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白銀の心


 仲間がいれば足並み揃えなくちゃいけないが、俺一人なら多少は無茶したって平気だ。日暮れにフィガロを発ち、翌朝の昼前にはもうナルシェに戻ってくることができた。
 サクラは門をくぐってすぐのところでぼんやりしていた。この間もそうだったな。俺たちがやっとナルシェに辿り着いた時、サクラは何をするでもなく空を見上げて立ち尽くしてた。
 レテ川ではぐれた時は兄貴やティナがついてたし、今だってカイエンと一応ガウもいるから心配なんかしてなかったのに、もしかしたら俺を待ってたんだろうか。
 一人きりにされたら不安なのも分かるけど、他の仲間がいるのに俺じゃなきゃいけないってのは。その理由が俺を好きだからってのは……なんか、まだうまく飲み込めない。

「サクラ」
 俺が名前を呼んだら彼女は振り向いて、ボーッとしたまま固まっている。かと思ったらいきなり目を見開いて仰け反った。
「マッシュ!? な、なんで?」
 声かけたのが俺だってことに今気づいたって感じだな。よっぽど呆けてたのか。
 幸い、特に何かあったようには見えない。やっぱり兄貴が心配しすぎなだけじゃないのか?
「大丈夫だよな」
「え……、何が?」
「いや、ここの人たちとうまくやれてるかと思って」
 サクラはキョトンとして俺を見ていた。
 よく考えたらバナン様の部下だって今サクラと揉める気はないだろう。純粋なリターナーの一員じゃないお陰か、こいつはナルシェの人たちとの仲も悪くないんだ。心配することなかったんだよな。

 何のために帰ってきたんだ俺は……なんて虚しさに襲われつつ、気を取り直す。
「それで、こんなとこで何やってたんだ?」
「敵が来るのを待ってるの」
「へっ?」
 帝国軍なら痛めつけてやったからしばらくは戻ってこないだろう、と言おうとして町の奥からカイエンが歩いてくるのに気づいた。
「マッシュ殿?」
「よう。……伝言だ、遅くても四日後くらいにはフィガロから増援が来る。そしたら俺たちもナルシェを発って、向こうに合流するぞ」
「承知いたした。しかしそれを伝えるためにわざわざ戻ってきたでござるか?」
 そうだなあ。ま、そんなところかもしれない。単なる雑用を言いつけられたんだ。
「俺も留守番だってさ」
 何か物言いたげにしていたサクラが不意に辺りを見回した。ボフッと雪の塊が落ちたような音がして振り向くと、
「サクラ! すきありっ!!」
 でっかい雪玉が俺の眼前に迫っていた。

「あ、ござる! もどってきたのか、ござる!」
「……なあガウ、それより先に言うことがあるよな」
「おかえり!」
「じゃなくて、いきなり雪玉ぶつけてごめんなさいだろ!」
 敵を待ってるってのはこいつのことだったのか。どうやらサクラはガウと雪合戦をしていたらしい。
 ちゃんと楽しくやってるじゃないか? 本当に、俺はなんでわざわざ戻ってきたんだ。サクラもそんなに喜んでるように見えないし、無駄足を踏んだって気がするぞ。
 サクラにじゃれつくガウと、楽しそうなサクラと、それを見て考え込む俺と。それぞれに目をやってからカイエンはガウを呼んだ。
「ガウ殿、雪合戦ならば拙者がお相手いたそう」
「ガウ、まけない!」
 そのまま二人で町の奥へ戻っていく。振り向いて手を振るガウにサクラも笑って応えている。もしかしてカイエンのやつ、変な気を遣ってるのか。

 修練小屋を出てコルツの山頂でサクラと再会した時は抱き着かれた。レテ川ではぐれてから何週間ぶりかで会った時も抱き着かれた。
 今回もそうしろってわけじゃない。ただあの時はよっぽど淋しかったんだろうなと思ってたんだ。
 そんでもって今は、俺がいないことに少しは慣れてきたというか……俺以外にも目を向け始めたから、離れても落ち着いてるんじゃないのか?
「あんまり嬉しくなさそうだよな」
 サクラは俺を見上げて困惑したように「戻ってきたのは嬉しい」と答えた。
「でもなんでいきなり戻ってきたのかなって思っただけ」
「兄貴に言われたんだよ」
「留守番しろって? でもマッシュは強いし、ティナ先輩の捜索部隊にいた方がいいと思うけど」
 俺だってそう思うよ。だけど兄貴が俺はサクラのところに戻って話をするべきだと判断したんだ。それはつまり、俺が自分で気づいてない失敗をしてるってことなんだろう。

