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薔薇色に燃える


 いい気持ちで微睡んでいた。兄弟子と一緒に体力の限界までコルツ山を駆け回って、一っ風呂浴びてから泥のように眠った翌朝みたいな気分だ。
「おはよう、マッシュ」
 目が覚めると、すぐそこにサクラの笑顔がある。
「……おはよう」
 なんでサクラが俺の部屋にいるんだ。しかもすごく近い。まるで同じベッドで彼女を抱き締めて眠ってたみたいだ。
 というか、この腕の中のやわらかくて温かい感触は紛れもなく目の前にいるサクラの体に間違いない、ってことは、みたいも何も実際に俺はこいつを抱き締めて眠っ……!
「な、何やってんだよサクラ!!」
「何って、起こしに来たらベッドに引きずり込まれたからそのまま抱き締められてたんだけど」
「俺か!! ご、ごめん……」
 それにしたって少しは抵抗してくれよ。……いや、サクラの力で俺に抵抗するのは無理だな。だからこそ俺が自制しなきゃいけないのに、あーもう!
 こんなことがカイエンにバレたらセップクものだぜ。

 慌てて体を起こしたらサクラも名残惜しげにしつつ起き上がる。窓の外は明るい。もう朝……どころじゃなさそうだな。
「今何時だ?」
「12時ちょっと過ぎたところ」
「え!?」
 そんなに遅くまで寝てたのは何年ぶりだろう。大体、サクラが来るまで自力で起きなかったっていうのが既に不覚だ。
「マッシュが昼まで寝てるなんて珍しいね。疲れが溜まってるんじゃない?」
「うー……鈍ってるだけかもしれない」
 このところ生活が不規則だからなあ。寝る時間も起きる時間も飯の時間も鍛練の時間もバラバラで、疲れは感じないけどスッキリしない気分が昨夜まで続いてた。
 今の俺はそれで体調を崩すほど弱くはないが、常に万全でいられるように気を引き締めないと。

 ティナたちは封魔壁に着いた頃だろうか。帝国の監視が厳しいはずだが、機転の効く兄貴とロックがついているからその辺りは安心だ。
 正直、ロックも働きづめだからそろそろ休んだ方がいいとは思う。だけど今はゆっくり眠る気になれないという彼の気持ちも分かるから何も言えなかった。
 セリスがどこでどうしてるのかという話はだんだんと禁句になりつつある。
 彼女がスパイだなんて疑ってもないけど、一人で帝国の真ん中に取り残されてしまったのは事実だからな。心配だ。

 朝飯というには遅すぎる時間だが、飯を食いにラウンジに向かう。
 サクラは朝にも一度起こしに来たらしい。それで起きなかったんで、昼飯ができてからまた来たんだそうだ。
 ラウンジには俺と同じく起きたばかりのセッツァーもいた。
「他のみんなは?」
「もう食べちゃったよ」
 じゃあ、今まで寝てたのは俺とセッツァーだけか。完全に弛んでるな……。

 皿に大盛りの肉を頬張る俺をサクラはやたらと嬉しそうな顔で見つめ、セッツァーは正反対にげんなりした顔で眺めている。
「お前、よく朝からそんなに食えるな……」
「朝じゃなくて昼飯だろ?」
「俺が起きた時間が朝だ」
 どんな理屈だよ。
 ちなみにセッツァーの分は野菜が中心で量だって俺の半分もない。それですら起きがけには食えないとぼやいている。要らないなら食ってやろうかと思ったらサクラに怒られてしまった。
「ちゃんと食べないから体が弱って夜眠れないし朝起きれないんだよ。残さずに食べないとお酒出してあげないからね!」
「……くそ、口うるせえやつを乗せちまったもんだ」
 そうは言うけど食事の仕度から何からサクラに頼りっぱなしだよな。
 俺たちがベクタに行ってる間になんとなく家事はサクラの役目になっていた。当たり前みたいに押しつけるのは良くないんだが、サクラの飯は美味いんだよなあ。

