×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
投げ捨てる赤い花束


 戦場で死の淵に立たされるドラクゥ。奮戦も虚しく西軍は敗れ去り、故郷の城は東軍の支配下に置かれてしまう。
 自国の敗北と恋人の死を知らされ、マリアは失意のまま敵国の王子との結婚を迫られていた。それでもドラクゥへの想いを捨てきれず、彼女はいつか恋人が帰ってくることを信じて待ち続ける。
 やがて帰還したドラクゥは東軍のラルス王子に決闘を挑み、晴れてマリアと結ばれるのだった。
 ……それがマリアとドラクゥのあらすじだ。

「ここのアリアって『色褪せぬ永久の愛誓ったばかりに』がどうして『愛しのあなたは遠いところへ』に繋がるんだろう? 永久の愛を誓ったから、離れても信じられるんじゃないの?」
 私がそう聞いたら、同じく台本に目を通していたマッシュも難しげな顔をしていた。
「俺に聞くなよ。オペラなんて見たことないんだから分かるわけないだろ」
「私もさっぱり分かんない」
 なんだか深いテーマがあるようなのは分かるんだけど、それがハッキリと語られることはなく、全体的に「行間を察しろ!」って感じで見ていてちょっと疲れてしまう。
 オペラって、庶民的な私には高尚すぎるイメージだ。でもマッシュは見たことなかったのかな。昔は体が弱かったっていうから、ここまで来られなかったのかもしれない。

 情緒に欠けた私とマッシュを尻目に、台本を読んだカイエンは二人の愛に感動しているようだった。
「想いを永久に忘れぬため、誓いを果たすためにドラクゥ殿は冥土に旅立ってしまったのか……マリア殿はそう考えたのであろう」
 えー。そりゃあ死んじゃったら二度と壊れない“永久の愛”になるかもしれないけどさ。
「ネガティブだなぁ!」
「せめてロマンチックって言ってやれよ」
 だって後ろ向きすぎるよ。私だったら永久の愛じゃなくてもいいから大好きな人が生きててくれる方がいい。
「大切な者を亡くせば、己が選択を誤ったせいではないかと思うものでござる」
 なんとなくカイエンがマリアに感情移入しすぎてる気がして腹が立った。
「ほんとに想ってるなら、ドラクゥが愛してくれた自分を幸せにしてあげるべきだと思う」
「サクラ殿……」
 迷っても揺れてもいい、でも立ち止まる理由をドラクゥのせいにするのは、そんなのはズルい。

 マリアとドラクゥは悲劇じゃないけれど、戦争に引き裂かれた男女の話なので見ていて楽しくないシーンが多かった。あんまり私好みのお芝居とはいえない。
 どうせ歌が入るならもっと陽気な、海賊がモンスターと戦って倒して大宴会、みたいな明るいお芝居にすればいいのに。……それだとセリスが代役になれないけど。
「ねえ、じゃあオペラってなんで歌うの?」
 どうやらオペラを何度か見たことがあるらしいカイエンに、前から気になっていたことを聞いてみる。
「音楽は国を問わずあらゆる人の心に響くもの。ゆえに繊細な情感を表現するため、ただの台詞ではなく歌に乗せて芝居を行うのでござるよ」
 ふぅん。何を言ってるのか全然分からない。
「カイエンって乙女チックだよね」
「お、乙女!?」
「あー、なんか分かる」
「マッシュ殿まで!?」
 繊細な情感とか、ちゃんと大切に抱いて生きてる感じがするよ。

 私たちにオペラがよく分からないのはともかくとして、南大陸に渡れるかはこの芝居にかかっているんだ。
 ロックの作戦はこう。飛空艇のオーナーであるセッツァーが“マリア”を嫁にするべく攫いに来る。その主演女優にそっくりなセリスがマリアの代わりに舞台に立って、わざとセッツァーに誘拐される。
 私たちは飛空艇に忍び込んでセリスを助け、セッツァーを脅すなり何なりして船をぶんどるか、穏便に帝国まで運んでもらうというわけだ。
 とりあえずセリスに頑張ってもらうしかないのが歯痒いところだけれど、元将軍という地位のお陰か度胸や声量は充分で、マリア本人にも「猛練習すれば代役は可能」とお墨付きをもらった。
 待つことしかできなくて暇な私たちと違ってセリスは最終稽古と衣装合わせで大忙しだ。
 セッツァーが来るのは一番お客さんが多い公演最終日だとダンチョーさんが言ってた。それまでにセリスはマリア役の演技を完璧に覚えなくちゃいけない。

