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揺るぎない黒


 予定外の邪魔が入ったせいでセッツァーを取り逃がすはめになった。
 俺たちがオルトロスと戦ってる間に、マリアに扮したセリスは攫われてしまった。このまま飛空艇で連れ去られたら俺たちには追いつけない。
 マリアだとバレなければそれはそれで困ったことになるが、もっと大変なのはセリスの正体がバレた時だ。怒ったセッツァーに何をされるか。
 舞台上の後始末をダンチョーに任せて俺たちは劇場の外へ向かった。だが、一足遅かった。
「飛空艇が!」
 ブラックジャック号はすでに地面を離れ、空に飛び立ちつつある。
「間に合わなんだか!」
「セリス……」
 劇場を出る前に捕まえたかったが、まだ諦めるには早すぎるよな。
「サクラはどこだ?」
 あいつがうまくやってくれれば今からでも飛空艇の中に行けるはずだ。

 ロックは飛び去っていく飛空艇を呆然と見つめている。振り向くと、ちょうどサクラが息を切らしながら劇場から出てくるところだった。
「サクラ! ……やけに荷物多いな」
「みんなが控え室に置いてったからでしょ! もー!」
「持ってきてくれたのか」
「か、かたじけない」
 セッツァーを取り押さえるつもりでいたから荷物のことなんて考えてなかったな。サクラはこれを取りに戻ってたのか。
「で、飛空艇には忍び込めたか?」
「ばっちり。乗組員が少ないみたいで、全然見つかる心配もなかったよ」
 セッツァーにバレずにテレポートできそうな場所も確認してきたらしい。なんだろう、俺たちよりサクラの方が役に立ってる気がするぞ……。
「なんだかんだ頼りになるよな、お前」
「え? えへへー、そうでしょ?」
 あんまり嬉しそうに笑うもんだから思わず頭を撫でてやってたら、なぜかカイエンとロックに生暖かい目で見られた。何なんだよ。

「というわけでテレポートします!」
「俺たちも連れて移動できるのか?」
「たぶん」
 魔石を手に入れてからサクラは改めて転移術の特訓をしていた。しっかり集中さえすれば狙ったところに移動できるようにはなったらしい。ただ、それは自分一人だけ移動する時の話だ。
 自分だけなら“目的地に行く”ということだけに集中すればいい。しかし“他人を運ぶ”となると他のことも考えなくちゃいけなくなる。集中が乱れるんだ。そして集中が乱れれば、技もうまく発動しない。
 セリスが言うには、柔軟性の高いやつは代わりに型通りの魔法を苦手とするものらしい。その克服のために帝国では魔法に名前をつけている。
 消費する魔力や威力を統一して型を作っておくんだ。そうすればあれこれ考えなくたって“テレポを発動する”ことに集中するだけで済む。
 世界を跨ぐほどの力があるんだから、ティナやセリスがテレポを使えるようになればサクラもそれを真似して使いこなせると思う。それまでは……修行あるのみだな。

 初めて他人を連れてテレポートするっていうんでかなり緊張してるみたいだ。全身が強張ってる。
「とりあえず俺から行くか?」
「わ、分かった」
 俺がそう言ったらサクラはあからさまにホッとした顔になった。急ぎではあるけど焦っても仕方ない。ロックとカイエンも黙って見守ってくれている。
 はぐれないように俺の手を握ってサクラが集中し始めた。やがて何の前触れもなく彼女の姿が消えた。
「……」
「……えっ?」
「サクラ殿はどうしたでござるか?」
 失敗だな、これは。
 数秒の間をおいてサクラが戻ってきた。案の定一人でブラックジャックに飛んでいたらしい。

「ごめん〜〜! どうしよう、セリスが待ってるのに……!!」
「焦るなって。乗組員は少ないんだろ? セリスは強い、いざとなったらブラックジャックを制圧して俺たちを待っててくれるさ。彼女を信用しろ」
「う、うん」
 大体がサクラにとっての“テレポート”はいきなり知らない世界に飛ばされることをいうんだ。コツが分かってきたってその技を使う恐怖は身に染みているだろう。
「行き先が間違ってもいいから俺を連れてく方に集中しろよ。一緒に行けばなんとでもなる」
「マッシュ……」
 離れないようにサクラを抱き締めると、後ろからまた生暖かい視線を感じた。……だから、これはそういうんじゃないって。