 ジュンさんの家には戻らず、そこらの木箱に積もった雪を払って二人で腰かける。
 さすがのナルシェも少し暖かくなってきたなと俺が言ったらサクラは愕然としていた。こいつにとっては、まだまだ寒いらしい。
「あ、そうだ。私18歳になったよ」
 いきなりだな。
「なったって、いつ」
「ナルシェに来てちょっとしてから」
 それじゃあ俺は帝国陣地にいた頃だろうか。サクラたちの方でも誕生日のお祝いどころじゃなかったとは思うけどなんとなく残念だな。
 何かが違ってたらコルツの修練小屋でお祝いをしてたかもしれない。俺とサクラとダンカン師匠と三人で……。
 だけどその前に兄貴がコルツ山を通りかかったはずだ。仮にお師匠様が殺されていなかったとしても、俺はサクラを小屋に置いて兄貴について行ったんじゃないかと思う。

 バルガスを探しに行く時、それに先日の幻獣防衛戦も、サクラを連れて行こうなんて考えもしなかった。安全なところに隠れていてくれればそれでよかった。
 サクラは子供で、戦いの場に連れ出すわけにはいかないと思ってたからだ。
「でも、18歳か……」
 想像したよりは大人だった、と言うべきところか?
「ひとつマッシュに追いついたね」
「夏になったらまた同じだけどな」
 この世界に落ちてきた時、サクラは17歳だったってことだよな。俺がフィガロを去ったのと同じ年齢だ。昔の自分が大人だったなんて言えないけど、そんな俺と比べてもサクラは幼く思える。
 戦う力がないせいか、そもそも性格が頼りないせいか。それまでにもいろんな世界を旅してきたらしいが、そうとは思えないほどふわふわしてるんだ。
 正直、ガウと同じくらいだと思ってた。だから自分のことは自分で決められる年齢だと知ってホッとした部分もある。
 なんでもかんでも「危ないから留守番」ってのは、確かにちょっと失礼だったかもしれないな。

 あ……、おめでとうって、言うの忘れた。
 機会を逃して迷ってたら、サクラはもう別の話を始めてしまった。 
「ティナ先輩、戻ってくるのかなあ」
「兄貴たちがきっと見つけるさ」
 そういえばサクラは、バナン様の態度のせいもあるんだろうけどティナがリターナーに加わることに反対だったんだよな。
 もしかしたらティナのことも、戻ってこないでそのままどっか帝国の目が届かないところに逃げるべきだ、なんて思ってるんだろうか。

 じっと顔を見てたら、サクラは俺の視線に気づかないまま小さく呟いた。
「連れて逃げてあげるって、言ったのになぁ」
 リターナーのアジトで、もし戦争に利用されるのが嫌になったらテレポートでどこへでも逃がしてやると言っていた。
 だがティナは、サクラにそれを頼むこともできずに暴走してどっかへ行っちまった。
「でも、自分で空を飛べるなら私に頼む必要なんてないもんね」
「好きで飛んでったわけじゃない。ティナだって、お前のこと頼りにしてるよ」
「あはは……ありがと」
 慰めなんかじゃなくて本心で言ったのに、サクラは曖昧に笑う。よく見ると単に誤魔化してるだけの笑顔だった。笑ってても平気だとは限らないんだ。
 自分がそばにいない間に帝国と戦って幻獣と共鳴したティナが姿を消してしまって、俺たちはそれを追うことになり……サクラは、「お前には関係ない」と言われたような気がしていたのかもしれない。

 ぐだぐだ考えるのは苦手だ。せっかく本人が目の前にいるんだから気になることは直接聞けばいい。
「俺がナルシェで留守番してろって言った時、傷ついてたのか?」
「え?」
 驚きに目を見開いたサクラは慌てて否定した。
「そんなの……全然、だって私が行っても仕方ないのは事実だったし! 納得してたもん!」
「じゃあなんで落ち込んでたんだ」
「落ち込んで、ないよ」
「俺がなんか嫌なこと言ったならちゃんとそう言えよ。俺そういうの察するの、苦手なんだ」
「マッシュは何も嫌なことなんか言ってない」
 頑なな態度に少しだけ苛立った。フィガロで兄貴が言ってたことを思い出す。
――お前に惚れてるのに、お前のせいで傷ついたなんて言えるわけないじゃないか。
 でもさ、どうして傷ついたのか言ってくれなきゃ、俺は何度だって気づかずにサクラを傷つけちまうってことじゃないか。

