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鈍色に磨いた自由


 マッシュがいないと暇だ。すごく退屈だ。マッシュのそばにいる時間がキラキラ輝きすぎてるから、彼がいない時の私はやる気が半分未満になってしまう。
 徒歩でベクタに向かって研究所に忍び込む準備をして潜入して幻獣を助け出して帰ってくる。順調にいっても一週間弱かかる、って言ってた。
 あれからまだ三日しか経っていない。マッシュたちは今ごろ幻獣を見つけた頃かなぁ。
 暇で暇で仕方ないので私は勉強に精を出していた。セッツァーに手帳をもらって、この世界のことについて書き留めておく。
 幻獣や魔大戦について、世界に存在する国の名前や位置について、飛空艇の操縦方法、お風呂や洗濯機の使い方、食べ物の基礎知識、料理のレシピ。
 歴史について学ぶよりは身近なこと、生活の知恵や料理のことを調べる方が楽しかった。だってそれは確実に将来の役に立つからね。

 勉強の傍ら、家事も頑張っている。ブラックジャック号には一通りの近代的な設備が揃ってるので仲間が増えてもあんまり大変ではなさそうだった。
 マッシュたちが帰ってきてゾゾに戻って……ティナ先輩やエドガーさんにガウも一緒に、この船に乗れたらいいんだけど。
 セッツァーは私たちを帝国に連れてきてくれた。でも研究所から幻獣を助け出したらその後のことは約束していない。
 もしかしたらティナ先輩のいるゾゾの町に送ってもらってそれっきりになるかもしれない。
 そうならないように、ブラックジャック内の掃除や乗組員さんの食事の用意、それに洗濯なんかをはりきってこなしている。
 私がそれなりに役立っておけば「よし、これからも協力してやるか!」って気持ちになってくれるかもしれないし。

 家事が一段落したので遅めの昼食。セッツァーは生活時間が不規則なせいかとても食が細い。そのくせ野菜は嫌いで肉を食べたがるから面倒なんだよね。
 上等なお肉をうまく調理しないと満足してくれないんだ。それより栄養バランスを考えた方がいいと思うんだけど。
 基本的にカジノから出ないから色白だし、お酒とタバコが好きなのも不健康に一役買ってるんじゃないかな。つまるところマッシュと正反対だ。
 マッシュはとりあえず肉を出しておけば喜ぶし私の五倍くらい平気で食べるけど、本当に幸せそうな顔をするから作るのが面倒に感じない。
 鍛え上げた筋肉質な体は日に焼けて見るからに健康的で、生命力が漲ってるって感じだ。
 何が言いたいかというと、マッシュ早く帰ってこないかなぁ、ってこと。
 料理も洗濯も嫌いじゃないけど、マッシュのためにやる方がずっと楽しいのに。

 色白で偏食で不健康で不平不満の多いセッツァーと一緒にごはんを食べながら、そういえばまだ話してなかったと今までのことを説明しておいた。
 ティナ先輩がリターナーに加わった経緯、ナルシェでの暴走、みんなは彼女を正気に戻すためにベクタに向かったということ。ついでにドマやナルシェでの帝国の所業と、リターナーの目的なんかも。
 話しながら自分の頭も整理できて、今までぼんやりと認識してただけのことが繋がっていく気がした。
 リターナーというかバナンに共感なんてしたくないけど、帝国を倒さなくちゃいけないという気持ちは私にもなんとなく分かってきた。
 きっとガストラ皇帝や彼に従う人々にも正義はあるんだと思う。かつてのティナ先輩やセリスも間違ったことのために戦ってたわけじゃないはずなんだ。
 ただ、帝国がある限り、自由に生きられない人がたくさんいる。その中に私の大切な人がいる。だから戦いが起こる。
 衝突を避けられたらそれでよかったけれど、帝国は自ら近づいてきた。生きていくためには戦わなくちゃいけないんだ。

 興味なさそうに聞いてたセッツァーだけれど、一応は理解してくれたみたいだ。
 彼にとっては帝国が正義か悪かなんて重要じゃないんだと思う。彼はセリスの度胸に自分の命をベットした。だからセリスの意思に協力してくれるんだ。
 それは私がここにいる動機と、似てる気がした。