 目を閉じて開けると景色が変わっていた。いつの間にか屋内にサクラと二人で立っている。ロックもカイエンもいない。
「ここは……」
「で、できたーー!!」
 ってことは、ブラックジャック号の中だな。エンジンルームだろうか。行き先が間違ってもいいとは言ったけど、ちょっとずれてたらかなり危険だ。そりゃサクラが緊張するのも頷ける。
「やればできるじゃないか。あとはカイエンとロックだな」
「うん! マッシュのところに飛ぶのは簡単だから、あとはすぐ終わると思う!」
「え?」
 聞き返す間もなくサクラはカイエンたちのところに戻ってしまった。
 俺のところに飛ぶのは簡単って……なんか、よく考えると恥ずかしいことを言われた気がする。

 一度成功させて自信がついたのか、宣言通りサクラはすぐにカイエンとロックを連れてテレポートしてきた。今度は二人同時だ。
 これでもし戦いに巻き込まれてもサクラは逃げられるし、戻ってくることもできる。……万が一また他の世界に飛ばされても、ここに帰って来られるかもしれない。

「あそこの梯子からセッツァーの部屋に行けるみたい」
「エンジンルームと部屋が繋がってるのか」
「俺だったらうるさくて眠れないよ」
 呆れた様子で呟くロックの言葉に複雑な気持ちがした。世の中にはガンガン響く機械の作動音を聞いてるのが落ち着くってやつもいるからなあ。
 セッツァーも、兄貴と同じくらいの機械マニアなのかもしれない。
 と、そういえば今、俺たちは機械に囲まれてるんだよな。
「カイエン、大丈夫か?」
「うむ。目が回りそうでござる」
 全然大丈夫じゃなさそうなカイエンの背中をサクラが慌てて押している。
「早く上がっちゃおう! 中に入ったら普通の船だから!」
「サクラ殿……気持ちはありがたいが、拙者は機械仕掛けの船自体あまり得意では……」
 確かに、エンジンルームを出ようが飛空艇に乗ってる事実は変わらないもんなあ。でもカイエン、これから帝国の魔導工場に乗り込むって、忘れてないか。きっとフィガロどころじゃなく機械だらけだぞ。

 梯子を上がるとジドール風の豪華な部屋にセリスが一人でいた。どうやら乱暴を受けたりはしてないようで安心する。
「無事に潜り込めたのね」
「セリス、立派な女優ぶりだったぜ」
「冷やかさないでよ」
 ロックは冷やかしてるんじゃないと思うけどな。ほんの数日の猛特訓で大女優の身代わりを演じきったセリスはすごい。あのタコに邪魔されなきゃ作戦は完璧に成功してたはずだ。
 あとはセッツァーと交渉して船をベクタに飛ばしてもらうだけだな。
「セリス、着替え持ってきたよ」
「ありがとう! よかった。ようやく落ち着けるわ」
 サクラが持ってきた荷物はちゃんとセリスの分もあったらしい。そっか、もうマリアのふりしてる必要はなくなったんだ。早く動きにくいドレスを脱いで普段の格好をしたいに違いない。
 兄貴やロックも気が利くやつではあるんだが、こういう細かくてさりげない気遣いを見るとやっぱりサクラは女の子だな、と実感する。

 セッツァーと話をするのはセリスが着替えてからだな。ってわけで待ってたんだが、セリスは困ったような顔をするだけで一向に動かない。
 俺たちが戸惑ってるとなぜかサクラまで非難がましい視線を向けてきた。
「なに? 堂々と見てるつもり?」
「え……あっ! いや、そういうつもりじゃ、」
「お、俺たちは外に出とくか!」
「そそそ、そうでござるな」
 完全に気が抜けてた。……今から着替えるってのに俺たちが同じ部屋にいたら駄目だよな。
 大慌てで部屋から出るカイエンとロックの後を追うと、ドアを閉める間際にサクラが声をかけてきた。
「マッシュは見たかったら私の着替え見せてあげるからね」
「ばっ、馬鹿言うな!」
 べつに見たく……ないとも言えないけど……何言ってんだよ。

