×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
水にさらした黄金


 砂漠を越えるのは昼のうちに、というマッシュの助言に従ってチョコボを疾走させ、なんとか日が暮れる前にフィガロ城に着くことができた。
 雪山から砂漠なんて気温差がすごそうだと思っていた私が間違ってたみたいだ。フィガロの夜はものすごく寒い。ある意味ナルシェにも匹敵する寒さだった。
 そして道中で何度か砂嵐に襲われたお陰で四人とも砂塗れだ。邪魔くさいと言って防塵マントを脱ぎ捨ててしまったガウは特に悲惨な有り様だった。
「うぅ……ジャリジャリする……」
「すごいね、砂が零れてるよガウ」
「だからマント取るなって言っただろ。……ああもう! そんなとこで振り撒くなって!」
 この二人、親子というか兄弟みたいでなんだか微笑ましい。

 フィガロ城は機械仕掛けのお城だって聞いてたけれど、外観も内観もそんな雰囲気はなかった。機械の作動音も聞こえて来ないし、いかにも中世的な普通のお城だ。
 ただし、他に類を見ない唯一無二の特徴を備えてもいる。
「日が落ちたら城を移動して、明日にはコーリンゲンだ。町に寄れば兄貴たちがどこに向かったかも分かるだろう」
 このフィガロ城はなんと、砂漠に潜って地下から海を越えることができるらしい。城そのものが移動手段……いくらファンタジーな世界とはいえすごい話だ。
 しかも移動中だって大して揺れもせず音もなく城の中で快適に過ごせるようにできてるらしい。
「砂に潜るの楽しみだなあ」
「中に入ってちゃ何も分からないんだけどな。そのうち外にいる時に見せてやるよ」
「うん!」
 誇らしげなマッシュを見てると私も嬉しくなってくる。

 ただ、その話を聞いて青褪めている人が一人いる。
「カイエン?」
 どうしたのかと聞いたらマッシュが横から「カイエンは機械が苦手なんだ」と教えてくれた。それは……ちょっと可哀想。
 冷静に考えれば怖くなる気持ちも分からなくはないんだけど、私の場合はマッシュがついててくれれば大体平気だ。
 彼が幼い頃を過ごした城なんだから、機械仕掛けだろうと砂に潜って海を越えようと安全性は信頼できる。と思っていたのだけれど。
「話には聞いていたが、まさか本当に砂の中を進むとは……。ほ、他に方法はないのでござるか?」
「チョコボで海は渡れないしなあ。まあ、この60年くらいは失敗してないから安心しろよ!」
 えっ、失敗例が意外と最近なんだけど。たかだか60年前に潜行失敗してるの? ……逆に私まで不安になってきちゃった。

 遠い目をして固まっているカイエンを慰めるように背中を叩く。
「えーと、夜中に移動してくれるなら平気だよ」
「そ……そうでござるな……。眠ってる間にすべてが終わってくれれば……」
 なんとか持ち直そうとしたカイエンの後ろでまたガウが犬みたいに頭を振って砂を払っていた。
 お風呂って、入れるのかな。砂漠の真ん中にあるお城で水なんて絶対に貴重なものだし、贅沢は言えないと思いつつマッシュを見上げたら、彼はそれで察してくれた。
「調理場の横に風呂があるから入って来いよ」
 フィガロ城では意外と水が豊富らしい。なんでも、海水を汲み上げて濾過している秘密の貯水槽が砂漠のどこかに隠されているのだとか。
 砂漠で暮らしていくために蒸気機関とはまた違った機械の技術が発展してきたんだろう。砂漠以外のところに住めばいいのに、と少し思ったのは秘密だ。

「じゃあガウ、先にお風呂借りたら?」
「ガウ! ジャリジャリながしてくる!」
 それなら一緒に行こうかと言うカイエンを見てマッシュが微妙な顔をしている。
「ただし、風呂は地下にあるから嫌でも機関室を見ることになるけどな」
「拙者は先に部屋で休ませていただこう」
「カイエン、いくぞ!」
「が、ガウ殿、拙者は風呂は遠慮し……ガウ殿〜〜!!」
 キリッとした顔で逃げようとしていたカイエンはガウに引きずられながら地下に降りていった。
「大丈夫かなぁ」
「自分で動かすわけじゃないんだし、見るだけなら大丈夫だろ」
 マッシュって結構、スパルタだよね。カイエンの代わりにマッシュがついていってあげてもよかったと思うんだけど。……ああでも、やっぱりまずいか。これでも一応王族なんだもんね。

 カイエンたちがお風呂に入ってる間に部屋を借りるべく城の奥へと進む。
 揺れないとはいえ移動式のお城だからだろうか、内装は華美な装飾もなくて全体的にシンプルだ。棚やテーブルなんかもよく見るとちゃんと床に固定されてる。