 稽古に熱が入るセリスの邪魔をしないように、私はオペラ座を探検していた。といっても自由に出入りできる場所はたかが知れている。控え室や衣装部屋をうろうろするだけだ。
 本番中は入れないので閉館中の今のうちに華やかな衣装を見て楽しんでおく。
 役に応じていろんなドレスがところせましと並んでるから見てて飽きない。ただ気になったのは、どれもこれもウエストが細いことだった。細すぎる。
 たぶん私はここにあるドレスをひとつも着られないと思う。

 この世界ってコルセット標準装備じゃないよね? ティナ先輩もセリスもそんなのしてないし。でもあの二人は淑女じゃなくて戦士だから例外なのかもしれない。
 なんだか急に不安になってきて、隣にいたマッシュを見上げる。
「あのさ」
「ん?」
「マッシュは細い人とぽっちゃりした人、どっちが好き?」
「……へ?」
 そもそもマッシュが体格良すぎるから、隣にいると私がちょっとくらい太っても全然そうは見えないんだ。だから油断したという部分はある。

「私ってこっちの基準だと太ってる?」
 体重計がなくて正確な数値は分からない。旅続きであんまりいいものを食べてないのと運動量が多いので太ってはいないと思うのだけれど、そばにいる人がみんな引き締まった体だから気になってしまう。
 マッシュはしばらく私を見つめて、徐に両手で私の腰を掴んだ。
「うひゃあ! つ、掴んじゃ駄目!」
「お、悪い」
 くすぐったいしビックリしたし恥ずかしいし、で、でもとりあえず摘まめるほどの肉がなかったから大丈夫かな。
「こんなもんじゃないか? 少なくとも、あんなドレスを着られる体型よりは健康的な方がいいと思うぜ」
「よかったあ……」
「サクラでも一応そんなこと気にするんだな」
「一応って何、一応って!」
 今までなら健康でさえあればいいと思ってたけど、今は……そりゃあ、マッシュがどう思うかは気になるよ。

 気を取り直して再び衣装に視線を移した。私はここにあるドレスを着られなそうだけど、マッシュも男性用の衣装を着るのは無理そうだ。腰回りがどうこうじゃなくて、圧倒的に小さすぎる。
 今回使わない衣装は試着してもいいってダンチョーさんが言ってたからちょっと残念だな。正装のマッシュも見てみたかった。
 衣装部屋で一際目を引くのはやっぱり、マリアのドレス、ドラクゥの鎧、それと敵役であるラルス王子の礼服だ。
 ドラクゥの鎧なんて真っ黒ですごく重そうだけど、近くでよく見ると木製だったり革製だったりで軽く造られてるのが分かる。
 むしろ裾が長くてひらひらの豪華なマリアのドレスの方が重そうなくらいだ。これを着てダンスするなんて本当にすごい。マリアもセリスと同じくらい、体を鍛えてるのかもしれない。

「そういえば、セリスってロックさんのこと好きなのかな」
「そうなのか?」
「分かんないけど、最近ちょっと意識してるみたいだよ」
 マリアのドレスを見ながらふと思い出した。セリスは帝国に反乱してサウスフィガロで拷問を受けてたっていうし、そこから助けてくれた人に好意を抱くのは自然なことだと思う。
 でもなぜかマッシュは困ったように腕を組んで考え事をしてる。
「どうしたの?」
「ロックは死んだ恋人のことが忘れられないらしいって聞いてたからさ」
「え!? そ、そんな感じに見えないね……」
「俺も詳しくは知らないけどな」
 ロックさんは明るいムードメーカーだと思ってたから意外だった。でも……死んだ人に張り合わなきゃいけないとしたら、セリスも大変だ。
 いわば“永久の愛”に打ち勝たなければいけないんだから。

「……なんか、ラルス王子がちょっと可哀想だよね、この話」
 物語の大筋はマリアとドラクゥの大団円に向かうので、ラルス王子は横からマリアを奪おうとする敵役だ。
 だけど視点を変えればラルス王子は、死者への永久の愛に殉じようとしているマリアを自分自身の人生に引き戻そうとしているとも言える。
「ラルスだって、マリアを想ってるのに」
 もしドラクゥが帰ってこなければ、マリアは死んだ恋人の思い出を胸にラルス王子と生きていくこともできたんじゃないのかな。
 台本を知っていたらもちろんドラクゥを待つのが正しいと思える。観客は彼が生きてるって知ってるんだから。
 でもマリアは違う。ドラクゥが今どこにいるのか、どうしてるのか、本当に生きてるのか、何も分からない。不安なまま待ち続けているんだ。