 思わず乱暴に扉を閉めてしまったが、幸いにも乗組員が気づいて駆けつけてくることはなかった。
「なあ、マッシュとサクラは今どうなってんだ?」
「どうって?」
「もう付き合ってるのか?」
「えっ」
 ロックに言われて一瞬思考が止まった。付き合ってる……のか? 正直自分でもよく分からない。
 サクラが来てから小屋での生活がすごく楽しかったのは事実だ。あいつが待ってると思うと修行にも気合いが入った。帝国を倒して平和になったら、またあの生活に戻りたい。
 俺がどこへ行っても、帰るべき家にあいつがいてくれたら嬉しい。
 ただ、女として見てるかというと微妙だった。あいつに何も感じないわけじゃない。そういう関係になるのが嫌なわけでもない。なんていうか……何だろうな。

「……多少、仲良くなったけど、付き合ってるとは言えないかもな」
「しかしサクラ殿は明らかにマッシュ殿を好いておろう」
「分かってる。俺だってあいつのことは好きだ。うまく言えないんだけどさ……進みたくないわけじゃなくて、」
「今の関係を大事にしたい?」
「そう、それだ」
 ロックの言葉は俺の気持ちを正確に言い表してる気がした。
 俺はたぶんあいつを好きになりかけてる。ややこしい事情を取っ払っても単純にサクラと一緒にいる時間が好きだ。今は友情に毛が生えたようなもんだが、そのうち変わる予感はしていた。
 だからこそ、サクラが好きでいてくれてるから俺もあいつが好きだとかそんなんじゃなくて、真剣に考えたいんだ。

 あのマリアとドラクゥの芝居がきっかけだった。台本を読みながらサクラがマリアのことを考えてたから、自然と俺もそれに目を向けていた。
 もしドラクゥが帰らなかったらマリアはどうなってたのか。バルコニーから花束の代わりに身を投げたのか、それとも諦めてラルス王子と結婚したのか。
 永久の愛を誓ったなら、その誓いを果たすためにもドラクゥは戻らなきゃいけない。怯えながら一人で待ってる彼女に「大丈夫、ちゃんと帰ってきただろ」と言ってやりたい。
 それに俺は……サクラが俺を諦めて他のやつを好きになったら嫌だ。その気持ちは仲間に向ける愛情とは違う。何の理屈も大義もない単なる欲だ。
「さっさと手出しちまえば早いんだろうけど、そういうやり方は俺には向いてないんだよ」
「マッシュは奥手だなあ。手の早さはエドガーに全部取られちまったのか」
「ああ、それは否定しない」
「仲良きことは美しき哉。しかしだからこそ、婚前であることを常に弁えねばなりませんぞ」
「分かってるって」
 あいつが俺を求めてくれるのと同じくらい俺もサクラを欲しくなるまで、簡単に今の関係を変えたくない。だけどじきに変わるのはもう分かってるんだ。だから……まあ、時間の問題だと、思う。

 セリスが着替えを終えたようで、サクラに呼ばれて部屋に戻る。どうやら舞台化粧も落としたようだ。やっといつものセリスになったって感じだな。
「このドレスどうすればいいの?」
「あとでオペラ座に返さなくちゃいけないわね」
「汚しそうで怖い……マッシュ持ってて!」
「俺に渡したらそれこそ汚すだろ。カイエン頼む」
「せ、拙者は不器用ゆえそういうことは」
「何でもいいけど、セッツァーが来たみたいだ」
 ロックの言葉に全員が顔を上げた。部屋の外から足音が近づいてくる。
「ここから第二幕の始まり、だ」

 扉を開けた瞬間、セッツァーは目を見開いて固まった。そりゃあ、マリアがいるはずの部屋に乗せた覚えのない人間が五人も居座ってたら誰だって驚くよな。
「な、何だ、てめえら!?」
「セッツァー、お願い。あなたに聞いてほしい話があるの」
「お前は……マリアじゃねえな」
「私たち、どうしてもベクタに行かなければならないのよ。だから飛空艇を、」
「偽者に用はねえ」
「待って! ブラックジャックは世界一の船なんでしょう?」
「そしてオーナーは世界一のギャンブラーだってな」
 セリスとロックのおだてにセッツァーは足を止めた。交渉事ならセリスとロックに任せた方がいいだろう、俺とカイエンは余計な口を叩かず黙っておくことにする。

 セッツァーはしばらく考え込んでいたが、やがてこう告げた。
「ついて来い」
「それじゃあ……!」
「勘違いするな。まだ手を貸すとは言ってない」
 まだ、ってことは考える余地があるわけだな。
 世界中の港を封鎖してる帝国に刃向かってベクタに飛んでくれ、なんて普通なら一言で断られるような馬鹿げた頼みだが、ブラックジャックのオーナーは筋金入りの渡世人だと聞いている。期待していいはずだ。