「で、お前もそのリターナーとやらの一員だろ? あいつらについて行かなくてよかったのかよ」
「潜入任務なんて足引っ張るのが目に見えてるし。それに、待ってるのが私の役目だってマッシュが言った」
「そんなのはつまんねえだろ。役立たずだって言われたようなもんじゃねえか」
「戦闘で役に立たないのは本当だからいいの」
 前はそれがすごく悲しかった。私もマッシュと一緒に戦いたかった。でもマッシュが、私には家にいてほしいって言うから、私の戦場はここなんだ。
「不安はあるけど……信じて待つのも戦いのうちなのかなって、最近は思うようになったんだ」
 一人で待ってるのはやっぱり淋しくて辛いけど、帰ってくると言ったマッシュを信じてるから私も強くなれるんだ。

「お前、マッシュに惚れてんのか?」
「うん!」
「即答かよ……」
「あ、私がマッシュと会った時の話も聞く?」
「いや、いい」
「あれがもう三ヶ月も前のことなんだよねぇ。私がマッシュと会ったのは、」
「聞きたくねえって言ってるだろ」
「マッシュはいきなり空から落ちてきた私を軽々受け止めてくれて〜」
「おい、やめろ!」
「初めて会った時からマッシュはめちゃくちゃカッコよかったけど、今はもっとカッコよくなってるんだよ」
「てめえ、口閉じる気ないな……?」

 途中からセッツァーがタバコの煙を吐きかけて邪魔をしてきたけど、めげずにマッシュの魅力を語り倒してちょっとだけ満足した。
「しかしあいつらも無謀っつーか、思いきりがいいよな。俺がこのまま逃げたらどうするつもりなんだか」
「あなたはそんなカッコ悪いことしないと思う」
「どうだかな。負けた金踏み倒すくらいはするかもしれねえぜ?」
 それはあるかもしれない。こんな御時世、清く正しく誠実に、なんて拘ってたらギャンブルの世界で生き残るのは無理だと思う。
 セッツァーはすれっからしの目をしてる。今まで意地汚くてカッコ悪くて卑劣なことだってたくさんしてきたんじゃないかな。でも……そういうことじゃないんだ。
「普通なら、帝国に刃向かうなんて怖いし嫌だよ。逃げたってカッコ悪いなんて思わない。なのに酔狂でそれをやってのけるのが、セッツァーのカッコいいところでしょ?」
「……」
 なんでか呆れたような顔で見られた。変なことは言ってないはずなんだけどなぁ。

 たぶん、ギャンブラーだしマリアを誘拐しようとするような人だし、セッツァーという人は一般的に見て信頼に値しない人物だと思う。
 三日間様子を見ていて「悪人ぶってるだけで実は善人だ!」ということも特になかった。
 それでもやっぱり思うことは。
「セッツァーって、見た目と違っていい人だよね」
「はあ?」
 誠実や善良って言葉とは縁がないかもしれないけど、きっと“いい仲間”になれる気がしてる。
「だって帝国に連れてってもらう代わりにセリスが彼女になるのが条件だったんだよ? こっちから条件を出す権利なかったのに、なぜかそれを飲んでくれたし」
「……」
「本当は賭けに乗る必要なんてなかったのに」
「……」
「まあセリスの口車に乗せられちゃっただけかもしれないけど」
 詭弁の正義を語って他人を戦いに巻き込もうとする人より、セリスの人柄に惚れて自分のすべてを賭けてくれたセッツァーの方が、ずっと“いい人”だ。

 口車に乗せられたというのが図星だったのか、セッツァーは少し機嫌を損ねた。
「なんならお前がセリスの代わりになるか?」
「あははは! 面白い冗談だね」
「両表のコインは無しで、って言ったらマッシュはどうするだろうな」
「受けて立つんじゃない? マッシュが勝つに決まってるもん」
 セリスも、仮に両表のコインを持ってなくても同じ賭けをしたんじゃないかな。
「だって私がマッシュ以外のところに行くなんてあり得ないから、セッツァーはその賭けに絶対勝てないよ」
「……すげえ自信だな」
「一番大切なものを絶対に譲らない気持ちがあれば、どんな賭けにも勝てるんだよ」
 負けを認めなければ負けたことにはならない。絶望せずに歩み続けて最後にそれを掴みとれたら、勝ちは勝ちなんだ。