 結局セッツァーは、俺が食い終わるのにかかった時間の三倍近くかけてやっと昼飯を終えた。後片づけをしながらサクラが不意に呟く。
「もうすぐモグの誕生日なんだって」
 モーグリにも誕生日があるんだな、なんて馬鹿なことを考えた。そうか、じゃあそれまでに幻獣の一件が終わるといいな。ティナはモグを気に入ってるみたいだから一緒にお祝いしたいだろう。
 サクラは贈り物を考えてるようだ。
「何あげたらいいと思う?」
「肉」
「酒」
「……聞く人を間違った……。あとでカイエンと相談しよっと」
 しかしモーグリって、何が好物なんだろう。モグはサクラの作った料理を普通に食べてるけど、食わなくても結構な長期間を生きられると言っていた。
 あいつ……彼か彼女かもよく知らないが、誕生日のお祝いに何を贈ればいいって、確かに何も思いつかないな。

 せめて皿を洗うくらいは手伝おうと思うのに俺が立ち上がるとサクラは「座ってろ」と怒る。その役割にやり甲斐を見出だしてるならいいことなんだが、どうも居心地が悪い。
 あれこれ世話を焼かれるのはコルツの小屋でも同じだったのに、今はなんかムズムズするんだよな。ここが自分の家じゃないせいか、それともサクラが世話してるのが俺だけじゃないからか。
 いやそもそも、サクラだけが食事の準備も片づけも風呂の用意も洗濯もやってるのはどうなんだ?
 俺たちが戦ってる間も帰る場所を守っててほしいとは言ったが、これじゃあ使用人扱いしてるみたいでなんとなく嫌なんだ。

 今は兄貴とティナとロックが封魔壁に出かけてるが、戻ってきたらそれなりの人数だ。ガウとモグは除くとしても家事は持ち回り制にしていいんじゃないかと思う。
「全員分の食事作るのは大変だろ?」
 しかしサクラはあまりその提案に乗り気じゃないようだった。
「大変って言えば大変だけど、楽しいよ」
「うーん、でもなぁ……」
「いいじゃねえか。本人がやりたがってんだから、好きにやらせとけ」
 セッツァーが言うと優しさっていうより面倒事を押しつけてるようにしか聞こえないな。

「そりゃ、サクラが楽しいなら無理には止めないけどさ。疲れないか?」
「適当にやってるから大丈夫〜」
「お前がいない時は露骨に手抜いてんだよ、こいつは」
 ん? そうなのか?
「だってマッシュの胃袋掴むのが目的だもん。いない時にはりきっても意味ないでしょ」
「動機が不純極まりねえ」
「えー、マリア攫おうとしたセッツァーには言われたくないでーす!」
 俺とセッツァーのメニューが違うのはサクラなりの気配りだったと思うんだけど、俺のいない時どんな風なのかちょっと気になる。

 まあ、俺はただサクラが戦いに出られないことでまた追いつめられてないか心配だっただけだ。適度に手を抜いて無理せずやってるならそれでいい。
「でも俺の胃袋を掴むってどういう意味だ」
「サクラが作る飯ってうまいよな、からの、奥さんになって毎日作ってほしい! と思わせる作戦だよ」
「へ、へえ……」
 俺の記憶が確かなら奥さんになるまでもなく毎日作ってくれてた気がするんだけど。
 しかし修練小屋で一緒に暮らすようになってから、サクラのお陰で生活に潤いができたのは事実だ。うちにいてほしいと思うのは飯のためだけじゃないけど、それも大きな理由のひとつではある。
 ってことは、しっかり目論見に嵌まってるのか、俺は。

 なんとなく照れ臭くなって誤魔化した。
「胃袋を掴むなんて言うから何かの必殺技かと思ったぜ」
「えっ、怖い! 胃袋を掴んで引きずり出す的な!?」
「そうそう。こうやってな」
「わひゃっ、ちょ、そ、そこ駄目!」
「お前くすぐったがりだなあ」
「腰とお腹は駄目〜!」
「おい、てめえら……俺の前でイチャイチャすんのやめてもらっていいですかね……」
 なぜだか妙な敬語になってるセッツァーに笑いつつ呑気にサクラと遊んでいたが、次の瞬間、凍りついた。