 セッツァーの案内のもとラウンジにやってきた。階下には大きなカジノがあるが、今は閉まっているのか無人だった。
「お客さんいないんですね」
「ふ……帝国のお陰で商売あがったりさ」
「あなただけじゃないわ。たくさんの町や村が帝国によって占領され、被害を受けている」
「俺たちはリターナーの一員だ。魔導の力を使って世界を支配しよとしてる帝国と、戦ってるんだ」
「……拙者も、家族や仲間を失ったでござる。他の者に同じ想いをさせぬためにも、帝国は倒さねばならぬ」
 畳みかけるように言われてもセッツァーは気のない様子で「帝国ねえ」と呟くだけだ。こういうやつが動くのって、大義や善意じゃないんだよな……。
「帝国を嫌っているという点で意見は同じよね。私たち、協力できるんじゃないかしら」
「よく見ればあんた、マリアよりも綺麗だな」
「え?」
 やっぱり、女好きそうな顔してると思った。

 セッツァーは困惑するセリスに近寄り、改めてその顔を眺める。正直なところ舞台化粧をしてる時より今の方が綺麗だよな。
 なんて思いつつ、念のためサクラを俺の後ろに隠しておく。
「決めた! あんたが俺の女になるなら手を貸してやろう。それが条件だ」
「な、何だって!?」
 勝手なことを言うなと突っかかるロックをよそに、その提案に頷いたのはとうのセリス本人だった。
「分かった」
「セリス!」
「でも条件がある。このコインで勝負しましょう。表が出たら私たちに協力して。裏が出たら、私はあなたの女になるわ」
「へえ、俺とギャンブルで勝負しようってのか」
 ……なんだ、どっかで聞いたような話だな。

 仮に……セリスが負けたとして、だ。セッツァーは自分の女に頼まれれば帝国に船を飛ばすくらいやってくれる気がする。最善の方法って気はしないけど、セリスが納得してるなら大丈夫だろう。
 だが納得いかないのはロックとカイエンだった。
「いいのかセリス、あいつの女になんかなったら……」
「あんなコトやこんなコトをされるかもしれないでござるぞ?」
「あんなコトってどんなこと?」
 いや、セリスは黙ってそんなコトをされるようなたまじゃないだろ。
「ねえねえ、どんなこと?」
「……」
「サクラ、カイエンを虐めるなって」

 騒がしい外野を無視してセリスはセッツァーを見つめた。答えは最初から決まってる。
「いいぜ、受けて立とう」
 空飛ぶ船にカジノなんか積んでるギャンブル狂が、自分好みの美女から賭けに誘われて断るはずもない。

 セリスがコインを弾く。天井近くまで舞い上がったコインには先代フィガロ王夫妻の顔が彫り込まれていた。
 投げられたコインを受け取ったのはセッツァーだ。
「私の勝ち。約束通り、手を貸してもらうわ」
 どっちが出たのか、確かめるまでもないらしい。宙を舞うフィガロの記念コインは、両面に親父とお袋の顔があった。
「貴重な品だな。両表のコインなんて初め見たぜ」
「イカサマもギャンブルのうちでしょう?」
「はっ! こんなセコい手を使うとは見上げたもんだ。ますます気に入った!」
 兄貴め……。合流したら話をしないといけないな。
 しかしともかく、セリスの度胸はセッツァーのお気に召したようだ。
「いいだろう、手を貸してやる。帝国相手に死のギャンブルなんて久々に血が騒ぐ。俺の命そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」

 ブラックジャック号は大きい。こんな船が空を飛んでたら目立って仕方ないんで、ベクタからは見えないところに係留して徒歩で研究所に向かうことになった。
「何をしに行くかは知らねえが、気をつけろよ。俺はブラックジャックをいつでも飛び立てるようにしておく」
「ああ、頼む」
 サクラの方を見ると言うまでもなく分かってるみたいだった。あんまりうまく伝えられた気がしないけど、一応は戦いの場に連れて行かないことを納得してくれたようでよかった。
「マッシュ、行ってきますのちゅーは?」
「そ、そういうのは無しだ!」
「ええ〜! ケチ!」
 ケチとかそういうことじゃなくて、
「マッシュ殿……」
「何もしてないだろ!?」
 お目付け役がうるさいから、今のところは無しってことだ。




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