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虹色の魔法


 ゾゾの町で皆と合流し、ティナの出生の謎を解き明かすために帝国の研究所へ向かうことになった。
 しかし船は根こそぎ帝国に押さえられているから南へ渡る手段がない。移動手段を探すため、まずはジドールで情報収集だ。
 町で聞き込みをするだけならとサクラも連れてきたけど、あんまり嬉しそうにするんでついほだされそうになった。
 ……いや、でも、船を手に入れてもベクタには連れて行かないぞ。絶対に。

 ティナは未だあの獣みたいな姿のまま、ゾゾで眠りについている。彼女を守るために兄貴とガウが留守番中だ。
 帝国の内部に詳しいセリスが案内を買って出てくれたので、俺とカイエンとロックが同行する。カイエンは残りたがり、兄貴はついてきたがって、二人を説得したのはロックだった。
 兄貴が残された理由は俺にも分かる。もうフィガロ王国が帝国と同盟を結び直すことはないだろうけど、それでも王様が自ら帝国に侵入して魔石を盗み出すってのは危険すぎるからな。

 カイエンは当たり前だが帝国に対する恨みが深く、セリスともまだギクシャクしている。おそらくドマ攻略に参加していた兵も戻ってるであろうベクタに行くのは少し心配だった。
 たぶん、ここらでリターナーに加わることの意味を考えてもらおうって算段なんだろう。
 あのドマでの惨劇を振り返ればカイエンの怒りと悲しみはすごく真っ当なものだが、彼ならきっと真に倒すべき敵が誰なのかは分かっていると思う。ここで協力しておくことでセリスと和解してほしい。
 顔繋ぎ役をやってただけあって、そういう細かい部分にまで気を配ってくれるのがロックのありがたいところだな。

 ジドールに向かう道中でセリスから魔石を渡された。ただの石に見えるが、幻獣の力を結晶化したもの、らしい。
「これを持ってれば幻獣の力を引き出せるってラムウは言ってたけど……」
「つまり俺たちも、ティナやセリスみたいに魔法が使えるようになるってことか?」
「たぶん、な」
 疑わしい気持ちを隠せないまま石を見つめる俺たちに、人造魔導士であるセリスが「理屈は通っている」と諭す。
「帝国では魔導の力を注入して魔導戦士を作り出しているけれど、それと同じ効果があるはずよ。魔石があれば、その幻獣の本来持つ魔法を誰でも使えるようになる」
「うーん……」
 セリスの言うことを疑ってるわけじゃない。ただ魔法なんて大昔に滅びたものだと思ってたし、だからこそ生まれながらにそれを持つティナがすごいんであってだな。
 俺たちは三人とも、そんな神秘的な力とは縁遠い。自分にも魔法が使えるなんて言われてもピンと来ないんだ。

 そもそも魔石から力を引き出すってどうやればいいのか。実験で魔導の力を得たセリスもそのやり方は分からないらしく、首を捻りながら各々の魔石に向き合う。
 一人だけ蚊帳の外で暇だったのか、サクラが俺の持ってる魔石を貸してくれと言うので手渡した。
 ゾゾの町でティナを守ってくれていたラムウという幻獣の魔石だ。左手で石に触れ、サクラは冗談めかして右手を俺に向かって翳した。
「ふんふん、なるほど。こうかな? サンダー! なんちゃっ、て……」
「ふぎゃッ!!」
 瞬間、目の前に真っ青な光が瞬いて凄まじい静電気みたいなものがぶつかってきた。いや静電気なんてもんじゃない。ちょっと内臓をやられたんじゃないかってくらい痛い。
「マッシュ!?」
「お、お前、いきなり俺に向けて撃つやつがあるか……」
「ごめん〜! えっと回復魔法は、」
 思わず踞った俺を見て大慌てでセリスの魔石を借りたサクラは、再び俺に手を翳した。
「ケアル!」
 今度は白い光が包み込むように舞って、さっきの魔法による痛みが綺麗になくなった。

 ……って、ちょっと待て。
「サクラ……今の、魔法だよな」
「も、もう使えるのでござるか?」
「え? うん」
 魔石に触ったらなんとなく使い方が分かった、とあっさり言ってのけるサクラに全員が唖然とした。特に魔法の仕組みをある程度知っているセリスは驚きすぎて固まっている。
「どうやったんだ?」
「魔石を持ったら魔法のイメージが浮かんできて、それをそのまま使っただけだよ」
 何言ってるのかさっぱり分からないぜ。魔石を持ってても……なんかじんわり温かい気はするけどそれだけだ。魔法のイメージなんてものは浮かんでこない。

