ自体が女の人の名前がついたお菓子だし、帝国ではポピュラーな名前なのかもしれない。だとするとマドリーヌは帝国の人なのかな。
 マディンが見せた記憶の中で、彼女は「人間の世界が嫌になった」と言ってた。
 一緒に仲良く暮らしていくっていうのは……そんなに難しいことなのかな。

「あのね、今さらなこと質問してもいい?」
「む?」
 ちょうどマドレーヌをかじったところで聞いてしまって、カイエンは口一杯にお菓子を入れたまま「どうぞ」と頷いた。髭に食べかすがついてる。
「ガストラ皇帝の目的って、世界征服……というか世界の統一、だったんだよね。フィガロもナルシェもジドールも全部“ガストラ帝国”にしようっていう」
 じゃあ逆にリターナーが目指してた最終目的って何だったのか。私の質問に、お菓子を飲み込んだカイエンが答える。
「それは……もちろん、帝国の打倒でござろう」
「皇帝を殺っちゃうってこと?」
「サクラ殿!」
 慌てて辺りを見回すカイエンを、牢番は離れたところにいるから大丈夫だと宥める。

 帝国は倒さなければと言うけれど、その“帝国”って一体、何を指してるんだろう。
「ナルシェでバナンは『幻獣の協力を得て帝国を挟み撃ちにする』って言ってたけど、じゃあ暴走した幻獣がやったのはバナンの望み通りのことでしょ?」
 封魔壁を開くと決めたのはバナンだ。予定と違う道を通ったとはいえ、燃え上がるベクタの町、あの光景をリターナーは望んでたんじゃないか。
「……帝国を倒しても、こういう結果にしかならないのかな。そこに住んでる何の罪もない人たちが……傷ついて、苦しんで」
 今度は帝国の人たちが幻獣を恐れて憎むんだろうか。
「ガストラを倒してリターナーが勝ったら、ベクタの人たちはどうなるのかな……」

 答えの出ないモヤモヤしたものが気持ち悪くて質問したんだけど、途中から自分でも何を聞きたいのかよく分からなくなった。
 ただ、カイエンのいたドマ王国は最初からリターナーと同盟を結んでたらしいから、答えの手がかりくらいは掴めないかと思ってしまう。

 残りのお菓子を見つめながら考え込んでいたカイエンが、厳かに口を開いた。
「我がドマの侍は降伏を良しとせぬ。誤って生きるよりも、己の意思を剣に懸けて死ぬのが武士道でござる」
「あ、武士道とは死ぬことと見つけたり、ってやつだよね」
「拙者は……たとえこのまま和解が成ろうとも、拙者はガストラを信じぬ。あやつと相容れることはない」
 それは自分の意思に反することだと断言されて困惑した。だってそれじゃあ、永遠に争いが終わらない。
「心配せずとも、復讐のために和平を台無しにするような真似はせぬよ」
「我慢して仲良くする、ってこと?」
「そういうわけではないが……」
 ガストラは確かに間違ったことをしたけれど、許して信じなければ和解もできないんじゃないかと、そう思ってしまう私が甘いんだろうか。

「サクラ殿に必要なものを帝国人が持っていた時、そなたはどうする?」
「え? うーん。お願いして借りる、かな」
 このマドレーヌみたいに、親切な人だったらくれるかもしれないし、でなくても貸すだけなら構わないって人もいるかもしれない。
「駄目だと言われたら?」
「じゃあ諦めるしかないよ。で、他の方法を探す」
「それができず、他から奪うことを選んだのがガストラ帝国でござる」
「う……」
 手を取り合う道を捨てて戦争を吹っかけたのは帝国の方だ。やっぱり止めたと言って頭を下げても、許されないことはある。

「ドマ王は……、陛下は仁の御方であった。己を曲げ、敵と和することも厭わぬ、王であった」
 本当ならガストラもそうするべきだったのに。
 帝国を豊かにするために、他から奪うんじゃなくて話し合って協力して一緒に乗り越えていれば、ベクタの町が戦火に晒されることもなかったのに。
「戦士は自由を欲し、勝利を求める。それゆえに、戦士は王になれぬのでござる」
「自制できない人が王になっちゃいけない、から?」
「陛下も、既に滅びし三国の王も、エドガー王も、誰しもガストラになり得る。だからこそ国の頂点に立つ者は、己の欲を抑えねばならぬ」
「帝国は力を持ってるからこそ、それを誰にも向けないって、信じてもらえるようにしなきゃ駄目だったんだね」
 ガストラは自分に抑止力がないことを世界に証明してしまった。そしてまた帝国の人たちも、皇帝を止めなかった時点で同じなんだ。

 町の人たちやメイドさんたちは“戦争とは無関係”な罪なき人だと私は思ってたけれど……でも、違うのかもしれない。
 それは私が、リターナーに属さなくてもマッシュの味方でいることを選んだのと同じように。
 罪があろうとなかろうと“帝国の人間”である事実は変わらない。
「……拙者は、毒を使ったケフカが憎い。しかし仲間が殺されたことは……恨んでおらぬよ」
 自分の意思に責任を取るのは自分だけなんだ。
「早くに降伏を選んでおれば死は免れたであろう。誤って生きるよりもドマの戦士として死ぬ道を選んだのは、己自身なのだ」
 たとえば皇帝の行いに疑問を感じたならセリスのように国を捨てることもできた。
 帝国に住んでいる限り、その豊かな暮らしは他人から奪ったものだと自覚していなければいけなかった。
 そして皇帝は、自分の民を誤った道に引きずり込んではいけなかった。