 数ある見せ場の中でも花束を投げるシーンが印象的だ。
 マリアは本当はあの時、バルコニーから身を投げようとしていたのかもしれない。でも代わりに花束を投げたんだ。ドラクゥの幻がくれた花束を。
「応えてくれる人がいないのに一人で待ってるのは、辛いよ」
 大事な人が二度と帰ってこないとしたら、もう生きていけない。そんなマリアの気持ちが少しは分かる。だからこそ、ラルス王子が気の毒だなと思う。
 彼がマリアの永久の愛を手に入れられないのは最初から決められていたんだ。
 ロックさんに亡くなった恋人がいたなんて話を聞くとなおさら、ラルス王子に靡くことなくドラクゥへの想いを捨てられないマリアを演じるセリスが心配になってしまう。

 私の隣で衣装を見つめながらマッシュが呟いた。
「命尽き果てようとも離しはしないってのはさ、マリアのところに帰るために、死んでも死なずに生きて帰るってことだろ?」
 彼はドラクゥの視点で物語を見ていたみたいだ。マッシュはいつでも戦いに出かける側、だもんね。
「マリアの心を留めたのはドラクゥの想いかもしれないが、ドラクゥが城に帰れたのはマリアの信頼があったからじゃないか」
「……待っててくれる人がいるから、諦めずに帰れたってこと?」
 迷いながらもマリアは結局、ドラクゥを待つことを選んだ。たとえ望まぬ契りを交わしても、恋人の帰りを待ち焦がれながらいくつもの星を数えても、決して諦めないと。
 永久の愛に殉じるのではなく、生きて彼の帰る場所になるのだと。

 不意に手を握られて、驚いてマッシュを見上げた。
「なに?」
 マッシュはこっちを向かずにじっとドラクゥの鎧を見つめて考え事をしてる。なんだかよく分からないまま手を握り返すと、ちょっと恥ずかしくなってくる。なんで手繋いでるんだ……。
「俺がお前を戦いに連れて行きたくないのは……お前に戦う力があるとかないとか、そういうんじゃない」
「え?」
「安全なところにいてほしいのもあるけど、帰りを待ってるやつがいると嬉しいんだ。コルツにいた頃みたいに」
 どこに出かけてもどんな危険な目に遭っても、帰る家があるからこそ帰って来られる。そう言ってマッシュは私を振り向いた。
「俺は、サクラのところに帰るために何があっても死なずにいられる」

 それは、まるで……私に彼の“帰る場所になってほしい”と言ってるような。
「わ、私、都合のいい勘違いしてる気がするんだけど」
「勘違いじゃない。……その、兄貴みたいなこと言おうとするとよく分からなくなっちまうから……これじゃ駄目か?」
「駄目じゃないです!」
 思わず敬語で答えてしまったらマッシュは笑っていた。そんな表情のひとつひとつが頬に熱をのぼらせる。
「俺が帰ってくるって、信じて待っててくれよ」
「……うん。私も頑張るね」
 ありがとう、私の愛する人よ……。あの時マリアがバルコニーから投げた花束は、愛する人の帰還を信じられずに揺れる心、不安だったのかもしれない。
 もし離れ離れになっても私はマッシュを待ち続ける。きっとその信頼が彼を繋ぎ止めてくれると信じて。

 いよいよ“マリアとドラクゥ”の公演最終日。戦争シーンが終わったらマリアの出番だ。
「セリスは大丈夫かなぁ」
「歌と台詞は完璧だって言われてたし、なんとかなるだろ」
「でも立ち方がマリアじゃないっても言われてた……」
 将軍業で身についた威厳が滲み出てしまうのか、どうしても男っぽくというか、かっこよく立ってしまうらしい。西軍のお姫様らしい立ち居振舞いだとは最終稽古までマリアに認めてもらえなかった。
「俺、控え室に行ってみるよ」
 心配そうな顔をしてロックさんがセリスのところに向かう。もう準備万端で控え室にいるはずだ。……なんか私まで緊張してきちゃった。

「セッツァーもどこかでこれを見てるってことだよね」
 一階の観客席を見回してもそれらしき人は見つからない。というか私、セッツァーの顔を知らないし。
「派手好きだって話だから、舞台の上でマリアを攫うつもりなんだろ?」
「捕まえやすいところにいた方がいいでござるな」
 ダンチョーさんのいる舞台袖で待ってるのがいいかもしれない。
「じゃあ私、飛空艇を探してくるよ。セッツァーが来てるなら近くにあるはずだし」
 中を見ておけば、うまくセッツァーを捕まえられなくてもテレポートで飛空艇に忍び込める。
「サクラ、無茶するなよ」
「マッシュこそ!」
 一緒に行けない心苦しさは今もある。でも、マッシュを信じて私は自分がやるべきことをちゃんとやる。まずはそれからだよね。




|

back|menu|index