「……待ってるばっかりで私なんにも役に立たないなって、ただの自己嫌悪だよ」
「俺はサクラを役立たずだなんて思ってないぞ。戦う力がないやつなんていっぱいいるだろ。ただ役割が違うだけだ」
「それってつまり、戦いでは役立たずってことだよね」
 言い方の問題だって兄貴は言ってたな。それじゃあなんて伝えたらいいのかもついでに教えてくれればよかったのに。
「だからさ、戦いで役に立ってほしくなんかないんだよ。お前が来てから小屋は綺麗だし、山から帰ったら自分で作らなくてもうまい飯があるし、サクラの役割はそっちだろ」
「結婚しようってこと?」
「は? なんでそうなっ……」
 お前には、戦うより家にいて留守を守ってほしいんだ……俺の今の言葉はそう聞こえるような気もする。む、難しいな、言い方の問題ってのは。

 結婚してください、って、会って数秒で言ったんだよな、こいつ。兄貴みたいなこと言うやつだなってのが最初の印象だった。女だって分かっても平気だったのはそのお陰だろうか。
 何度も好きだとか結婚したいだとか言われても本気には受け取れなかった。サクラは軽口でそういうことを言うタイプなんだろうと思ってた。
 しかし、小屋を出て仲間が増えて人と関わる機会に恵まれた今でも、サクラは俺以外にそんなことを言わない。

「本気で俺と結婚したいのか?」
 俺がそう聞いたらサクラは呆気にとられたように見上げてきた。その瞳にうっすらと期待の色が見える。いや……べつに今ここで話を受けるつもりじゃないんだけど。
「結婚が目当てなわけじゃないよ。私はマッシュが好きだから、付き合いたいし、いつか……」
 いつか、もっと先の話だ。もし俺がサクラを好きになって結婚したいと思うようになったら嬉しいのだとサクラは言う。
「今すぐ結婚しなきゃいけない理由があるんでもなけりゃ、そんなこと言う必要ないと思うけどなあ」
「結婚したい人と思うにしか、結婚したいなんて言わないよ!」
「でもお前、まだそんな歳じゃないだろ」
 この世界にだって来たばかりで知らないことだらけじゃないか。そりゃ俺だって、嫌なわけじゃないけど、なんか……よく分からないんだよなあ。
 結婚なんて必要があるからするだけのもので、誰かを好きだって気持ちとそれを結びつけて考えたことがなかったんだ。

 サクラは困ったように笑っていた。また何か勝手に落ち込んでるようなのに、その原因を言おうとはしない。代わりに彼女は“なぜ結婚を求めるのか”という話を始めた。
「小さい頃、誰かに言われたんだ。『お前は何が欲しいとか、どこかに留まりたいとか、そういう気持ちが弱すぎる』って。だからいろんな世界をフラフラしちゃうのかな」
 いきなり知らない世界に飛ばされるのはよくあることだと言っていた。今まで元いた世界に戻れたことはなく、いろいろな場所を転々としてきたんだと。
「どうせすぐまた他の世界にトリップしちゃうなら……物だって人だって、欲しがっても意味ないと思ってた」
 そういえば最初に小屋へ連れて帰った時も、どうせすぐどこかへ飛ぶからと遠慮して出て行こうとしてたんだ。彼女を引き留めたのは俺だった。
「でも、マッシュは違う。そばにいると幸せな気持ちになる。そばにいないとすごく淋しい。もう他の世界には行きたくない。私、マッシュが欲しい」
「……えっ」
 ボーッと聞いてたら最後に凄まじいことを言われた気がする。

「それは、その、どういう意味で……」
 さすがに顔が赤くなってるのが分かる。不思議そうな顔をしていたサクラだが、自分の言ったことを思い返したのか俺よりもっと真っ赤になって慌て始めた。
「ち、違う! そういう意味じゃ……そ、そういう意味でも、いいけど」
「いいのかよ」
「マッシュが私のこと好きになってくれたあとならいくらでも!」
 何を言ってんだよ、何を。

 俺もべつに女だからって無差別に苦手なわけじゃない。師匠の奥さんとか酒場の給仕とか武器屋の店員とか、そういう人たちは平気なんだ。彼女たちは俺に対して結婚ってやつを持ち出してこないからな。
 自分の結婚について考えたくなかったのは……それを求めてくるのが俺の血にしか興味のないやつらだったからだ。
 俺の周りにいた“女”は結婚というものを利用するためだけに好意を偽って近づいてきた。
 ……でもサクラは、そんなんじゃない。こいつはただ純粋に相手のことが好きで、そばにいるために結婚を望むんだ。
 誰かと一緒になりたいから……遠い昔には父上と母上を羨み、憧れた気持ちがあったはずなのに、いつの間にか男と女の間に打算を挟まない愛情が芽生えるなんて忘れていた。
 俺の抱えたものなんか何も知らないくせに、ただ出会っただけで、サクラは俺を好きになってくれたんだよな……。




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