 大臣さんを探して奥まで来ると、広間でマッシュに声をかけてくる女の人がいた。
「マッシュ。戻ると聞いてたから用意しておきましたよ。お見合いの山を!」
「神官長……」
 なんだかよく分からないけれど偉い立場の人だとか、マッシュがなぜか顔を引き攣らせてるとか、そういうのが全部吹っ飛んだ。
 お、お見合い……? マッシュに?
「見合い自体する気ないけど、山はないだろ、山は!」
「数打てば当たるという方針です!」
「そんなもんで当たったやつとなんか結婚したくないよ!」
「もう、あなたもエドガーもそんなこと言っていつまでも恋人も作らずに……」

 お母さんか親戚のおばさんみたいな口調でマッシュをあしらっていた神官長さまが、呆然としている私に気づいた。
「あなた、お名前は?」
「え、サクラ、です」
 神官長なんて肩書きの人に話しかけられたのは初めてで、どうやって対応すればいいのか不安になる。でもよく考えたらエドガーさんやマッシュなんてもっと偉いんじゃないのかな?
 普段はともかく、フィガロ城にいる間もいつも通りにマッシュと接してたら、怒られるんじゃないだろうか。なんてどんどん混乱が深まっていく。
「そう、サクラ様とおっしゃるの。そうなのね。それなら構わないわ」
 様とか呼ばれてパニックは限界に達した。
「ばあや! ……じゃなくて神官長、こいつにも部屋を用意してやってくれ」
「ええ、もちろんですとも。丁重におもてなしさせていただきましょう」
 もういいから逃げろ、と言いたげなマッシュの視線に頷き返して、呼びつけられた女官さんに従って今夜泊まらせてもらう部屋へと向かった。
 とりあえず一息ついて落ち着いてから自分の立場を考えないと。

 って思ったのに、案内された部屋が豪華すぎて目眩がした。コルツの小屋がまるごと収まっちゃいそうなんだけど! しかもそのわりに家具が少ないからすごく殺風景だ。
 こんな大きい部屋に一人で寝るのは嫌だな。カイエンとガウが泊まる部屋に一緒に放り込まれる方がまだ安心できるのに。
 せめてマッシュと一緒ならよかったんだけど……でもマッシュはこの城で育ったんだから自分の部屋で寝るだろうし、私が王様の弟の部屋に入れるわけないか。

 なんだかいろいろ実感してしまう。フィガロ城の人はみんなマッシュを知ってて、みんな丁寧な態度をとって、当たり前みたいに“偉い人”として扱われる彼を見るのは変な感じ。
 エドガーさんに会ってマッシュが王様の弟だと知っても、コルツ山を出てからもマッシュはただのマッシュだったのに。
 ここにいると彼の後ろにいろんなものが付き纏ってるみたいで、なんとなく遠い人になっちゃったような気がするんだ。
 お見合いとかして、好きな人とじゃなく家のために結婚をするように求められる立場の、身分の高い人なんだよね、本当は。

 私が五人くらい並んで寝られそうな巨大ベッドに腰かけてぼんやりしてたら、部屋の扉がノックもなく開かれた。現れたのはやけに疲れた顔のマッシュだった。
「……」
 私がいるのに気づいて呆然としたあと、項垂れるようにドアに凭れかかる。
「どうしたの?」
「サクラ……ここに案内されたのか?」
「う、うん」
 何かいけなかったんだろうか。はっ! この殺風景な感じはまさか曰く付きの部屋だったりとか!? それで誰も使ってないんだとしたら……ますます一人で寝るのが怖い。
 マッシュは部屋の外を振り向いて戻ろうか迷っていたけれど、結局ため息を吐いて部屋に入ってきて、私の隣に腰かけた。
 もしかして一緒に寝てくれるんだろうかと期待してしまう。

 隣に座ったまま考え事をしてるマッシュの横顔をじっと見つめる。疲れててもかっこいいなぁ……。
「大丈夫?」
「うーん。見合い攻勢がちょっと、すごくてな」
 城を出たとは言ってもエドガーさんとの縁が切れたわけでもないし、ここに戻ってきたらマッシュは“王様の弟”にされちゃうんだ。
 だから結婚だって好き勝手にはできなくて、そういう環境で育ったから女の人が苦手になったのかな。
「私が好きだとか結婚したいとか言うのも迷惑だよね」
「お前のそれは違うって」
「違うの?」
「10年前……城にいた頃は、俺が結婚するってのは争いの種を蒔くようなものだったんだ。でなけりゃ、争いをおさめるためのもの、か」
「政略結婚ってやつ?」
「それだ。でも、お前はただ俺を好きでいてくれるだけなんだろ」
 だったら迷惑じゃない。そんな風にはっきり言われて顔が熱くなってきた。