 サクラに魔石を返してもらい、困惑した顔のセリスが言った。
「もう一度サンダーを使ってみてくれる?」
「はい」
 誰もいない方に向かってサクラが雷を放った。小さいものだが、さっきあれをぶつけられたのか俺は……。
「ファイアはどう?」
 サクラは少し考えたあと、ロックの持っていた魔石に指先で触れてから今度は炎の魔法を放った。
「それじゃあブリザドは使える?」
「無理ですね。その魔法は魔石に入ってないみたい」
 なんでそんなこと分かるんだ。と思いつつ黙って成り行きを見守る。
 セリスは少し考えたあと実際にブリザドを使ってみせた。それを見たサクラはなぜか再びラムウの魔石を握り、属性が違うだけで似たような魔法みたいだと頷いた。
「こう、かな?」
 案の定、セリスが放ったものより威力は低いが、サクラの手によって氷の魔法が発動した。

 魔石に触っただけで魔法を使えるようになるってだけでも驚くのに、手本を見せたら触らなくても覚えてしまう……なんて。サクラにこんな特技があったとはなぁ。
「サクラは、精神力が突出しているのね。さっきまで魔力なんて感じられなかったのに、あなたの中にはもう魔導の力が備わっている」
「じゃあブリザドは自力で習得したってことか?」
「……そう、みたい」
 帝国で魔導の研究に携わってきたセリスは、単純に驚いているだけの俺たちよりもずっと困惑しているようだ。
「注入で得た魔導は本人の才能に依存するものよ。私なら自分で習得できるのは相性のいい氷属性の魔法といくつかの補助魔法だけ。……こんなに無差別に何でも使えるなんて」
 確かに、雷も炎も氷も、回復魔法もあっという間に魔石なしで使えるようになったな。サクラに才能があるのかは知らないが、属性で偏ってはいないらしい。

 すべての魔石に触れて順に魔法の試し撃ちをしながら詳しく調べた結果、サクラは精神力が高いわりに魔力は極端に低いって事実が分かった。
「えっと、つまりどういうことですか?」
「ほぼ無尽蔵に魔法を撃てるけれど、威力は出せない、といったところかしら」
「なんて微妙な能力!」
「いや、充分すぎるくらい役立つだろ」
 俺としては攻撃魔法なんてどうだっていい。回復魔法が無制限に使えるなら、威力が低くたって充分ありがたいしな。そう言ったらサクラは照れ臭そうに笑った。
「そうね。魔法の威力は後からでも高められる。それより、どんな魔法にも馴染めるというのは素晴らしい才能だと思うわ」
「どの魔石で何の魔法が使えるようになるのかも分かったしな」
「サクラ殿のお陰で助かっていることはたくさんあるでござるよ」
「な、なんかそんなにいっぺんにフォローされると逆に恥ずかしい!」
 褒められてないなあ、こいつ。もっと日頃からいろいろ言ってやった方がよさそうだ。

 とにかく俺たちはサクラほど柔軟に魔法を覚えられないんで、魔石を持って時々は意識を集中させながらジドールを目指して歩く。
 覚えがいいのはやっぱりセリスだった。次いで意外にもカイエンが少しずつ魔法を習得し始め、ロックにコツを伝授しているところだ。
 俺は回復魔法をある程度習得したらあんまり熱心にやらなくてもいいかな。魔導の力は確かに凄いが咄嗟に頼れるのは鍛え抜いた自分の技と体だ。結局、覚えても使う機会はほとんどないと思う。
 一方でサクラは“ほぼ無尽蔵”が実際にどれほどなのか試すためにさっきからケアルを使い続けている。セリスが言うには慣れない人間が詠唱なしで魔法を連発するのもかなりの異常事態らしい。
 それに、ティナだってあまり連発すると魔法が枯渇してしばらく使えなくなっていたのにサクラにはその様子がない。
「本当に無尽蔵みたいだな」
「疲れはしないけど普通に飽きてくるよね」
「もういいんじゃないか? それだけ使えるなら充分だろ」
 もう何回目のケアルか数えるのも面倒になっていた。サクラがいたらポーションは必要ないな。……でも、戦いには連れて行きたくないけど。

 サクラがケアルの試し撃ちをやめたところで、俺たちの様子を窺っていたセリスが恐る恐る近づいてきた。
「あの、あなたはテレポが使えると聞いたのだけれど」
「テレポって?」
「転移の魔法……高位の魔導師であってもおいそれと修得できない術よ」
 じゃあサクラが言うところの“テレポート”と似たようなものかな。
「これのこと?」
 そう言うなり姿を消したサクラが十歩ほど離れたところに現れる。見えてる場所に移動するくらいなら簡単らしい。もっと遠距離の移動になると制御できないと前にも嘆いていた。
 無意識に別の世界まで飛んじまうんだから、すごい術であると同時に役立つより困った技だってのも事実だよな。
「でも私のは魔法とまた違うみたいです。世界観によっては魔法じゃなくて超能力とか呼ばれるし」
「そうなの……? 確かに、魔力を消費してるわけではなさそうね」
 テレポってのは帝国における人造魔導士が目指すひとつの終着点らしい。転移のコツをセリスに伝授しているサクラを見ながら俺はぼんやりと違うことを考えていた。
 ……何かを求める気持ちが弱いから異世界を転々としてきたというなら、俺のことを諦めたらサクラはまた違う世界に旅立ってしまうんだろうか。