 戦争の落としどころ、分かってしまった。
 民は自分の意思に自由で、その自由に責任を持つべきだ。
 そして自由を与えてあげられるのは国の主だけだから、争って奪うことを良しとする……争いの火種を蒔く人間をそこに座らせていてはいけない。
 ガストラが皇帝の座を降りて、自分の意思よりも平和を優先できる人を戴かない限り、和解なんてできないんだ。

 私は今までずっと何かあるたびに違う世界へ逃げ出すばかりだったから、根を張って生きることの難しさを実感していた。
 何もできない、何も役に立ってないと思ってたけど、私だってこの戦いに無関係じゃないんだよね。
 マッシュや仲間たちが生きること、勝つことを望んでる。そのために動いてる。
 たとえ帝国の兵士を殺してでも大切な人が生きて帰ってくることを望むなら、私は私の意思で、誰かの死に荷担してるんだ。
 ひとつの命も犠牲にせず生きることなんてできないからこそ、今こうして生きている事実が尊い。
 
 休憩タイムを早々に終えて、カイエンは牢の見張りに戻った。
 ケフカは相変わらず不貞腐れた顔で粗末なベッドに寝転がっている。なんとなく違和感を抱いた。
「……あの人、ずっと寝てるね」
「大人しく裁きを待っているなら良いのでござるが」
 幻獣の件に片がついたらケフカに与えられる罰が決まる。
 私はケフカのことをよく知らないけれど、話に聞く限りではそれを大人しく待ってるような人間ではなさそうだった。
 人格が破綻した魔導師、実験で心が壊れた男、並外れた魔力の持ち主……。
 城の人たちから聞いた言葉を思い出すごとに違和感が無視できないほど大きく膨らんできた。
「ケフカって、テレポは使えないんだよね?」
「それは、」
 私の質問にカイエンは絶句した。

 魔導研究所で追いつめられた時、セリスはみんなを逃がすためにテレポでケフカをその場から連れ去ったと聞いてる。
「あの時ケフカは、魔法の存在を知っていたようではあったが……しかし」
「セリスが土壇場で無理してテレポを使えたんだとしても、ケフカはセリスより、下手したらティナより強い魔導師なんでしょ?」
「む……」
 魔導注入実験のせいで頭がおかしくなった、それは体を支配する魔導の力が強すぎたせいだって兵士さんが言っていた。
 仮にテレポが使えなかったとしても……。
「……ブリザド」
 ぽそっと唱えた攻撃魔法はケフカが眠る牢屋の床にぶつかって消えた。魔法が使えなくなってるわけじゃないんだ。
「脱出しようと思えば、できるんじゃないの……?」
 どうしてケフカのような男が大人しくお縄についているのか。

 ティナを幻獣のもとに向かわせたのは彼らに今までのことを詫びて和解するためだと皇帝は言う。
 でもガストラ皇帝はその欲深さで数多くの人を苦しめてきたんだ。本当に世界征服を諦めたなんて誰も信じてない。
 マディンの記憶に見たあの執念。何十年もかけて古代の書物を紐解き、幻獣の力を我が物にしようと企んで……。
 自分から世界中に戦争を仕掛けた男が、一度町を襲撃されたくらいでそんなに恐れおののくだろうか?
 幻獣の強さなんて私たちよりガストラの方がよく知ってるはずなんだ。だからこそ彼はその力を欲してるのに。

 マッシュの不安が伝染してきたみたいに嫌な予感がする。
 もう一度、牢のケフカを見つめる。始めに抱いた違和感の正体を見つけた。
「……シーツが」
「サクラ殿?」
 シーツが沈み込んでない。まるでそこにいるケフカには“重さ”がないみたいだ。
「ブリザド!」
 今度は床じゃなくてベッドに向かって魔法を放つ。氷の塊は……ケフカをすり抜けて、硬いベッドに当たって砕けた。
 不気味な笑みを浮かべたケフカが体を起こす。
「まんまと騙されやがって、間抜けなやつらめ! 平和なんてくそっくらえだ!」
 耳障りな高笑いを響かせながら、そいつは溶けるように消えてしまった。

「幻影だと……、一体いつから!?」
「最初から、かもしれない」
 ケフカは捕らえられてなんかいなかったんだ。だとすれば本物はどこに……。
「サクラ!」
 慌ただしい足音と名前を呼ぶ声に振り返る。マッシュが地下牢に降りてくるところだった。
「マッシュ、悲しいお知らせだけど、牢にいたケフカは偽者だよ」
「魔法で幻影を作り出していたようでござる。ガストラ皇帝が知らなかったとは思えん」
 特に驚きもせずマッシュは頷いた。
「兄貴が情報を仕入れてきた。和平の提案は罠だ。帝国は、幻獣を捕らえるために俺たちを……ティナを利用したんだ」

 仮に約束を破るとしても、ガストラが動くならティナたちが戻ってからだろうと思ってた。
 だけどよく考えたら18年前も、帝国軍は幻獣界に乗り込んで幻獣狩りを行ったんだ。
 封魔壁から飛び出した幻獣を探すことだけが目的だ。彼らをここに連れてきて話し合う必要なんてない。
 本物のケフカも、おそらくガストラ皇帝も、もうベクタにはいないだろう。
「兄貴がバナン様たちを逃がしてる。俺たちも飛空艇に戻るぞ」
 やっぱり、まだ駄目なんだ。……ガストラが玉座にある限り戦争は終わらない。私たちも帝国の人たちも平和なんて得られない。
 ジドールの町を歩くような気軽さでベクタを訪ねて、メイドさんたちがおすすめしてくれた店に行ける日は、未だ遠い。




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