「大体、問題なのは俺より兄貴だ。さっさと特定の恋人を作らないと周りの都合で結婚させられちまうぜ」
「マッシュにあれだけお見合いの話が来るなら、王様はもっと大変なんだろうね」
「国王様だからなあ。27歳にもなれば、いろいろ言われるさ」
 へえ、思ったよりいってるんだ。27歳かぁ。男の人だからまだマシなんだろうけど、さすがにそろそろ世継ぎの心配をされる歳ではあるのかもね。もう三十路も間近なんだし。三十路も……。
「にじゅうななさい?」
「うん」
「じゃ、じゃあ、マッシュも27歳!?」
「双子なんだから当たり前だろ」
 私よりちょっと上くらいだと思ってた……ビックリした。マッシュって、たまに大人っぽいんじゃなくて、大人だったんだ。

 ということはマッシュがこの城を出て自分の人生を歩み始めたのは私くらいの年齢の頃だ。
 この人と比べたら私なんて他人に縋るばっかりの頼りない人間にしか見えないだろうな。自分の力で歩くこともできないのに対等な相手として見てもらえるわけがない。
「私ってマッシュから見たらやっぱり子供かな」
「そりゃそ、う……い、いや、その」
「そっか。そうだよね」
 最初に男だと思われたのもそのせいかもしれない。もっと“大人の女”アピールが必要だ。やり方は分からないけど。

 考え事をして私が俯いたから落ち込んだと思ったのか、マッシュが慌てて言い募る。
「子供だから駄目とか、そういうんじゃないぜ。ただ俺は……今まで考えたことなかったから異性ってのがよく分からないんだ」
 恋愛しようと思ったことがない。だから好きだと言われてもすぐにはピンとこないんだ、って。
「まあ、これからちゃんと考えるからもうちょっと待ってくれ」
 それはとても意外な言葉だった。
「考えてくれるの?」
「ん?」
「素性が怪しいから駄目とか、こんな年下は対象外とか、ないの?」
「それは関係ないんじゃないか。親父とお袋も歳は離れてたらしいし、お袋は孤児院出身だしな」
 それじゃあ、私にもまだチャンスはあるってことなのかな。年齢も身分も気にならないなら。
「サクラが俺のこと好きだって言うなら、俺もお前のこと真面目に考えないと駄目だろ」
「……マッシュのそういうところ、大好き」
 私がそう言ったら、マッシュは少しだけ顔を赤くして「そうか」とそっぽを向いた。

「そういや、さっきの見合いだけど、神官長が全部断るってさ」
「なんで?」
 あんなにはりきって山のようにお見合い話を用意してたのに。マッシュが説得して止めさせたんだろうか。でも彼はなぜか神官長が諦めた理由を教えてくれなかった。
「それと……ここ、俺の部屋なんだ。お前もう完全に俺の嫁候補にされてるぜ」
「えっ!?」
 マッシュの部屋だったのか。道理でやたらと豪華なわけだ。でもなんで私がそこに案内されたんだろう? え、あ、お見合いなくなったのって……「それなら構わないわ」ってそういうことか!
「ばあやは強引だからなあ」
「ばあやって、神官長?」
「……うん。神官長、な」
 神官長はばあやだったんだ。そういえばさっきも一度そう呼んでた気がする。人前でばあやって呼ぶのが恥ずかしいのか照れているマッシュがちょっと可愛い。

 それにしても、私がマッシュにくっついてるのを見ただけでお見合い全部やめちゃうって、すごい。マッシュ自身はともかく神官長さまみたいな人も私の素性を気にしないものなんだ。
 やっぱりそれも王妃さまが孤児院の出だっていうのに関係があるんだろうか。お城の人たちは私やガウにも丁寧に接してくれるし、身分が低くてもあまり関係ないみたい。
 ……好きでいてもいいんだ。そう思ったら、嬉しかった。

 ふと気づけばマッシュが私の方をまじまじ見つめていた。
「な、何?」
「いや……だから、ここは俺の部屋なんだけど……他に部屋を用意させるか?」
「一緒に寝るのは駄目なの?」
 邪魔なら他の部屋に行くのは全然構わないけど一人で眠るのは嫌だし、できるならマッシュと一緒にいたいと思う。
「駄目というか、お前は平気なのかよ」
「平気じゃないよ。ついに手を出されるのかってドキドキしてる」
「出すわけないだろ!!」
 でも赤くなるってことはちょっとは意識してくれてるんだ。

「ベッド、こんなに大きいんだから平気だよ」
「そういう問題か?」
「私はここがいい。マッシュのそばにいたい」
「……わ、分かったよ」
 この部屋はとても広くて修練小屋と同じくらいの大きさだ。ベッドだって、小屋にあった三台を全部くっつけたくらい巨大なもので。
 端と端に寝たらコルツにいた頃とあんまり変わらないよ。だからとても懐かしい気持ちになる。久しぶりにマッシュと同じ部屋で眠れたら、きっといい夢が見られると思うんだ。




|

back|menu|index