 タバコをふかしながら私を見つめていたセッツァーが、ふと呟いた。
「兄貴がフィガロ王だとか言ってたっけか」
「そうだよ。お金たからないでね」
「んなことしねえよ。賭けに巻き込むかもしれねえけどな」
 どうなんだろう。エドガーさんは国のお金でギャンブルなんてしないと思う。ポケットマネーは持ってるのかな?
 マッシュはお金持ってないけど金銭感覚は意外と極端だもんなぁ。たまに買い物に行くとポンって高価なもの買っちゃうし。
 ……セッツァーに巻き上げられてお兄さんに泣きつかなくていいようにちゃんと見張っておかないと。

 余計なことを考えてる私をよそに、セッツァーもべつのことを考えてたみたいだ。
「玉の輿狙いか?」
「マッシュはお金持ってないよ? いろいろあって国を出てるから、王宮とも関係ないし」
「兄貴が死んだら分かんねえんだろ。あいつ人が良さそうだったしな。周りにせがまれたら国に戻るだろうさ」
「エドガーさんに何かあったら、なおさらマッシュはフィガロには戻らないんじゃないかな」
 小屋での生活が性に合ってるって言ってた。自分のために自分の力で生きていくことが楽しいんだって。
「民のためとか国のためとか、そういう義務に縛られず自由に生きられるように、城を出たんだから」
 マッシュはエドガーさんの自由を預かってる。だからこそ、どんなことがあっても国事には関わりたがらないと思う。
「自由、か……」

 この大陸に渡る前、ブラックジャックを飛ばしながらセッツァーが言っていたことを思い出した。
 落ちる時は落ちるもの。人生とは運命を切り開く賭けの連続……。
 そういえばマッシュも、運命を切り開くために大きな賭けをしたんだよね。
「17歳の時に先代の王様が亡くなって、コインで二人の道を決めたらしいよ。表が出たらマッシュは城を出て自由に生きる。裏が出たら、残って二人で国を支える、って」
 あれはセリスが使った両表のコインだったらしい。エドガーさんは最初からマッシュを自由にするつもりだったんだ。
 でもマッシュはそれを知らなかったから、すべてをコインに委ねて人生を賭けたんだ。

「は! 世継ぎをコインで決めたってのか。そいつはいいね」
 ギャンブルを愛するセッツァーは思いきりよく大きな賭けに出る人のことも好ましく思うらしい。彼の中でマッシュの好感度が急に上がったのが分かる。
「暑苦しい筋肉野郎かと思ってたが、なかなかのギャンブラーじゃねえか」
「セッツァーは筋肉なさそうだね」
「……うるせえ」
 余計なことを言うなって頬っぺたを引っ張られた。

 タバコの火を行儀悪くお皿の端で消して、セッツァーが立ち上がる。ごはんを食べ終わったからお酒飲んで寝るのかな、と思ってたら懐から取り出した小さな機械を渡された。
「なにこれ?」
「警報器だ」
 そうじゃなくて、なんで渡されたんだろう。
「ベクタで一稼ぎついでにあいつらの様子を見てくるぜ」
「え、一人で?」
「お前を連れて酒場なんか行ったらマッシュに殴られるだろーが」
 いや問題なのはそこじゃなくて。セッツァーは戦士じゃない。マッシュやカイエンやセリスと比べたら気の毒だけど、単独で見たってお世辞にも強いとは言えないんだ。
 不安なのでキリンの魔石を渡しておくことにした。回復魔法があればモンスターに襲われても切り抜けられると思う。

 セッツァーも一応、ベクタの奥深くに潜入してるみんなを心配してくれてるらしい。それは素直に嬉しく思う。
「合流したら警報器を鳴らす。船を操縦して迎えに来いよ」
「え、ええっ!?」
「操縦法は教えたろ?」
 聞いたけど、まだ実際に動かしたことがないのにいきなりぶっつけ本番で飛べと……。
 困惑してる私をよそにセッツァーは本当に船を降りて一人でマッシュたちの後を追っていってしまった。
 それこそ私がブラックジャックを持ち逃げしたらどうするんだろう。彼なりに私たちを信頼してくれたっていう意思表示、なのかな。




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