 結局、ジドールの町に着くまでにセリスはすべての魔石の魔法を習得し、カイエンは三つ分、俺とロックは一つずつってところだった。
 さすがに町中に入ってから試し撃ちはできないんで一旦中断だ。

 俺とカイエンとサクラで町の南側、ロックとセリスは北側で船を出してくれそうな人を探すことにする。
「こういう金持ちっぽい町は性に合わないなあ」
「拙者も華美な装飾はあまり好かぬでござる」
 ジドールの町並みを眺めながら呟く俺たちを見てサクラは胡散臭そうにしている。
「王族と城勤めの軍人さんが何言ってるの」
「質素な方が好きなんだよ」
「節制と倹約こそ美徳でござる」
 フィガロ城は潜行を円滑にするために内装が質素だけど、ドマ城もそうなのかな。
 まあ、外見じゃ分からないんだけどな。表向きは武骨で素朴な石の城でも中身は最先端技術がぎっしりなフィガロ城だって、実はジドールの町どころじゃない大金をかけて建設されたはずだし。
 ただなんていうか、どこの家も装飾過多で、酒場だって高そうな調度品がゴロゴロしてて……歩きにくいんだよ。壊しちゃいそうでさ。

「なんか壊しちゃわないかって緊張するけど、私は嫌いじゃないよ。華やかで素敵な町じゃない?」
「……」
「……」
「ん? なんで二人して黙り込むの?」
 ものすごく素直に「緊張する」と言われるとぐだぐだジドールが気に入らない理由を言い訳してるこっちが恥ずかしくなる。
 どうやら似たようなことを考えてたらしいカイエンと目が合って、誤魔化すように笑い合う。
「俺たちは物壊すのが不安で苦手ってわけじゃないよな?」
「う、うむ。ガウ殿ではあるまいし、粗相で何かを壊すのが怖いなどとは……」
 だがサクラはお見通しだった。
「あー。二人とも繊細さとは程遠いもんね。ちゃんと周り見て歩いて、高いもの壊したら駄目だよ!」
 分かってるよ……分かってるけど、壊して困るような高いものをそこら辺に置いてあるのが嫌なんだよ……。

 王宮育ちとはいえ山の中で十年過ごした俺と、武道一本なドマ王国の戦士であるカイエンは、どう考えてもジドールの町に馴染めない。ここでの聞き込みだけでも兄貴にやってもらうべきだったかな。
「ロックさんは平気そうなのにねー」
「あいつは、いろんなところに潜入し慣れてるからじゃないか?」
 ロックは町に入った途端にもう風景に溶け込んでいた。金持ちには到底見えないけど、出入りの商人か用心棒か情報屋か、ジドールにいておかしくない雰囲気を作るのがうまいんだよな。
 その点で俺たち三人はまったく駄目だ。余所者丸出しでどこに行っても警戒されるか軽くあしらわれる。
「俺たちは浮いてるけど、セリスは様になってるよな」
「この町は帝国風ゆえに馴染みやすいのであろう」
 途端にカイエンの機嫌が悪くなり、サクラがさりげなくフォローをする。
「でもセリス、お金持ちの軟弱男は嫌いらしいよ。土いじりが趣味だって言ってたし、セリスもジドールは性に合わないんじゃない?」
「それは……意外な趣味でござるな」
 セリスが土いじりしてるところって想像できないぞ。
「ベクタの温室でバラ育てたりしてたんだって!」
「ああ、そっちか」
 修練小屋の畑みたいに野菜を育ててるところを想像しちまったぜ。……あの畑も、そろそろ酷い有り様になってるだろうな……。

 夕暮れに酒場でロックたちと合流する。晩飯を食いながら報告会だ。といっても、俺たちは何一つ有力な情報を得られなかったけど。
「そっちはどうだった?」
「いい話を聞いたぜ。飛空艇を持ってるセッツァーって男がオペラ座に来るらしい」
「主演女優のマリアを攫いに、ね」
 そりゃまた物騒な“いい話”だな。ロックが泥棒の……じゃなかった、冒険家の顔になってる。
「そいつの名前は聞いたことある。ブラックジャック号の船長だろ? 飛空艇の中にカジノがあるっていう」
「空飛ぶ船に乗ったカジノのオーナーが誘拐犯、でござるか……」
 機械にギャンブルに犯罪者と苦手要素の塊にカイエンが渋い顔をしている。でも船が駄目なら空を飛んでいくしかないんじゃないか。飛空艇があれば南に渡るのは簡単だ。
「なんでカジノのオーナーがオペラ女優を誘拐するんですか?」
「さあな。理由はそいつを捕まえて聞けばいい」
 とにかく、飯を食い終わったらオペラ座へ行ってみよう。セッツァーを取っ捕まえればマリアは助かり、俺たちは飛空艇が手に入る。確かに“いい話”だ。




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