「マッシュ?」
 一瞬、空気が張り詰めたと思ったら凄まじい殺気が辺りに満ちた。ラウンジの窓を凝視する。封魔壁がある方角の空が光り、そこから無数の何かが飛び出してくる。
「な、なにあれ!」
「魔物か!?」
 違う……あれはおそらく、封魔壁の奥、結界を隔てた向こう側の世界にいたはずの存在……幻獣だ。
 それから数分後に憔悴したティナを連れて兄貴たちが戻ってきた。
 幻獣との対話は叶わなかった。彼らは封魔壁を破って飛び出し、ティナには目もくれずにベクタの方角へ飛び去ってしまったそうだ。あの殺気……、どうも嫌な予感がするな。

 兄貴たちによると封魔壁までケフカが尾行してきていたらしい。ガストラは俺たちが幻獣と接触するのを読んでいたんだ。監視所を易々と突破できたのは泳がされていただけか。
 どちらにせよ飛び出してきた幻獣の行方は確かめないといけない。早速、セッツァーはブラックジャック号をベクタに向けて発進する。
「幻獣は何しに帝国へ行ったのかな……」
「挨拶して終わりってわけには、いかないだろうなあ」
 俺は……おそらくはロックとカイエンも、魔導研究所の有り様を思い出していた。
 18年前のガストラによる襲撃以来、人間との関わりを徹底的に避けてきた幻獣たちが何の目的を持って帝国に向かったのか。考えたくもないくらい、簡単に想像がつく。

 悲痛な顔で西の空をじっと見つめていたティナが急に踞った。
「先輩?」
「感じる……近づいてくる……」
 サクラが駆け寄ろうとするが、遠く前方に何かの影が見えて立ち止まる。
「なんだ!?」
 ここは空の上だぞ。何と出会すっていうんだ。
「サクラ、船の中に……、こっち来い!」
 船内に逃がそうにも間に合わない。サクラの手を引いて甲板に伏せたところで頭上を何かが猛スピードで飛んでいった。
「げ、幻獣……?」
「なんで攻撃してくるの!?」
 さっき封魔壁を飛び立ったであろう幻獣たちはベクタ方面の空から戻ってきて、ブラックジャックを避けようともせず次々と体当たりして東の空へと消えていった。

 見境がなくなって、暴走してるみたいだった。ナルシェで氷漬けの幻獣と共鳴した時のティナと同じだ。
「みんな……怒ってた……」
「な、何にですか?」
「……分からない」
 自分で自分が押さえられなくなって、力の赴くままに駆け抜ける獣。そこに復讐への欲求が加われば……。
 我を忘れたティナはコーリンゲンの一軒家を破壊してしまったという。あれだけの数の幻獣が暴れ狂ったら、でかい町くらい壊してしまえるだろうな。

 早くベクタの様子を見に行かないと心配だ。魔導研究所や帝国城がめちゃくちゃになるだけなら自業自得だが、あの幻獣たちに自制心は期待できない。どこまで被害が出ているか。
 だがベクタに向かっていたはずのブラックジャックは進路をずらし、どんどん南へと流されていく。
「お、おい、なんか揺れてないか!?」
 さっきの体当たりのせいか。気づけば船体のあちこちから煙があがっている。燃え始めたらヤバイぞ。
「くそっ、舵がイカれやがった! 全員中に戻れ!!」
「セッツァー!」
 一人で舵のところに戻ろうとするセッツァーを振り返り、サクラが慌てて魔石を取り出した。閃光と共に幽霊のような姿の幻獣が現れる。
 ああ、そうか。……あいつってほんと、妙なところで冷静だよな。

 程なくしてブラックジャックは帝国の南西に不時着した。乗組員を含めて仲間は全員、無事だった。ファントムの魔石のお陰だ。
 しかし船はしばらく立ち直れそうにない。修理のためにセッツァーを残し、全員で歩いてベクタを目指すことになった。
 そこで待ってるのは、たぶん喜ばしくない光景だろうな。




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